0740 呪われし者
「さすがリョウだ、見事だったな」
「いやあ、それほどでも」
アベルが称賛し、涼が照れる。
一行は、ゆっくりと領主館に戻っている。
討伐された魔物は、街に駐留する兵士によって解体されて魔石が取り出されている。
海上への避難指示も解除されて、人々が街に戻ってき始めていた。
「露店で焼き魚を手に入れるチャンスを取り戻しましたね」
「そんな風に考えるのは、リョウだけだと思うぞ」
嬉しそうな涼、首を振るアベル。
「まあ、外交カードとしては最高だったな」
「<アイシクルランスシャワー“扇”>は見栄えがいいですからね。住民を救い、力も見せつけた。これで、王国に歯向かう国はなくなるでしょう」
「元々この首長国も、歯向かうつもりはなかったと思うんだが」
「分かりませんよ? 訪問したアベル王を捕虜にして、本国を脅迫する……絶対にないとは言い切れません」
「うん、絶対にないと思うんだ」
悪そうな顔で妄想陰謀論を語る筆頭公爵、完全に否定する国王。
領主館に戻って、改めてボールン領主チュクディーに感謝された。
「陛下、公爵閣下、誠にありがとうございました」
「気にするな、チュクディー殿」
「私も、勅命に従っただけですから」
アベルはもちろん、こういう場合は涼も殊勝な言葉を吐く。
「我々はこの後、首長国の首都ホソイナに向かおうと思っている。その手土産にはちょうど良かったのかもしれんな」
アベルはそう言うとにっこり笑った。
「はい、もちろん今回の件、ホソイナに報告させていただきます。首長以下、ナイトレイ王国の皆様を粗略に扱う者などいないでしょう」
チュクディーが大きく頷く。
王が絡む全ては、外交カードと化す。
成功しようが失敗しようが、あらゆる行動と結果が……。
今回は、かなり大きな成功。
とはいえ、アベルも少し疑問を持つ。
「あの魔物の暴走、スタンピードという名前が付けられているということは、これまでにも何度も起きたのだろう? そのたびに街を捨てていたわけではあるまい?」
「もちろんです陛下。数年おきに起こります。とはいえ、だいたいの場合、魔物の数は百匹程度。今回のような、万を超える数というのは……ここ百年、一度もありませんでした」
「それでも狼煙は決められていると」
そう、今回は赤い狼煙が上がり、チュクディーは呟いた、『街放棄の可能性がある規模』だと。
「かつて、首長様が決められたのです。我らが首長様は未来が見えますので」
「なんと」
チュクディーの言葉に驚く涼。
しかし、隣のアベルは驚いていないようだ。
((アベルは驚かないんですか?))
((暗黒大陸の指導者の中には、時々、未来視の力を持った人物が出てくると以前習ったことがある))
『魂の響』を通して涼が問い、アベルが答える。
驚かなかったのは帝王学の成果らしい。
「大規模なスタンピードがいずれは起きるだろうと思ってはいました。ですので住民の避難計画も立ててあったのですが……まだまだ、各所に不備があったようです」
「なかなか、計画通りにはいかんからな」
チュクディーの言葉に、苦笑しながら相槌を打つアベル。
どちらも行政に携わる者なればこその難しさを、肌で知る者たちの偽らざる感想。
「あのスタンピードが起きる原因は分かっているのか?」
「いえ、分かっておりません」
「以前から何度も起きているのであれば、調査を行ったのだろう?」
「はい。分かっているのは、大陸の中心から外に向かって魔物たちが暴走するということだけです。あれが起きるために、沿岸部より大陸の内側には、街を建てられません」
「なるほど」
暗黒大陸に住む人のほとんどが沿岸部のみというのは、そういう事情もあったようだ。
「そのため未だに、暗黒大陸の中心がどうなっているのか、知られていないのです」
「あの暴走は……海岸まで達したらどうなるのだ?」
「共食いを始めます」
「共食い……」
涼もアベルも顔をしかめる。
「最後、数体になったところで海に避難していた者たちが陸に戻って討伐し、またそこで生活を始めます」
「……すごい仕組みだな」
「ですが、このボールンの街は人が多くなり過ぎました」
「避難が間に合わんか。街の発展を素直に喜べんというのは……」
「はい、悲しい限りです」
チュクディーも顔をしかめた。
だが、小さく首を振り言葉を続ける。
「今さら、民に街を出ていけとは言えません。もっとスムーズな避難の方法、防衛力の強化を図ります。また同じ規模のスタンピードが起きた時……陛下や公爵閣下がいらっしゃらなくとも、民に犠牲を出さずに済むように」
「ああ、それが良いと思う」
チュクディーが決意の表情で述べ、アベルが微笑んで頷いた。
政は止まらない。
ナイトレイ王国一行は、ボールン領主チュクディーが準備した屋敷に移ることになった。
とはいえ、領主館の敷地に隣接する屋敷で、今回のような他国の要人を受け入れるための場所であり、護衛用の別棟もあるらしい。
一泊して、明日の朝、ホソイナに向けてスキーズブラズニルで出航する。
「やりましたねアベル」
「なにをやったんだ?」
「間違いなく、今夜のディナーでは、この地の美味しいものが出てきますよ」
「ああ、それは嬉しいな」
移動中、涼とアベルがそんな会話を交わしていた時だった。
ドクンッ。
「何だ?」
「アベルも感じましたか?」
「ああ。何か分からんが……とんでもない圧力を感じた」
「ええ。大気が震えるような……あるいは、心臓をわしづかみされるような……何か、ヤバいものです」
アベルも涼も立ち止まり、辺りを見回す。
当然、護衛の王国騎士団も立ち止まることになる。
「陛下?」
「ザックもスコッティーも感じなかったのか?」
「え? 何をでしょうか?」
王国騎士団は誰も感じていない。
涼とアベルだけが感じた?
