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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
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0728 襲撃

スキーズブラズニルはバンバン王国を発って一週間、平和な航海を続けていた。

「平和って素晴らしいですね」

「全く同感だな」

涼もアベルも、平和を愛するナイトレイ王国民だ。


「この平和を現出したのは、海の魔物除けです。それはとりもなおさず、錬金術の偉大さでもあります」

「ああ、それは否定しない」

「我が王国でも、更なる錬金術師を育てるべきだと思います」

「十分育てているだろう?」

涼が進言し、アベルが十分行われていると首を傾げる。


実際、王立錬金工房の予算は潤沢(じゅんたく)だ。

アベルが王となり王国解放戦が終了して以降、それまでとは比較にならない予算が付いている。

もちろん、その予算にふさわしい結果を王立錬金工房は出しているわけだが。


「ケネスたち、王立錬金工房についてはそうです。それにふさわしい結果も出しています。でも、他にも錬金術師はいます」

涼ははっきりと言う。


そこまでなら、とてもまともな進言。

筆頭公爵にふさわしい国王への直言と言ってもいいだろう。


だが言った後、両手を大きく振り、体を上下に動かし、アベルの視界の中でとても目立つような動きをしている。

そう、いかにも、「ほら、目の前にいるでしょう、その対象が」と言わんばかりに。


「リョウは……王立錬金工房の準研究員だよな」

「え……そ、そうですけど?」

「なら、王立錬金工房につけた予算の対象だよな」

「それは……いえ、でも、王立錬金工房のお金は僕、あんまり使っていない……」

「王立錬金工房の食堂で飯を食うだろう?」

「それは、研究で工房に(こも)っている時に……」

「それで十分だ。諦めろ」

アベルははっきりと言い切った。


王立錬金工房には、工房で働いている人用の食堂がある。

もちろん錬金術師だけでなく、たとえば守衛や清掃関連の人たちも利用する。

彼らも、その食堂は無料で利用できる。


王国解放戦後、涼は王立錬金工房の準研究員として登録された。

そのため、工房の施設を自由に利用できる。

もちろんそれら全ては、結果を出し続けたからこそだ。


魔人ガーウィンとの戦いで投入された『長距離拡散式女神の慈悲』などは、その例の一つだろう。


準研究員ということで、泊まるための部屋も準備されている。

基本的に王立錬金工房の錬金術師らは、王立錬金工房内に私室があり、そこと研究部屋を行き来している……そう、工房内で生活が完結しているのだ。


研究以外の一切を考える必要がない環境。

研究だけに没頭(ぼっとう)できる環境。


それが王立錬金工房の錬金術師。



王国中の錬金術師が目指すのも当然だと涼は思う。

研究だけしていればいい……他の一切は国が用意してくれる。


本当に研究にのめり込んだ人間にとって、それは夢の環境である。


そう思わないのであれば?

