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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第三章 暗黒大陸
807/930

0760 教皇寄港

港湾長官ヨールタールの悩みは尽きない。


そう、ヨールタールは港湾長官にすぎない。

職域(しょくいき)は、国唯一の貿易港、ジェルダン港とその近辺に関してのみだ。

国の外交には責任を持たない。


それでも、異国の王を放っておくのが得策だとは思えない。


ナイトレイ王国のスキーズブラズニル号が入港して、今日で三日目。

未だ、王宮からも政府からも、連絡はない。


しかも、ヨールタール自身は知らなかったのだが、若い部下たちは『ナイトレイ王国』や『アベル王』という言葉を知っていた。


吟遊詩人が歌っている、『あの』? と。



そんな悩めるヨールタールだが、日々の仕事はもちろんある。

国が東部諸国に正式に加盟すれば、少なくとも外交関連は東部諸国の方針に従うことになる。

常にお(うかが)いを立てる……場合によっては、東部諸国中枢のバーダエール首長国関係者がやってきて、仕切るようになるのかもしれない。


「今の政府や王宮みたいに、決断する必要や、責任に怯えることは少なくなるのかもしれないけど……ジェルダン王国民としては寂しいやもしれん」

ヨールタールは呟く。



ジェルダン王国は、沿岸部東と西の中間点ということで、ある意味、交易の中心地ではある。

だが、富を稼いでも、それを軍事力に注ぐことはできなかった。


いや、もっとはっきり言えば許されなかった。


誰に許されなかったのか?

東と西の両大国にだ。


もちろん、ジェルダン王国は独立国家だ。

しかし、軍の強化に関しては、両国が有形無形(ゆうけいむけい)妨害(ぼうがい)を行ってきた。


国王が、明確に脅迫されたことすらあった。

それどころか、暗殺されたことすらあった。


それで国民が怒り立ち上がったか?

いいや、もちろん立ち上がらない。

両大国が協力して、ジェルダン王国民に平和の尊さを説き、軍事力など持てば戦争に巻き込まれる。いざという時は、自分たちが守ってやるから大丈夫だ……。


両大国に挟まれた小国……生まれた時からそんな意識を刷り込まれてきたジェルダン王国民は、自国の軍事力が強くなることを望まなかった。

それが、巧妙に誘導された思考の結果であっても。

気付いた者がいても、彼らの言葉に耳を傾けるものは少なかったのだ。


だからジェルダン王国は、ある程度の経済規模はあっても、軍事力はほとんど無い。

両大国の『要望』を受け入れる以外の選択肢は持てなかった。


いつの世も、大国は自分たちの論理で動く。



「東部諸国に正式加盟したら、バーダエール首長国の論理で動くことになる……そうかもしれないけど、民の生活が悪くならないのなら……」

ヨールタールはため息をついた。


この辺りはとても難しいと。



そんなことを考えながら日々の仕事をこなしていたとき、ノックもそこそこに補佐官が入ってきた。


「大変です、長官。ファンデビー法国海軍の艦隊が、港の外に現れたそうです。教皇御座船の寄港を求めています」

「ファンデビー法国? 教皇御座船?」

慌てて言う補佐官の様子とは裏腹に、ヨールタールは首を傾げる。


ファンデビー法国がどこかはもちろん知っている。

教皇庁を抱える、ある意味、西方諸国の中心と言ってよい国だ。


船も名前的に意味は分かる。

教皇が乗っているのだろう。


そういえば、少し前に百一代目の教皇が誕生したと聞いた覚えがある。

しかし、そんな人物がなぜ?


