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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0739 公爵のお仕事

「スタンピード?」

涼もアベルも首を傾げる。


「すぐに『観測鳥』の『絵』を確認します」

そう言うとチュクディーは立ち上がる。

そこでようやく、アベルと涼を思い出したようだ。


「失礼いたしました、陛下。王国の方々には、すぐに船に戻っていただいて沖に出ることをお薦めいたします」

「船で沖? スタンピードとは何なのだ?」

「一言で言えば、魔物の大暴走です」

「なんと……」

絶句する涼とアベル。


さらに扉が開かれ、走り込んできた者が、人の頭大の水晶玉のようなものを持っている。

「領主様、『観測鳥』から『絵』が来ました」

水晶玉がテーブルの上に置かれる。

そこに映し出されていたのは……。


「何だ、この数は……」

そう、まさに大暴走。


「数千? いや数万はいる……」

「ボア、ベア、ゴブリン……オーガすらいる?」

「百年に一度の規模か」

チュクディーはそう言うと、一度深い息を吐いた。


だがすぐに表情と態度を整え、指示を出す。

「街全体に避難警報。全住民の、海上への避難を誘導せよ」

「はっ!」

水晶玉を運んできた部下が、走り出ていった。



「陛下、我々も避難を」

アベルに後ろからそう呼び掛けたのはスコッティー。

もう一人の中隊長ザックは、すでに部屋を走り出て、スキーズブラズニル号に向かっている。

先に船に戻って、出港の準備を整えてもらうためだ。


アベルはその間も、水晶玉に映る魔物たちを見ている。

涼も横から(のぞ)き込んでいる。


「三万から四万といったところか?」

「グリフォンやベヒモスはいませんね」

「どうだ、リョウ」

「ええ、いけるでしょう」

交わされた会話はそれだけだ。



アベルは指示を出して移動しようとしていたチュクディーの方を向いた。


「チュクディー殿、どうだろう。この魔物の討伐(とうばつ)を、我々に手伝わせてもらえないだろうか?」

「陛下? ご覧になった通り、数万を超える魔物の大群です。討伐は……もちろん、住民の避難の時間を稼ぐために最善を尽くしますが、それでも討伐が主体ではなく……」

(いぶか)し気な表情のまま、今後の説明を行うチュクディー。


アベルは瞬間、声音(こわね)を変えて呼ぶ。

「ロンド公爵」

「はい、陛下」


アベルが『リョウ』ではなく『ロンド公爵』と呼んだのだ。

涼もそれに合わせる。


「魔物の討伐は得意だな」

「もちろんでございます。何なりとお申し付けください」

「数万の魔物らしいが、問題ないか?」

「万が十万、万が百万であろうとも問題ありません」

涼が(うやうや)しく答える。


「ということだ、チュクディー殿。もし討伐する有効な手段が無いのであれば、我々の力を試してみないか?」

「それは……ですが、そんなことをお願いしてよろしいのかと……」

「それによって、貴国との間に友好を結ぶ契機(けいき)となるのなら、いくらでも協力したい」

アベルは笑顔を浮かべて告げる。


チュクディーはしばらく考えたあと、一つ大きく頷いた。

「陛下、ご協力いただけますでしょうか」

「分かった」


アベルは一つ頷くと、涼の方を向いた。

「ロンド公爵、この街を襲う魔物を掃討せよ」

勅命(ちょくめい)(うけたまわ)りました」




ボールンの街の南西城壁上に移動する一行。

アベルと涼とスコッティー、ボールン領主チュクディーと側近たち。

遠くから砂煙が上がり、それが迫ってくるのが見える。


「これは……」

思わずチュクディーの口から漏れる。


「領主様、海上避難が完了した住民は、十パーセントほどです! とても間に合いません!」

悲痛な報告が次々と届く。


チュクディーは、隣で落ち着いた表情のアベルを見る。

「陛下、これでも、ですか?」

主語も目的語もないが、それでも通じる。

圧倒的な事象(じしょう)を前にすれば、言葉は省略されても通じる。


「大丈夫だ、チュクディー殿」

アベルがそう言って涼を見る。

涼は無言のまま頷き、迫り大きさを増した砂塵(さじん)を見た。

さすがにここまで近付けば、魔物の一体一体も認識できるようになる。



「<フローティングマジックサークル>」

涼の後ろに、十六基の魔法陣が浮かび上がる。


さらに……。


「<ウォータージェットスラスタ>」

そして涼自身も浮き上がった。


その姿を見て、誰も口を開けなくなる。


轟音(ごうおん)(とどろ)かせ、砂塵を巻き上げて迫る魔物の大群。

涼の姿に驚き、言葉を失い静寂(せいじゃく)が包む城壁上。


その対比の中、放たれる……。



「<アイシクルランスシャワー“扇”>」



涼と魔法陣から発射された何千もの氷の槍は(おおぎ)状に広がり、街に迫る魔物の大群を貫く。

一射。

二射。

そして、三射……。


放たれるごとに、少しずつ広がる扇。


日の光に照らされて(きら)めく氷の槍は、確実に魔物の命を奪っていく。

遠目に見れば、驚くほど美しい槍の大群……だがそれは、血塗(ちぬ)られ魔物にとっての地獄絵図(じごくえず)を生み出す……。


それでも魔物は止まることはない。

次から次へと街に迫る。

次から次へと氷に貫かれる。


そして……。

合計五射。


すべての魔物が動きを止めた。



誰も口を開かない。



しかし、思い出したのだ。

吟遊詩人たちが歌って回っているのを。


アベル王に付き従う水属性の魔法使いの歌を。


『アベル王に、付き従う一人の魔法使いあり。その魔法は、天を消し、大地を砕き、世界を()てつかす、大いなる水の魔法。ただ一撃にて、十万の大軍を打ち破りしは、夢幻(ゆめまぼろし)にあらず』


その光景を、実際に見せられた。


『人は(たた)えて氷瀑(ひょうばく)、あるいは白銀公爵と(うた)うなり』


その人物が、目の前にいるローブの男性……。


「これが……ロンド公爵」

たまには涼にもお約束を……。

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