0734 バモス島
「西方諸国をスルーして、一気に暗黒大陸に来てしまいました」
「するして?」
「ああ……寄らないで?」
「そうだな」
「どうしましょう」
「どうしようもないだろ。まあ、最終的には暗黒大陸に行くつもりだったんだし……暗黒大陸の後、西方諸国に行けばいいんじゃないか。順番が逆になるだけの話だ」
「器が大きいのか、何も考えていないだけなのか。王様がこんなだと、我々周りの人間が苦労します」
「リョウに言われるのだけは、違うと思うんだよな」
涼が困った表情で小さく首を振り、アベルは心外だと言いたげな表情で肩をすくめる。
「陛下、いかがなさいますか」
パウリーナ船長がアベルの判断を仰ぐ。
アベルは冒険者ではない。
百人を超える人間に対して責任のある立場。
パウリーナもその下で、乗組員に対して責任のある立場。
「船長、すまんが暗黒大陸に先に寄る。その後、西方諸国に向かってほしい」
「承知いたしました」
「暗黒大陸は、沿岸部にだけ人が住んでいると聞いているが?」
「はい、おっしゃる通りです。特に西方諸国と取引があるのは、大陸北岸部だけです。明日には見えてくるバモス島こそ独立した島国ですが、そこから先は東部諸国、西部諸国連邦が沿岸部のかなりを統治しています。少し内陸にいけばオアシス都市で、両大国の支配下にない街、小国家もあるそうですが……我々西方諸国の人間には、その知識がほとんどありません」
「なるほど。ならば、そのバモス島から東部諸国、西部諸国連邦と、沿岸を東から西に回るか。その後、西方諸国に向かう。それは可能か?」
「承知いたしました」
こうして、アベル王の西方行は、最初から大きく変更されるのだった。
その断が下された後、赤い一人の老人と棺桶が、涼とアベルの元にやってきた。
「妖精王の寵児、それにアベル王よ、暇乞いに参った」
「マーリンさん?」
「暇乞いと言ったか?」
マーリンの言葉の意味が分からず、問い返す涼とアベル。
「うむ。船は暗黒大陸に寄るのであろう?」
「ああ、すまん、そういうことになった」
「よい。わしは乗せてもらった身じゃ。先ほど少し試してみたら、ここからならわしのダンジョンまで転移できそうなのじゃ」
「おぉ……」
驚きの声をあげる涼。
「それにな、実は暗黒大陸には上陸したくないのじゃ」
「なぜだ?」
「金色の厄介な奴がおるでな。近付きたくもない」
アベルの問いにマーリンは苦笑する。
暗黒大陸には、マーリンと反りの合わない魔人がいるということなのだろうと、涼は勝手に解釈した。
「それで……マーリンさんは分かったのですが……」
涼はちらりとマーリンの横に並んでいる棺桶を見る。
「我もマーリンと転移する」
「いつもわしに文句ばっかり言っておるくせに、こういう時だけ……」
棺桶……もといレグナが宣言し、マーリンは愚痴をこぼす。
「その後は、西方諸国を巡ってみようと思っている」
「なるほど」
レグナの言葉に涼は頷く。
頷きはしたが、ふと疑問に思う。
どうやって巡るのだろう。
まさか、この棺桶の姿のまま?
いや、さすがにそんなことはないだろう……。
「この箱は心地よい」
「あ、はい……」
生き方のスタイルは人それぞれ。
「西ダンジョンに寄ることがあったら声をかけよ。美味いコーヒーを馳走するぞ」
「我が消滅するまでに、どこかで会えるとよいな」
マーリンとレグナはそう言うと、転移でスキーズブラズニルを去っていった。
翌日朝。
スキーズブラズニルの船首に立ち、遠眼鏡を覗く涼とアベル。
「確かに……うっすら、陸地が見えます」
「あれがバモス島なんだろうな」
「凄いですよね、船乗りさんたちって」
「うん?」
「だって、周りに何も見えない大海原で、星の位置だけで自分たちがどこにいるのか判断するんですよ? GPSもないこの世界で」
「じーぴえす?」
アベルの知らない単語であった。
そんな二人の元に、パウリーナ船長がやってくる。
「陛下、もうしばらくすると、哨戒船が来て臨検を行うと思います。暗黒大陸沿岸では、ごく普通の手続きですので……」
「ああ、その辺りは船長に任せる。必要なら、俺の身分照会でも何でもしてかまわん」
「ありがとうございます」
パウリーナが去ると、涼が声をかけた。
「今回は、ちゃんと身分証明のプレートを身につけてきたんですね」
「大丈夫だ」
そう、東方諸国に飛ばされた際には、アベルはプレートを身に着けておらず……涼は苦労したのだ。
「あの時は大変でした……」
「お、おう、悪かったな」
涼の愚痴に、アベルは素直に謝罪する。
