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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0733 嵐

涼とザックによる模擬戦を挟みながらも、西への航海は順調であった。

それに遭遇(そうぐう)するまでは。


「嵐が来るぞー!」


物見の叫びは、船中に緊張を走らせた。


「これがありましたね……」

「魔物を寄せ付けず、海賊も返り討ちにできるが、嵐はな……」

涼もアベルも顔をしかめている。


アベルはふと疑問に思って涼に尋ねる。

「この船は、嵐に関しては何か機構を備えていないのか?」

「ありません」

無念の表情で答える涼。


「船にとって、嵐は一番厄介だろう? それなのに、無い?」

「確かに厄介なのですが、同時に、どうしようもないのです」

涼は小さく首を振りながら答える。

「嵐のエネルギー……まあ、力ですが、それは人がどうこうできるものではありません。その前では、ダメージが少ないうちに過ぎ去ってくれることを祈るしかないのです。人はいつだって、自然の猛威(もうい)の前では無力ですから」

「そうか。だが帆やマストが折れるのは避けたいな」


アベルは、船の上での嵐を経験している。

それも二度も。

その嵐によって、ロンドの森に流れ着いたのだから。


「そう……確かにそうですね」

涼が考える。

スキーズブラズニルは、すでにすべての帆を畳んでいる。

嵐の際に、全ての帆船が行う対処だ。


だが、巨大な三本のマストはどうしようもない。



嵐に遭遇した帆船にとって、転覆(てんぷく)が最も怖い。

その次がマストの損傷だ。

嵐の中で折れたマストが、船の設備を傷つけることもある。

さらに、嵐が去った後も、マストが折れてしまえば帆が張れない……。


マストが損傷した場合どうするか?

折れたマストが残っている、あるいは回収できれば繋ぎなおす……多少不格好であったり、強度も落ちるがそれは諦めて。

そして、途中で島など陸地が見つかれば、そこで木を調達して自分たちでマストを削り出す……。


海とは、大変な世界である。



そうならないために、何か良い方法はないか。

涼は考える。

その視界に入ったのは、赤い老人と棺桶(かんおけ)


「棺桶……箱に入れる……箱で包む……ああ、もしかして……」

涼が何かを(ひらめ)く。


「どうしたリョウ」

「そう、壊れるのを防ぐだけなら……何とかなる気がします」

「本当か!」

涼の呟きにアベルが食いつく。

これは昨今、珍しいことだ。


アベルは知っている。

嵐に飲まれた船が大変なことになるのを。

密輸船の時に身を以て体験したから。

それを回避できるのなら……。


「パウリーナ船長に言いに行くぞ」



「なるほど。それが可能なら、ぜひお願いしたいです」

「揺れは、海面のうねりなので大変ですけど……」

「いえ、損傷を防げるだけでもありがたい」

涼が説明すると、パウリーナは少し考えた後、その提案を受け入れたのだ。


「では、行きます。<アイスウォールパッケージ>」

涼が唱えると、スキーズブラズニル全体を氷の壁が覆った。

全長百メートルを超える船全体をだ。


その瞬間、甲板上を吹いていた強風が止む。


「おぉ……」

さすがに驚きの声を漏らすパウリーナ。

その人生のほとんどを船の上で過ごしたと言っても過言ではない彼女であっても、こんな経験は初めてだ。


彼女だけではない。

嵐に備えて、甲板上で忙しく動いていた乗組員たちも驚き動きを止めた。

そして空を見上げる。

気付くのだ。嵐が去ったわけではないと。

何か、強大な力で包まれ、守られたのだと。


「確かに、これなら大丈夫です。しかし公爵閣下……失礼ですが、魔力はどれほどもちますでしょうか」

「ああ……どうでしょう。<アイスウォール>を維持するだけなら、二、三日は大丈夫だと思います」

「おぉ」

「すげーな」

涼の答えに驚くパウリーナ、そしてアベル。


長い付き合いであるアベルですら、それは想像以上だ。

そう、たいていのことを「リョウだから」で片づけてしまうアベルであっても、この規模の氷の壁を三日も維持するのは……。


「本当に、大丈夫か?」

思わず涼に問いなおすほど。


「僕を誰だと思っているのですか。『無謀(むぼう)なる者、(なんじ)の名は涼』ですよ。任せてください」

「よく分からんが、無謀なのは困る」

「まあ、本当に、維持するだけなら大丈夫です。アイスウォールも一層だけですしね」


涼が請け負う。


そしてスキーズブラズニルは、嵐の中に巻き込まれていった。




数階建てビルの高さにも匹敵する波に、翻弄(ほんろう)されるスキーズブラズニル。


その船尾にある貴賓室(きひんしつ)では、二人の貴人(きじん)が船酔いの青い顔で話している。


「<アイスウォール>がある限り……船は損傷しませんし……沈みもしません」

「それだけでも、すごいな。この揺れは、あれだが……」

「海面から浮きでもしない限り……この揺れは仕方ない……浮く? ウォータージェットで……船ごと浮かせるのは……原理的には可能ですが……ちょっと大きすぎ? 一発勝負をして……失敗したらみんなで落下? みんなで落ちれば怖くないの精神で……やってみますか?」

