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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第一章 平和な王国
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0716 ウィットナッシュ訪問

国王陛下と筆頭公爵の一団が王都を発って二日後、午前。

港町ウィットナッシュに到着した。


馬車のまま街に入るのだが、その時からすでに道の脇には人だかり。

旗こそ振っていないが、国王陛下歓迎ムード……。


そんな中を、第一近衛連隊と王国騎士団に護衛されたアベル王の馬車が進む。


「国王陛下、万歳~!」

「アベル様!」

「あ、お手を振ってくださったわ!」

凛々(りり)しいお姿……」

「お隣のローブの方も、かわいらしいわね」


そんな声が、民の間から聞こえてくる。

アベルは笑みを浮かべて、馬車の中から手を振る。

馬車の中からなのは、王国騎士団長ドンタンから絶対に馬車の外に出ないようにとくぎを刺されているからだ。


「以前来た時はお祭りでしたけど、その時と同じくらい賑わっています」

「ウィットナッシュの、ここ二年の発展は特筆(とくひつ)すべきものがあるぞ」

涼の感想に、民衆に向かって笑顔で手を振りながらアベルが答える。


「元々、ウィットナッシュは大きな港町だったが、今では王国全土でも五指(ごし)に入る街になっている」

アベルが、笑みを浮かべて手を振りながら……一団は進み、港に到着した。


港にも、一団が到着した場所を遠巻きに見る民衆。

そして、馬車から降りてくるアベルに対する歓呼(かんこ)


常に見られ続けるということ。


アベルの後ろからついて行く涼は(つぶや)いた。

「国王陛下は大変です」



涼とアベルが馬車から下りると、男性と女性の二人が待っていた。


一人は、三十代前半ほどの長髪、青い目、褐色(かっしょく)の肌が印象的な女性。

「陛下、わざわざのお(はこ)び、恐れ入ります」

「ダーリーン・ディングリー、代官としてよく治めているようだな。見事だ」

「ありがたき幸せ」

アベルが褒め、ダーリーンと呼ばれたウィットナッシュ代官は頭を下げる。


もう一人は、四十代後半、栗色の髪、黒い目、こちらも褐色の肌、高い身長だが、全体からしなやかな印象を受ける男性。

だが、そもそも、涼の旧知の人物。


「ゴローさんですよね?」


そう涼が呼び掛けたのは、ゴロー・ガンダ。

涼が大好きなコナコーヒーを産するコナ村の代官……なぜ、ここに?


「リョウは海洋卿(かいようきょう)を知っているのか?」

驚いて、そう問うアベル。


「海洋卿? 海洋省の大臣さん……え? ゴローさんって、海洋省の大臣さんになってたんですか?」

「はい、ロンド公爵閣下」

以前の印象そのままに、柔らかい笑顔を浮かべて挨拶をするゴロー。


「海洋省って、以前アベルが言ってたところですよね。王国の海関係を全部取り仕切る……」

「そうだ。リョウが以前言っていたな、悪徳筆頭公爵として海洋省に査察(ささつ)に入って、財産を没収してやるって」

「えっ……」

アベルの言葉に絶句する涼。

驚きに目を大きく見開く代官ダーリーン、海洋卿ゴロー。


「あ、あれはもちろん冗談です」

「言ったのは事実だと認めたようなものだ」

卑怯(ひきょう)なり、謀略王アベル!」

アベルと涼のじゃれ合いである。


それを見守る二人は、視線を()らしている。

必死に笑うのをこらえているようだ。


そう、当然こらえなければならない。

目の前にいるのは、お茶らけているとはいえ、国王と筆頭公爵。

王国のトップ二人の権力者なのだから。



「海洋省は、陛下の行政改革によって、王都からこのウィットナッシュに本省が移ってきております。公爵閣下の査察はいつでも可能です」

少しだけ笑いながら、二人の幕間狂言(まくあいきょうげん)に乗るゴロー。


「も、もちろん、ゴローさんが海洋卿なら、ちゃんとやれているはずですから、僕が査察を行うまでもないでしょう」

慌てた様子を隠し……少なくとも自分では隠したつもりで、涼は鷹揚(おうよう)に頷く。


「いいのか、リョウ。あの時、確か……縦割り行政の弊害(へいがい)を脱したのに、大きくなりすぎて刷新性(さっしんせい)を失う、とか言っていなかったか? 海洋省がそんな状態だと言ったろう?」

