0725 バンバン王国
「イチバン島? イチバン港?」
涼が首を傾げる。
元日本人としては、聞き慣れた音の連なりだ。
「イチバンって一番?」
その疑問に答えてくれる人はいない。
いや、いた!
「アベル、さっき読んでたバンバン王国の報告書に、島の名前って書いてありました?」
「大きな三つの島だけはあったぞ」
「イチバン島以外の名前は?」
「ニバン島とサンバン島だったかな」
「なんと……」
驚く涼。
どう考えても、一番、二番、三番……。
「転生者の影を感じます」
涼の呟きは小さすぎて、アベルには聞こえていない。
だが、涼が何やらブツブツと言ってるのは分かる。
「リョウ、何か気になることがあるのか?」
「え? いえ、何でもないです。ちょっと気になることがあるだけです」
「気になることがあるんじゃねえか。何だ?」
「いや、調べて確定したら報告します……」
「調べる?」
涼の答えに、首を傾げるアベル。
初めて訪れる国で、調べる?
どうやって?
アベルはそんな疑問を持ったが、どうせ解決できないだろうと頭の隅に追いやった。
スキーズブラズニルはイチバン島に寄港した。
これからアベルはタラップを降りる。
港には、バンバン王国の兵士たちが整列している。
「情報が筒抜けになっています」
「うん?」
「僕らの到着を知っていたかのような」
「知っていたんだろう。バンバン王国にとって、普段から関係のある国はピシュカン国だけだ。そうなれば当然、ピシュカン国政府中枢の情報を手に入れる体制は構築してあるだろう?」
「密偵……」
「当然だな」
涼の言葉に、アベルは肩をすくめた。
ナイトレイ王国騎士団も二十人ほどがタラップ下に整列している。
ピシュカン国の時のような騒動が起きないように、王国騎士団が護衛するために。
アベルは大袈裟じゃないかと言ったのだが、二人の中隊長……ザックとスコッティーに反論されたのだ。
さらに、パウリーナ船長からもそれとなく言われれば……騎士団の整列を受け入れざるを得なかった。
ちなみに涼は、前回同様にアベルのすぐ後ろから、アベルの愛剣を捧げ持ってついていく。
だが涼にも、「絶対守ってください!」と二人の中隊長が申し入れたため、その迫力に押されて頷いた……。
国王陛下の身を守るのはいろいろ大変である……。
タラップを降りるアベル。
港に降り立つと、バンバン王国の人間が近付いてきた。
もちろん今回、襲撃はない。
「アベル陛下、お待ちしておりました。バンバン王国国王ラッカン二十世です」
「ラッカン陛下、お初にお目にかかる。ナイトレイ王国国王アベル一世です」
こうして、国王同士の対面は問題なく果たされた。
そして、ナイトレイ王国一行は政府第一講堂という場所に案内される。
「先ほどお伝えしましたが、わが国には国賓を迎える施設がございません。いえ、かつてはあったのですが、ここ百年は隣国ピシュカンとしかやりとりがありませんので、整備しておらんのです」
「なるほど」
ラッカン王がアベルに説明しながら案内している。
「護衛の方々も宿泊したいとなりますと、こちらの講堂しかありません」
「問題ない。護衛も一緒にというのは、こちらがお願いした事。場所など気になさらずに」
ラッカン王が申し訳なさそうに言い、アベルは鷹揚に頷く。
「体育館……」
涼のそんな呟きは誰の耳にも届かない。
一行が案内された第一講堂は、まさに体育館。
柱のない広い空間が存在している。
多分、そこにみんなで寝るのだろう。
スキーズブラズニルの乗組員と、ザック率いる王国騎士団二十五人や文官らはスキーズブラズニルに留まっている。
事前に、多くの人間が一緒に泊まれる場所がないと言われたからだ。
そのため、アベルと涼、そしてスコッティー率いる騎士団二十五人だけが下船していた。
このバンバン王国でも、正式な交渉を行うわけではない。
あくまでアベルによる顔つなぎ……。
ピシュカン国でマーター首長に伝えたのと同じことを伝えるだけ。
とはいえ、到着が夕方であるため、一泊はせざるを得ない。
しかもバンバン王国側は、アベル王を歓迎する園遊会を開きたいと。
