0074 セーラと模擬戦
演習場の中央、二十メートル程の距離を置いて、二人は向かい合った。
「リョウ、準備はいいかな?」
「はい、いつでもどうぞ」
「では参る!」
その言葉と同時に、セーラの姿が消える。
(速い!)
一瞬で涼の間合いに飛び込み、そのまま最速の打ち下ろし。
涼は下がることなく、逆に前に剣を突き出してさばく。
最もスピードが乗るポイントに来る前、セーラの力が乗り切っていないポイントでさばく。
そうしなければ、膂力のある相手の打ち下ろしでは、剣ごと折られることすらあるからだ。
さばき、セーラの手を狙って打つ。
だが、片手を剣から外してかわすセーラ。その片手のままで横薙ぎ。
重心を後ろにそらし、スウェーバックの様にかわす涼。
足の位置は変えないまま、重心を前に戻し、そのまま打ち下ろす。
それを身体ごとかわし、セーラは二連突き。
涼は、最初の突きをかわし、二連目の突きをかわしつつ、下から逆袈裟に切り上げる。
それを軽くバックステップをしてセーラはかわす。
この間、わずか数秒。
いったん仕切り直しである。
「すごいなリョウ!」
喜色満面とはこの事。
心の底から嬉しそうな声を、セーラは涼にかけた。
「いや、セーラさん、速すぎでしょ」
そう、恐ろしいスピードなのだ。
昨日の魔王子など足元にも及ばない飛び込み。
悪魔レオノールや、片目のアサシンホーク並みの、音速の飛び込み。
一瞬にして間合いを侵略する恐るべきスピード。
「でもリョウはかわしたじゃないか! 騎士団でも、あの飛び込みをかわせる者はいないぞ」
そういうと、セーラは周りを見回した。
涼もそれにつられて周りを見回すと、観客席にちらほらと騎士団員らしき者が数十名いる。
「あれに反応したということは、もしかして、あのスピードの飛び込みを経験したことがある?」
「ええ……昔、ちょっと」
「なるほど……ならば、次は完全に本気でいく!」
「ちょ……」
涼が言い終わる前に、再び……今度は超音速の飛び込み。
しかもそこから振るわれる剣の速さが……、
(さっきよりも速い!)
先ほどよりも、剣を振る速さ自体が五割増しくらいになっているのだ。
さすがに、このスピードをかわしきるのは不可能。
さらに、前でさばくのも難しくなってくる。
スピードが最も乗るポイントで受けると、驚くほど重い剣であることがわかった。
(セーラさん、華奢なのに、なんだこの重さ……)
女性に言ったら怒られること間違いなしのセリフを思い浮かべる涼。
最初の剣戟では、さばいてからの反撃も出来ていたが、今では完全に防御優先となっていた。
牽制の突きや薙ぎを放つことはあるが、それはあくまで牽制。
だが、防御に徹した涼は、まさに鉄壁である。
片目のアサシンホークも、悪魔レオノールも、結局、涼の鉄壁の防御を破ることは出来なかった。
防御に徹した涼はそれほどなのである。
それほどなのであるが……、
(くぅ~これは厳しい。まるで師匠の剣を受け続けているかのような……)
鉄壁の防御ですら、破綻しかけていた。
スピードだけで言うなら、ほんの僅かながら、妖精王と言われる師匠のデュラハンの剣速すら上回るかもしれない。
(これは、あれだな、風属性魔法だな)
もちろん、魔法使用禁止などとは決めていない。
だが、これほどの速度域での剣戟、魔法を使うタイミングなどない。
ほんの僅かでも集中力を別のことに使えば、その瞬間に倒されてしまうからである。
涼の魔法生成スピードであっても、これほどの速度域では魔法を使うことは無理である。
だが……、
(だが、セーラさんは使っている。風属性魔法で、腕の振り、足の運び、あるいは身体の移動すらも、全てのスピードを上げている……)
それは恐ろしいほどの魔法制御。
呼吸するように魔法を使う、ですら生ぬるい……完全に無意識下でも魔法が使える……何も考えなくとも心臓が常に動き続けているような……そんなレベルにまで高められた魔法制御。
明らかに、悪魔レオノール以上に風属性魔法と剣術とを融合して使いこなしている。
剣すらも風属性魔法で威力を増しているため、斬撃が異常に重いのだ。
スピードとパワーで上回る相手……勝つためには尋常ならざる手が必要なのだろうが……だが涼はその方法はとりたくなかった。
せっかくのこれほどの剣の相手である。
貴重な体験……。
