0757 オミアイ
広場を回る涼とアベル。
後ろからついて行くスコッティー。
涼はもちろんいつものローブで、アベルも鎧などつけていない普段着……となれば、当然スコッティーも鎧を着けずに涼しい格好だ。
「スコッティーさんってイケメンなので、女性人気があるでしょう?」
「ああ、学院にいた頃からそうだった。ただ男爵家の次男坊だから、実家の爵位は継げない。婿入りして貴族になったりするのがよくある道だと思うんだが……あいつが、一人の女性に執心したという話も聞かないんだよな」
「どなたか、心に決めた人がいるとか?」
「さあ、どうだろう」
涼がコソコソと囁くように問い、アベルも同じほどの声量で答える。
実はけっこう耳がいいスコッティーには、二人の会話は聞こえている。
だが何も聞こえていないふりをして表情も変えない。
この辺りは、王国騎士団員に求められる常識であったりするのだ。
国王周辺で護衛任務に就いていれば、嫌でも国家機密に類する話が聞こえてきてしまうことはあるので……。
心の中だけで、小さく首を振る。
「王国騎士団の中隊長さんだと、すごく忙しいでしょうから出会いの時間もないのでは? アベルがデキる上司として、どなたか紹介してあげた方がいいんじゃ」
「そ、そういうものか?」
涼の提案に、アベルが若干焦ったように答える。
そういうことをすべきだなどというのは、アベルの頭の片隅にもなかったからだ。
しかし考えてみると、スコッティーはかなり忙しい。
出会いの時間などないだろう。
だが、そういうのは、王が介入するべきものなのかどうか……。
アベルには全く分からない。
「もしそうなのだとしても、誰を紹介するんだ? 俺には全くあてがないぞ」
「そういう時こそ、奥様の出番です」
「リーヒャ?」
「少なくともアベルよりは、スコッティーさんにふさわしい女性を探し出してくれるのではないでしょうか」
「確かに、そうかもしれん」
アベルは力強く頷いた。
スコッティーは心の中で、再び首を振った。
聞こえていないふりをしなければならないので、声に出して拒否することもできないのだ。
宮仕えとはいろいろと厄介なものらしい。
「ワルキューレ騎士団とか、あの辺か」
「ミューさんを射止めれば……」
「ウエストウイング侯爵の長女だからな。彼女が侯爵位を継ぐ可能性は高い。その夫となれば……」
「大出世です」
涼は力強く言い切った。
スコッティーは心の中で、ため息をついた。
「それとな~く……本当に、それとなくですよ? それとなく、スコッティーさんに探りを入れてみてはどうでしょうか」
「そ、そこまでする必要があるか?」
「だってスコッティーさんは、王国騎士団の中隊長という、アベルを含めた王国中枢の方々と多くの関りをもつ重要な立場ですよ? それに、大切な昔からの友人でもあるんでしょう? 国王としてだけでなく友として、把握しておいた方が良くないです?」
「そうだな……」
涼の提案に、真剣に悩むアベル。
何度も言うが、二人は、会話がスコッティーには聞こえていないと思っている。
実は最も追い詰められていたのはスコッティーだ。
いつ、二人の会話は聞こえていましたと切り出そうかと……。
「僕の故郷には、昔、お見合いという仕組みがありました」
「オミアイ?」
「上司とか街の名士とかが夫婦で間に入って、結婚を前提にしたお付き合いをセッティングするのです」
「ほぉ」
「最初だけ間を取り持って、『ささ、あとは若い人同士で』と言って去っていくのが決まりでした」
涼の適当知識で歪められた『お見合い』である。
「つまり、スコッティーにもそういう感じで、俺が……いや、リーヒャと一緒に取り持つべきだと言いたいのだな」
「ええ。上司として」
「しかし……恋愛にまで口を出すのは、なあ……。スコッティーなら、放っておいても問題ないんじゃないか?」
「それはアベルが恵まれていたから、そんな感想を持つのです」
「恵まれていた?」
涼の言葉に、首を傾げるアベル。
「リーヒャのような素敵な女性とパーティーを組んでいたから、たいして苦労せずに結婚できたのです。これを恵まれていたと言わずして何と言うのですか!」
「あ、はい、すいません」
「リンとウォーレンは分かります。二人とも素晴らしい人たちですし。でもアベルのような人格破綻、傍若無人な剣士が、リーヒャのような素敵な女性を射止めることができたのは、ただ単に同じパーティーだったから。ただそれだけです」
「ああ、酷い言われようなのは分かる」