西方諸国から暗黒大陸まで、決して近い距離ではない。

波の荒い外海を越えてこなければならないのだ。

過去、そこまでして西方教会のトップ、教皇がやってきたという話は……少なくともヨールタールは聞いたことがなかった。


どちらにしろ、ヨールタールの答えは決まっている。

受け入れを拒否することはできない。


「受け入れろ。それと、すぐに王宮と政府に連絡を」



東部諸国への正式加盟を求められたことによって、ただでさえ慌ただしくなっていたジェルダン王宮と政府は、西方教会の教皇が寄港したことによって、さらに慌ただしくなっていた。


「西方教会の教皇? なぜ、このタイミングで?」

「本物なのか? 各国貴族と違い、身分証明の『プレート』など持っていないだろう?」

「教皇が暗黒大陸に足を踏み入れるなど、ここ数百年、聞いたことがない」

「またぞろ、西方教会を信仰する者たちが騒ぎ出すのではないか?」

「しかも二十隻もの艦隊を率いてきた?」

「戦争でもするのか?」

「どことだよ」


全ての疑問は、次の疑問に集約される。

「目的は何だ?」



ジェルダン王国の現在の国主は、ボッホス国王。

年齢は四十八歳。

即位して十年、これまで大過なくジェルダン国を統治してきた。


しかし現在は、悩みの中にある。

東部諸国への正式加盟を求められたからだ。

もちろん、受けるしかない。

ジェルダン王国は、東部諸国の……もっとはっきり言えば、その中心にいるバーダエール首長国の要求をはねのけることなどできない。


実際、はねのけたところで何のメリットもない。

正式加盟を受け入れたところでも、たいしたデメリットはない……と思われる。


しかしボッホス王が悩んでいるのは、西部諸国連邦との関係である。


東部諸国からの通知が来て、すぐに西部諸国連邦には情報を送った。

何らかのリアクションがあるだろうと思ったからだ。


もしかしたら、西部諸国連邦が明確に東部諸国に抗議するのではないか。

その結果、ジェルダン王国はこれまで通り、両陣営の間でどちらにもつかない状態を保てるのではないか……。


そんな思惑があったのは確かだ。


しかし、三日経っても何もない。

あまりにも西部諸国連邦の動きが鈍い。


「諸国連邦元首……ラムン・フェス殿が行方知れずだからか」

ボッホスは呟くと、深いため息をついた。



そんな悩める国王の元に、新たな悩みの種が届いた。

「西方教会の教皇が来た? 何のために? そもそも、なぜ我が国に? 東部諸国や西部諸国連邦ではなく、なぜ我が国に?」


何度その疑問を繰り返しても、もちろん答えは出てこない。

誰かが答えを教えてくれるわけでもない。


いや、謁見(えっけん)をすれば答えは分かるだろう。

いくら、東部諸国からの要求で王宮と政府が混乱しているのだとしても、わざわざやってきた教皇に会わないという選択肢はない。

そういえば、どこかの国の国王一行も訪問していたとか聞いた覚えがあるが……まあ、それはいい。



そんなことを考えながら、ボッホスは謁見の間に足を踏み入れた。


ジェルダン王宮の謁見の間は、玉座の位置が高い場所にはない。

ある意味、小国の悲哀(ひあい)