「い、言いましたけど……ゴローさんがトップになったのなら、きっと良い方向に改革しているはずなのです。僕には分かります」

「そうなのか?」

「ゴローさんには、コナコーヒーを送ってもらっていましたから。優秀さは分かるのです」

「そんな理由で判断するのか……」

「信頼関係とは、人と人の間に結ばれる尊いものなのです。アベルも、もう少し人から信頼される王様になってください」

「なぜ俺が言われているのか分からんが……」

筆頭公爵と国王の丁々発止(ちょうちょうはっし)のやりとり。


さすがにゴローもダーリーンも、表情を変えずに聞こえなかったふりをした。



涼はふと思い出す。

それは、ウィットナッシュに初めて来た時のことだ。

『十号室』の三人と、『コーヒーメーカー』とで護衛依頼でやってきた。

その時は……。


「ウィットナッシュって、貴族の領主様がいたと思うのですが」

「ああ、いたぞ」

「クビですか?」

「あの時、園遊会で騒動が起きたろう?」

「ええ、知ってます。アベルは部屋に引きこもっていて、騒動をやり過ごしたあれですね」

「合ってるんだが……なんだろうな、イラっとする言い方だ」

涼が事実を述べ、アベルが顔をしかめる。


アベルは、園遊会の途中にこの街のギルドマスターに捕まり、離れの部屋で個別会談する羽目になっていた。

しかも遮音の魔道具を使っていたから、園遊会で起きていることに気付かなかったのだ。

結果的に、怪我はしなかったが……。


「あれによって、領主は別の領地に飛ばされた。そしてウィットナッシュは、王室直轄地になったんだ」

「まさかあの騒動は、王室がウィットナッシュを手に入れるために起こした謀略……」

「いや、連合から金を貰っていた暗殺教団の仕業(しわざ)だ」

「あ、そうだったんですか」

さすがに王国政府も、色々と調べたらしい。


涼の妄想(もうそう)は、完全にただの妄想であった。


「その王室直轄地の代官が、ダーリーンさんなんですね」

「はい、公爵閣下」

涼が確認し、ダーリーンが頷く。


「海洋省が王都からウィットナッシュに移ってきたということですけど、なんでです?」

「海の無い王都にあっても仕方ないだろう?」

涼の素朴(そぼく)な疑問に、アベルが当然という表情で答える。


「そうですけど……」

「逆に、なんで王都にないといけないんだ?」

「……予算を手に入れるため?」

「それは予算を配分する人間、つまり俺やハインライン侯が気を付けるべきことだろう? 省がやるべきことは予算を手に入れることではなく、自分たちの仕事に邁進(まいしん)することだ。海洋省は海が仕事場なんだから、海のそばにあるべきだと思うんだが?」

「ぐうの音も出ない正論です」

アベルの説明に、(うなず)く涼。



そう、省庁が首都にかたまっている必要はない。

むしろ政治家たちの有形無形(ゆうけいむけい)のプレッシャーに日々(さいな)まれ、本来の仕事に一生懸命になれないのではないかとすら、涼は思うのだ。


結果、官僚たちは国民の方など見ず、政治家の方ばかりを向かせられる。

そう、『向かせられる』のだ。


そんな状態は、誰にとっても幸せではない。


中央省庁そのものが移転すれば、移転した先は発展するだろう。

地方創生の起爆剤となる。

移転先の美味しいものや、アクティビティーを満喫しながら子育てをする。

首都に比べれば圧倒的に安いはずの物価……中央省庁のお役人の給料なら、かなり余裕を持って生活できるはずだ。


官僚の家族は幸せ。

本人も仕事に邁進。

まさに、誰にとっても素晴らしい世界。


その形が、今目の前にある、ウィットナッシュに移転した海洋省なのだろう。

ここ二年の、ウィットナッシュの急激な経済発展に、海洋省の移転が寄与(きよ)しているのではないかと涼は感じていた。

大切なのは、省庁の一部の移転ではなく、本省そのものの移転だ。



「海洋卿、例の『東への航路開拓』に関する報告書を読んだ」

「ありがとうございます。陛下からお聞きした、レインシューター号が多島海地域に流れ着いたという話が、決定打となりました。ただ、そのレインシューター号が行っていた探索では、乗組員は戻ってきておりません。ですので、ある程度慎重に進める必要はあると思います」

