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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第二章 西へ
773/930

0726 転覆

翌早朝。

スキーズブラズニルの甲板上(かんぱんじょう)に鳴り響く鐘。


それを聞いて貴賓室(きひんしつ)から出てくるアベル。

「ザック、何があった」

貴賓室の扉前で守っていたザック・クーラーに問う。


「港から、船が近付いてくるようです」

ザックが、港の方を指さしながら答える。


確かに、遠眼鏡で見るまでもなく、船が近付いてくるようだ。

スキーズブラズニルほどではないが、それなりに大きい。



もう一人の中隊長スコッティー・コブックは、すでに王国騎士団を率い、船上に並んでいる。

もちろん騎士団は剣を抜いていないが、完全武装。

このまま戦闘になっても大丈夫なように。


「ザック、スコッティー、こちらからは手を出すな」

「了解」

アベルが命令し、二人が異口同音に答える。



戦闘態勢を整えているのは騎士団だけではない。


スキーズブラズニルの甲板も、戦闘ができるようになっている。

具体的には、敵船からは見えない位置に弓矢がずらりと並べられている。

乗組員たちがすぐに弓を手に取って、矢をつがえられるように。


「パウリーナ船長、スキーズブラズニルも、まだ手を出すな」

「承知しております」

パウリーナも頷く。

その言葉が聞こえたのだろう、乗組員たちも頷いている。


「リョウ、あの船に乗っている人数、分かるか?」

「甲板上に五十人、そのうち三十人が武装した兵士です。あと……なんか、偉そうな人が船首にいます」

「偉そうな人?」

「両腕を組んで、多分こっちを(にら)んで」

「そんなのも分かるのか」

涼の詳細な報告に驚くアベル。


涼の声が聞こえたザック、スコッティー、パウリーナも驚いているようだ。

とはいえ、皆無言。


緊張感が高まる。



そして……。

「停船せよ!」

ザックが怒鳴る。


彼我(ひが)の距離五十メートルほどで、港から来た船は止まった。

中央諸国でも主流となっているガレオン船に似ている。

全長五十メートル、スキーズブラズニルよりは小さく甲板の位置も低い。

だが、船首と船尾は少し上部に付いているため、船首に腕を組んで立っている人物は、スキーズブラズニルからもよく見える。


「リョウが言う通り、偉そうだな」

「でしょう?」

アベルが呟き、隣の涼が頷く。


船首に立つ男は三十代半ばだろうか。

百八十センチほどの身長に、厚い胸板(むないた)の堂々たる体躯。

その胸の前で腕を組み、傲然(ごうぜん)と胸を反らしている。

黒髪に、少し白髪が混じった長髪を後ろで束ねているが、それ以上に印象的なのは強い意志を感じさせる黒い瞳だろう。



「俺はニバン島島主、マフレディ。ナイトレイ王国国王、アベル一世陛下にお会いしたい」

船首に立った男……マフレディが名乗った。


「私がアベル一世だ」

名乗りを受けて、アベルも名乗り返す。


「ほぉ……報告通り、強者の雰囲気がビンビンに出てますな」

「報告通り?」

「その雰囲気に当てられて、ピシュカンの『怪人』が暴走したと聞いております」

「なるほど」

マフレディの言葉を理解して頷くアベル。


ピシュカン国で起きたことは、この男には伝わっているらしい。


「島主というのは、いわば副王のような地位だと聞いている。つまり、昨日お会いしたラッカン陛下の補佐的な地位という認識でよろしいか?」

「そう、昨日まではそうでしたな」

「つまり、今は違う?」

「ええ。本日より、ラッカンではなく私がバンバン王国の国王です」

ニヤリと笑いながら宣言するマフレディ。


