0742 入港したものの
「入港はしたものの……」
「陸は、宿が空いてないそうだ」
「だって……僕らが港外で待ってた間、一隻も港から出てきませんでしたもん。昨日からいる商人さんとか、そのまま街の中に留まってるってことでしょ?」
「まあ、延泊するよな」
スキーズブラズニル号の乗組員たちが宿を当たってくれたのだが、空いていなかったのだ。
もちろんアベルとしても、無理に上陸する必要性は感じていない。
スキーズブラズニル号に泊まればいいのだから。
むしろ、首長府にナイトレイ王国国王として会談希望を出したのに、その返事すら来ないことの方が問題だ。
「アベル、今夜の首長府での美味しいもの晩餐会は諦めてください」
「元々、そんなものは期待していなかったぞ?」
「でも大丈夫です。僕らには強い味方がいます」
「そうだな、コバッチ料理長の飯は美味いからな」
そう、スキーズブラズニル号の料理長コバッチと彼の部下の料理人たちは、いずれも腕が良いのだ。
「先ほど上陸して買い出しをした際に、小ぶりの白身魚が大量に手に入りまして。それと暗黒大陸特産の調味料もいくつか。それで美味しいものができましたよ」
「この香りは……」
「カァリーか?」
コバッチが笑顔で説明し、涼の鼻が利き、アベルがいつも通りの素敵な発音で首を傾げる。
そして出てきたのは……。
「白身魚の唐揚げ……カレー風味……」
「美味いな、これは」
「タミン、カーメリック、ドウガラシンなど、安く手に入ったのですよ。それに船内にあった調味料を合わせまして、美味しくなりました」
「多分、クミン、ターメリック、唐辛子……」
アベルの素直な感想に、嬉しそうに答えるコバッチ、香辛料の名前を地球風に言い換える涼。
美味しいに決まっている。
「首長府での晩餐会とかじゃなくて良かったのかもしれませんね」
「違いない。これは美味い」
「ありがとうございます」
涼もアベルも満足し、笑顔のコバッチ。
「そういえば、東方諸国でもありませんでしたっけ」
「うん?」
「ほら、上陸できずにもう一晩、船の上で過ごしたの」
「あったな。自由都市クベバサの時だったか」
「それです! さすがはアベルの記憶力ですね」
「よせやい」
涼が称賛し、照れるアベル。
「陛下は、東方諸国に行かれたことがあるのですか?」
「ん? ああ、いろいろあってな。あっちでも、夕方の入港で一晩船に泊まった」
パウリーナの問いに答えるアベル。
「なるほど、東方諸国でもあるのですね」
「西方諸国とかでも、こういうことってよくあるんですか?」
「よく、とまでは言いませんが、西方諸国でも暗黒大陸でも何度か経験したことがあります。港の問題というよりも陸の行政府内でのゴタゴタが港にまで波及している場合が多いです」
「なるほど」
パウリーナの説明に頷く涼。
急な首長の出征が関連するのだろう。
涼もアベルも顔を見合わせて頷くのであった。
乗船していた全員が満足した晩餐の翌早朝。
かなり早い段階で、首長府の人間がやってきた。
まだ朝早いのに、滂沱の汗を流しながら……。
「あ、アベル陛下におかせられましては、大変申し訳なく……」
「かまわん。首長は不在と聞いた。皇太子殿下が代理なのだろう? ご挨拶できるかな」
「はい、もちろんでございます。ご案内いたします」
案内役は何度も汗をぬぐいながら、何度も頭を下げながら……ほとんど、アベルを見ていない。
アベルは、特に表情を変えることなくスキーズブラズニル号を降り、護衛の王国騎士団と共に案内役について行く。
もちろん涼も、アベルのすぐ後ろを歩いてついて行った。
アベルらは、首長府会議室に通された。
そこには、二十歳ほどの青年が待っていた。
「バーダエール首長国皇太子のゾルンです」
「ナイトレイ王国国王アベルだ」
お互い名乗りあうと、ゾルンの方から謝罪を切り出した。
「本来ならば、首長である父バットゥーゾンが接遇すべきところ不在につき、私が代理を務めさせていただきます。アベル陛下にはなにとぞ……」
「問題ない」
「まずはボールンの危機を救っていただきましたこと、深く感謝いたします」
「いや、その場に居合わせたからだ。余計なことかもとは思ったが……」
「三万を超える魔物だったとか。高名なアベル陛下とロンド公爵閣下がいらっしゃらなければ、街は壊滅したでしょう。本当にありがとうございました」
再度頭を下げる皇太子ゾルン。
