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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第四章 学術調査団
78/930

番外 <<幕間>>

幕間(いわゆるSSです)なので、本日は二本投稿します。

次話「0075 開港祭」は、いつも通り本日21時投稿です。

デブヒ帝国帝都郊外、第三魔法演習場。


そこでは、現在、皇帝魔法師団による模擬戦が行われていた。

二十名ずつに分かれての演習。

もしその光景を、ナイトレイ王国の宮廷魔法使いたちが見ていれば、驚き、顔をゆがめたであろうことは間違いなかった。



まず、誰も詠唱していない。

しかも、攻撃魔法一つ一つの威力が、王国の魔法使いたちが知る魔法とは、桁違いの威力なのだ。

さらに、止まったまま魔法を発動するのではなく、移動しながら魔法を発動している。

走りながらファイアーボールを撃ち込んだり、向かってきたファイアーボールにエアスラッシュをぶつけて相殺したり……。



それを見守るのは六人。

皇帝魔法師団長フィオナ・ルビーン・ボルネミッサ。

皇帝魔法師団副長オスカー・ルスカ。

フィオナの副官、マリー。

オスカーの副官、ユルゲン・バルテル。

それと、現在演習で戦っている二つの中隊の指揮官たちであった。



一際厳しい視線を演習に浴びせているのは、副長のオスカーである。

「これが現状の最大限、か……」

ほんのわずかな呟きであり、誰に言ったわけでもないのだが、後ろに控えていた中隊長二人の背中には冷や汗が流れていた。

思わず、申し訳ありませんと言いそうな様子ですらある。


「半年でここまで来たと思えば、そう悲観するほどではないと思うが」

師団長フィオナの言葉は優しいが、演習を見る視線は決して優しくはない。

「はい。他に二個中隊……これでは『師団』という規模になるのにどれほどかかるのかと。とりあえず、今回の演習はこの辺りで終了といたしましょう」

「うむ、そうだな」



フィオナの言葉を合図に、オスカーの手から戦闘終了の彩光弾とも言える三色の魔法弾が発射され弾ける。

演習中であった二個中隊は、戦闘終了の合図を確認すると、その場で直立し、観客席の方を向いた。

ただ一人だけ、ばてたのか尻もちをついた者がいた。

「ばか!」

誰が吐いた言葉であったか……。


瞬間、倒れた者の右頬をかすめて、極細の炎の矢が地面に突き刺さる。

「ひぃっ」

尻もちをついた隊員の口から、悲鳴がこぼれた。


炎の矢は、副長オスカーの手から放たれたものだった。

「馬鹿者! 戦闘が終了したからと言って油断をするな。終わったと思ったその瞬間こそが、最も気を引き締めておかねばならぬ時だ!」

「はい!」

全隊員が返事をした。



「師団長よりお言葉をいただく。全員傾注」

そういうと、オスカーはフィオナに向かって小さく頷いた。


「皆のもの、演習ご苦労であった。前回よりは上達していたが、及第点とはまだ言えぬ」

フィオナのその言葉を聞いて、一層直立不動となる隊員たち。

「明日より、私と副長は第三皇子殿下と共に、ナイトレイ王国の港町、ウィットナッシュに出向く。帰還予定は一月後。戻ったら再び、皆の演習を見せてもらう。その際、さらなる向上した姿を見ることが出来ると信じている。以上」

「以上」の声と共に、全員が、握った右手を左胸にあてる帝国式の敬礼を行う。


数は五十人ちょっとと、決して多くは無いがその全員が精鋭であると認識させるのにふさわしい光景であった。




師団長フィオナら四人が師団長室に引き上げたあと、皇帝魔法師団員たちは、演習場の後片付けをしていた。

ここで手を抜くような愚か者は、師団にはいない。

日々の訓練がスムーズに行われることによって、自分の力が伸びる。その結果、戦場で生き延びることができる。

ここにいる誰しもが、それを実体験として経験してきているがためである。

そして日々の訓練をスムーズに行うためには、常に演習場は整備されていなければならないのだ。


だが、その間の私語は、必ずしも禁止されていない。

「まったく、終わった瞬間に座るやつがあるかよ」

「ああ、あの瞬間、死んだと思ったね」

先ほどの、オスカーの極細の炎の矢についてであった。


「お、俺だって、座りたくて座ったわけじゃねえよ……」

「でも副長、今日は優しかったじゃねえか。以前、同じように座り込んだ奴……第三中隊の奴って、確か両脚射抜かれてたろ?」

「そうそう、太ももに刺さった炎の矢が、足を内部から焼いていたとか……痛そうだな」

その光景を思い浮かべて、団員たちは身震いした。



だが、この話には誤解がある。

両脚を射抜いたのは事実だが、周りを焼かない炎の矢だったために、脚の内部から焼かれてはいないし、すぐにその場にいた治癒師に治療させたために、射抜かれた団員は問題なく現在も訓練に励んでいる。