「そうか。で、そのマフレディ殿がお見えになった理由は何だろうか」

特に表情を変えることなく、口調も変えることなく問うアベル。


だが、涼は気付く。

アベルがマフレディ『殿』と言ったことに。

マフレディ陛下ではなく、殿と。


もちろんマフレディ自身もその点には気付いた。

だが何も言わない。

無言のまま、笑みが深まる。


アベルが『マフレディ陛下』と言ってしまうと、ナイトレイ王国は、今回の政権転覆(てんぷく)を認めたことになってしまう。

トップである国王の言葉というのは、そういうものだ。


「失言でした」では済まない。

それが外交の場。


巧妙にマフレディが仕掛けた罠。

朝から押しかけて、船の上で名乗り、相手に自分の名を呼ばせる。

その際に敬称で、陛下とつけてくれればラッキー……。


だがアベルは、そんな罠を華麗にかわした。

涼が称賛する、アベルの天才性である。



「新たに国王となった私は、ナイトレイ王国の国王であるアベル陛下と会談したい。王宮まで来ていただけないだろうか」

「ふむ」

アベルは少し考える。


マフレディが新たな国王であると名乗った時点で、こういう提案がされるだろうとは想像していた。

そして基本的に、その誘いを受けないという選択肢はない。


しかし……。


「昨日の王宮襲撃の際、同時に我らが宿泊していた第一講堂も襲撃されたな。そんな方について行くのは、正直不安がある」

アベルははっきりと告げる。


これも外交だ。

相手の失策を突く。

同時に、情報も握っているのだと突きつける。


「講堂に兵を送ったのは、我が国のゴタゴタにナイトレイ王国の方々が巻き込まれないようにです」

「なるほど、護衛のために兵を送ってくださったと」

「ええ、そういうことですな」

マフレディは全く表情を変えず、いけしゃあしゃあとはこのこと。


もちろん、マフレディの言葉が事実かどうかは分からない。

マフレディの言葉が嘘かどうかも分からない。

一行を保護下において、ナイトレイ本国との交渉を行おうとした……可能性もないわけではない。


実際には、だいぶ遠いために中央諸国との連絡が取れるとは思えないが……バンバン王国の人間がどれほどの認識をしているのかは分からないわけで。


「まあ、いいだろう」

アベルは一つ頷く。


そして条件を付ける。

「マフレディ殿の名において、王宮に(おもむ)く我らと船に残る者たちの安全を保証していただけるのでしょうな」

「もちろん。バンバン王国第百十一代国王マフレディの名において、皆様の安全を保証しましょう」


こうして一行は、新たな主が治めることになったバンバン王宮に赴くのであった。



王宮に赴く途中。


「昨日の王様には悪いですけど、この島主の方が存在感があります」

「……否定はしない」

筆頭公爵と国王陛下がコソコソと話している。


「もしかしたら、この政権の転覆は、バンバン王国ではよくあることなのかもしれません」

「どういうことだ?」

「三つの島の内、最も力のある者が古い王を排除して新たな王となる……そんな政治システムです」

「そんなことが……あり得るのか?」

「別にあってもいいんじゃないですか? 民に犠牲が出ずに、偉い人の間だけで首が()げ替えられる……それで、優秀な人がトップになるのなら、むしろ民にとっては良いことでは?」

「いつもながら、リョウの推論は突飛(とっぴ)だな」

涼の推論に、小さく首を振るアベル。


「民にとって最悪なのは、無能なトップが統治を続けることです。それを武力で排除するとなるとその際に、民が巻き込まれることが多く、それでは民が不幸になるので推奨されません。でも、民に犠牲が出ないのなら、武力によろうが別の方法によろうが、優秀な人物がトップになるのなら問題ないでしょう?」