思えば、師匠デュラハンに、最後の稽古をつけてもらって以降、なまっていたような気がする。
この剣戟で、その性根を叩きなおせるのだとしたら、まさに僥倖。
その変化は、ほんの僅かずつであった。
一番その変化を感じていたのは、もちろん涼である。
その変化とは、『完全な破綻へ』である。
これまでも、ギリギリしのいでいたが、さすがに限界が来ていた。
無理な受けを繰り返したために、剣がまずい。
(これはさすがに厳しいか……)
そして破局。
セーラの右薙ぎを受けた際、完全に余裕がなくなり、流すではなく受ける羽目になった。
その瞬間、剣が折れ、次の瞬間にはセーラの剣が涼の首にピタリとつけられていた。
「参りました」
観客席からは歓声が聞こえるが、涼にはどうでもよかった。
「凄いよ、リョウ!」
そういうと、セーラは涼に抱きついた。
「え……」
さすがにいきなりのことで、涼の頭の中はさらにパニックに陥った。
「あ、ごめん……」
顔を真っ赤にして、セーラは涼を離した。
だが、すぐに両手を持ち、ぶんぶんと上下に振った。
「私の『風装』の剣をこんなに受けるなんて、リョウ、すごい!」
「いや、そんなのを使いこなすセーラさんが凄すぎでしょう」
涼の正直な感想であった。
風属性魔法を使って、身体の動き全てを速める……発想は単純だが、まず出来ない。
発想しても、それを形にするのがまず困難であり、さらにそれを実行するとなると、生半可な魔法制御では無理だ。
そもそも、普通の人の魔力量では、すぐに魔力切れになるに違いない。
「私のは、もの凄く練習したからね。そんなことより、リョウの鉄壁の防御だ。なんだあれ! ものすごい努力を重ねて身につけたというのはわかるが……一体どうやって」
「僕の剣は、師匠に鍛えてもらった剣です」
「師匠?」
「ええ。このローブをくれた……」
それを聞くと、セーラの瞳はいつも以上に大きく見開いた。
「妖精王が、剣の師匠?」
「え……どうしてそれを?」
セーラが、妖精王のローブであることを知っているのが、涼には驚きであった。
「ああ……えっと、エルフというのは、半妖精みたいなものなのだ。だから、そのローブが妖精王のローブだというのは、種族特性的に理解できてしまう。妖精王が、涼の事をものすごく気に入ってるのはわかっていたが……そんなローブをあげるくらいだからな。魔法を気に入っていたんだと勝手に思っていた。まさか剣の師匠……。妖精王から、魔法ではなく剣を習うというのも、なんか面白いな」
「昔、全く同じことを言われた記憶があります……。そんなに変かな?」
かつて、ドラゴンのルウィンも同じことを言って笑っていた。
「変というか……そもそも妖精王自体が、すでに伝説の存在だから……。まあ、いい」
セーラはなんとも言えない困った表情をした。
そしてさらに何か言葉を続けようとしたところで、観客席から声をかけられた。
「セーラ様、アルフォンソ様の稽古の時間が迫っております」
声の方を見ると、若い女性が精一杯の大声を出してセーラを呼んでいる所であった。
「ああ……もうそんな時間か。リョウすまない、ちょっと仕事をしてくる」
そう言うと、セーラは先ほど大声でセーラを呼んだ女性に向かっておいでおいでをしていた。
「アルフォンソ様って……?」
「領主様の孫。去年成人したかな。領主様はお子さんが全員亡くなられているから、アルフォンソが次期領主の予定だ。以前は、全然ダメ男子だったから私が躾けたのだが……。強引に手籠めにしようとしてきたから、剣を突き刺して肩を砕いてやった」
恐ろしいことを平気で言うエルフが、ここに一人……。
「次期領主なのでしょう……?」
「大丈夫だ。最初に雇われる時に、領主様に館でそういうことがあったら殺しますから、って言ってある。命があるだけでも御の字だ」
とても素敵な笑顔……その笑顔だけ見れば、言ってる内容を想像するのは不可能に違いない。
言動には気を付けよう。
そこまで言うと、セーラを呼んだ女性が何とか演習場の中央にまで来ていた。
「レイリッタ、こちら冒険者のリョウ。大切な人だから、間違いなく外まで送り届けてくれ。じゃあ私は稽古をつけに行ってくる」
そう言うと、風魔法を使ってだろう、一飛びで出口に着き、そのまま演習場を出て行った。
残された涼とレイリッタ。
レイリッタは先ほどのセーラの紹介から、ずっと驚きで目と口が開いたままになっている。
「あの……」
