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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0731 甲板模擬戦

海賊らを海に返したスキーズブラズニルの一行。

アベルは情報を精査した後、断を下した。

「今回は、ノズー国に向かわずに西方諸国へ向かう」


いずれは、ノズー国との間にも国同士の関係が結ばれる可能性はある。

だが今回は……。


「一度も通ったことのない海域に、陛下を乗せた船で進むのは、やめたほうがよろしいかと」

パウリーナ船長がはっきりと言ったのだ。

その言葉を聞いて、深く大きく頷き同意するスコッティー王国騎士団中隊長。


そこまで反対されれば、アベルとしても無理を通すことはしなかった。



当初の目的通り、一路西方諸国に向かうスキーズブラズニル。


そんなスキーズブラズニルに乗る者たちは、皆、一生懸命である。

安全な航行のために船の仕事に励む乗組員。

いつ来るか分からない主を守る仕事のために研鑽(けんさん)を積む王国騎士団。


それぞれ担う仕事は違うが、溌剌とした表情の者が多い。


そんな中、一人、悶々とした表情の騎士がいた。

その騎士はかなり逡巡(しゅんじゅん)した後、一度船倉に降りていく。


しばらくして、何か手に二本持って甲板に戻ってくると、今度は迷わず対象に向かって歩いていった。


「ロンド公爵、一手ご指南(しなん)願いたい!」

「え?」

騎士ザック・クーラーが、涼に模擬戦を申し込んだのだ。

右手には木剣が握られ、それを涼に突き出している。


その光景に驚いた二人の人物。

ザック同様に王国騎士団中隊長のスコッティー・コブック。

それと国王であるアベル。


二人は、なぜザックが涼に模擬戦を申し込んだのか、なんとなく分かるから。


「おい、ザック!」

「りょ、リョウ、ちょっと仕事の話が」

スコッティーがザックに呼び掛け、アベルが涼に呼び掛ける。


簡単に言えば、二人を引き離すためだ。

ちなみに涼は、なぜザックが模擬戦を申し込んできたのか、全く分かっていない。



「止めるな、スコッティー! 俺は、あの人を倒さねば前に進めん」

「馬鹿なことを言ってるんじゃない! 仮にも相手は公爵だぞ。しかも筆頭公爵だぞ。だいたい、魔法使いに剣での模擬戦を申し込んでどうするんだ。勝っても……セーラ殿が振り向いてくれるわけじゃないんだぞ!」