涼は無言のまま会釈をする。
こういう場合、涼はおすまし顔なのだ。
「そういえば、首長殿は出征されたとか。我々がボールンの街を発つ時には、チュクディー殿から聞かなかったので驚いたのだが……」
「はい。二日……いえ、三日前ですか。皆様がボールンの街を出る段階では、首長が出征する予定はありませんでした」
「それが、この三日で変わった?」
「はい……」
ゾルンはそこで言葉を切る。
どこまで話していいのかを考えているようだ。
アベルは出されたコーヒーに口をつけて待つ。
数秒考えた後、ゾルンは切り出した。
「出征先は、ジュルバン国の都タントガというところです」
「ふむ、聞いたことがない……いや、そういえば、『最も大きなオアシス都市タントガ』というのを聞いた覚えがある。そこと関係が?」
「まさに、そのタントガに都をおいた砂漠の国です」
アベルの知識に驚きながら、ゾルンは頷く。
「ジュルバン国自体、オアシス都市タントガを中心に、十年前に建国された国家なのですが、その国が突如、我が国に侵攻を開始しました。大きいとはいえ、しょせん砂漠のオアシス。人口が多くなりようがありません。東部諸国だけでなく、バーダエール首長国と比べても小さな国家だったのですが、我が国の街を攻撃してきたのです」
「なるほど。それに対する反撃か」
ゾルンの説明に頷くアベル。
だが、首を傾げる。
「しかし、首長自らが兵を率いて出るほどのものとは思えんが」
「はい。当初は、将軍らが出征するはずでした。ですが……ジュルバン国は、我が国の街だけでなく西部諸国連邦の街にも攻撃をしかけていたのです」
「ほぉ……」
「その西部諸国連邦もジュルバン国に対して宣戦を布告しました。そしてあちらは、諸国連邦元首自らが兵を率いると発表しました。その上で、我が国との共同出征を呼び掛けてきましたので……」
「総司令官の『格』を合わせるためには、こちらも首長が出ざるを得なくなったと」
「おっしゃる通りです」
国同士の関係というのは難しいのだ。
「変なことを聞くが……東部諸国と西部諸国の仲は良くないのではないか?」
「陛下のおっしゃる通りです。我が首長府でも、西部諸国連邦による謀略の可能性は検討されました」
アベルの言葉に、大きく頷くゾルン。
そう、首長を戦場に釣り出してそこで謀殺……西部諸国連邦がそんな絵を描いて、元首の出征まで計画したのではないか。
いやそれどころか、ジュルバン国による攻撃そのものが、そんな謀略の一端なのではないか。
そこまで考えたようだ。
元々アベルは、謀略が得意ではない。
しかし、そんなアベルですら考えつく程度の謀略……首長府が可能性を考えたのは当然だろう。
「ですが、ジュルバン国から受けた被害は、我が国よりも西部諸国の方がはるかに大きいことが分かりました」
「謀略のために、そこまではしないか」
「もちろん何があるか分からないため、今回の出征には、我が国も正規軍の二割を派遣しております」
「万全を期していると」
ゾルンの説明に頷くアベル。
バーダエール首長国を中心とした東部諸国、三十を超える小国家の連邦である西部諸国連邦。
この二国は、暗黒大陸の北部沿岸に君臨する二大国である。
もちろん、どちらの国にも所属せず独立を貫いている国もある。
しかし、そんな国々との国力差はとても大きい。
一対百……一対二百……。
それほどの差があるために、二大国は目くじら立てて自国に併合しようとはしなかったと言ってもいい。
そして、今回の出征相手ジュルバン国も……もしかしたら、それ以上の国力差がある。
「そのジュルバン国が、二大国の両方に攻撃を仕掛けたというのは……理由は分かっているのか?」
「いえ……」
アベルの問いに、ゾルンは顔をしかめて首を振る。
そう、当然、首長府もその点に関して多くの調査を行った。
だが、どう調べても、「一方的にジュルバン国が攻め込んできた」以上の情報が上がってこなかったのだ。
そしてそれは、もう一方の出征国である西部諸国連邦も同じ。
「自分たちから戦争を吹っかけた? 二大国を相手にしても勝てる算段がある?」
アベルは呟くのだった。
ナイトレイ王国一行は、首長府に隣接する迎賓館に入ることになった。
アベルは今日中、遅くとも明日には出発したいと言ったのだが、ゾルン皇太子に止められたのだ。
出征している首長が勝利を収めて戻るまでお待ちいただきたいと。