こういうのは外交の一環。
拒否することはできない。
ただ、少ない人数でというアベルの希望により、園遊会ではなく王宮での食事会となった。
ナイトレイ王国側からは国王アベルと、王国騎士団中隊長スコッティー・コブックの二人が参加。
そう、筆頭公爵である涼は不参加。
当然アベルは、涼に打診したのだ。
だが……。
「お、お腹と頭と、手と足が痛くて……」
などと涼が駄々をこねた。
普段なら、強引に連れていくアベルだが、どうも今回の涼は様子が変だと気付いた。
駄々をこねている間も、心ここにあらずというか……頭の中で、別の何かをしているというか……。
そのために無理強いせず、スコッティーが同行することになった。
涼は他の王国騎士団員と第一講堂に残る。
そして目を瞑って隅の方に一人で座り込むのであった……。
夜九時。
食事会が終了し、アベルとスコッティーは第一講堂に戻ってきた。
講堂には多くのロウソクが灯っているが、決して明るくはない。
そんな中、アベルは周囲を見回す。
隅に座っていた涼がいきなり立ち上がった。
そして、アベルの方に歩いてくる。
その様子は普通ではない。
「どうした?」
「正直、何が起きているのか分からないのですが……」
「うん?」
「武装した人たちが島にやってきます」
「……は?」
涼の説明に、素っ頓狂な声をあげるアベル。
だがその声で、話していた騎士団員らが口をつぐむ。
そんな静寂の中、涼の言葉が響く。
「ニバン島とサンバン島から、武装した人たちが小舟に乗ってこの島に向かっています」
当然アベルも、なぜそんな情報を涼が持っているのか疑問に思う。
だが、今考えるべきはそこではない。
「その武装した連中の狙いは分からないんだな?」
「ええ、分かりません。多分、正規の兵士だとは思います。港で整列していた、この国の兵士たちと似た装備なので……」
「俺たちを襲撃するのか、この島にある政府への反乱か……」
アベルが呟く。
その呟きは、聞き耳を立てている騎士団員たちの間に緊張を走らせる。
外していた鎧を着けなおす者。
自らの愛剣を傍らに寄せる者。
さらに涼とアベルの会話に耳を澄ます者……。
「スコッティー、どうすべきだと思う?」
アベルがスコッティー中隊長に問う。
それは、護衛としてどうしたいか、思うところを述べよという問い。
「全員でスキーズブラズニルに移動し、港の外に停泊して様子を見るのがよろしいかと」
スコッティーは躊躇なく答える。
彼の最優先事項は、アベル王の安全確保だ。
そうであるなら、他に答えなどない。
「分かった、すぐに移動する」
アベルは即決。
時間をかけていいことなど何もない。
まずは、味方が分断されているこの状況の打開だ。
その後は、行動の自由の確保。
この二つをクリアすれば、あとは何とでもなる。
アベルは急いで書面をしたためる。
スコッティーが受け取った書面を封筒に入れ、部下に渡した。
渡された部下は走っていった。
「あれは?」
「事情があって、今夜はスキーズブラズニルで寝ると書いた。外に、この国の兵士がいるから、そこからラッカン王に渡してもらう」
涼の問いにアベルは答える。
答えながら、全員移動し始めている。
歩きながら移動している間に、手紙を持っていった騎士団員も戻ってきた。
それを確認したスコッティー。
「陛下、全員揃いました」
「よし、少し足を速めるぞ」
アベルはそう言うと、全員が走る一歩手前の速度になる。
走るのはさすがに見栄えが悪い……だが、何かが起きる前に船に戻っておきたい。
もちろん、騎士団の一人が先に船に戻り、事情は伝えてある。
乗船すれば、すぐに出航できるように。
いつものようにアベルの横に並んで歩く涼。
だが、アベルは気付いていた。
涼が、まだ何か別のことに集中していることに。
だから、何も尋ねない。
一行は静かに港に移動。
タラップを上がり、何事もなくスキーズブラズニル号に乗船した。
「全員乗船した」
スコッティーがパウリーナ船長に報告する。
それを受けてパウリーナは一つ頷くと、無言のまま合図した。
ほとんど無音のまま動き出すスキーズブラズニル号。