「同感だ」

海洋卿ゴローの言葉に、頷くアベル。

代官ダーリーンも頷いている。


しかし、ただ一人首を傾げる筆頭公爵。


「なんですか、東への航路開拓って?」

「王国から多島海地域、最終的には東方諸国への航路開拓だ」

「なんですと……」

驚く涼。


確かに、このウィットナッシュから出たレインシューター号を、多島海地域で見ることができた。

現在は、スージェー王国イリアジャ女王の御座船(ござぶね)ブラルカウ号となっている。


しかし正直、レインシューター号がどうやって多島海地域にまで到達したのかは、誰も知らない。

途中に何があるのかも。

途中に何がいるのかも。


涼はふと思い出した。

それは、隣にいる国王陛下の事。


「アベルって、密輸船に乗っていて、うちに流れ着いたんですよね?」

「ああ、そうだな」

「それって、このウィットナッシュに停泊していた船ですか?」

「そうだ」

「つまり、ここからロンドの森に船が行く?」

涼が恐る恐る確認する。


「そう……だな」

「アベルが打ち上げられた海岸、クラーケンがいますよ?」

「そう……だな」

「僕が住んでいた陸上、もっとヤバいご近所さんがいますよ?」

「そう……まずいな」

涼の懸念を、アベルも理解したようだ。


クラーケンが確実にいる海を通ることになるかもしれない。

さらに途中の陸地に上陸して……そこに住む涼のご近所さん……ドラゴンやベヒモス、あるいはグリフォンなどを怒らせたりしたら……。


二人の会話に不穏(ふおん)なものを感じたのだろう。

そして、自分の仕事に関連する匂いも感じたのだろう。

ゴローが尋ねる。

「失礼いたします、陛下、公爵閣下。ロンドの森とは?」

「リョウの……ロンド公爵の領地だ」

「なんと……」

「王国本土からはすごく離れているんです。え~っと、魔の山でしたっけ? あれの向こう側にあります」

「魔の山の向こう側……」

ゴローが言葉を失う。

もちろん、ダーリーンも無言だ。


王国民にとって、魔の山というのは文字通り魔の山。

人が立ち入ってはいけない場所。


領地がその向こうにあるということも信じられないが……事実なら、もっと理解できない。

しかも、話の流れとしては、国王アベルは以前、そこに流れ着いたようだ。



「海洋卿、東への航路開拓は、さっき言った以上に慎重に進めよう」

「はい、陛下。まずは、『西』に注力しましょう」

アベルが言い、ゴローも頷く。


だが、やはり一人話についていけていない筆頭公爵が。

そもそも……。

「アベル、このウィットナッシュで何があるのか、僕は聞いていないのですけど」

「うん? そうだったか? 俺、言わなかったか?」

「言ってませんよ。式典があるとは聞きましたし、一日で王都に戻るとも聞きましたけど、中身については何も聞いていません」

「ああ……それはだな……」


アベルが説明しようとしたところで、港に声が響いた。


「見えたぞ!」

その声は、監視塔から西の海を見ていた監視員が叫んだようだ。


「リョウ、俺が説明するより、自分で見た方が早そうだ」

アベルは笑う。


「陛下、遠眼鏡です」

王国騎士団長ドンタンがアベルに遠眼鏡を渡す。

同じ様に、ゴローとダーリーンにも、そして涼にも遠眼鏡が渡された。


さっそく、西の方を見る。


「船、ですよね……」

それはそうだ。

海の向こうから馬車がやって来たら、そちらの方がびっくりだ。


だがなんとなく、ウィットナッシュの沖合に浮いている船とは……帆の形が違う気がする。


さらに近付いてくると……かなり大きな船であるようにみえる。

いや、船そのものもだが、帆の大きさが凄い。

ウィットナッシュ沖合に浮いている船は、大きくてもガレオン船というタイプだ。

しかし近付いてくる船は、それに比べて帆は大きいのだが、船体はむしろほっそりして見える。


なんとなく見覚えのある……。


「あれ? クリッパー船? あ、もしかして……スキーズブラズニル!」

そう、涼がマファルダ共和国で調達したスキーズブラズニル号だ。



法国との合同海洋調査のために船を調達する必要があり、涼が共和国に(おもむ)いて……いろいろ大変ではあったが、最終的にニール・アンダーセンが共和国を出ることになってしまったために、造船途中で止まっていたクリッパー船。