「優秀な人物が……ちゃんと民の事を考える人物がトップになるのならな」

「そう、そこが担保(たんぽ)されるかどうかは分からないですよね」

アベルの指摘を受け入れる涼。



全ての問題の根源(こんげん)は、民のことを考えた政治をしてくれるかどうか……そこなのだ。



「とはいえ、バンバン王国の事情に俺たちが手を出すつもりはない」

「ええ、分かっています。国同士の関係は、内政不干渉です」


主権国家として互いに認め合わなければ、対等な外交は成立しない。

もちろん……。


「アベルが、このバンバン王国をナイトレイ王国の属国にしたいのなら別ですが」

「うん、いつも言ってるが、そんなことは望んでいない」

「今回は手を出さないと」

「うん、今回『も』手を出さないに訂正しておいてくれ」

「またまた~」

「またまたじゃねえ!」

いつもの、涼とアベルのじゃれ合いだ。



「でも、このバンバン王国で起きたことが、ナイトレイ王国で起きないとは限りません」

「うん?」

「アベル王が排除(はいじょ)されるということです。アベル王が排除されて、もっと優秀な人が国王になれば、王国民はもっと幸せになります」

筆頭公爵が厳然(げんぜん)たる口調で言い切る。


「その、俺にとって代わるもっと優秀な人ってのは、きっと筆頭公爵だろうな」

「え? 僕? 嫌ですよ、国王なんてめんどくさい……」

「民のためだろうが」

「民の生活より僕の生活。これをモットーに、僕は生きていきます」

「……そんなやつが国のトップに就いたら、民は不幸になるな」

「ええ、間違いありませんね」


なぜか国王と筆頭公爵の間で、意見の一致を見たらしい。

民衆からの人気も高いアベル王だからこそ許される冗談……なのかもしれない。



マフレディに案内されて、王宮に足を踏み入れた一行。

王宮は、激しい戦闘があったらしく、その跡が生々(なまなま)しく残っている。


「一般の民は巻き込まれなかったとしても、兵士は巻き込まれます」

「そうだな。その辺りは……やはり平和が一番か」

「あるいは無血革命ならオッケーです」

「無血? 血を流さない革命ということか……なるほど」

アベルが少し考えて頷く。


地球の歴史上では、無血革命というのはそれなりに成功例がある。

いくつかの条件が整う必要はあるが……それができれば、ある種理想的かもしれない。


「しかし、この片付けされていない感は……わざとな気がしますよね」

「ああ。マフレディという男の性格かもしれんな。俺たちに、あえて見せつける」

「これも外交の一環ですかね」

「本当に面倒だな、外交というやつは」

アベルが小さくため息をつく。


国同士の関係の中では、あらゆるものが外交カードとなる。

クーデター後の、このような光景すらもだ。

片付けてから招き入れるか、片付けずに招き入れるか。

どちらにするかの選択肢はあったはずなのだ。


その上で、マフレディは片付けずにナイトレイ王国一行を招き入れる方を選択した。


それがどういう意味を持つのかは、今の段階では分からないが……マフレディという男の思考(しこう)、あるいは嗜好(しこう)一端(いったん)垣間(かいま)見れる。



さらに王宮の奥に進んだ一行は、かなり広い部屋に通された。

部屋の中央に長テーブルがあり、それを挟むように両側に椅子が並べられている。

左側に自国、右側に相手国……そんな外交交渉に使われそうなテーブルと椅子。


そして左側には、すでにバンバン王国の関係者と思える者たちが座っていた。


その関係者の中に、アベルは見覚えのある人物をみつける。

「ラッカン陛下?」

そう、昨日までバンバン王国の国王であったラッカン二十世。


拘束されているわけではない。

怪我をしているわけでもない。

悔しさからか、恥辱(ちじょく)からか……硬い表情で震えているようだ。


「アベル陛下……申し訳ない」

そう言いながら頭を下げる。


「いや、ご無事でなによりです」

アベルは頷いた。


「ラッカンには、国王相談役としてこの場に出てもらうことにした。昨日までの交渉……というほどのことはされていないようだが、まあ、その流れ的なものもあるでしょうからな」