「分かっている。分かっているが……」

小声で交わされるスコッティーとザックの会話。


ザックはずっと、エルフのセーラに片想いをしている。

だがそのセーラが、目の前にいる涼と仲が良いということも知っている。

そんな涼と模擬戦を戦ったからといって、何も変わらないということも分かっている。


分かっているのだ、頭では。

それでも苦しいのだ、心が。


「一度、全てをぶつけてみたい……そうしなければ、俺は前に進めない気がする」

「ザック……」

スコッティーが顔をしかめる。


スコッティーはザックの気持ちを知っている。

涼とセーラの関係も……詳しくは知らないが、とても仲が良いということは知っている。


今まで我慢して抑え込んできたのだろう。

だが、昨日の『戦闘』を見ていて、その抑えが外れそうになっているのだろう。


しかし、二人は王国騎士団中隊長だ。

五十人の騎士団を二人で率いている。

そんな部下たちの前で……。



「ザックさんって、初めてお会いした時から怖い顔をされちゃうんですよね」

「そ、そうか……」

「僕、何か悪いことをしたのかもしれませんけど、思い出せないんです」

「き、気付かないうちに何かあったのかもしれないな」

首を振る涼、全ての事情を知っているが何も伝えないと決めているアベル。


「で、アベル、何か仕事の話があるんですか?」

「え? あ、いや、そうだな……」

アベルが、二人を引き離すためにとっさに言ったセリフだ。

もちろん、仕事などない。


だが、何か話を繋げなければ……。

「リョウは以前、ルン騎士団の指南役をしていただろう?」

「ええ、ええ。みんなやる気に満ちていましたから、僕もやりがいがありました」

思い出して、うんうんと頷く涼。


「今は、どうしてるんだ?」

「午前中はセーラと模擬戦をしていますよ。エルフ自治庁で」

「ああ……」

頷くアベル。

そんな報告を受けた気が……。


涼とアベルが会話しているところに、ザックがやってきた。

後ろには、うつむいた表情のスコッティーを伴っている。


それを見てアベルは悟った。

ザックの説得に失敗したのだと。


「ロンド公爵、もう一度お願いしたい。一手、ご指南を」

ザックが木剣を差し出す。


涼はチラリとアベルを見る。

そして小声で確認した。

「ルンでやってたみたいにすればいいんですかね? 王国騎士団ではタブーというか、やっちゃいけないこととかあります?」

「禁止技か? 別にないだろ。最悪、<エクストラヒール>で治療してもらえば、なんとでもなる。というか、木剣なんだから酷いことにはならんだろう?」

「木剣は使ったことないですけど……僕の故郷には木刀というのがあります。あれ、打ち所が悪いと大怪我しちゃいますからね。木剣も一緒でしょう」

小さく首を振る涼。


そもそもルンで指南役をしていた時は、刃を潰した剣だった。

それに比べれば、確かに大怪我(おおけが)はしないかも。


「まあ、ルンでやってた感じでいいんですよね?」

「ああ、問題ない」

涼が問い、アベルは頷いた。


頷いたが、思い出す。

「ルン騎士団での指南って……叩きのめす、が基本じゃなかったか?」

アベルも知ってはいる。

涼の前任者セーラがそうやっていたので、涼も同じようにしていたらしい。


「問題ないって言ったが……問題あったかもしれんな」

そんな国王陛下の呟きは、誰の耳にも届かない。


こうして、スキーズブラズニルの甲板上で、涼とザックの模擬戦が開始された。



「よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

ザックと涼が挨拶する。


涼はいつものように正眼に構えた。


その瞬間、ザックの腕に鳥肌が立つ。

(なんだ、この感覚は)

あまり記憶に無い感覚を覚えたのだ。


いや、ずっと昔、元王国騎士団長が視察に来た時、模擬戦をしてもらったが……その時に、こんな鳥肌が立った。

(元王国騎士団長……アレクシス・ハインライン侯爵。『鬼』と呼ばれた伝説の騎士団長と同じだとでも言うのか!)

認めない!

「ウラァーーー!」

ザックが気合いを入れる。

気合いを入れなければ飲まれてしまうから。



アベルは、涼を見て気付いた。

「足が……いつもと違う?」


アベルは、何度か、涼の真剣勝負を見たことがある。

それは強敵たちとの戦いだった。

その時、涼の足は前後に開いていた……右足が前、左足が後ろ。


しかし今は、横に開いている。

わずかに右足が前に出ている気もするが……いつもほどではない。


いつもの足なら、地面を蹴って一気に相手の間合いに飛び込む。

しかし今は……自ら動くというより、相手の攻撃をどっしりと受ける……そんな感じがする。



「ウラァーーー!」

もう一度、ザックが気合いを入れて、一気に飛び込んだ。

最速の打ち下ろし。


カンッ。


木剣同士の独特な音が響く。


ザックの打ち下ろしを、涼がしっかりと受け止める。


だが、この一撃で吹っ切れたのだろう。

ザックの連撃が始まった。


その速度は、驚くべきものだ。

周りを囲んで見ていた王国騎士団員たちの口からも、称賛が漏れる。

中隊長の面目躍如(めんもくやくじょ)



しかし、最も剣に詳しい二人の見立ては違う。

「模擬戦ではなく、ザックは本気の剣を浴びせています……」

「ザックは、完全に余裕を失っているな」

中隊長のスコッティー・コブックと、元A級剣士アベルだ。


ザックの凄まじい連撃は、余裕がないから。

二人の見立ては正解であった。



(なんだこいつは、なんだこいつは、なんなんだこいつは!)

ザック・クーラーは、王国騎士団の中隊長だ。

通常なら、五十人の王国騎士団員を率いる強者。

しかし今、目の前のローブを着た魔法使いの剣に圧倒されていた。


(一撃も入れられる気がしない。この防御は……岩かよ!)

ザックは、凄まじい連撃を繰り出している。

だがそれは、目の前にいるローブの魔法使いから受けるプレッシャーに飲まれてだ。


しかも、全力の連撃を繰り出しているのに、破れそうにない。

その結果、絶望感に苛まれる。


そんな鉄壁の防御のくせに、一瞬でもザックの攻めが途切れると、牽制の横薙ぎや突きを繰り出してくる。

そう、牽制だと分かっている。

分かっているが、ミスればその一撃で自分が沈められるのも分かってしまう……それほどに鋭い牽制(けんせい)


(普通、こんなのは牽制とは言わない!)