実際、東方諸国から戻って以降、アベルは常にプレートを身に着けている。
「アベルがプレートを身に着けていなかったせいで、水戸黄門ロールプレイができなかったのです。あれは大変な痛手でした」
「ミトコモンロールプレ?」
「今回は大丈夫そうなので、どこかでやりましょう」
涼は頭の中で企画を練る。
「なんだろう、この非常に不安な気持ちは」
涼の様子を見て、アベルは顔をしかめる。
ろくでもないことに違いないと、勝手に思っているのだ。
まあ、だいたい合っている……。
そんな、哨戒船のことを伝えられたのだが、スキーズブラズニルがバモス島に近付いても船はやってこない。
「来ませんね」
「変だな」
涼もアベルも、遠眼鏡を覗きながら会話をしている。
バモス島の港は、島の向こう側らしく、二人には見えない。
しかし……。
「島の向こう側、煙が上がっているように見えないか?」
「ああ……言われてみれば。みんな、朝食の準備をしているんですかね?」
アベルと涼が、そんな平和な会話を交わしていた時……。
カンカンカン、カンカンカン……。
甲板上に鐘が鳴り響く。
「え?」
「襲撃?」
もちろん、涼もアベルも船を攻撃してくる敵性船は見つけられていない。
だが乗組員たちは、無言のまま帆を畳み、盾、弓矢を甲板上に配置し始めている。
それに呼応して、ザックとスコッティー率いる王国騎士団も盾を持ってアベルの周囲を囲み始めた。
ザックもスコッティーも、正確に何が起きているのかは分かっていない。
だが、異常な何かが起きようとしているのは分かるために、まずは主の安全を確保したのだ。
そうしている間に、船長のパウリーナがやってきた。
「陛下、バモス島の港で戦闘が行われているようです」
「あの煙は、それか」
「はい。本船は直接入港せずに、港の沖に回り状況を確認いたします」
「分かった、船長の判断を支持する」
パウリーナの説明を即決するアベル。
すぐにアベルは遠眼鏡でバモス島を見る。
「島の他の箇所からは煙は上がっていないな?」
「ええ、上がっていませんね」
アベルの言葉に涼が答える。
その後、視線が後方上部を向く。
視線の先には、スキーズブラズニルのマスト。
「マストの上から、戦闘中であることを確認したんでしょうね」
「そうだろうな。上がっていって邪魔するなよ?」
「しませんよ。まったくアベルは、僕を何だと思っているんですか」
「わがまま魔法使い?」
「なんたる言い草!」
アベルが遠眼鏡を覗き込んだまま適当に答え、憤慨する涼。
スキーズブラズニルは、島の港側に回り込もうと移動し続けている。
そんな中……。
「船長! ちょっと見てください!」
マストから監視員が叫ぶ。
パウリーナはその声が聞こえると、身を翻して軽やかにマストに上がっていき、監視所に降り立って遠眼鏡で見る。
「とても軽やかでした」
「さすがは船長だな」
「でも、あの表情は……」
「判断がつかない、といった感じか?」
涼とアベルは、甲板からパウリーナの表情を読み解いている。
あまり表情の変わらない彼女だが、なんとなく二人も分かるようになってきたのだ。
現在の表情は、『困惑』だろうか。
「操舵手、港から距離を取ったまま回り込め。絶対に近付くな!」
「アイサー!」
「甲板、矢と遠距離魔法に注意!」
「了解!」
マストから、パウリーナの指示が飛ぶ。
「遠距離魔法?」
「この距離でか?」
涼とアベルは首を傾げる。
「リョウなら、この距離で魔法が届くか?」
「届かせるだけなら届きますけど……対象が見えにくいですよね。精密な魔法攻撃は難しいと思います」
正直に答える涼。
そんな涼でも難しい距離を保ったままでも、魔法に備えよと言うパウリーナ。
いったい彼女は、マストから何を見たのか。
「船長がそう判断したんだ、手が空いたら報告に来るだろ」
「アベルのそういう所は、素直に器が大きいなと思います」
「うん?」
「逐一俺に報告しろ! みたいな上司さん、時々いるじゃないですか」
「ああ……まあ、その気持ちも分からんではないが……。そもそも俺は、船の扱いや海上戦は専門外だからな。何が正しいか判断できんから、より詳しい人物に任せているだけだ」
「そこがすごいと言っているのです。だって、それでうまくいかなかったとしても、任せた人を責めたりしないでしょう?」
「当たり前だろ。任せるという判断を下したのは俺だ。うまくいかなかった場合の責任は、俺がとるべきだろう? 国王ってのは、責任を取るのが仕事……らしいぞ。以前、兄上がおっしゃっていた」
「さすがはカイン王太子です」