マフレディが笑いながら言う。


その間も、ラッカンの表情は硬いまま。


当然だろう。

昨日まで、この国におけるトップだったのだ。

しかし今は、その地位を剥奪(はくだつ)され、あまつさえ新たなトップの部下として座らされているのだから。


昨日会っていた、異国の王の前に。



アベルは表情を変えなかったが、護衛としてついてきている王国騎士団員の表情が変わったからだろう。

マフレディは口を開いて説明を始めた。

「我が国においては、弱き王が強き者に打ち倒されるのはよくあること」

マフレディが言い放った瞬間、ラッカンの顔が(ゆが)む。


「それによって政治の硬直性を取り除き、国王とその周辺が腐敗するのを防ぐことになる。だからむしろ、称賛される場合すらある」

「国によって政治体制に違いがあることは理解している」

マフレディの言葉に、アベルが答える。


「だが、なぜ昨日の夜だったのかと疑問に思っただけだ。我々が訪れている時に、なぜわざわざ行動したのかと」

「昨日が新月だったからです。夜の行動は、月が出てない方が都合がいい」

「外交使節が訪れていても関係ないと」

「力ある者たちだと聞いていました。自分たちの身は自分たちで守るだろうと」

「そうか」


アベルが言ったのはそれだけだった。

他には何も言わず、表情も変えずにテーブル右側中央の席に座った。


小さく肩をすくめてマフレディも、その対面に座る。

こうして、二国間会合が始まった。



とはいっても、正式な会合ではない。

そもそも寄港したナイトレイ王国側としては、あくまで今回の寄港はアベル王による相手国代表への挨拶(あいさつ)という意味合い。


国交の樹立や友好条約の締結なども予定していない。

あくまで、「これから先、試験航行で寄るかもしれません、よろしく」と「その先、航路が開かれる予定です、その時もよろしく」と伝えるのが目的なのだ。


その件に関しては、昨日のうちにアベルの口からバンバン王国政府に伝えられている。

夜の食事会の席でも、アベルから直接ラッカンに伝えられた。


だから、この場にいるマフレディも知っている。


それでもこの場にアベルらを呼んだのは、ラッカンが国王ではなくなり、マフレディが国王となった。

ラッカンは、新王マフレディの下に就いたということを見せつけるためだろう。



「バンバン王国国王マフレディだ」

「ナイトレイ王国国王アベル一世」

お互いに名乗り合い、握手をする。


それが外交儀礼。


その後、バンバン王国側の出席者が紹介されていく。

もちろん、国王相談役としてラッカンも。



そして、ナイトレイ王国側も出席者が紹介されていくが……護衛の王国騎士団以外だと、一人しかいない。

「ナイトレイ王国筆頭公爵の、ロンド公爵だ」

アベルが紹介するのは、涼だけ。

涼は立ち上がり、軽く頭を下げただけ。



お互いの紹介が終わると、アベルが口を開いた。

「昨晩の食事会は素晴らしいものだった」

「ん?」


突然、食事会を褒めたのだ。

マフレディは思わず顔をしかめる。


それは当然、昨晩の食事会の主催者は、当時の国王であるラッカンであるから。

現在の国王であるマフレディとしては面白くない。


「現在の国王がどなたであろうとも、国の代表同士の食事会について触れないわけにはいかないだろう。それは、食事を準備した料理長らの名誉のためにも」

「ふむ、まあいい」


そして、アベルが食事会で出てきたメニュー一つ一つについて称賛していく。

マフレディはもちろん面白くない顔をしているが、当時の主催者であったラッカンも困惑した表情だ。

だが、時折(ときおり)嬉しそうな表情を浮かべたりはしている。



二十分かかって、ようやくアベルの称賛は終了した。


それを受けて、マフレディが切り出す。

「ナイトレイ王国は、西方諸国との間の航路を開くために、試験航行を行っているとか。今回の寄港も、その一環だと聞いている」

「その通り」

「貴国の航行において、我が国がどのように関係するのかを聞かせてほしい」

マフレディは、飾らずに問うた。


「試験航行で、バンバン王国に寄港する可能性がある」

「うむ」

「ただ、その後のナイトレイ王国と西方諸国との航路に関しては……正直、バンバン王国に寄港するかは分からない」

「……何?」


アベルの不穏(ふおん)な言葉に、マフレディが聞き返す。


「隣国……ピシュカンでは、航路が開かれた暁には、補給を受ける可能性があり、さらに交易もどうかと提案したと聞いているが?」

「そう、提案した。それは事実」

「ならば、我が国にも……」

「ナイトレイ王国の国王としては、航路を行き来する船に関して、安全な寄港地(きこうち)を準備、提案するべきだと考えている。そう考えると、はたしてこのバンバン王国が、寄港地としてふさわしいのか……」

