0749 死闘Ⅲ 涼対ガーウィンⅡ
「いいだろう、リョウの動きを俺が捉えられないというのを受け入れよう。だが、硬くなれば、斬られてもどうということはない! <フルボディーアーマー>」
「フルボディ……アーマー?」
ガーウィンの言葉がわずかに聞こえ、それに首を傾げる涼。
しかし、考えている暇はない。
ガーウィンの跳び込みから、再び始まる連撃。
それを全てかわす涼。
そして、一撃。
カンッ。
だが響いたのは、皮膚を切り裂く音ではなく、硬いものに村雨が弾かれた音。
「フルボディーアーマーって、全身を鎧みたいに固くするってこと? なんたる脳筋対処法!」
「これなら、どこを斬られても問題ない」
驚く涼、ニヤリと笑うガーウィン。
確かにガーウィンの手甲や足甲は、村雨と互角に打ち合える。
それらはガーウィンの魔法で生み出されたものなので、それを全身にまで纏わせればいい……原理としてはそういうことなのだろう。
「だったら、最初からそうすればいいはず。なぜ今になって?」
涼が抱いた疑問は当然だ。
最初に考えつく理由は、長い時間は使えないからというもの。
エネルギーの供給というのは、あらゆるものに付きまとう制限要素だ。
次に考えつく理由は、使い勝手が悪いからというもの。
硬くはなるが、同時に動きにくくなるというのであれば、常時展開というわけにはいかない。
パッと思いつくのは、その二つ。
王国での戦闘で涼が使った<熱量簒奪水蒸気>のような特殊な方法でも使わない限り、ガーウィンの魔力はほとんど無尽蔵なイメージがある。
そう考えると、前者よりも後者の方がありえそうだ。
確認するには……。
「試してみるしかありません!」
今度は、涼の飛び込みから始まる剣戟。
しかし、すぐに攻守が変わり、ガーウィンの攻撃、涼の防御になる。
それは涼の想定通り。
徒手という、手と足が得物であるガーウィン。
武器が小さい方が取り回しはいい。それはつまり、先手を取って攻撃を続けることができるということ。
そのため、間合いを考慮しなければ、ガーウィンの攻め、涼の守りの構図は自然。
それでこそ、涼の学習能力が生きる。
ガーウィンの連撃をかわす涼。
そして確信した。
(確かに、手甲と足甲だけだった時より、連撃速度が落ちています)
さらによく観察する。
(ああ、関節部分の装甲が、どうしても干渉しあって速度が落ちるのですね。理解できました)
もちろん、それを突破する方法は、まだ思いつかない。
しかし、問題解決は一つずつだ。
「観察し、考察し、実行する」
観察はした。
考察もした。
実行は……剣を突き立てること。
どこに突き立てる?
「いつの時代、どんな世界でも、鎧の弱点は変わりません」
そう、それは関節。
だが当然、そんなことは<フルボディーアーマー>を生成したガーウィンも理解している。
だから、村雨といえども、斬撃を浴びせるのは難しい。
ならば……。
涼の突き。
ガーウィンはかわし、潜り込んでからの右アッパー。
超速の反応、いや完全な読みで後方に跳んで距離をとる涼。
取られた距離を活かし、アッパーカットで上に伸びたガーウィンの右肘に……。
村雨を突き刺す!