「うん、やめろ」

涼のチャレンジ精神を、リスクヘッジの観点から止めるアベル。


「ゴールデン・ハインドにできたのですから……このスキーズブラズニルにできないわけが……ありません……」

「あっちは空を飛ぶ船として……設計されて造られた……出発点が違う……」

「くっ……いずれはスキーズブラズニルも、空中クリッパー船として……改装を……」

「数千キロの距離を……航行できるならな……」

大きな揺れで、酷い船酔い状態であるために、とぎれとぎれになるアベルと涼の会話。



「ああ、そうだ、リョウ」

「はい?」

「今言った言葉を、暗黒大陸語で言ってみろ」

「え……」

突然の暗黒大陸語特別補習。


「……గోల్డెన్ హింద్ దీన్ని చేయగలిగితే, స్కిజ్బ్లాజ్నిర్ దీన్ని ఎందుకు చేయలేకపోవడానికి కారణం లేదు」

「ほぉ、やるじゃないか。ゴールデン・ハインドにできたのだから、スキーズブラズニルにできないわけがない。いいぞ、勉強の成果が表れてるな」

「ふふふ……僕が本気になれば……これくらい、ちょちょいのちょいなのです」

「チョチョイノチョ? まあ、暗黒大陸語の習得が順調なのは何よりだ」

涼の出来に満足するアベル。



もちろん、だからといって嵐の中にあるという状況は全く変わらない。


船全体を覆う<アイスウォール>でスキーズブラズニルは守られているが、それはあくまで損傷しない、転覆しないというだけだ。


揺れは、酷い。

それはもう、酷い。


「さっき報告に来たパウリーナ船長も……言ってましたね。慣れた乗組員たちですら……これほどの揺れだと酔ってしまうと」

「言ってたな。それなのに……船長自身は全く酔っていなかったのが……」

「いるんですね、ああいう人」

小さく首を振る涼。


そう、パウリーナは酔っていなかった。

アベルに報告する際も、いつもよりは若干両足を開いていたが、その荷重(かじゅう)移動だけで揺れを軽減し、転倒などしなかった……。


「あれは……剣士に必要な重心移動の訓練かもしれません」

「うん、そういう思考になるということ自体……リョウが戦闘狂である証拠だ」


もちろん、いかに嵐の中であっても、いつも最大級に揺れているわけではない。

大きく揺れる時間帯があれば、小さな揺れの時間帯もある。

だがそんな小さな揺れであっても、当然、二人は立ち上がれない。



七日七晩、嵐は続いた。

その間、船は流され続けた。


まるで何かに導かれるように。



ようやく嵐が去り、二人は甲板に出た。

「これほど日の光が素晴らしいなんて」

「ああ、大変だったな」

涼もアベルも、吐いた言葉を文字にすればこの通りであり、嵐の前と変わらないように見えるだろう。

だが、その実は……()せた。


「あの揺れではな」

「久しぶりに、パンと干し肉と水でしのぎましたね」

さすがのコバッチ料理長も、嵐に揺れる船の中で調理はできなかったのだ。


そんな二人の元に、一人の魔人と棺桶がやってきた。

「感服したぞ、リョウよ」

「え? 棺桶さん……いえ、レグナさん?」

「見事な魔力供給であった。人の身でありながら、七日の間、魔力を供給し続け氷の壁を維持するとは見事」

「うむ、さすがは妖精王の寵児(ちょうじ)よ」

「あ、ありがとうございます」

棺桶レグナと魔人マーリンが称賛し、涼が照れる。


しかしこの二人はそれだけでは終わらない。


「そこのスペルノよりも、よっぽど優秀だな」

「こらレグナ、箱から出てこい。その減らず口を叩きのめしてくれるわ」

「面白い、やれるものならやってみろ」

「いえ、それはやめてください。船が壊れますから」

マーリンとレグナの売り言葉に買い言葉、それを止める常識人涼。


無言のまま小さく首を振るアベルであった。



その日、七日ぶりの晩御飯は、当然のように『カラアゲ』。

「さすがはコバッチ料理長ですね」

「ああ、分かっているな」

その料理選択を称賛し、期待通りの美味しさを堪能(たんのう)する涼とアベル。


もちろん甲板上では、王国騎士団はもちろん、乗組員たちも唐揚げを堪能している。

そんな中、一部、道具を使って空の星を観測し、テーブルに広げられた海図に記入している者たちを二人は見つけた。

中心になっているのは、一等航海士ロキャーだ。


少し離れた場所で、ロキャーからの報告を、その都度(つど)受けるパウリーナ船長もいたので、そこに行って尋ねることにした。


「船長、ここがどこなのかを算出しているんだな?」

「はい陛下。嵐の間にかなり流されましたので」

「その表情は、西方諸国から遠ざかってしまった可能性があるということか?」

アベルは、わずかなパウリーナの表情から読み解く。


「もうすぐ……」

パウリーナが言いかけたところで、ロキャー航海士がやってきた。

「アベル陛下、船長、場所が割り出せました」

「うむ、どこだ?」

「暗黒大陸の沖合です」

「そうか」

「え……」

ロキャーの答えを予想していたパウリーナ、絶句するアベルと涼。


「このまま西に進むと、明日の朝には暗黒大陸北東にある、バモス島が見えてきます」


第四部は、暗黒大陸編ですから。

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