「ピシュカンより、我が国が劣っているとでも言うのか」

口調が変わり、怒りがマフレディの顔を覆う。


「いや、誤解しないでいただきたい。決してそういうわけではない」

対照的にすました表情のアベル。


「ただ、不安定な国を寄港地として推薦するのは難しいというだけだ」

「不安定な国……だと?」

「昨日と今日で、政府の代表者が代わるというのは、安定している国家とは言えないだろう?」

表情を変えないまま言い切るアベル。


それに対して、怒ったままだが何も言い返せないマフレディ。



「どうもアベル王は、現在の状況を理解されていないようだ」

「状況?」

「政権交代も一夜にして行われた。そして現在、この王宮も完全に落ち着いている。これが不安定な国だと?」

「昨夜の襲撃も、かなり兵力を動員したからこそ成功した。現在落ち着いているのも……王宮を守っていた兵士を全滅させたから」

「そうだとして、何か問題でも?」

マフレディが言い返す。


「いや、問題はない。問題はないが……先ほどのマフレディ殿の言葉、そっくりそのままお返ししたいなと思っている」

「俺の言葉?」

「どうもマフレディ殿は、現在の状況を理解されていないようだ」

「なんだと?」

冷静なアベルと、怒りに満ちたマフレディ。


先に口を開いたのはアベル。

しかし、その口から出た言葉は、誰も想像していないものであった。


「ロンド公爵!」

「はい、陛下」

そう、涼を呼んだ。涼も外行きの顔で答える。


『リョウ』ではなくわざわざ『ロンド公爵』と呼んだのだ。

この外交の場で。


「昨晩のニバン島とサンバン島の動きを報告せよ」

「午後七時、ニバン島から三十五隻、サンバン島から三十隻の船が出航しました。それぞれ、二十人乗りの小舟です。つまりニバン島から七百人、サンバン島から六百人の兵士が出航したことになります。彼らは夜九時、イチバン島に上陸、移動を開始しました。目標地点は二つ、一つは王宮、もう一つは我々が宿泊していた第一講堂でした」

涼は整然と述べる。


バンバン王国側は、マフレディを含め誰も何も言えない。

無言のまま聞いている。


「第一講堂を二百人で包囲し、残りの千人以上で王宮を包囲、その後、十一時に両方に突入しました。我らはすでにスキーズブラズニルに移動していましたので被害はありませんでしたが、王宮で戦闘が開始。当時、王宮を守っていた兵士は九十五人。十倍以上の相手に奮闘しましたが……最終的に全滅。文字通り、全員が死亡しました」

涼がそこまで説明すると、一人頭を下げた人物がいた。


その時の王宮の主、ラッカンだ。

その時のことを思い出しているのだろう。悔しさに唇が震えている。


そう現在、この王宮には、ラッカンの手勢(てぜい)はいない……と思われる。

だから、王宮は落ち着いている……と思われる。



しかし、仮にも昨日まで王だった男だ。

その配下の兵士が、九十五人だけということがありうるだろうか?