それの、錬金術面を完成させることによって購入することに成功した船。


ナイトレイ王国筆頭公爵として、きちんとした仕事をしたと自負できた……その結果である船。


「まさか……西方諸国から、この中央諸国まで来れるなんて……」

「ああ。俺も報告を受けた時には信じられなかったが……すごいよな」

涼の言葉にアベルも頷く。


涼が結んだ契約では、乗組員は、マファルダ共和国の隣のゴスロン公国の人たちだったはずだ。

その人たちは、海洋国家として知られる共和国の船乗りと同等の技術を身に付けた優秀な人たちばかり。


スキーズブラズニル号の管理に関しては、ナイトレイ王国とゴスロン公国の国家間での条約が結ばれている。

ある意味、国を挙げて優秀な人材が調達され、操船している……だからこそ、これほど離れた地域まで来れたのだろう。


もちろん、それだけではないはずだ。

海にはクラーケンなど、恐ろしい魔物たちがいる。

彼らに襲撃されれば、人の乗る船などひとたまりもない。

だから、海の魔物たちに襲撃されない『魔物除け』があるのだが……。


「スキーズブラズニルで採用されている海の魔物除けの技術があれば、王国から多島海地域までいけるだろうというので、さっきの東への航路開拓だったんですね」

「まあな。だが、クラーケンはともかく陸上の怖い方々は……」

「ええ、ええ。東はまだやめておきましょう」

「そうだな。まずは西だな」



そうこうしているうちに、スキーズブラズニル号はウィットナッシュへと入港した。



見たことのない船を、歓呼で迎えるウィットナッシュ民。

もちろん、船にはナイトレイ王国の旗が掲げられているため、自国の船だと理解しているからだ。

そもそも、この船を迎えるためにアベル王がやってくる……そう知らされていたわけで。


「でかいな!」

「ものすごい帆だ」

「帆もすごいが、船体が細い」

「一見細く見えるが、それなりに荷は乗りそうだぞ」

「しかし、復元性はどうなんだ? あれほどでかい帆があると……」

「ああ、その辺は興味があるな」


さすがは王国を代表する港街の民というべきだろうか。

そこかしこから、そんな会話が聞こえてくる。


それに触発されたのだろうか。

海洋卿と代官が会話をしている。

「そう、復元性は気になりますね」

「西方諸国からここまでやってきたのでしょうから……かなりの横波を受けたり、嵐の中でも沈まない何らかの機構があるのでしょうが……」

「その辺りの技術も、王国の船に活かせるといいですね」

「寄港は二十日間と聞いています。その間に、中を見せてもらいましょう」

二人とも、いわば行政官のトップなのだが、現場の技術にも興味があるようだ。


それを聞いて、涼はうんうんと頷いている。

歴史を学んできた涼は、二人のような姿勢、行動こそが、国を動かす大きな力となることを知っている。

同時に、国が成熟しピークを越えてしまうと、行政官たちがこういう姿勢を持たなくなり、行動も矮小(わいしょう)化し現場に出なくなる……ということも知っている。


悲しい話である。


「だから、海洋省を現場に最も近い場所に移したんだ」

アベルが笑いながら言う。


そう、それが政治に求められる決断。


「アベルは王様としても優秀ですね」

「ん? そうか?」

涼が心の底から称賛し、アベルは顔を少し赤らめた。

アベルはいつまでたっても、照れ屋さんなのであった。



スキーズブラズニル号から降りてきた人物は、涼の知っている者たちだった。

その三人は、元々は西方諸国への使節団に入る予定ではなかったが、いろいろとあって……その中の一人はアベルの甥であり、貴重な王室直系の血。


三人がアベルの前で片膝をついて礼をとる。

「陛下、ハロルド、ジーク、ゴワンの三名、使節団を代表して戻ってまいりました」

そう、その三人とは『十一号室』の三人。


「ハロルド、見違えたぞ」

嬉しそうにアベルが声をかける。


そう、西方諸国に行くまでは、未熟な面が多かったハロルド。