「でもスコッティーさんは、パーティーなど組んでいません」
「そりゃあな、王国騎士団だからな」
「だからアベルとリーヒャで……」
「なるほど」
アベルは考え込んだ。
だが、ここでついに当事者が動いた。
「あの、大変申し訳ないのですが、そういうことはしていただかなくて結構です」
スコッティーが後ろから、二人と同じくらいの声量でボソッと言ったのだ。
驚いて飛び上がらんばかりの二人。
本当に、当事者であるスコッティーには聞こえていないと思っていたので……。
「あ、あの、そういうことって、どういうことですかね」
「リョウ殿、私に関して『オミアイ』などというものは必要ありません」
「……聞こえていたんですね」
涼は小さく首を振る。
アベルも小さく首を振る。
ポイントとなる単語まではっきり言われてしまっては、全部聞かれていたと認識するしかない。
「ま、まあ、とにかく……そうだ、このカフェに入るか。広場で立ったまま話すのもあれだしな」
「そ、そうですね。ささ、みんなで入りましょう」
王様と筆頭公爵は、そうやって話を逸らし、カフェに入っていった。
そこに、スコッティーは小さくため息をついて、ついて行くのだった。
四人用の席に、アベルと涼が並んで座り、その対面にスコッティーが座った。
「あの……なぜ、この配置に?」
「今回の話題、カフェトークの中心はスコッティーさんだからです」
スコッティーの問いに、涼が真顔で返す。
当然、真っ先にアベルが座り、その横に涼が座ったために、スコッティーが対面に座ることになったのだ。
全ては涼の策略。
ひそひそ話を当事者に聞かれてしまって、劣勢に追い込まれたが、なんとか盛り返さねばならない。
どんな時でも、涼は一発逆転を狙うのだ!
三人は暗黒コーヒーを頼んだ。
そもそも『濃い目 暗黒コーヒー』『暗黒コーヒー』『薄目 暗黒コーヒー』の三種類しかない、攻めたメニュー構成だったので。
「それでスコッティー、オミアイの必要が無いというのはどういうことだ? まだ結婚する気が無いとかなら、知り合いを増やすくらいの感じでどうだ」
アベルが口火を切る。
『オミアイ』がいいアイデアだと思ったのだろう。
今すぐではなくとも、将来の選択肢を増やすという意味でもスコッティーに受けさせたいと感じたようだ。
優秀な人材を貴族にして、王権の強化を図りたいという国王としての思惑も当然あるのだが。
「いえ、何というか……」
言い淀むスコッティー。
それは極めて珍しい光景だ。
学院時代から知るアベルも、あまり見ない光景と言うべきだろう。
「仲の良いというか、気になっている女性がおりますので……」
「マジか」
「なんと」
スコッティーの言葉に驚くアベルと涼。
「片想い? いや、まあスコッティーさんほどのイケメンなら、相手の女性を振り向かせるのは簡単ですか」
「さっきも言ったが、スコッティーはもてるが、女性と付き合うってあんまりなかったはずなんだよ……」
「アベルが知らなかっただけで、何百人もの女性とお付き合いしてきた可能性も……」
「このスコッティーがか?」
「真面目そうですから、ないですかね、その目は」
本人を目の前にしても言い合うアベルと涼。
スコッティーは再びため息をつく。
二人の疑問は、スコッティーに向かう。
「その女性とは、どこで知り合ったんだ?」
「知り合ったのは……戦場ですね」
「なんと!」
アベルの問いに、素直に答えるスコッティー、驚く涼。
「戦場で知り合った……女性だよな?」
「はい」
「となると、結構限られるぞ」
アベルはそこまで考えて、何かを閃いたようだ。
「もしかして、シルバーデールのフェイス嬢か?」
「おぉ! 公爵家! すごい美人さんですよね」
「いえ、違いますから」
アベルが問い、涼が乗っかり、スコッティーが否定する。
「どこの戦場だ?」
「デスボローの戦いからの撤退戦でした」
「ああ……」
スコッティーの答えに、アベルが顔をしかめて頷く。
「デスボロー?」
涼は記憶にない。
「帝国が王国に侵攻した、最初の戦いだ」
「もしかして、北部貴族全員が裏切った、あの?」
「それだ」
涼が思い出し、アベルが肯定する。
「味方だと思っていた北部貴族の軍が寝返ったんだからな。撤退戦は地獄だったと聞いた」
アベルは小さく首を振る。
アベルが即位する前の戦いであり、当時は南部のルンにいた。
それでも即位後、いろんな人から話を聞く機会があり、その撤退は苛烈を極めたと言われたのだ。