このまま出立させては、戻った首長に叱られると。
ジュルバン?国から首都ホソイナまでは、片道二日。
恐らく、今日、明日にも戦闘が行われるであろうから、あまりお待たせしないであろうから……。
確かに急ぐ旅ではない。
特に、次に訪れるはずだった西部諸国も戦争に巻き込まれているとなれば、王国一行が訪れても迷惑に感じるかもしれない。
国同士の邂逅、最初から悪感情で始めるのは得策ではないだろう。
「普通に考えれば、できたばかりの小国家が、二大国相手に勝てるわけがありません」
「ああ、俺もそう思う」
王国一行が入った迎賓館。
その主賓室で、涼とアベルが暗黒大陸コーヒーを飲みながら話し合いを行っている。
「ですが、ゾルン皇太子の話を聞く限り、どう考えてもジュルバン国の方から戦争を吹っかけていますよね」
「そうだよな」
「東部諸国は吹っ掛けられた以上、戦わざるを得ません。それは分かります。分かりますが……」
「なんでジュルバン国は戦争を仕掛けたのか」
どうしても、そこに行き着く。
「わざわざ二大国を同時に相手どろうとしているように見えます」
「東部諸国の軍と、西部諸国連邦の軍を何とかしてぶつける……俺には、二大国同時に相手にする理由が、それ以外には思いつかん」
「同士討ち……元々、仲の良くない二大国なんですよね。それなら十分ありそうです」
涼は、暗黒大陸の歴史にそれほど詳しいわけではないが、西方諸国にいた時に、そんな話を聞いたのは覚えている。
だから、教皇就任式の会場は、東部諸国と西部諸国は離れた席になっているとか……。
「百年前に袂を分かって以来、ずっと小競り合いを続けている。ここ数年は、西部諸国が連邦という形になって、しかもそのトップが東部諸国との融和策を推し進めているとかで、武力衝突は減っていたはずだ」
「なるほど」
「そうは言っても、潜在的にはお互い仮想敵国だろう。きっかけさえあれば、戦う機運になるかもしれん」
「国同士の歴史というのは厄介です」
「同感だ」
アベルは頷く。
ナイトレイ王国も、デブヒ帝国が帝国になる前から争ってきた。
何百年も続く隣国同士の関係。
王や皇帝の一代や二代でどうにかなるものではない。
それは、国民感情にまで深く根付いてしまうからだ。
国民感情は、『感情』と名付けられている通り、理性の問題ではない。感情の問題だ。
だから理屈では解決できないし、理を尽くして説明しても変わらない。
恐らく、国という枠組みの中で、最も厄介なものの一つ。
正直、どうやったら解消されるのか……。
解消されたと思っても、すぐに蒸し返される。
新たに権力を握ろうとする者、自らの権力が危うくなりかけている者が蒸し返し、民の目を外に逸らす。
そんなことに使われてしまう。
「とても難しいものです」
「まったくだ」
涼は歴史学研究の側面から。アベルは帝王学の側面から。
解決が難しく厄介なものであることを知っていた。
「まあ、俺たちが介入できるものではない」
「確かに。僕たちにできることを考えましょう」
内政不干渉。
それは、国同士の関係における大原則。
「僕たちは、この迎賓館に留め置かれているのですが……嫌な予感がします」
「嫌な予感? 突然、首長府がこの迎賓館を包囲するとかそういうのか?」
アベルは笑いながら言う。
涼がよく言う『パターン』としては、それこそよくあるパターンだからだ。
「いえ、その展開は一度ありました、イチバン島で。もうしばらくは無いでしょう」
「『パターン』じゃなくて『展開』だったか……」
なぜか真剣な表情で言う涼、苦笑するアベル。
「ここはやはり……大地が割れ、空が落ち、魔界と繋がって、そこからやって来る恐ろしい別世界の生き物がこの世界を蹂躙する……この展開がありそうです」
「マカイ? ベツセカイ? そんなものがあるのか?」
「あれ? そう言えば、魔界とかって無いです? ファンタジーなのでありそうな気がするのですが……」
「ふぁんたじ? マカイという言葉は聞いたことがないな」
「なんと……」
知識階級上位である国王が知らないということは、魔界はないのだろう。
「ファンタジーの定番ワードなのですが、無いとは……残念です」
寂しい表情になって首を振る涼であった。
二日後。
バーダエールの首長府に急報が届いた。
「ジュルバン国と戦闘に入りましたが、我が軍は壊滅。首長様が捕虜になりました」
その報告は、首長府に衝撃を走らせた。