横帆を張らず、少ない縦帆だけでするりと港を出ていくスキーズブラズニル号。
それを確認して、アベルは涼を見た。
涼は甲板に上がってからは完全に目をつぶっていたが、アベルが近付いてきたのを感じて目を開けた。
「イチバン島に上陸した人たちは、僕らがいた講堂と、王宮を包囲しました」
「早めに動いたのは正解だったか」
涼の報告にアベルが頷く。
そして問う。
「さっきからリョウは……魔法で探っているのか?」
アベルも、涼が何かをしているのは気付いていた。
招待された食事会を断ったのも、ずっとその『何か』をしていたからだと。
「ああ……そろそろ、ソナーで探れる距離ではありますか。回収します」
「……回収?」
「ニバン島とかサンバン島って、結構距離があるんですよ。間に狭いとはいえ海を挟んでいますし。なので、僕のソナーでも届きません」
「ふむ」
「ですので、彼らに行ってもらいました」
トン。
涼が言うと、甲板に何かが着地する。
着地したが、見えない……キラリと反射した。
それは、アベルにはある種見慣れた者たち。
「オニワバンか?」
「ええ、まさに御庭番一番隊です」
涼がそう答えると、透明だったアイスゴーレムに色が付く。
「透明の氷だと、マジで夜は見えないんだな」
「そうなんですよ。夕方でも、影に入っていればなかなか人の目では認識できません」
つまり涼は、御庭番一番隊をニバン島やサンバン島に送り出していたのだ。
「あっちの島まで……ずっとリョウが操っていたのか?」
「ええ。三人ずつ送っていたのですけど……六人同時操作は結構大変でした」
涼の表情は、満足感に満ちている。
大変ではあったが、早めに情報を得ることができたからこそ、講堂からの無傷の撤退を行えたから。
情報を得るのが遅くなっていれば、これから起きようとしている衝突に、一行が巻き込まれていた可能性は高い。
「元々、この襲撃が起きるかもと思ってゴーレムを送り込んだわけじゃないだろ?」
「もちろん違います。ほら、『調べて確定したら報告します』って言ったじゃないですか」
「なるほど。これで調べるつもりだったのか」
「少し調べたところで、ニバン島でもサンバン島でも兵士たちが物々しい感じだったので、そっちの調査を開始したら……襲撃ですよ」
困ったものですと肩をすくめる涼。
「結局、調べたかったことは調べられませんでした」
涼は、バンバン王国の過去に、転生者が関係したことを確信しているが、その証拠を探したかったのだ。
だが探す前に、こんなことになり……。
「あ……」
「どうした?」
思わず涼が声をあげ、アベルが問いかける。
「王宮入口付近で大規模な衝突が始まりました」
涼が<パッシブソナー>で読み取った情報を伝える。
アベルは、少し考えた後振り返って問うた。
「ザック、スコッティー、介入するのは、反対だよな?」
「はい、大反対です」
「はい、静観すべきです」
アベルの問いに、ザックもスコッティーも不介入を進言する。
アベルはさらに、二人の奥にいる人物にも声をかけた。
「パウリーナ船長」
「はい、陛下?」
「船長らがまとめてくれたバンバン王国の報告書は読んだ。あれ以外に、補足する情報はあるか?」
「ほとんど書いておりますが……」
パウリーナはそう言いながら少しだけ上を向く。
内容を思い出しているようだ。
「今回の件を踏まえて補足するとしたら、ニバン島とサンバン島は、現在の国王ラッカン二十世の弟らが島主として支配しているということでしょうか」
「島主?」
「正確なところは調べきりませんでしたが、島の支配者のようです。国王と比較した場合……副王といった辺りでしょう」
「なるほど。今回の襲撃は、その弟の副王たちが主導した可能性が高いか」
パウリーナの説明に頷くアベル。
「バンバン王国の内政に干渉はしない。どちらの味方に付くべきなのか、その情報がないからな。ここで情勢を見守る」
アベルが方針を告げる。
無言のまま頷く二人の中隊長とパウリーナ船長。
こうしてスキーズブラズニルは、イチバン港の外で、一晩を過ごすのであった。




