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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0741 世界征服の障害

翌朝、ボールンの街を出港したスキーズブラズニル号。

厄介な存在に目をつけられたようだが、今さらそんなことを気に()むような公爵閣下と国王陛下ではない。


「アベル以上に厄介な存在など、そうはいませんからね」

「投票したら、俺なんかよりもリョウの方が厄介だという結果が出るだろうがな」

「お金で票を買って僕を追い詰めるのですね! さすがは悪徳王アベルです」

「うん、買収なんかしなくともそんな結果が出ると思うぞ」

今日も、二人がいる甲板(かんぱん)は平和である。


甲板の一角では騎士たちが剣を振るい、乗組員たちは仕事に励む。

先ほどまで剣を振るっていたアベルは、今は本を読み、涼は氷の板に記述された魔法式を見ている。


「見ている魔法式は、例の棺桶(かんおけ)……レグナ殿が入っている箱のか?」

「ええ、よく分かりましたね」

「見覚えのない文字っぽいものが、たくさんあるからな」

「そうなんですよ。全く意味が分からないんですよね」

そう言う涼は笑顔だ。

それもかなりの笑顔だ。


「なぜ意味が分からないのに笑顔なんだ?」

「え? なぜ? 楽しいから笑顔なんですが」

「楽しい? 分からないんだろ?」

「分からないのが楽しいのです」

「……そうか」

涼が笑顔のまま答え、アベルはよく分からないまま受け入れる。



『分からないのが楽しい』……多くの分野において、一流以上になると、この感覚が芽生(めば)える。

逆に言えば、そう思えるようになったのなら、その分野において一流と言っていいだろう。


もしかしたら、超一流かもしれない。


涼は、錬金術に関して、一流と呼ばれる領域に足を踏み入れている。


水属性魔法に関しては、世界でもトップクラスだろう。

そして錬金術に関しても、高いレベルに手をかけた……そう言ってよいのだろう。


もちろん、本人にその自覚はない。

だから天狗(てんぐ)になることもない。

それはすぐ近くに、ケネス・ヘイワードという天才錬金術師がいるからだ。


天狗になることなく、さらに上に上がっていこうとする……それは幸福なこと。



「この世界の全て、森羅万象(しんらばんしょう)を明らかにする、それこそが人の欲望の最たるものだと思うのです。そう考えれば、この魔法式くらい読み解けるようにならなければいけません!」

