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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0738 謳われる者

「あの隊長さん、可哀そうに。ガチガチに固まってたじゃないですか。アベルの圧迫面接のせいですね」

「なんだよ、圧迫面接って」

スキーズブラズニル号の先を走る哨戒船を甲板から見ながら、涼が憐れな視線を向け、アベルが肩をすくめる。


「だって、アベルとの会話中、ものすごい汗でしたよ? あれは普通ではありません」

「俺に言われてもな。別に何も特別なことは言ってないぞ?」

「何か怖い圧力をかけたんじゃないですか?」

「リョウの『圧』みたいなやつか? 全然出てなかったろう?」

「狙った相手にだけ効果がある、ピンポイント圧……」

「何だよ、そりゃ」


涼とアベルが会話しているところに、偶然通りかかったのはパウリーナ。


「あの者たちも、『ナイトレイ王国解放戦の歌』を知っていたので、それに(うた)われる陛下が出てきて驚いたようです」

「歌?」

「王都は落ちた。王弟と帝国の手に落ちた。民の嘆きが王国の空を覆う……」

「あれ? なんでその歌を知っているんですか?」

パウリーナが口ずさみ、涼が驚く。


確か、東方諸国で広がっているはずの歌……。


「私たちは西方諸国で広がった際に聞きましたが、最近は暗黒大陸でも広がっています」

「以前……一年前に、僕が西方諸国にいた時には、全然広がっていませんでしたよ」

「そうですね……私が初めて聞いたのは、半年前にゴスロン公国でした。今では、この暗黒大陸も含め、多くの吟遊詩人(ぎんゆうしじん)が歌って回っています」

「ここにも吟遊詩人の影が……」

パウリーナの報告に驚く涼。


無言のまま、小さく首を振るアベル。

いろいろ(あきら)めた表情だ。


東方諸国では広がっていた。

今、西方諸国と暗黒大陸でも広がっている。

有名人は大変らしい。



パウリーナは仕事に戻り、再び残される二人。


「アベルは謳われる者、と」

「俺だけじゃないだろ。東方諸国の時は、『ロンド公爵の歌』もあったろう」

「あれはあれ。東方諸国だけのはずです」

「……俺にはそう思えんのだが」

涼が希望的観測を述べ、アベルが否定する。


「とにかく、平和的に入国できそうで良かったですね」

「それは確かだな」

「あとは、滞在している間も平和だといいのですが……」

「なんだろう、リョウが言うと、途端(とたん)に不安になるんだが」

「失敬な! 僕は平和を愛する公爵ですよ!」

「そうか。リョウは平和を愛しているのに、平和の方が寄ってこないだけなんだな」

「なんたる言い草……」

涼は小さくため息をついて首を振るのだった。



ボールンの港に入港するスキーズブラズニル号。

その光景は、すぐにボールンの街の中に噂となって広がった。


「とんでもなくでかい船が入ってきたぞ!」

「哨戒船が先導してたから、どっかの偉い人が乗ってるに違いない」

「見たことない形だ。こっちの大陸の船じゃないな」

「西方諸国か? そうだとしても、あんな船、見たことないだろ」

「誰が降りてくるのか見に行こうぜ!」


そんな会話が各所で交わされ、スキーズブラズニル号が港内で停船する頃には、港には人だかりができていた。


そんな中、船からタラップが下ろされる。

二十人の騎士が降りてきて、タラップの先で整列。


その段階で、人だかりの中には期待が高まる。

間違いなく、どこかのお偉い人が降りてくると。


そうして降りてきたのは……。


一人の男性。


赤と白を基調にした服は、決して派手(はで)でも華美(かび)でもない。

だが遠目にも、仕立てとセンスの良さが分かる。


男性自身も……。


「おぉ……」

凛々(りり)しいが……誰だ?」

「どこかの王族だよな」

「西方諸国の王子様?」


誰が説明するでもなく、一目で王族だと分かる雰囲気。


ざわめきは広がっていった。



「アベル、注目の的でしたね」

「いつの間にか人だかりができていたな」


涼とアベルは、領主館に向かって『歩いている』。

そう、馬車でも馬でもなく、歩きだ。

もちろん護衛の王国騎士団も、歩きだ。


「アベル用の馬だけでも、スキーズブラズニルに積むべきだったのでは……」

「その馬に、あの嵐を経験させるのか?」

「……忍びないですね」

「別に馬に乗ろうが歩こうが、俺の価値は変わらん。国内のように余裕があれば『見せる』必要があるんだろうが、ここは異国だ。(あなど)られなければ問題ないだろ」

アベルは割り切っている。


国王とは、常に見られる存在だ。

それは国内でも、国外でも。

だから、みっともない姿は見せられない。