「私とザックは、王国騎士団の殿でした。その女性と魔法団のアーサー殿が、同じように殿として戦っているのが見えたので協力しました。それが最初……だと思います」
「文字通りの戦友!」
はにかみながら説明するスコッティー、驚く涼。
そしてスコッティーは、少しだけ考えた後、口を開いた。
「その女性がナタリー・シュワルツコフ殿です。仲良くさせていただいております」
「ナタリー? 水属性の魔法使いの?」
涼が驚きながら確認する。
「彼女は現在、シュワルツコフ家の当主だ」
「なんと!」
アベルの言葉に驚く涼。
ナタリーは、学術調査団に参加した宮廷魔法団の一人として、大海嘯後のルンの街を訪れたことがある。
その際、ダンジョンの奥に強制転移されたアベルらを救うべく、涼の元に助けを求めにきたのだ。
だから涼からすれば、古いと言ってもいい知り合いである。
「シュワルツコフ家は、王国西部の伯爵位を持つ家でもある」
「おぉ!」
「ナタリーが伯爵位を継いでいる」
「女伯爵! カッコいいですね!」
涼が興奮している。
どこかのヴァンパイアの国にいる女公爵は知っているが、旧知の人物が女伯爵になっていたのはちょっと嬉しいらしい。
「あれ? でもナタリーってかなり若くなかったでしたっけ?」
「今、十八歳とか十九歳じゃないか」
「若くして伯爵位を継いだんですね」
「王国解放戦で、シュワルツコフ家は、彼女以外の直系が亡くなってしまったからな」
「なるほど」
涼が頷く。
ナイトレイ王国においては、貴族位を継ぐのは男性でも女性でも問題ない。
当主が次期当主を指定しておいたり、亡くなる際に指名したりするのだ。
ただ、様々な事情でどちらも行われなかった場合は……。
「解放戦で功績を挙げたから、まだ未成年だったナタリーを、俺が国王としてシュワルツコフ家の当主として認めた」
「アベルもたまにはいい仕事をするじゃないですか」
「なんだ、それは」
涼がなぜかアベルの肩を叩いて褒めてやり、アベルが顔をしかめる。
筆頭公爵と国王、はたしてどちらが上位者なのか……。
態度はどう見ても、筆頭公爵の方が大きいようだが。
「貴族じゃない人がナタリーの夫になった場合、どういう身分になるんですか?」
「法律上、伯爵位はナタリーが持つことになるが、夫となった者も伯爵同様の立場となる。少なくとも王国では、そう決められている」
「それって、もし……もしもですよ? もしも、離婚したら……元夫は……」
「もちろん、貴族ではなくなるな」
「ですよね」
アベルの答えを受けて涼は顔をしかめる。
そして二人はスコッティーを見た。
「気が早いですから。結婚どころか、正式なお付き合いもまだです」
小さく首を振りながらスコッティーが答える。
「でも、そうと分かっていたら……アベル、大失敗をしましたね」
「大失敗?」
「こんな暗黒大陸までスコッティーさんを連れてきてしまって。本国ではナタリーがアベルの事を恨んでいる可能性がありますよ」
「そ、そう言われてもな」
涼の指摘に、少しだけ慌てるアベル。
もちろんアベルだって、今聞いた話を国にいる間に知っていれば、スコッティーを護衛から外しただろう。
もちろんスコッティーは優秀だし、昔からの知り合いで気の置けない間柄で、何よりも信頼できる騎士だ。
だが、今回の任務に関して絶対に替えが利かない存在かと言われれば……そこまではない。
たとえば涼の様に他に替えが利かないというわけではないのだ。
そう考えると、本国に置いてくるべきだったのかもと、確かに思えてしまう。
「いえ、陛下、それにリョウ殿、そういう気を回すのはやめていただきたい」
「うん?」
「はい?」
「私は王国騎士団員であることに誇りを持っています。中隊長として、国王陛下の外遊の護衛に選ばれたことを名誉なことだと思っています。ですので、これからも変に気を回さないでいただきたいのです」
「お、おう」
「なんて立派な」
スコッティーがはっきりと言い切り、アベルがその圧力に押され、涼が称賛する。
ここで、アベルはふと気になることがあった。
それは、スコッティーの相棒ともいうべき人物が頭に浮かび、その人物が別の人物……エルフに執心であることを知っていたからかもしれない。
「スコッティーとナタリーのことは……ザックは、どこまで知っているんだ?」
「え……」
アベルのその問いは予想外だったのだろう。スコッティーは言葉に詰まる。
十秒ほど考えてから答えた。
「全く知りません」
「そうか」
アベルは一つ頷いた。
なぜかそこに流れた重い空気に気付く涼。
だが、その理由は全く分からない。
少しだけ推測して……。