ドクンッ。
「まただな」
「ええ」
「陛下?」
やはり、アベルと涼だけ……王国騎士団は感じていない。
ついに……。
「『水色』がやったのかと思ったが違う……二人の強者か。お前たちが、魔物を倒したか」
「声が……」
「ああ、聞こえるな」
涼とアベルにははっきりと声が聞こえるのだが……聞こえているのは二人にだけらしい。
ザック、スコッティーらを含め、他の者たちは誰も聞こえない。
「面白いな。二人とも、俺の元に遊びに来ないか?」
「誰か知らんが断る」
「俺と戦おう。楽しいぞ」
「僕たちは、もっと楽しいことが待っていますから」
涼がはっきりと拒絶する。
「戦うより楽しいこと? そんなものがあるか?」
「各地の美味しい物を食べて回るのです。とても楽しいです」
「……」
涼は断言した。
アベルは無言。二人にだけ聞こえる声も無言。
「納得していただけたようで何よりです」
「……まあ、いい。どうせ来ることになる。それまで美味い物でも食べておけ。『黒い馬鹿者』も来ておるようだし、楽しくなりそうだ」
それを最後に、圧力は消えた。
「何やら、厄介な存在に目をつけられたようです」
「そのようだな」
「しかも先ほどの言葉の中には、もっと厄介な情報もありました」
「うん?」
「『水色』という存在です」
「ああ……」
「あの言い方ですと『水色』は、さっき僕がやったみたいに、三万以上の魔物を簡単に倒せるということでしょう?」
「そうなるな」
「『水色』という名前的に、水属性の魔法使いである可能性も……」
「ないとは言えないな」
涼もアベルも顔をしかめる。
「そして、『黒い馬鹿者』も来ているそうです」
「ああ……何だろうな、何の根拠もないんだが、一人の男の顔が思い浮かぶんだよな……」
「奇遇ですね。僕も、一人の魔人男性の顔が思い浮かびます……」
「そいつの名前、ガーで始まってウィンで終わるんだ」
「黒い服は着ていたかもしれませんけど、馬鹿者だと蔑まれてたことはないはずなんですがね」
「不思議だな」
「不思議です」
なぜか『黒い馬鹿者』と言われて思い浮かべられる、魔人ガーウィン……不憫である。
「それにしても、アベルはいつも厄介ごとを引き受けてきます」
「俺?」
アベルは怪訝そうな表情だ。
「そのガーウィンとの戦いの時だってそうだったじゃないですか。アベルは呪われているのかもしれません。厄介な存在をひきつけるという呪いです」
涼はビシッと言ってやるのだ。
「むしろリョウの方だろ、呪われているのは」
「え? 僕?」
アベルは肩をすくめながら言い、涼が心外だという表情になる。
「悪魔たちといい、幻人といい、魔人ガーウィンだって最終的にはリョウが戦ったろう?」
「ぼ、僕は自分の身や知り合いたちを守っているだけです。とても良いことをしているのです。僕を襲ってくる方に問題があります」
「そうだとしてもだ。まあ、ここでどうこう言っても仕方ないんだが」
「確かに」
二人同時にため息をつく。
とりあえず、二人が打てる手はない。
「仕方ないな」
「ええ。美味しいものを食べて気を紛らわしましょう」
「……それが一番か」
その夜、涼とアベルはもちろん、王国一行は美味しいディナーに舌鼓を打ったのだった。