あなたは研究者には向いていない……のかもしれない。

他の何かを目指すのがいい……のかもしれない。


とはいえ、実際のところはやってみなければ分からない。

人の生とは、ままならないものである。



国家予算の総責任者たる国王に、諦めろと言われ落ち込む涼。

新たな策をひねり出そうと考えこむ。


そんな二人の下に、一人の女性が近付いてきた。

「報告いたします、陛下」

パウリーナ船長だ。


「もうすぐ、『群島』地域に入ります」

「承知した」

パウリーナの報告にアベルが頷く。


アベルは分かっているようだが、横で聞いていた涼には分からない。


「群島?」

「国というほどのものは形成していないのですが、数十もの島がある海域です。多くは無人島のようですが、人の住む島もあります」

「北の方には、かなり大きな島があり、そこは国があるんだったか」

「はい。『群島』の者に聞いただけですので、距離や国の規模は分かりません。ですから、今回は寄らずに西に向かいます」

「ああ、その提案通りで問題ない。我々が全ての国に寄らなければならないというわけではないからな。西方諸国に行くのが、最優先事項だ」

アベルの考えは明確である。


明確にすることによって、周囲の人間は惑わずに済む。

どんな規模の組織においても、トップは優先順位を明確にしておかねばならない。

それは部下たちを迷わせないために。

そんなことで迷って時間を費やすなど大いなる無駄。

もっと本質的な問題解決のために、迷い、時間を費やすべきだ。


アベルは、第二王子時代に学んでいる。

今は亡き兄カインディッシュが王位を継いだ場合、アベルは王国軍の総司令官になる予定だった。

組織を率いる人間としてやってはいけないこと。

それを徹底的に学んできた。


特に戦場では、指揮官の指示一つで多くの命が失われるから。




アベルがパウリーナから報告を受けた三十分後。


カンカンカン、カンカンカン……。

甲板上に鐘が鳴り響く。


涼とアベルが読んでいた本と報告書から顔を上げた。

二人ともすぐに、何が起きたのか理解する。

前回、この鐘が鳴り響いたのはバンバン王国の港の外。

船が近付いてきた際だ。


恐らく今回も……。


「物見! 何隻だ!」

「五隻です、船長!」

パウリーナの鋭い問いかけに、マストの上から物見の乗組員が叫び返す。


船の外を見ると、いくつかの島の陰から船が出てくるのが見える。

遠眼鏡がなくとも、なんとなく大きさも分かる。


「スキーズブラズニルよりは小さいですけど……」

「小舟ではないな」

「大きめの漁船を改造した感じですかね」

「だが、漁に出てきた様子じゃない」

涼とアベルが、向かってくる船たちを見て感想を言う。


「魔物除けのおかげで、魔物は寄ってきませんが……」

海賊(かいぞく)には魔物除けは効かんな」


そう、海の脅威(きょうい)は、魔物だけではなかった。



「陛下、ご許可いただければ迎撃したいと思います」

「迎撃? それは構わんが……振り切った方が楽だろう?」

パウリーナの言葉に、首を傾げるアベル。


スキーズブラズニルの船速はかなりのものだ。

迫る五隻の船も遅くはないが、まず問題なく振り切れるだろう。


だが……。

「今後のこともありますし、情報収集にもなります」

「ふむ」


二人の会話を聞いて、涼が口を挟む。

「あの、僕が手伝えば無傷で行けると思うのですが……」

そう、涼の魔法は強力だ。


しかし、パウリーナ船長は……。

「ありがとうございます、公爵閣下。ですが、できれば我々だけでやらせてほしいです」

「王国騎士団にも手を出させないでほしいということだな」

パウリーナの言葉に、アベルも理解したのだろう、確認する。


「今回は、陛下や公爵閣下がいらっしゃいますが、今後の試験航行などではお二人はいらっしゃいません。ですが、この群島海域を通ることになる可能性は高いです。自分たちだけで……スキーズブラズニルの乗組員だけで、危なげなく問題を解決できるというところを見ていただきたいと思います」