「では、現在のイチバン島と王宮を取り巻く状況を報告せよ」

「三十分ほど前に始まりました『小競り合い』によって、王宮ならびにイチバン島に進駐していたニバン島とサンバン島の兵士一千人ほどがすでに投降しております」

「……は?」

涼の言葉に、素っ頓狂な声をあげるマフレディ。


「この王宮も八割方……新たな兵士たちによって確保されているようです」

「何を言っている……」

涼が説明するが、マフレディは意味が分かっていないようだ。


それはそうだろう。

何も音が聞こえてきていないのだ。

こんなに静かなのに……。



だが、次の瞬間……。


「ま、守れー!」

「無理だ!」

「投降しろ!」

「死にたいのか!」


そんな声が扉の外から聞こえてきた。

そう、突然に。

まるで、今までは音が遮断(しゃだん)されていたかのように。

見えない氷の壁で、音が遮断されていたかのように。



カキンッ。


状況を理解したマフレディが、座ったままのラッカンに剣を突き出したのだが……見えない壁に弾かれた。


ラッカンを殺すつもりだったのか、人質にするつもりだったのか、それは分からない。

だが、ラッカンを見えない壁が守っている。

そう、見えない氷の壁が守っている。


次の瞬間、扉が蹴破られた。

兵士がなだれ込んでくる。


「ラッカン陛下、ご無事で!」

「問題ない、制圧しろ! マフレディは殺すな!」

なだれ込んできた兵士の問いかけに、座ったまま命令を出すラッカン。

自分の周りに、見えない壁があることを理解しているためだ。


騒動の間、全く動かないナイトレイ王国一行。

本来、このような騒動が起きれば、主の周りを護衛たちが囲んで守るはずなのだが……全員、元の席に座ったまま。


その様子を見てラッカンは確信した。

自分を守っているこの見えない壁は割れないと。


恐らく、目の前のアベル王を含めたナイトレイ王国の一行たちも、同じ見えない壁で守られている。

そして、その壁は割れない。

だから座ったままなのだろうと。



完全な正解である。



見えない壁……それは、完全に透明な氷の壁。

涼の<アイスウォール>。

人間の攻撃などで割れるわけがない。


部屋の制圧は一分もかからなかった。


それを確認して、アベルが小さく頷く。

涼はラッカンを囲っていた<アイスウォール>を解除した。


アベルの頷きをラッカンも見た。

それが自分を守っていた見えない壁の解除の合図だろうと認識し、立ち上がる。


「陛下」

「ナーシン海軍卿、ご苦労。状況を聞こう」

「王宮は完全に奪還いたしました。その際、サンバン島島主ヒカソーを拘束。それにより、王宮周辺にいたサンバン島所属兵士は降伏。ニバン島所属兵士は抵抗する者が多かったですが、約五百人が降伏、捕虜としました」

「よくやった。至急、ニバン島とサンバン島に、それぞれの島主を拘束したと伝えよ。我が下に帰順するなら攻撃せぬとな」

「承知いたしました」

ナーシン海軍卿と呼ばれた男はすぐに立ち上がると、部屋を出ていった。


テーブルを回り込み、アベルの前に進むラッカン。


「アベル陛下、お騒がせいたしました」

「いや、王座の奪還、お慶び申し上げます。見事な手際(てぎわ)でしたな」

「私は何もしておりません。部下たちが優秀なだけで」

(ほが)らかに笑いながら、作戦を遂行した部下たちを褒めるラッカン。


「色々と感謝いたします」

あえて言葉をぼかすラッカン。

自分を守った見えない壁が、間違いなくアベル王の手勢の誰かのものだろうと理解している。


だが、それをここで明らかにするのは良くない。

マフレディがいる。

拘束されているが、耳は聞こえるのだ。

ナイトレイ王国が今回の王座奪還に関与したと思われるのは、誰にとってもよろしくない。


内政不干渉。


それは主権国家として大切な原則。



「まだ、細々とやるべきことがありましょう。ラッカン陛下、我々は島をお(いとま)致します」

「落ち着いたら、またお会いしましょう、アベル陛下」


こうして、慌ただしくナイトレイ王国一行はバンバン王国を出ていくのだった。

いよいよ、明日2025年1月15日(水)です!

『水属性の魔法使い 第二部 第五巻』

『水属性の魔法使い@COMIC 第六巻』

『オーディオブック第2巻』

の発売・リリース日ですね!

早いお店には、もう並んでいるのかもしれませんが……。


特設サイト

https://www.tobooks.jp/mizuzokusei/


電子書籍組の皆様も、ちょっと書店に足を運んで見てあげてください。

きっと帯がついているはずです。

「TVアニメ TBSほかにて 2025年7月から放送開始予定」


いいんですよ、そんな記念すべき帯目当てに、電子書籍と紙書籍の両方を手に入れても(ボソ

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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