ザックは心の中でそう叫ぶ。


お互いに使っているのは木剣なのだ。

それなのに、よけ損なえば一撃で沈む牽制などありえない。


あり得ないのに、分かってしまうほど鋭い剣閃。

見るからに鋭いのに、同時に重い……。


(この重さは……一撃一撃に腰が入っているからだよな。剣の重さや腕だけじゃなくて、上半身だけでもなくて、膝、腰の動きも連動させて重心の移動が完璧だから、剣が重い。俺だってそんなことできん。スコッティーも無理だ。アベルなら……そう、アベルならあり得る。つまりこいつは、アベル並みの剣を振るってるってことか? なんなんだよ、それは!)

乱れるザックの思考。


当然その乱れは剣にも現れる。

しかし、見ているほとんどの者は気付かない、それほど微細な乱れ。

それは、ザックがこの四年間、一心不乱に剣に打ち込んできたからこそ。

心の乱れが剣に現れにくくなっている。


鍛え上げられた剣が、答えているその証左。



それでも……分かる者には分かる。



「心穏やかに剣を振るうのは難しいな」

「アベル陛下ですらそう思うのなら、誰にもできないことでは?」

アベルの呟きに、隣に立って模擬戦を見ているスコッティーが応じる。


「ザックの乱れが見て取れる」

「はい」

「だが、もう一方は……」

「ロンド公爵……リョウ殿は凄いですね。波風一つ立たない水面のようです」

「さすがスコッティー、表現が詩人だな」

「からかわないでください」

顔立ちの整ったスコッティーが詩的な表現をすると、とても雰囲気が出る。


アベルは学友でもあるので、昔からそんなスコッティーが異性にもてるのを見てきた。

スコッティー自身は無自覚に言っているために……思いを寄せる者たちの心は、波風一つ立たない水面とは正反対の状態だったろうと思うのだ。



「とにかく……残念ですが、今の心の乱れたザックではロンド公爵には勝てなさそうです」

「あ~、心の乱れていないザックでも、リョウには勝てないだろう?」

「騎士が剣で、魔法使いに勝てないというのはまずい気がします。ですので言葉を選んだのですが」

「気にする必要はないだろ。だいたいリョウは、セーラの後のルン騎士団剣術指南役だぞ?」

「……はい?」

アベルが事実を告げ、スコッティーが理解できない顔をしている。


「まあ、王国解放戦前の話だから、もう五年になるが……」

「ルン騎士団というのは、ルン辺境伯領騎士団ですよね?」

「そうだ」

「精強として名高い、ルン辺境伯領騎士団ですよね?」

「そうだ」

「セーラ殿が剣術指南役をされていた、ルン辺境伯領騎士団ですよね?」

「そう、そのセーラの後を引き継いだ剣術指南役が、リョウだ」

「……ザックが勝てるわけないでしょう」

「俺に言われても……」

スコッティーが呆れたように言い、アベルが肩をすくめる。



涼が、正式にルン騎士団の剣術指南役を務めていた期間は、実はそれほど長くない。

もっともその前から、セーラと騎士団の前で模擬戦を繰り返していたために、ルン騎士団の騎士たちからは最上級の敬意を払われているが……。


「ですがそれでも、ザックの性格なら……」

「ああ、逆転を狙った手を放つだろう」

「それをリョウ殿が受けそこなえば大怪我を……」

「いやあ、どうだろうな。まあ、どうなるか見てみよう」

心配するスコッティー、全然心配しないアベル。


どちらもザックの事は知っている。

だから二人の差は、涼に対する理解の差……と言ってもいいのかもしれない。



模擬戦は続いている。

ザックの攻撃、涼の防御。

ただ、涼の牽制攻撃がザックの体をかするようになってきた。


それは涼の剣が鋭さを増したわけではなく、ザックが安全マージンを削って、ギリギリを見極め始めたから。

何のために?


もちろん、必殺の一撃を入れるためにだ。


(チャンスは一度。ああ、一度で十分だ。牽制の斜めの打ち下ろしを誘う。それで剣を下げさせて、一気に!)

ザックは心を乱しながらも、涼の剣の特徴を分析してきた。

いくつもの牽制の種類があるが、もっともカウンターを取りやすいのは袈裟懸(けさが)けの後だと見切っていた。


ザックの左肩から右腰に斬り込む一撃。

それをかわして、打ち込む。



そして……。


ザックの横薙ぎ。

それをかわして、涼が袈裟懸けに打ち込む。


(ここ!)


涼の剣を、剣先ギリギリでかわし、思い切り打ち下ろす。


間違いなく必殺の一撃。



カンッ。



軽い音を響かせてザックの剣が跳ね上がる。

剣を持った両腕も跳ね上がる。


空いた胴に……。



一撃。



疾風(しっぷう)のごとき飛び込み胴。


ザックは崩れ落ちた。

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