とはいえ、この手の話というのは必ず尾ひれがつくものだ。


「けど、訓練通りやってれば強くなるのは確かだし、強くなれば生き残れる。真面目にやるのが一番だよな」

「ああ、ちげぇねぇ」

「けど実際のところ、副長ってどれくらい強いんだ? 今の俺たちなら、もしかしたら……」

「馬鹿、次元がちげぇよ。師団全員が束になってかかっても、瞬殺されるわ。てか、多分、師団長相手でも俺ら全員仲良く死亡だぞ。その師団長ですら、副長の足元にも及ばないって仰ってたから……まあ、推して知るべしだろ」

「さすが……爆炎の魔法使いの二つ名は伊達じゃない……」




「それにしても……ウィットナッシュとは遠いな」

演習場の師団長室に戻り、中央諸国全域の地図を広げながら、フィオナは誰とはなしに呟いた。

「確か、五年に一度のウィットナッシュの開港祭に来賓として招かれたのですよね」

フィオナの副官マリーが、お茶を淹れながら言葉を拾う。


「うむ。第三皇子であるコンラート兄様が名代として赴くことになったのだが……皇帝陛下はなぜか私にもついて行って来いと……」

解せぬ、という顔でフィオナはひとしきり考え込んだ後、いつもの自分の椅子に座っているオスカーの方を向いて言った。


「師匠、なぜだと思います?」

「殿下……その言い方はおやめくださいと何度申せば……」

「いつもの四人しかいないのです。良いではないですか」

ここにいるのは、フィオナ、オスカー、それぞれの副官のマリーとユルゲンの四人である。

確かに、フィオナとオスカーが宮廷内で最も信頼する者たちではある。



オスカーは、大きいため息を一つ吐いた。

「そもそも、私に政治のあれやこれやは分かりません。私はただの魔法使いです」

ジーッとオスカーを見ていたフィオナは、大きく頷いて言った。

「違和感があると思ったら、その喋り方でした。師匠、どうしてそんなかしこまった喋り方をしているのです?」


「……この後、一カ月間、他の貴族や王族の方とご一緒するのです。今の内から慣れておかないと……。私は殿下たちの様に器用に切り替えるとかできませんから」

「それは……皇帝陛下を含め、皇族は皆、諦めていると思います」

フィオナが残念そうに言うと、オスカーは驚愕の表情でフィオナを見、さらにマリーを見、最後に自身の副官ユルゲンを見て、三人ともが同意見であることを見て取った。


「俺の努力が……」

「そうそう、師匠はそっちの方が似合っています。師匠が丁寧な言葉遣いとか、なんだか身体が痒くなってしまいます」

「うるせー、俺だってこっちの方が楽だよ」

そう言うと、四人全員爆笑したのであった。



「まあ、皇帝陛下のお考えはよくわからん。帝国には海が無いから、海ってのを見てこいというだけのこと……ではないんだろうが、やっぱりわからん」

「ふむ……。まあ、それくらいの認識でいいんでしょうかね」

フィオナは小さな頭をひねりながらいろいろ考えている。

オスカーはそうは言ったものの、頭には一つの考えが浮かんでいた。


(陛下は、フィオナ殿下が帝国にいない間に、血なまぐさい何かを済ませてしまおうとしているのではないだろうか)

時の皇帝ルパート六世は、末の娘であるフィオナを溺愛している。




フィオナ・ルビーン・ボルネミッサ。

皇帝魔法師団の師団長にして、現皇帝の第十四子。ルパート六世には、三人の皇子と十一人の皇女がいる。

十一人、いずれの皇女も美しいが、その中でもフィオナの美しさは、ある種際立ったものであった。


今は亡き王妃の見事な赤毛を継ぎ、深く蒼い瞳。そして白い肌。

身長は百六十センチ程度であるが、十八歳にしては見事なスタイル。

舞踏会などで人前に出ることは滅多になく、いつも魔法の修行と剣の修行に勤しんできた。

腰には、皇帝ルパート六世より下賜された宝剣レイヴンを常に佩き、自らにも厳しい訓練を課している。


十七歳で皇帝魔法師団長に任じられてからは、師団の運営にその心血を注ぎ、それまで以上に舞踏会などに出ることはなくなった。

十一人の皇女の内で、唯一、魔法を使う力が異常とも言えるレベルで発現したのが、フィオナである。

しかも操る属性は、火と光の二属性。

攻撃の火と、回復の光。そのいずれをも、現在では高度に操ることが出来る。

皇帝ルパート六世が、親として末の娘として愛し、皇帝として稀有な魔法戦力としても愛す。

それは当然の事であったろう。



だが同時に、愛するが故に、フィオナにグロテスクな光景を見せるのを好んでいないとオスカーは思っていた。

親が子にそんな光景を見せたくない、それは当然あるのだろうが、他の皇女たちと比べても、である。


そう考えると、今回の訪問の間に、何か血を見るようなことを帝国内で行おうとしているのではないのか、そういう考えがオスカーの中に生じていたのである。

例えば……帝室に反抗的な貴族たちの粛清、とか。

まあ、ただの思い付きでもあるし、何の根拠もないし、伝えたところでどうしようもないため、オスカーは黙ったままにしておくことにした。


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