東部諸国や西部諸国連邦の高い地位の者が来た時、王とはいえジェルダン国が高い場所から謁見するのは……はっきりいって具合が悪いからだ。


それを悔しがる貴族がいることをボッホスも知っている。

しかしボッホス自身は、特に気にしていない。

先代の王も、先々代の王も、この謁見の間だったから。

理性によっても感情によっても、やむを得ないと受け入れていた。



そんな段差のない謁見の間。

ボッホスが玉座に座る。


そして、典礼官が呼び出した。


「西方教会、第百一代教皇グラハム聖下」

同時に、正面の扉が開き、教皇の正装に身を包んだ一人の男性が歩いてきた。


左手に杖を持ち、教皇冠を被り、ゆっくりと歩いてくる。


特に何か特別なことをしたわけではない。

ただ歩いてくるだけだ。

ただ歩いてくるだけなのに、ボッホスは息苦しくなる。


居並(いなら)廷臣(ていしん)らも同じらしく、生唾を飲み込む音がボッホスにも聞こえてくる。


息苦しくなるのに、目を逸らすことができない。

見れば見るほど、首を絞められたかのような気分になるのに、目を逸らすことができない。



圧倒。



ただ一人に、その場にいる者たちは圧倒されていた。


だから、グラハム教皇がボッホスの前に来て止まってからも、しばらく誰も動けなかったのだ。


グラハムは教皇だ。

西方教会のトップ。

それはすなわち、西方教会を信仰する者たちのトップであるため、謁見の場であっても頭を下げたりはしない。


だから、じっとボッホスを見つめたまま。


ボッホスは、完全に呑まれていた。

真っ先に正気に戻ったのは、ボッホスの傍らに控えた国務長官だった。

声を出すわけにはいかないため、後ろからボッホスの肩を指で突く。


何度目かで、ようやくボッホスは正気に戻った。


「ぐ、グラハム聖下、遠いところを、ようこそおいでくださいました」

「ボッホス陛下、事前の連絡もなく突然の訪問、無礼をお許しください」

「いや、なんの。暗黒大陸にも西方教会を信仰する者たちは多数おります。聖下のご訪問は、彼らに安寧(あんねい)を与えるでしょう」

そんなグラハムとボッホスの挨拶が交わされた後、グラハムにもイスが用意された。



「それでグラハム聖下、我が国にいらっしゃた理由をお聞かせいただけますか」

「陛下、一年ほど前、西方教会はヴァンパイアによって襲撃されました」

「教皇選挙の最中でしたな。その後、聖下が即位されたと。西方諸国全土に向けて発表されましたから、この暗黒大陸にもその話は届いております」

「でしたら話が早い。その際、襲撃の中心となったヴァンパイアはシオンカ侯爵ディヌ・レスコと名乗りました」

「侯爵? まさか、まだそれほどの大物が残っていたとは……」

ボッホスが驚く。


彼も知っている。

ヴァンパイアは、爵位が高いものほど強いと。

しかし、伯爵級であっても人が遭遇(そうぐう)することはめったにない。

それなのに、さらに高い侯爵が?


「シオンカ侯爵が、暗黒大陸に拠点を置いていることが分かりました」

「まさか……」

グラハムの言葉に、思わずボッホスが呟く。


だがその呟き、そこに居並ぶ廷臣たちの口からも漏れた。


「そ、それで……なぜ我が国に? もしや、我が国に、そのヴァンパイア共の拠点が?」

ボッホスの口から出たその言葉は、先ほど以上に廷臣らに衝撃を与えた。

もしそんなことになれば、西方教会を敵に回すことになる。

少なくとも、何もお(とが)めなしとはならないだろう。


わざわざ、教皇が出向いてきているのだ。


「いえ、そういうわけではありません」

グラハムが落ち着いた声音で答える。


それによって、ボッホスをはじめ、廷臣らは安堵の吐息をもらす。


「今、暗黒大陸沿岸部で、最も安定した場所がジェルダン王国だと報告を受けました。ですのでこちらに、ヴァンパイア調査の拠点を置かせていただきたいと思いまして」

「安定した場所?」

ボッホスは首を傾げる。

むしろ、最も不安定な場所だと認識しているからだ。


「現在、東西両陣営のトップが自国にいないと聞いています。バーダエール首長と、諸国連邦元首が」

「ああ……」

グラハムの言葉に、得心がいくボッホス。


しかし、事実は伝えておかねばならない。


「聖下、実はバーダエール首長国のバットゥーゾン首長は、五日前に王宮に戻られました」

「そうでしたか。私が海の上にいる間に、情勢が変わったのですね」

微笑みながら頷くグラハム。


それを見て、ボッホスは少し考える。

そして、言った。


「聖下、部屋を変えてお話ししたいことが」



グラハムとボッホスだけが、その部屋に入る。

「実は三日前、東部諸国から、正式に加盟せよという書状が届きました」

「ほぉ。三日前というと、バットゥーゾン首長が戻られてから二日後? それはそれは……動きが早いですね」

グラハムは笑顔のまま頷く。


「受けるしかない立場なのは理解しています。ですが……」

「受け入れた後のことですね」

「おっしゃる通りです、聖下。おそらく東部諸国は……」

「西部諸国連邦とぶつかるでしょうな」

ボッホスの言葉に、雲が湧いてきたので雨が降りますねと言うかのような、当然という様子で答えるグラハム。


「諸国連邦元首ラムン・フェス殿がいない。それもただの元首ではない。まとまりなど無かった西部諸国を一代で、いや二十年足らずでまとめ上げた稀代(きたい)の英雄と言っても過言ではないラムン・フェス殿がいない……東部諸国にとってこれほどのチャンス、そうそうないでしょう。だからこそ、戻ってきたばかりのバットゥーゾン首長は、無理をしてでも東部諸国の国境を広げようとしている」

