0007 魔法の効果範囲
魔法には、効果範囲というものがあるようだ。
現在の涼では、自分を中心に最大半径十五メートルほど。
それを超えると自分の魔力を伝えられない。
例えばウォーターボールを放っても、十五メートルを過ぎると浮力を失い地面に落ちていく。
十五メートルに到達するまでなら、魔力の糸がついているかのように、ある程度自由にコントロールすることもできる……ようになった。
最初は十メートルほどで落下していたことを考えると、効果範囲が延びてきているのは確かである。
まあ、ウォーターボールのスピードは速くないし、威力も弱いので、涼が攻撃魔法として使うことはないのだが……。
レッサーボアを狩るときに使うアイスバーンも、涼の目の前から十五メートル先までしか発生させることはできない。
そう、涼を起点にして、発生させることしかできないのだ。
十五メートル先のレッサーボアの足元だけにアイスバーンを生み出すことは出来ない。
十五メートル先の空間にウォーターボールを突然発生させることは出来ない。
もし出来るようになったら……?
十メートル先のレッサーボアの足元に、半径三メートル程度のアイスバーンが発生したら……滑って移動できなくなるレッサーボアは、それだけで行動不能になるだろう。
現状、涼の最大の攻撃手段であるウォータージェット。
これも、涼から相手までの一直線の攻撃方法である。
それはある意味、避けやすいということでもある。
攻撃の軌道が自分に向かってくる一直線のみだから。
確かに、ウォータージェットのスピードを回避するのは、相当に困難ではある……だが、あのアサシンホークはかわした。
しかも、涼の奥の手ともいえる<ウォータージェット32>を。
ウォータージェットの三二本同時発射……面制圧用に、僅かずつ角度をつけて発射したにもかかわらず、その効果範囲外に移動してみせたのだ。
まだまだ改良の余地がある。
食の充実、それは確かに魅力的ではあるが……結界の外には今回の様な、まだ涼では勝てない魔物がいる。
しかも、すぐそばに。
もっと強くなっておかなければいけない。
死んだら、そこでおしまいなのだから。
東の森への狩りは二日に一度、午前中に。
レッサーラビットかレッサーボアを一頭狩る。
狩りに行かない日や、雨の日の午前中は、『魔物大全 初級編』をしっかり読み込む。
いつ、どこでどんな魔物に遭遇するかわからないのだから。
読んでいなくて対処できませんでした、ではあまりに情けない。
それ以外は、魔法の練習。
自分から離れた場所に、水や氷を発生させる練習である。
いきなり十メートル離れた場所に発生させる、などということはやはり出来なかった。
右手を伸ばす。
その先にウォーターボールを発生させる場合、掌から十センチ先の空間にウォーターボールは生成される。
それを最終的に十五メートル、あるいはその先まで延ばしたいのだ……これもまた先が長そうである。
だが、先が長そうだからといって、やらなくていい理由にはならない。
外で練習できる時には、自分から離れた場所からウォータージェットを発射する練習をかならず織り込んでみた。
これなら、離れた場所に発生させる練習と、ウォータージェットの威力向上の両方を兼ねているだろうからだ。
成長は、ほんの僅かずつであった。
それでも成長しているその結果が見えるのは、涼には嬉しかった。
生きるか死ぬかに直結することなのだ、嬉しかろうが嬉しくなかろうが関係なくやらねばならない。
それはその通りなのだが、人はそこまで強くない。
努力した成果が目に見えるか見えないか、これはモチベーションに大きく影響する。
理屈ではない、感情の問題なのである。
人の半分は感情で出来ている。
その、『半分の部分』を動かせるかどうか、それは良い成果を得るためには、とても大切なことなのだ。
涼は理屈によらずにそのことを知っていた。
涼は天才ではない。
秀才、というわけでもない。
だが努力する大切さは知っている。
それは理屈によらず、感情の部分で知っていた。
そういう人間にとっては、努力することは全く苦にならなかった。
変化は突然訪れた。
二日に一度の狩りの日。
