0750 死闘Ⅳ 転
左腕は捨てていた。
左腕を斬らせることによってガーウィンの拳をずらし、自らの首を守る。
それと刺し違えて、右腕一本でガーウィンの首を斬り飛ばす。
それが涼の計画だった。
だが……その右腕も斬り飛ばされた。
斬り飛ばしたのは、ガーウィンの剣ではない。
右腕が斬り飛ばされた瞬間、涼も認識した。
神速の踏み込み。
紫電一閃。
文字通り、稲光のような剣閃が、涼の右腕を斬り飛ばした。
なぜ?
分かっている。
これほどの剣閃、他にはない。他にはいない。
以前も、経験した。
砂塵が晴れ、その人物が……いや幻人が姿を現した。
「マリエさん……」
呻くような声が、涼の口から漏れる。
「久しぶりね、リョウ。やっぱりリョウは腕の無い方が素敵よ……あれ? 両腕が無い? 私が斬り飛ばしたの、右腕だけだったのに?」
「ガーウィンが左腕、マリエさんが右腕を」
「あら……」
肩をすくめるマリエ。
そう、東方諸国で涼とマリエが戦った時にも、涼はマリエの抜刀術に片腕を斬り飛ばされた。
そして、今回も……。
血は止まっている。
というより、失った両腕の血流を繋げて、強制的に体内を循環させている。
「リョウがいるのが分かったから、思わず飛び込んでそのまま腕を斬り飛ばしたけど……戦っていたのね」
「……なんですか、それ」
マリエが説明し、顔をしかめたまま答える涼。
思わず飛び込んで腕を斬り落とす……そんな挨拶をしてはいけないと、涼は思うのだ。
もっとも、相手は人ではない。
涼が思う常識が通じる相手ではないということだろう。
「幻人、お前もリョウを殺したいのか?」
「はい? ああ……スペルノ? そう、リョウはスペルノと戦っていたの。リョウとは、もう一度正面から戦ってみたいとは思ったけど、ちょっと無理そうね。好きにしなさいな」
「そうか、なら俺がリョウにとどめを刺す」
ガーウィンはそう言うと、禍々しい笑みを浮かべた。
「リョウ!」
アベルの叫びが涼にも聞こえる。
微かに。
(これはマズい……)
さすがに涼でも、自分が窮地に置かれているのは分かる。
チラリとアベルの方を見る。
アベルはオレンジュだけでなく、女性の眷属、男性の眷属と対峙している。
オレンジュ以外の眷属が、涼の元に行くのを阻む位置を取っている。
一対三の状況。
東方諸国に行って、力の増したアベルであっても、さすがに厳しそうだ。
何かないか。
逆転のきっかけはないか。
ずっと探っている。
探っていた視線がふと、空に向く。
その視線の先で、空間が漆黒に切り取られた。
「許さぬぞ」
漆黒の向こうから轟く声。
「許さぬ、認めぬ。我以外の者に殺されるなど……」
漆黒から、光が発する。
涼にとどめを刺そうとしていたガーウィン、横で見ていたマリエ。
二人が、瞬時に危険を察知して飛び退く。
動けない涼。
今、聞こえてきた声には覚えがある……。
「許さぬぞ」
それは、先ほどと同じ声。
地を打った者から聞こえる声。
「リョウを殺すのは、我だと言うたはずじゃ」
それは、誰よりも涼を殺すことを欲する者の声。
「我以外の者に殺されるなど、認めぬ」
そう、それは、正面から涼を殺すことにこだわる悪魔の声。
ある意味、涼がよく知る者……。
「レオノール……」
怒りに満ちた悪魔レオノール、降臨。
「なぜ……」
涼の口から漏れたその疑問は、当然のものだろう。
「言ったはずだ、リョウを殺すのは我だと。我以外の者に殺されるなど許しておらん」
「あ、はい、すいません」
「相手が竜王ならいざ知らず、スペルノや幻人に殺されるなど、あっていいわけがないだろうが」
「そうですか……」
怒りにまかせて早口で詰問するレオノールに、ただ圧倒される涼。
もちろん、周囲も全く動けていない。
ガーウィンもマリエも。
アベルもオレンジュ、イゾールダ、ヴィム・ローも。
そして、城壁の上から見守るバーダエール首長国の者たちも。
誰も動けず、口も開けないまま、空から降ってきたレオノールと両腕を斬り飛ばされた涼を見ている。
「痛そうじゃな」
「一瞬で腕が生えるポーションとか持っていませんか?」
「持っておらん。人も、そんなものは作れんじゃろう?」
「僕もそう思っていたんですが……」
涼はそう答えながら、幻人マリエをチラリと見る。
「以前、そんなポーションを使ったことがありまして」
そう、東方諸国でマリエと戦った時、戦闘後にマリエがくれたポーションで腕が生えてきたのだ。
そんなもの、天才錬金術師と名高いケネス・ヘイワードでも作れない。
そんなポーションを、マリエはもらったと答えたのだ。
マリエよりも剣の強いヴァンパイアに。
「そんなポーションがあるのか、面白いな。我には必要ないが、今度見つけたらリョウに教えてやろう」
「ありがとうございます」
涼が感謝する。
とはいえ、今は両腕は肘の先から斬り飛ばされたまま。
「我が二人とも倒してやる」
「片方だけ……お願いします」
レオノールの宣言に抗う涼。
「もう一方はどうする?」
「もちろん、僕が倒します」
「その腕でか?」
「相手が一人なら問題ありません。これくらいはハンデです」
「……そうは見えんが」
肘の先から斬り落とされた涼の両腕を見て、レオノールは正直に言う。
彼女にしてみれば、悪魔だろうが幻人だろうが、自分以外の者に涼が殺されるのは嫌なのだ。
両腕が無い状態で、本当に勝てるのか疑問に思う。
「大丈夫です。一対二では無理ですが、一対一なら……以前も戦いました」
涼がはっきりと言い切る。
目には決意の光が見える。
それを確認してレオノールは頷いた。
「ならば、我はスペルノの方を倒そう」
「では僕は、幻人のマリエさんを倒します」
「リョウ、死ぬことは許さぬ」
「レオノール、僕は死にませんよ」
レオノールと涼は頷き合うと、それぞれが対峙する相手の元に歩いていった。
この場面を作りたかったので、こんな展開になりました。
ええ、後悔はしていません。
あ、でも明日は一旦、アベルとオレンジュの戦いを挟みます……。