とはいえ、見栄(みえ)のためだけに馬を船に載せたりするのは違うと思うのだ。

馬が載るスペース、その食事、世話……多くのものが必要になってくるから。


「まあ、これだけの騎士に囲まれていれば、安く見られることはないですよ」

「それは俺も同感だ」

涼もアベルも、周りを歩く王国騎士団を見て言う。


さすがの騎士たち。

完璧にプロの仕事をこなしている。



二人の視線は、王国騎士の更に外側に届く。


「建物は……レンガか?」

「そうみたいですね。中央諸国や西方諸国、もちろん東方諸国とも全然違いますね」

レンガを組んだ一階建ての建物が多い。

街の活気そのものはかなりあり、道端にも多くの露店が出ている。


「時々いい香りが……」

「焼き魚の露店が多いな」

「さすが港町ですね」

アベルも涼も、美味しいものは大好きだ。

だから買い食いも好きなのだが、さすがに……。


「この状況では、露店で買って食べながらというのは無理です」

「そうだな」

涼ですら、無理であることを理解し、当然、アベルも同意する状況。


しかし、食欲は人の三大欲求の一つ。

それを満たすためには、万難(ばんなん)(はい)し……。


「騎士団全員分を購入して、みんなで食べながら領主館に……」

「却下だ」

「これがナイトレイ王国のスタイルだ! って満天下(まんてんか)に示すのは……」

「却下だ」

「そんな一団がやってくれば、ここの領主様も恐れおののき要求に従い……」

「絶対に、却下だ」

筆頭公爵の提案は、全て国王に却下された。


高い地位に上がると、買い食いもできなくなる。

不憫(ふびん)なものだ。



哨戒隊長ナウから連絡が行っていたのだろう。

一行が領主館に到着すると、建物の前で館の主が出迎えた。


「アベル陛下、ようこそいらっしゃいました。ボールン領主チュクディーと申します」

「チュクディー殿、お初にお目にかかる。ナイトレイ王国国王アベルだ」


アベルは、会議室に案内された。

そこは広い会議室であり、涼はもちろん王国騎士団も十人が入った。

初めて訪れた国で、初めての領主と対談するのに主たる国王の周りを護衛の騎士団が離れるのは抵抗があるだろうと、チュクディーが気を利かせたのだ。


「チュクディー殿は、できる人のようです」

涼が呟く。


その呟きは、隣に座ったアベルには聞こえたが、アベルは無言のまま首を振るだけであった。



「ナイトレイ王国と言いますと、西方諸国のファンデビー法国に使節団を送られていますね」

「はい、よくご存じで」

「一年前の、あの就任式……我が国も、首長をはじめ使節団を送っておりましたので」

「なるほど」

一年前、第百代教皇の就任式だ。


涼もその場にいた。

アベルはいなかった……魔人ガーウィンとの戦場にいた。


どちらも、いろいろと大変なことが起きた……。


「アリーナで、暗黒大陸東部諸国使節団は危機に陥った際、ナイトレイ王国の方々に助けていただいたと聞いています。彼らに代わりまして、お礼を申し上げます」

「ああ、お気になさらずに」

頭を下げるチュクディー、鷹揚(おうよう)に頷くアベル。


アベルの隣にお行儀よく座っている涼は、心の中だけで頷く。

まさに涼は、その助けた者たちの一人だから。

(僕は、『棺桶(かんおけ)』の魔力とマーリンさんの力で中央諸国に転移しましたけど……あの後も、『十号室』の三人は法国に残っているんでしょうね)


涼とアベルが東方諸国に飛ばされていた一年の間に、宰相アレクシス・ハインライン侯爵と天才錬金術師ケネス・ヘイワード子爵らによって、西方諸国と中央諸国の間でやりとりができる仕組みがつくられたらしいのだ。

特殊な錬金道具を使い……もちろん涼やアベルの『魂の響』みたいなリアルタイムでの交信はできないし、動かすことも難しいほどの巨大な道具が王国使節団宿舎に置かれているそうなのだが……。

とりあえず、時間をかけながらも情報の交換はできる体制が整えられたらしい。


それによると、『十号室』の三人も頑張っていると。


(暗黒大陸の後に西方諸国に行くので、そこで、その通信用の錬金道具を見せてもらいましょう)

涼は決意するのであった。



そんな時。


にわかに廊下が騒がしくなる。

首を傾げる涼とアベル、そして部屋の主チュクディー。


しばらくすると、ノックもそこそこに人が飛び込んできて、叫ぶように報告した。

「大変です! スタンピードが起きました!」

「このタイミングで……」

チュクディーの顔が(ゆが)む。


「『観測鳥』を飛ばして、詳細を確認していますが……」

「物見塔から上がった狼煙(のろし)は?」

「……赤です」

「街放棄(ほうき)の可能性がある規模……」

涼の元には平和が寄ってこないそうです……怖いですね。

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