東の森にレッサーラビットかレッサーボアを狩りに行く。
もちろん、その二種類以外の魔物が出る可能性はある。
あるのだが、北の森でアサシンホークに出会った以外、これまで経験したことが無かった。
北の森も東の森も繋がっているし、たいして距離も離れていないのだから、例えばアサシンホークが東の森に出る可能性は当然考えていた。
だが、今日出会った魔物は別の物であった。
「グレーターボア……」
レッサーボアの上位種ノーマルボアの、更に上位種である。
土属性の遠距離攻撃魔法である石礫を放ってくる。
そして、突進のスピードは音速に迫る。
風と土、空と地上という違いこそあれ、アサシンホークに特徴が似ている。
ただ、大きい……。
全長は七メートルほどであろうか。頭のある位置も地上から三メートルほど。
これが、亜音速で突進してくる。悪夢である。
「はねられたら死ぬ。地球で死んだときはトラックにはねられたけど、速い分あれよりまずいですよね」
運動エネルギーが、質量と速度で決まる以上、亜音速の速度で突っ込んでくるグレーターボアは、地球のトラックなど比にならないほどの破壊力を生む。
見た目、ダンプカーと同じくらいの大きさである。
涼からグレーターボアまで二十メートルほどあるのだが、イノシシの外見からか、遠近感がおかしくなりそうなほどの巨大さだ。
(<アイシクルランス16>)
まず本体の突進迎撃用にアイシクルランスを地面から三十度の角度で十六本生成。
これで亜音速の突進を防ぐ。
グレーターボアは、ゆっくりと近づいてきながら石礫を二発発射した。
(<アイスシールド2>)
氷でできたテニスのラケット程度の大きさの盾が涼の前に発生し、飛んできた石礫とぶつかって消えた。
「グオォォォォォォ」
それは威嚇かイラつきか。グレーターボアが叫ぶ。
直後に、グレーターボアの周囲に二十個余りの石礫が生成される。
「それ多すぎでしょ」
(<アイスウォール>)
涼は前面からの攻撃を全て防ぐために、盾ではなく壁を選択。
その直後、グレーターボアの石礫が発射される。
涼に向かって飛んでくる石礫がアイスウォールに当たる直前、アイシクルランスが砕け、アイスウォールが割れた。
とっさに左に跳ぶ涼。
石礫の着弾とほぼ同時に、グレーターボア自身も突進してきたのである。
「技と同時に自分も突っ込んでくるって……どこかの騎士の剣聖技か!」
涼の好きなコミックに出てきた技である。
「僕が風属性魔法使いなら、三体分身からソニックブレードを放ち、後を追う形で突撃攻撃できるのに!」
いや、涼には無理。
石礫でアイシクルランスを砕き、自身の突進でアイスウォールを砕いて見せたグレーターボア。
砕いた勢いのまま涼の横を通り過ぎ、十五メートルほど先でこちらに向き直った。
「そこで止まった君がいけないんだ」
(<アイスバーン>)
『グレーターボアを中心に』氷の床が形成される。
グレーターボアの周りは半径三メートルほどが氷の床に、そして涼との間も全て氷の床になった。
グレーターボアは氷の上で立っていられないらしく、何度も転んでいる。
生まれてこの方、氷の上を歩く経験をしたことがないのであろう。ロンドの森は温かいから。
(<アイシクルランス16>)
あれだけ練習しても、未だにアイシクルランスを飛ばすことは出来ない。
だが、自分から離れた場所に生成することはできるようになったために、別の使い方が生じた。
グレーターボアの上空十八メートルの位置に、先端近くに重心が置かれた十六本のアイシクルランスが生成される。
そして、落下。
「ギャァァァァァァァ」
グレーターボアの首から後ろ、頭以外の場所に次々とアイシクルランスが突き刺さる。
グレーターボアは突進の特性上、鼻を含めた頭全体が極めて頑丈である。
普通の剣ではとても突き刺さらない。
だからこそ涼のアイスウォールすらも突き破ったのである。
だが、首から後ろ、身体の部分はそれほどでもない。
レッサーボアと変わらないくらいであり、普通のイノシシよりは少し硬いという程度である。
涼はそこを狙ったのだ。
「『魔物大全』きちんと読み込んでおいてよかった。でも穴だらけになったこの皮は、もう使えそうにない……」