涼は、勝手に高く評価しているアベルの兄、先の王太子カインディッシュを称賛して頷く。
言うは易く行うは難し……まさにその典型が、これだと涼は思っている。
部下の失敗を、上司である自分がかぶる……自分がクビになったりしたら、自分の家族を犠牲にするということなのだから。
部下の失敗のために。
実際にそんな状況になれば、多くの人は難しい決断を迫られるのだ。
「ただ、アベルが異常なだけかもしれません」
「意味が分からん」
涼の結論、アベルの不満。
ようやくパウリーナ船長の許可が出て、少しだけスキーズブラズニルは港に近付く。
その頃になると、二人がいる甲板からでも、港で何が起きているのか見えるようになった。
「激しい戦闘なのは確かだが……」
「数人が、軍隊相手に大立ち回りを演じています?」
「そのようだな。だが、その数人は……」
「相手を殺していませんね。戦闘不能に追い込んでいるだけ……」
アベルも涼も、気付いていた。
しかし、それ以上に異常な事態も。
「彼らは、素手か?」
「剣とかは持ってませんけど……籠手を手にはめて、グリーブみたいなのを履いて、それで殴ったり蹴ったりしてますよね」
「ああ……なんか、威力がすごいように見えるんだが」
「文字通り、殴られた人、吹き飛んでます」
そう、三メートルほど吹き飛んでいるのだ。
まるでアニメか漫画のように。
ちょっとあり得ない。
しばらく注視して、涼は分かった。
「エンチャントされてます」
「エンチャント? 西方諸国特有の魔法だよな。武器に属性を付与したり、攻撃の威力をあげたり、動きの速度をあげたりする……」
「ええ、それです。エンチャンターがいるということですね」
アベルの確認に涼は頷く。
涼が知っているエンチャンターは、勇者パーティーにいたアッシュカーンだ。
もちろん、彼女は戦っている中にはいない。
「あえて、革鎧の部分を殴っています?」
「そうだな。吹き飛んでも死んでいない理由はそれだろう」
「あの人たち、冒険者っぽく見えますよね」
「ああ、そういう雰囲気だな」
冒険者が纏う雰囲気は、正規兵、あるいは騎士などとは違う。
まったく違う。
もちろん装備や服装でもだいたい分かるのだが、長く冒険者をしてきたアベルはよく知っている。
「でもそうなると、冒険者と国の軍隊が、戦っているということになります」
「そうだな。それも守備隊のようなものではなく……正規軍、いや近衛兵のような精鋭だよな」
「装備も立派ですしね」
「なんで戦っているんだろうな」
涼もアベルも首を傾げる。
そんな二人の元に、パウリーナ船長が来た。
「陛下、本船はここで待機するべきかと存じます」
そこはギリギリ港の外。
何かあっても、すぐに沖に逃れることができる。
「ああ……。船長、少し確認したいのだが」
「はい」
「先ほど、船全体に防御を命じたな。マストで何を見た?」
「水色の髪の女性が放つ魔法です。驚くほど長い射程で……味方を救いました」
「ほぉ」
パウリーナは、冒険者風の者たちの中にいる、水色の髪の女性を指さす。
「彼女、エンチャンターでもありますね」
涼が一つ頷いて補足する。
「分かるのか?」
「何となくですが。彼女だけ……多分、格が違います」
「格が違う?」
「他の人たちももちろん強いのですが、彼女の強さは別格というか」
「魔法がか?」
「魔法も、だと思います」
アベルの言葉を、涼は正確に訂正する。
「彼女は、籠手とか着けていないよな」
「着けていませんね。そもそも、軍隊も彼女の元まで辿り着けていませんが……」
そこで涼は首を傾げて言葉を切る。
「どうした?」
「ずっと思っていたのですが……あの人たち、どこかで会った気が……」
しばらくして、涼はグーにした右手を、パーにした左手に打ちつけた。
閃いた、を表したらしい。
「聖都マーローマーの『カフェ・ローマー』で見かけました」
「聖都?」
「その後、緑髪の男性とピンク髪の女性を救いました。確か男性がパトリスさんで、女性がグティさん」
「ほぉ、知り合いか」
「ちょっと話しただけですけど、悪い人たちじゃなかったです」
涼が何度も頷いて答える。
涼のその情報が決め手になったのかもしれない。
「船長、戦闘も終わりそうだ。入港しよう」
「あの長射程の魔法が危険ですが?」
「大丈夫だ、それはリョウが防ぐ」
アベルが当然のように言う。
涼はグーにした右手で、今度は自分の胸を叩いた。
どんと任せて、を表したらしい。
「承知いたしました」
こうして、スキーズブラズニルはバモス島に入港するのであった。
伏線を、一つ回収しました!