笑顔を浮かべながら、やる気(みなぎ)る表情の涼。


「この世界の全てか……壮大だな」

「アベルだってそうでしょう?」

「俺? 別に俺は世界の全てとか考えたことないぞ」

「アベル王は、世界の全てを手に入れる。そんな世界征服の野望を持っているはずです」

「うん、そんな野望は持っていない」

「王となったからには、一度くらいはそんな野望を持つはずです」

「俺は持ったことない」

世界征服をけしかける涼、とてもまともなアベル。


涼のけしかけは、手を替え品を替え……。


「世界征服の際に厄介な相手は、トワイライトランドに違いありません」

「ああ……あそこの征服とか、無理じゃないか? ヴァンパイアの国だぞ」

「確かに。トワイライトランドとは同盟を結んで、敵に回さないようにしましょう。その際は、僕が交渉します。任せてください」

「そ、そうか……その時は頼……いや、そもそも世界征服とかしないからな!」

「惜しい、もうちょっとでした……」

涼のそそのかしは失敗した。



そんな平和な時間が流れるスキーズブラズニル号は、ボールンの街を出港二日後の朝、バーダエール首長国首都ホソイナの沖合に到着した。


平和だったスキーズブラズニル号とは違って、そこは……


哨戒(しょうかい)……多いな」

物々(ものもの)しいですね」

「ボールンから、街を救った報告は行っているはずですから、問題なく入港できるはずなのですが」

アベルも涼も、哨戒船と思しき船の多さに首を傾げ、船長のパウリーナも(いぶか)し気な表情だ。



多い哨戒船の一つが、すぐにスキーズブラズニル号を見つけて寄ってきた。


「停船せよ。こちらはバーダエール首長国、哨戒船である。本船の臨検(りんけん)を受けよ」


そんな声が、ボールンの時同様に、スキーズブラズニル号の甲板にも聞こえてきた。


「大きな声で叫んでいるつもりなんでしょうけど……」

「ボールンの時よりも聞き取りにくいな」

「別の部署から急に駆り出されて、慣れていないお仕事なのかもしれません」

「首都の沖合だろ? 普通は、優秀な部隊を配置してるだろ?」

「優秀な人たちは、どこかもっと大変なところに駆り出されたとか……」

アベルも涼も、適当な会話だ。


ただ、ボールンの時の哨戒船よりも、聞き取りにくいのは確か……。



スキーズブラズニル号は哨戒船の停船要請を受け入れた。

二隻の哨戒船のうちの一隻が接舷し、五人の役人が上がってくる。

この辺りは、ボールンの時と同じだ。


「バーダエール首長国第四十哨戒部隊、隊長のレキッサドウです」

「臨検ご苦労様。ナイトレイ王国所属、スキーズブラズニル号の船長パウリーナだ」

お互いに名乗り合う。


それを遠目に見ながら、誰にも聞かれないように会話をする二人。

((第四十哨戒部隊って言ってました))

((ボールンのは第三哨戒部隊だったか))

((その時のナウ隊長に比べて、今回のレキッサドウ隊長さんはかなり若いです))

((一緒に乗り込んできた四人も……全員若いな))

((やっぱり駆り出されたんじゃ……))

((そうかもしれん))

涼の推測を、ついに受け入れるアベル。



パウリーナが乗員証明書をレキッサドウ隊長に渡す。

「乗員証明書、確認させてもらいます」

レキッサドウはそう言うと、正直、あまり慣れていない手つきで確認していく。

その間に、乗り込んできた四人がチラチラと甲板上を見ている。

ボールンの時同様に、動き回ってはいない。


いないのだが……。


((明らかに、胡散臭(うさんくさ)い感じの視線です))

((……そうか?))

((ええ、僕にはわかります))

((そうだとしても、いきなり俺たちを拘束(こうそく)したりはしないと思うぞ))

((え……))

((リョウ、そういう妄想を言おうとしていただろ?))

((くっ……ボケ潰しのアベル、僕の華麗(かれい)妄想(もうそう)すら潰しますか))

((妄想に、華麗も何もないと思う))


そんな会話を交わす二人。

しかし遠目にも、パウリーナの表情が暗いのが分かる。

哨戒部隊と言い争っているわけではない。

むしろ、哨戒部隊のレキッサドウ隊長は申し訳なさそうだ。



しばらくすると、哨戒部隊は下船して哨戒船に乗り移り、別の船の臨検に向かっていった。


パウリーナがアベルの元に来る。


「何かあったのだな、船長」

「はい、陛下。申し訳ございません。入港には時間がかかりそうです」

パウリーナが顔をしかめながら報告する。


「船長が謝る必要はない。何があった?」

「哨戒部隊も詳しくは教えてくれなかったのですが……首長が出征(しゅっせい)しているそうなのですが、それと関係があるようです」

「首長が出征? ボールン領主のチュクディーは、そんなことは言ってなかったよな?」

「はい、私も聞いておりません」

アベルの確認に、パウリーナが首を振る。

涼も無言のまま首を振る。


この二日の間に、首長自らが出征する必要のある、大きな情勢の変化が起きたようだ。


「首長が出征していて、首都の責任者は誰になっている?」

「皇太子だそうです」

「ふむ……それなら、処理手続きなど問題なくまわりそうだが……」

アベルは船の周りを見回す。


スキーズブラズニル号は、朝到着したために、臨検をかなり早い段階で受けることができた。

しかしその間に、次々に沖から船がやってきて……渋滞のような状況になりはじめている。


「哨戒部隊も、すごくたくさんいましたけど……」

「港の中の方の処理が手間取っているんだろう。まだ一隻も入港していない」

「ああ……だから、沖合が詰まってきたんですか」

アベルも涼も小さく首を振る。


「仕方ない。手続きは済ませたのだ。船長、我らはゆっくり待つとしよう」

「承知いたしました、陛下」



結局、スキーズブラズニル号が入港できたのは、夕方になってであった。

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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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