「相棒だからって、全部を知っているわけではないですからね。いつか機会があれば伝える、というのでいいんじゃないですか?」
涼は、まだザックに伝えていないことが気まずいのだろうと認識したのだ。
もちろんそれもそうなのだが、アベルとスコッティーの認識は少しだけ違う。
二人は、ザックがセーラに片想いをしていることを知っている。
だがそのセーラは、ここにいる涼のことを好いているようだ。
涼も、セーラのことが好きらしい。
その上で、スコッティーがナタリーとそういう関係であることを知らせていないというのは、ザックが知った時ショックを受けるだろうなと、想像がつくから……。
「ま、まあ、まだ正式に付き合っているわけでもないもんな」
「はい、まだ仲良くさせていただいているだけです」
「いわば友だ。友ってのは、みんなそれなりにいるしな」
「はい、その通りです」
なぜかアベルが言い訳をし、スコッティーが同意する。
ある意味、ここにいる中では最も当事者に近い涼は全く理解できていない。
そんなことよりも、「こっちにも結婚祝いとかあるんですかねぇ」とか、「あるとしたら何がいいですかねぇ」とか、「割れない銀の食器系とか? でもでも、伯爵家だったらいいの持ってそうですしね」などと、微笑みながら呟く。
「二人が結婚することになったら、真っ先に俺が祝福してやるからな」
アベルが頷きながら言う。
どんな世界にも、プライベートに口を挟む、おせっかいな上司はいるのかもしれない……。
カフェで、そんな平和な空気が流れていた一方、王国一行がいるジェルダン政府では、厄介な出来事が起きていた。
ジェルダン港湾長官であるヨールタールは、一度港役場に戻ると、部下にナイトレイ王国一行が入港した件を政府中枢に報告するように告げる。
さらに、自らも報告するために服装を整えて、ジェルダン王宮に向かった。
王宮に着いて、ヨールタールはすぐに、常にはない慌ただしさに気付く。
最初は、ナイトレイ王国一行の件かと思ったのだが、どうも違うようだ。
ヨールタールは、旧知の王太子付き侍従長トロソがやってくるのが見えた。
トロソは額に手を持っていき、顔をしかめている。
「トロソ殿、王宮が騒がしいようですが」
「ああ、ヨールタール長官。まだ聞かれていませんでしたか、隣のガショート侯国から、『東部諸国』に正式に加盟するようにとの書状が届いたのです」
「東部諸国に正式に加盟?」
ヨールタールには、正直意味が分からない。
確かに、このジェルダン王国は東部諸国にも西部諸国連邦にも属していない。
それは別に、独立不羈をうたっているとか、そんなカッコいいものではない。
東部諸国と西部諸国連邦が、国境を接すると面倒事が増えるため、暗黙の了解の上で存在させられている……そういうものだ。
ジェルダンを含めた、緩衝国家群と呼ばれる国は三カ国。
いずれもかなりの小国だ。
どちらの陣営に属しようがしまいが、大勢に影響のないほどの国力しかない。
いやジェルダン王国は、沿岸部における東と西の中継貿易地であるため、経済規模はある程度ある方かもしれない。
しかし、軍事力はほとんどない。
結果、『国力』として見た場合、風が吹けば飛んでしまう程度のもの……。
考えると自分でも悲しくなるが……それが事実だ。
それなのに、東部諸国に正式に加盟せよ?
意味が分からない。
「書状を持ってきたのはガショート侯国の使節ですが、書状にはバーダエール首長国のバットゥーゾン首長の署名があるそうです」
「確か数日前に帰還されたとか。それから、すぐにこんな動きを?」
トロソ侍従長が説明し、ヨールタール長官は顔をしかめる。
「西部諸国連邦の元首は行方知れずとなっております。ですので、このタイミングで呑み込もうというのでしょう」
「むぅ」
ヨールタールは思わずうなる。
恐らくジェルダン王宮と政府は、申し出を受け入れるだろう。
国力を考えるまでもなく、それ以外の選択肢はない。
申し出を受け入れて、正式に『東部諸国』の所属となったからといって、それほど大きくは変わらないだろう。
むしろ、両陣営の間で不安定な状況に置かれることが少なくなる分、良い点もありそうだ。
もちろん、元首が行方知れずとはいえ、西部諸国連邦政府が黙ってみているとは思えない。
外交特使を派遣してきて文句は言うだろうが……。
西部諸国連邦も理解しているだろう。
そもそもジェルダンに選択権などないことを。
トロソが去った後、ヨールタールは盛大にため息をついた。
「小国の悲哀、か」