「ハッ すいません」
涼が声をかけて、ようやくレイリッタが再起動した。
「わたくし、館でメイドをしております、レイリッタと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「冒険者の涼です。こちらこそよろしくお願いします」
「では、門までご案内しますので、どうぞこちらへ」
そう言うと、レイリッタは歩き始めた。
だが、何やら小さく口の中で唱えている。
「たいせつなひとたいせつなひと……」
涼の耳までは届かなかった。
演習場を出て、門に向かう途中、追い抜いて行った馬車が涼たちの前で止まった。
扉が開き出てきた男は……、
「リョウじゃないか。珍しいところで会うな」
「ギルドマスター……」
そう、領主への報告を終えてギルドに戻ろうとしていたヒューであった。
「宿舎に戻るんだろう? ちょっと話があるから乗っていけ」
「え……」
昨日の件があるので、正直乗りたくはないのだが……。
「そこのお嬢さん、リョウは俺が間違いなくギルドまで送り届けるから、そう伝えておいてくれ」
そこまで言われては断る術はもうない。
「レイリッタさん、ありがとうございました。ギルドマスターの馬車で戻りますので、これで」
「はい、ではそうお伝えしておきます」
そう言うと、涼は馬車に乗り込んだ。
馬車の中には、ヒューだけであった。
「失礼します」
「おう、そっちに座ってくれ」
涼が座るのを確認すると、ヒューは馬車の壁を叩いた。
それを合図に馬車は走り出した。
「で、話ってのは、まあ分かってるんだろうが昨日の件なんだが……」
「はい……」
昨日は、顧問アーサーが救ってくれた。
だが今日は無理であろう……涼はいろいろ覚悟を決めていた。
「いや、そんなに身構えるな。アーサー殿から色々聞いて、お前さんが間に合わなかったら全滅してたってのは理解したから。それには俺も感謝してるんだ。この通り、ありがとうな」
そう言うと、座ったままではあるが、ヒューは頭を下げた。
「いえ、勝手に行っただけですから……」
予想外の展開に慌てる涼。
「それでもだ。お前さんには、アベルの命を二回も救ってもらっている。とはいえ……門番の制止を振り切って入って行ったのはダメだ。ギルドに所属する者として、それが大っぴらに通るようになるとまずいんだ。だから、罰として、依頼を受けてもらおうと思っている」
「依頼ですか?」
「ああ、お前さん、登録してから一度も地上依頼、受けてないだろ?」
考えてみると、一度も依頼を受けていない。
まあ、考えるまでも無かったが。
「受けてない可能性がありますね」
「おう、可能性じゃなくて受けてねぇから」
ヒューは断言した。
領主館に上がる前に、ギルドで確認しておいたから断言できるのだ。
「とはいえ、緊急に受けてもらいたい依頼があるわけでもないから、これから二カ月の間に、三つの依頼をこなせ、という形にする。どの依頼を受けるのでも、それは自由だ。それくらいの罰ならいいだろ?」
予想以上に軽い『罰』であった。
「えっと……僕が言うのもなんですが……そんな軽い罰でいいんですか?」
「いいんだよ。これなら誰も損はしない」
ギルドは依頼をこなしてもらえるから得。
涼は実績を積めるから得。
アベルたち救われた者たちも、普通に依頼をこなしているだけだと思う……可能性があるから得……?
まあ、損にはならない。
「そういえばリョウは、なんで領主館なんかにいたんだ?」
「ああ、ちょっと模擬戦を……」
軽い気持ちで答えた涼であったが、その瞬間、目を見開いたヒューの顔が視界に入った。
「し、施設を壊したりとかしてない……よな? 大丈夫だよな?」
「嫌だなぁ、ギルドマスター、僕がそんなことするわけないでしょう」
冗談だと思って軽く受け流す涼。
冗談ではないと思って全く笑っていないヒュー。
「剣での模擬戦ですから、そもそもそんなことにはならないですよ」
「そ、そうか……。無事ならそれでいいんだ、うんうん」
心から安堵した表情でうなずくヒュー。
そこまで言ったところで、ようやく馬車はギルドに着いたのであった。
次話、「番外 <<幕間>>」(いわゆるSS)を一本挟んで、「0075」から新章突入です。
ですので明日は、幕間を9時投稿、その次の「0075 開港祭」を21時投稿の二本投稿(予定)です!
よろしくお願いします。