「なるほど」

「僕らはセーフティーネット……」

パウリーナが説明し、アベルが頷き、涼が呟く。


今回なら、二人や騎士団がいるために不測の事態が起きても大丈夫。

そんなセーフティーネットがある状況で、スキーズブラズニルの乗組員の力を確認する。

雇い主に見てもらいたい。


そういうことだろう。


「分かった。全て船長に任せる。俺とリョウ、王国騎士団は……マーリン殿と棺桶(かんおけ)殿も、甲板で見せてもらう」

アベルが許可を出し、パウリーナは深々と頭を下げた。



アベルが王国騎士団とマーリンに伝え、その間にも甲板上で準備が進む。

「なあ、リョウ」

「なんですか、アベル」

「常々疑問に思っていたんだが……」

「珍しいですね」

「なぜこの船には、推進系の錬金道具が付いていないんだ?」

「推進系の錬金道具?」

「ほら、東方諸国とか多島海地域の船には付いていただろう、何とか機関?」

「ああ、風吹機関!」

涼も思い出した。


東方諸国や多島海地域の船には、そんな錬金道具が付いていた。

それがあれば、完全な向かい風に向かってでも進むことができるという優れものだった。


だが、スキーズブラズニルには付いていない。

涼は、共和国で設計書を見たから知っている。付いていないのだ。


いや正確には、当初は『風属性魔法系の錬金道具』を載せる計画があった。

というより、オプションとして付けることは可能というべきだろう。


ニール・アンダーセンの設計書には但し書きが付いていた。

『載せてもよいが、風上に向かう場合、速度にして三パーセントから四パーセントの上昇が見込まれるだけ。そして、その際に使えない機能が出てくる』と。


使えない機能……そのせいで、結局載せられていない。


「それは、魔物除けに使われる魔石のせいです」

「魔物除けの魔石?」

「この船を含め、西方諸国の海の魔物除けは、魔法式が開発されていると以前言いました」

「ああ、覚えている。しかも、このスキーズブラズニルのは、改良された魔法式だともな」

「簡単に言えば、その強力な魔法式のために推進系の錬金道具が積まれていないのです」

「うん? すまん、よく分からん」

こういう時、アベルは正直に分からないと言う。


分かったふりはしない。


「まず……魔石って、二個以上あると干渉しあって、うまく動作しません」

「ああ、それは聞いたことがある。ゴーレムに複数の魔石を積めるのかというやつで、ケネスが言っていた気がする」

「ええ、ええ。ゴーレムは特にそうですね。連合のフランク・デ・ヴェルデさんが造った人工ゴーレムがすごいのはそこです。五個の魔石を積んで、それらが変な干渉を起こさないようにしています……正直、未だに僕には理解できません」

「ケネスも苦笑しながら同じことを言っていた……」


人生をゴーレム制作に捧げたフランク・デ・ヴェルデの人工ゴーレムは、天才錬金術師と言われるケネス・ヘイワードですら、まだ完全には理解しきれていないのだ。


「まあ、そういうわけで、魔石は一個だけが基本です。で、このスキーズブラズニルは、海の魔物が寄ってこないように、『常に』魔石が稼働しています」

「なるほど。確かにその状態では、推進系の錬金道具を積んでいたとしても、そっちの魔石と干渉しあってうまくいかなくなるな」

「そういうことです」

アベルの理解に、涼は頷く。


もちろん東方諸国や多島海地域の船にも、魔物除けは積んであった。

だが、それはとても弱いものであったし、実は『風吹機関』と切り替える形で、一個の魔石がその両方に魔力を供給していたのだ。

だから、魔物除けの能力は強くなかった……実際、クラーケンに襲われたこともあった。


「西方諸国と暗黒大陸の間の海に関して、海運系の商会は詳しい情報を持っています。特に風の流れと潮の流れに関して。西方諸国の人たちにとって、『船で遠くに行く』場合、行先は暗黒大陸ですからね。全てを総合的に考えた場合に、風吹機関のようなものは無くとも問題ないのでしょう」

「なるほど。だが、これからこの海を渡るような……西方諸国と王国とを結ぶ航路が開かれれば……」

「ええ、東方諸国の風吹機関のようなものを積んだ船が出てくるかもしれませんね。魔物除けと切り替えられる形の。あるいは同時稼働する新たな方法を構築して」

涼は嬉しそうに頷く。


新しいものが生まれる。

それは、見ているだけでもワクワクするものだ。

しかもそれが、自分が関わっている錬金術に関するものであれば……ワクワクを通り越してうずうずし出す。


「中央諸国の海洋技術は、もっともっと発展するに違いありません」

「ああ、楽しみだな」

涼とアベルは、これから来そうな大航海の時代に思いを()せるのだった。

ずっと以前のどこかのあとがきに書きましたが、筆者は大航海時代オンラインというゲームの愛好者でした。

ですので船が好きなのですが、大航海時代という言葉そのものも大好きなのです。

まさに、夢の別名。

『ファイ』の世界に、大航海時代が来るのかどうかは分かりませんが、とりあえず涼とアベルは西に向かって進んでいます。

どうなるか楽しみですね。


ちなみに筆者は、とても船酔いをしやすい体質です……。

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