「東西の衝突は、我が国としては望むものではありません」

当然だ。

そんなことが起きれば、ジェルダンが両陣営衝突の地となってしまう。


それは困る。


「ヴァンパイアの侯爵らを探すというのであれば、教会の皆様にとってもそんな衝突は困るのではないかと」

「そう、確かに、それは面倒ですね」

「ですので、お力をお貸しいただきたいです」

「なるほど。東部諸国から来ている正式加盟の件、我々の介入で延ばしてほしいと。もしかしたら、その間にラムン・フェス元首が戻ってきて、再びの均衡(きんこう)状態が生じてうやむやになるかもしれないと」

ボッホスの考えを、グラハムが正確にひも解く。



頷きつつも、グラハムは確認しておくべき点を思い出す。

「バットゥーゾン首長が戻った経緯を知りたいのですが。都周辺が戦場になりそうだ、という部分までは報告を受けていました」

「はい、実際に都の前で衝突したそうです。ですがそこで、バーダエール首長国の者たちが敵の大将を打ち倒したそうです。それでバットゥーゾン首長は解放されたと」

「ほぉ」


グラハムは少し考える。


(アドルフィトの調査では、ヴァンパイアかそれ以上の種が率いていると思えるような内容だったが……それが撃退された? ヴァンパイアならシオンカ侯爵かとも思ったのだが、それも違うと)


グラハムの考えの中心にあるのは、ヴァンパイアの討伐(とうばつ)だ。

その中でも今回は、以前、教会を襲撃したシオンカ侯爵である。

バットゥーゾン首長らは、シオンカ侯爵たちに捕まっているのではないかという考えも、少しだけはあったのだ。

もしそうなら、ジェルダン王国を通じてバーダエール首長国にコンタクトを取るのも悪くないと。


しかし、バットゥーゾン首長は戻ってきた。

しかも『賊』は撃退された。

ここまで言ってもボッホスが言及しないところを見ると、その『賊』もヴァンパイアではないようだ。


(ジェルダンに拠点を構えて、少し慎重に調査してみる必要があるな。そうなると、確かに戦争が起きるのは困るか)