そもそも、安易に力を得ようとして魔人の『破裂の霊呪』にかかってしまった。

それを解くには、魔王の血を額に垂らす必要があったために、無理に使節団に入れたのだ。


だが、今戻ってきたハロルドは、間違いなく立派な人物になっている。


それを横から見て、なぜか涼が偉そうに頷いている。

もちろん涼も、ハロルドの成長に寄与したが……。


「各団長より、親書を預かってきております」

ハロルドがそう言うと、ジークが懐から取り出す。

それをドンタン騎士団長が受け取り、アベルに渡した。


「確かに受け取った。後で読ませてもらおう。三人ともご苦労。代官所に部屋を準備してある、とりあえず休め」

アベルの言葉で三人は立ち上がる。

だがすぐに代官所には向かわず……。


「リョウさん……いえ、ロンド公爵閣下、ご無沙汰(ぶさた)しております」

涼の前に行き頭を下げた。


「三人とも、少し会わない間に成長しましたね。ハロルドは新たな公爵家を興すのでしょうが、今なら筆頭公爵として自信をもって支持できます」

「……ありがとうございます」

涼が手放しで称賛し、ハロルドははにかみながら頭を下げる。

後ろで、ジークとゴワンも嬉しそうだ。



そう、この三人が他に先駆けて戻ってきたのは、ハロルドがアベルの甥であり、王室直系の貴重な血だから。

西方諸国で、さらなる経験を積ませるのも悪くはないが……使節団を率いるヒュー・マクグラスの判断としては、王国に戻すべきだと思ったのだろう。


そもそもハロルドが西方諸国に行ったのは、霊呪を解くため。

それは為しえたのだから、無事なうちに王国に戻しておきたい。


もちろん、スキーズブラズニル号の護衛も兼ねてという面はあっただろう。

海の魔物除けを積んでいるとしても、海の問題は魔物だけではない。

海賊というものたちもいるのだ。

それに対する備えとして、戦力としてなら『十一号室』の三人は、元々強力だ。

王国に向かう船に乗せるのには、いろんな面からちょうどよかった。



「ヒューさんの判断はさすがです」

「ああ、多くの事を多角的に判断できる人材だよな」

三人を送り出してから、涼とアベルは、三人が戻ってきた件に関して話している。


「三人は、王国に置いておくのでしょう?」

「そうだな、こっちで経験を積んでもらう。それが終わったら、ハロルドが公爵家を興すことになる」

「いろいろといい感じになってきてますね」

「いい感じ?」

「アベルのお父さんも回復して、北部と東部も落ち着き、ハロルドも成長して戻ってきて、セーラを含めたエルフたちとの関係も良い」

「確かにな」

涼の説明にアベルも頷く。


頷いた後、呟いた。

「そろそろ、外に目を向けるべきなのかもしれん」

「外?」

「王国内は、解放戦中から続いた混乱から回復しつつある。東部は少しもたついているが、王国全土で見れば回復軌道に乗ったと言えるだろう。このまま進めば、数年で頂点に達する」

「なるほど。そこに至った場合、国内の生産力はピークを迎え……新たな市場(しじょう)がない限り、その後は縮小に向かい不景気に陥る」


供給が需要を上回る状態。

ある種のデフレ。


「つまり、帝国に攻め込んで市場を奪い取るんですね!」

「ちげーよ!」

「戦力が必要なら、僕が手伝いますよ?」

涼が悪そうな顔で、悪そうな提案をする。


「その顔は……リョウも分かってるだろ」

「残念ながら帝国には手を出さない。西方諸国、あるいはその先の暗黒大陸との交易を、本格化させたい……そういうことですね」

「やっぱり分かってんじゃねーか!」

「悪逆王アベルをそそのかす、悪徳筆頭公爵を演じてみました」

笑う涼。


「このウィットナッシュを、本格的な国際貿易港にしたいと」

「そうだ。可能なら東方もと思ったが……」

「西方と東方の中継地点。でも……」

「ああ、東はちょっと保留だな。まずは焦らず、西からだ」

涼とアベルの考えは一致していた。

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