斬る隙間は無くとも、突く穴ならある。
「うぐ……」
苦しい声を出して大きく後方に跳ぶガーウィン。
魔人は死なない。だが、痛みを感じないわけではない。
もちろん、傷ついた肘はすぐに修復される。
「<フルボディーアーマー>とやらも完璧ではないようですね」
「おのれ、リョウ」
ドヤ顔で告げる涼、怒りのガーウィン。
もちろん、鎧の隙間から肘を傷つけることができただけのことだ。
戦闘の帰趨を決めるほどの決定打には程遠い。
しかし、戦う者には心がある。
体にダメージを与えて戦闘能力を下げずとも、心にダメージを与えて戦闘能力を下げる方法もある。
「この一年で、僕とあなたの間にあった差は開いたのです」
「てめぇ……」
「戦うごとに、その差は開いていきますよ。今なら、まだ傷は浅いです。軍をまとめて撤退し、約束通り、二度と攻めてこないでください」
「ふざけんな!」
涼が挑発し、ガーウィンの感情が爆発する。
相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩。
涼が実行したのは、いつもの原則通り。
原則が使用可能な状況に持っていけるかどうかが、全体の成否に最も直接的な影響を及ぼすのだ。
感情に任せて突っ込むガーウィン。
初撃は、勢いのままの右手突き。
それは涼の、完全な予測通り。
足さばきでガーウィンの横に出て、伸びきった右腕の肘に連続突き。
しかも氷結剣。
「<エバポレーション>」
突かれた先から広がる氷を、ガーウィンはすぐに蒸発させる。
しかし、一撃では終わらない。
左肘、左膝、右膝、喉、再び右肘……。
ガーウィンを中心に、反時計方向に高速移動しながら、関節の隙間から村雨を突く。
涼の背中に、水の微粒子が揺蕩う……。
何度も突く。
何度も回る。
やがて、回復と蒸発速度を、氷結速度が上回る。
完全な氷の除去が間に合わない。
一層、除去に集中するガーウィン。
それが、涼の狙い。
回り、回り、回り……。
ガーウィンの正面から狙う、喉。
だが今回は、今までとは違う。
突き刺し、さらに押し込む。
除去されきれていない氷と共に、喉の奥深くまで貫く。
そのまま、回る。
貫いた村雨も回転し、ガーウィンの首が切断……。
ドスン。
突き飛ばされる涼。
自らも大きく跳び退るガーウィン。
ガーウィンの首は、完全には切断できなかった。
「危ない、危ない」
おどけたように言うガーウィン。
その瞬間、涼は自らの策が破れ、大きくガーウィンの側に勝利の天秤が傾いたことを知った。
確かに、戦闘開始からここまで、涼有利な状態で推移してきた。
しかしそれは、簡単に覆る差。
力でも速さでも圧倒的な違いがあるために……涼の学習能力と、心理的な駆け引きによって保たれていた涼の優位など、儚いものなのだ。
涼自身が、そのことを最も理解していた。
だから、この一連の攻撃は絶対に成功させて、戦闘を決着させなければならなかった。
だが、失敗した。
失敗した事によって、ガーウィンに気付きを与えてしまった。
「リョウが俺に勝つ唯一の方法は、首を斬り飛ばすことだ」
気付きは冷静さを生み出す。
「そこさえ守れば、俺は負けない」
禍々しく笑うガーウィン。
それを見て顔をしかめる涼。
局面が、自分にとって困難なものになっていくのを、自覚せざるをえなかった。
そもそもガーウィンには、戦闘開始前から、いや王国で戦っていた時から疑問に思っていたことがあった。
それは、戦闘終盤、ガーウィンが自身の体を再生できなくなった事象についてだ。
結局そのためにアーウィン・オルティスの体に戻り、最終的に体の主であるアーウィンの抵抗にあって、<インプロージョン>の魔力が暴走して、飛ばされたのだ……。
なぜ、再生できなくなったのか。
涼が何らかの方法で再生を妨害したのだろうとは分かる。
恐らくは、ガーウィンの魔力……『祠』から流れ込む力までも奪っていったからだろう。
疑問なのは、その方法だ。
(リチャードですら、そんなことはできなかった。それなのに、水属性の魔法使いリョウはやりやがった)
知りたいとは思うのだが、どう考えても切札の類だ。
教えてくれと言って、その機序を教えてくれるとはさすがに思えない。
実は時々、自らの魔力の流れを追っている。
その限りでは、あの時の魔法は発動していない。
再生することができる魔人に対しては、まさに切札となる魔法。
なぜ発動していない?
決まっている。
発動の条件が整っていないからだ。
その条件とは何か?
それは分からない。
教えてくれと言っても教えてはくれないだろう。
ならば、どうする?
