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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0732 ザック頑張る

こうして、二人の模擬戦は終了した。


胴を打ち込まれた時、ザックは崩れ落ちたが、もちろん体に深刻なダメージはない。

模擬戦なのだし、木剣であるし。

崩れ落ちたのは、むしろ心が折れたからで……。


「見事だったな。最後のは、(つか)で受けたか?」

「ええ。袈裟懸(けさが)けを誘われていたので乗ってあげて、打ち下ろしが来るのを柄で……両拳の間で受けて跳ね上げてからの胴です」

「両拳が開いているリョウならではだな」

「カッコいい技なので」

地球にいた頃に、剣道の全日本選手権で見た技だ。


「それにしても、勉強になりました。さすが王国騎士団の中隊長さんですね。あれだけの連撃を打ち続けられるというのは、毎日訓練を欠かしていないからこそでしょう? 剣筋もきちんとしていて、体さばきと言うか足の運びもきちんとしていて、剣に関する一切の手抜きが無いのを感じました。ザックさんの剣って、アベルが修めたヒューム流ですよね」

「そうだ。ああ見えて、あいつのクーラー家は、代々騎士を輩出してきた有名な武家だ。正直、若い頃はあんまり真面目に剣には打ち込んでいなかったが、ここ四年は心を入れ替えたようで、剣の道に邁進(まいしん)しているらしい」

「ええ、ええ。真剣さは感じました。その、心を入れ替えた理由とか聞きたいですね。今後の僕の人生の役に立つかもしれません」

「ああ~どうだろうな~それは、聞かない方がいいんじゃないかな~」

無邪気に希望を述べる涼、全ての事情を知っているために止めるアベル。


アベルは、話題を変えた方がいいと感じた。


「ルンみたいにやると最初に聞いた時には、完全に打ち倒すのかと思って焦ったんだが」

「打ち倒しても意味ないでしょう? せっかくの模擬戦なんですから、自分の勉強になって、身につけたいものをやるべきでしょう?」

「身につけたいもの?」

「なんというか……模擬戦にはテーマを持って臨んでいます」

「テーマを持って? どういうことだ?」

「説明しにくいんですけど……たとえば今日のやつなら、『あまり足を動かさないで上半身での防御を主眼(しゅがん)に』やってました」

「やはりか。最初から、いつもと違う立ち位置、足の動きだったからそうだろうとは思っていた」

「さすがはアベルです。最初から気付いていたとは」

素直に驚く涼。


アベルの指摘はすなわち、普段の涼の立ち位置、戦い方を把握しているからこそ、今日がそれと違うと言えるということだ。


「僕の情報がアベルに抜き取られています」

「誰の剣でも気になって見るからな。それが、いつ自分の役に立つか分からんだろう?」

涼のわざとらしく恐ろし気な言葉に、笑いながら答えるアベル。


「さっきのザックさんの剣……連撃は鋭かったです」

「まあザックも弱くはないからな」

「なんという上から目線」

「いや、ザックは弱くないが、リョウの圧迫感に飲まれていたなと言いたいんだ」

「僕の圧迫感? そんなのありましたっけ? 別に『圧』は出していませんでしたよ?」

アベルの指摘に、涼が首を傾げる。


「いつもの『圧』のような、表面的なものではない。剣士、あるいは騎士だからこそ分かる、もっと本質的な……いわば恐怖だ」

「恐怖?」

「こいつに打ち込んだら自分がやられる……嫌でもそう感じてしまう恐怖」

「そんなのありました? ちょっとカッコいいですね」

照れと嬉しさが混じった表情の涼。



「最後、ザックさんを倒しちゃいましたけど、大丈夫でしたかね?」

「大した傷は負ってないだろ?」

「いえ、体面というか立場的にというか」

ザックは中隊長で、乗船している王国騎士団の半分を率いている。

そのメンツを潰してしまったのではないかと、涼は懸念したのだ。


「問題ない。騎士団の連中を見てみればいい」

だがアベルは大丈夫だと言う。


実際、騎士団の者たちは剣を振り始めた。

甲板スペースの問題上、振ることができない者たちも、先ほどの模擬戦について熱心に話し込んでいる。

最後の勝敗など関係なく、騎士たちの心に新たなやる気を吹き込んだようだ。


「良かったです」

その様子を見て安堵(あんど)する涼。


戦っている最中は、特に決着をつけることなく終わらせた方がいいのかもと思っていたのだ。

しかし、ザックの剣がとても鋭く、戦っているうちに涼も熱くなった。

もちろん冷静さを失うほどではなかったが……。



「模擬戦のような実戦形式って、誰と戦ってもいろんな気付きがありますよね」

「ああ、それは確かだな。今まで思ってもいなかった攻撃や防御をされたり、想定していなかった剣や体の動きを見せられたりすることがあるもんな」

「そうなんです! とても勉強になります」

涼はとても嬉しそうに頷く。


涼は、自分を戦闘狂だとは思っていない。

だが、剣を合わせるのは嫌いではない……その自覚はある。

模擬戦は、涼にとっては真剣勝負ではないため、嫌いではなく好きな方なのだ。



二人がそんな会話を交わしているところに、二人の中隊長が近付いてきた。


「ロンド公爵閣下、指南、ありがとうございました」

ザックはそう言うと、思い切り頭を下げた。


「ああ、いえいえ。大変勉強になる模擬戦でした。こちらこそ、ありがとうございました」

涼は、勢いよく頭を下げたザックが、模擬戦のダメージを引きずっていないか少し心配したのだが、大丈夫に見えたので安心した。


ザックは、主の方を向いて言葉を続ける。

「アベル陛下、俺は吹っ切れました」

「お、おう、そうか」

「全然足りていませんでした」

「うん?」

「これからもっと、本気で剣の道に邁進いたします。そうしなければ、全然届かないと理解しました」

「……うん?」

「では、失礼いたします」

ザックはそう言うと、ある意味、意気揚々(いきようよう)と甲板の反対側に歩いていき、剣を振り始めた。


「吹っ切れましたとは言ったが、例の件を吹っ切ったわけじゃない?」

「違うようです。悶々(もんもん)としていた気持ちを吹っ切っただけかと」

「そうか……。いや、まあいいか」

スコッティーとアベルが、ひそひそと会話を交わす。


そう、ザックは、セーラの件を吹っ切ったわけではない。

もっと頑張らねばならないと吹っ切ったということだ。

二人でなくとも、正直、意味は分からないだろう。


そしてもう一人、誤解からザックの姿に感心している筆頭公爵が。

「ザックさん、凄いですね。やる気に満ちています。剣の道に邁進する……主たる国王の前ではっきり言い切れる騎士、そう多くはないと思います」

「あ、ああ、そうだな……」

アベルは、それしか言えなかった。

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