グラハムは、分かりやすく一度頷いて口を開いた。

「陛下のお考えとご懸念、承知いたしました。我々としても、平和な中でヴァンパイアの調査を行いたいと思っております」

「では……」

「はい、私が直接、バーダエール首長国に働きかけてみましょう」

「おお、なんとお礼を言ってよいやら」

ボッホスは立ち上がると、両手でグラハムの右手を掴んで感謝を表した。



王宮を出た西方教会一行は、ジェルダンの街にあるジェルダン教会に来ていた。

ジェルダン王国としての歴史はそれほど長くはないし、国力も高くはないのだが、ジェルダンの街としての歴史は古い。

暗黒大陸北沿岸部にあり、東西のちょうど中間点ということもあって、交易都市として昔から発展していたのだ。


むしろ、だからこそ、東部諸国も西部諸国連邦もジェルダンの街を中心としたジェルダン王国を緩衝地帯の一つにした……そんな経緯がある。


そんな古くからの街であるため、ジェルダン教会には暗黒大陸唯一の大司教座が置かれていた。

暗黒大陸は、六大神への信仰を持つ者が多いが、それでも人口の二割が信仰する西方教会は、決して小さな勢力ではない。

大司教座のあるジェルダン教会は、その暗黒大陸の中心の一つと言ってもいいだろう。


「エンゾン大司教、ご無沙汰している」

「グラハム聖下、ようこそおいでくださいました」


グラハムを笑顔で迎えたエンゾン大司教は、八十五歳。

立派な白髭を蓄え、信者を(いつく)しみ、共に聖道を歩む者たちには優しく、信じるものを異にする民にも分け隔てない。


その生涯を、暗黒大陸での布教に捧げた人物。

地位に頓着することなどもちろんなかったが、グラハムが教皇となった後、大司教にしてジェルダン教会の責任者となったのだ。


いわば、教会の善性を体現する人物と言ってもいいだろう。



「聖下、おいでくださいましたことを嬉しく思いますが、今のこの国が置かれた現状は……」

諜報活動など全く行わないエンゾン大司教であっても、東部諸国からの正式加盟の要請の話は知っている。

政府中枢にも、西方教会を信仰する者たちはいるからだ。

彼らが相談に来たり、良かれと思って移動をしてはどうかと助言してくれる。


「ええ、東部諸国の件ですね。先ほど、ボッホス陛下からお聞きしました」

だが笑顔のまま頷くグラハム。


さらに言葉を続ける。

「なんとかしてもらえないかと、王宮で直接言われました」

「なんと」

「それで、ちょっとバーダエール首長国に行ってきます」

グラハムが何でもないことのように言う。


聞いたエンゾンは、驚きで目を見開く。

しかし、すぐに思い出した。

目の前の人物は教皇であるが、ヴァンパイアハンターの異名を持つ男であると。

エンゾンを含めて、教会に身を置く者たちの熱狂的な支持を受けている人物でもあると。


「承知いたしました」

もはや何も言わず、エンゾン大司教は恭しく頭を下げた。


「その間、こちらのステファニア枢機卿を置いてまいります。私が戻ってくるまで……そう、一週間程度でしょうか。その間に、例の件を準備させますので」

「はい、ジェルダン教会は、いつでも協力できます」

エンゾンは頷く。


ジェルダン政府には通達しなかったが、エンゾン大司教にはグラハムが直接来ることは事前に伝えてあった。

もちろん、その内容も。


ヴァンパイアの『侯爵』ともなれば、普通の聖職者はもちろん、異端審問官でも戦うことすら難しい。

教会広しといえども、ヴァンパイアハンターと呼ばれたグラハムしか渡り合えないであろうことは容易に想像できるというものだ。



一通りの挨拶を終え、グラハムは後ろについていたステファニアに声をかける。


「異端審問官五十人を置いていく。それと艦を二隻。好きに使え」

「承知いたしました」

グラハムの言葉に、恭しく頭を下げるステファニア。

彼女は枢機卿に上がった今も、異端審問官長官を兼任している。

いわば、子飼いの部下と言ってもいいだろう。


もっとも、異端審問官たちが最も敬愛するのは、今も昔もグラハムであるが。



「アドルフィトが先に送り込んでいた者たちと接触して、情報を共有しろ。シオンカ侯爵に繋がる何らかの情報を掴んでいる可能性はあるからな。それから『表向きの拠点』はジェルダン教会に置いてもいいが……」

「はい、調査拠点は街の中に確保しておきます」

「ああ、頼む」


グラハムの矢継ぎ早の指示を完璧に理解するステファニア。


グラハムは教皇という立場もあり、戻ってきた後はジェルダン教会に逗留することになるだろう。

だが、調査の中心となる異端審問官が多く出入りすれば、教会の修道士たちが動揺する可能性がある。

彼らの中では、異端審問官は恐れられているので。


「エンゾン大司教を巻き込むようなことは避けます」

「そうしてくれ」

ステファニアの言葉に、グラハムも頷く。


だが、頷いた後、苦笑した。

「我々が思っている以上に、エンゾン大司教の布教は大変だったと聞くから……多少のことでうろたえたりはしないだろうがな」


暗黒大陸での布教というのは、西方諸国での布教とは全く違う。

暗黒大陸の民からすれば、いつまでたっても『外からやってきた宗教』なのだ。

場所によって、今でも明確に迫害と言われるようなものすら経験する。


それでも、西方教会の聖職者たちは布教する。

強引に改宗を促したりはしない。

迷える者たちに、西方教会という灯もあるのだと示す。


それを選択すればよし。

選択せず、他の選択をしたとしてもまたよし。

それが、暗黒大陸での布教のスタンス。


「開祖ニュー様は、信仰の自由を掲げられていたからな」

グラハムはそう呟くと、ジェルダン教会を後にした。


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