「試すしかないよな」
禍々しく笑うガーウィン。
そして唱えた。
「埋めつくせ! <グラビティロッド>」
次の瞬間、涼の視界を埋め尽くす、宙に浮く無数の黒い針。
それは、重力を発する針……もっとも、長さは二十センチ、太さも箸ほどはあるため、裁縫で使われる針よりははるかに大きい。
どちらにしろ、数万を超える黒い針は、涼をあらゆる方向から引っ張る。
その結果、涼は動くことができなくなる。
「やはり、その魔法を放ちますか」
涼が顔をしかめて呟く。
王国で戦った際には、<熱量簒奪水蒸気>の魔法によってガーウィンが再生するためのエネルギーを奪い続けていた。
その結果、この黒い針たちも維持できなくなった。
しかし、今は<熱量簒奪水蒸気>の魔法が使えない。
もちろんそれは、涼に起因する問題ではない。
ガーウィンのエネルギーを奪い取ったとして、問題はそのエネルギーの行き先だ。
王国で戦った際は、『棺桶』がその行き先であった。
棺桶の中には堕天した者がいた……この三次元においては、ある意味、無尽蔵にエネルギーを蓄えることができる存在。
だから、ガーウィンからいくらでも吸い取ることができた。
しかし今は、そんな便利な存在はいない。
それにあの時ですら、ガーウィンの再生やアーウィンの修復に必要な魔力は奪い取れたが……全てを奪えたわけではなかった。
だからこそ、最後の最後で、ガーウィンはアーウィンの体内に残っていた魔力で<インプロージョン>を放とうとしたのだし……。
ガーウィンの<グラビティロッド>は、涼の視界全てを埋め尽くすほどの量。
飽和攻撃の最たるもの。
その数は、涼の<動的水蒸気機雷>をすら上回る。
「全部切り刻みます! <ウォータージェット2048>」
動けない涼の周りを動き回る2048本の水の線。
一本の<ウォータージェット>で、十本の<グラビティロッド>を切れるようだ。
「<ウォータージェット2048><ウォータージェット2048><ウォータージェット2048>」
次から次に補充される水の線。
「正面からぶち破ってやります!」
「おもしれー! やってみろ!」
そして空いた空間に……。
「<動的水蒸気機雷Ⅱ>」
空気中の水蒸気を『機雷』にして、ぶつかった魔法や対象を凍りつかせる魔法。
「<グラビティロッド>」
さらに唱えるガーウィン。
機雷と黒い針がぶつかり、何千もの対消滅の光が発せられる。
飽和攻撃に飽和攻撃をぶつける涼とガーウィン。
結局、ガーウィンも涼も脳筋なのだ。
(魔法戦は厳しい)
しかし、涼は認識している。
自分も相手も魔力切れを起こさない……そう仮定した時、魔法戦で決着がつく未来は見えない。
少なくとも、自らに軍配が上がる未来は見えない。
相手の隙を突いて心臓を貫く、氷漬けにする、消滅させる……どれもガーウィンには効果が無い。
唯一、勝利条件として設定された首を飛ばす……それだけがあり得るのだが……。
(意識されてしまいました)
そう考えると、勝利への道筋が全く見えない。
道筋が描けなくとも、だいたいの場合、方向性は見えるものだ。
守り続けていれば……綻びが生まれるのでは?
相手の心を乱せば……戦局が好転するのでは?
時間を稼げば……何かが起きるのでは?
明確にどんな変化が生じるか分かっていなくとも、『これをやり続ければいいのではないか』……そういう方向性が分かる場合というのは多い。
だが、今はそれすら分からない。
やはり……。
(あの回転で、首を斬り飛ばせなかったのが痛かった)
とはいえ、終わったことは仕方ない。
切り替えねばならない。
そうしなければ、負けて、自らの命を失うのだから。
もう一度考える。
魔法戦は難しい……ならば、剣で決着をつけるしかない。
剣で決着をつける状況に持っていくには、どうすればいいか?
遠距離戦の魔法ではなく、近接戦の剣。
間合いが遠い状態の魔法戦ではなく、間合いが近い剣戟。
こちらから一方的に間合いを詰めても、相手が近接戦をする気になっていなければ、距離を取られる。
理想は、相手にも近接戦の方が良いと思わせること。
現状、魔法戦は拮抗している。
涼は知っている。ガーウィンが、決して気が長い方ではないということを。
そう、けっこう短気だ。
このまま、魔法戦で決着がつかないとガーウィンが思えば……。
「くそっ、やっぱり魔法では埒が明かんか」
ガーウィンが吐き捨てるように言った。
「だったら、どうするんですか?」
涼が乗る。
「決まっている。近接戦だ」
「同感です」
ガーウィンは禍々しく笑いながら言い、涼も微笑みながら同意する。
一気に間合いを詰めるガーウィン。
迎え撃つ涼……しかし。
ガーウィンは狡猾だった。
動きが鈍る涼。
一瞬で、<グラビティロッド>が足元、土の中に生成されて涼の動きを阻害したことを理解する。
理解はした。
理解はしたが、間に合わない。
ガーウィンの右拳が尖っているのが視界に入った。
それは、涼の首を斬り裂くため。
涼は、左腕を捨てる覚悟をした。
左腕で首を守り、右腕一本で持った村雨で、ガーウィンの首を討てばいい、その判断。
そして……。
涼の両腕が、斬り飛ばされた。




