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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第一章 平和な王国
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0715 王立錬金工房準研究員

王都に戻った涼は、王立錬金工房で降ろしてもらった。


「ろ、ロンド公爵閣下!」

「すいません守衛(しゅえい)さん、ケネスに会いに来ました」

「あ……主任研究員殿は、先ほど出かけられましたが……」

「なんですと」

守衛の言葉に落ち込む涼。


だが、すぐに復活する。

「なら、『魔法無効化筒』の魔法式の転写だけでもさせてもらいましょう」

魔法無効化の錬金道具は、勝手にそんな名前になったらしい……。

もちろん涼の中で、涼がかってに名付けただけである。



「あれ? リョウさん?」

「ああ、ラデン、いいところに!」

工房の中に入っていた涼が、ケネスの研究室に顔を出すと、そこには副主任であるラデンがいた。


「魔法無効化の錬金道具、筒状のやつ、あれをちょっと見せてほしいのです。僕、見る資格ありますよね?」

「ええ、もちろんです。リョウさんは、ここの研究員として登録されているのですから」

そう、涼は、王立錬金工房の研究員でもあるのだ。


正確には、準研究員だが……細かいことは気にしない!


ラデンは奥から三つの道具を持ってきてくれた。

魔法無効化の筒。

隠蔽のブレスレット。

融合魔法のブローチ。

この三つは、セットのように考えられているのかもしれない。


「言うまでもないでしょうけど、使用は禁止されていますよ」

「うん、もちろん分かってますよ。ちょっと魔法式をコピーさせてもらうだけ」

「こぴー?」

涼の言葉に首を傾げるラデン。


『コピー』という言葉は通じないようだ。

『転写』なら通じるのに。



『棺桶』の時同様に、それぞれの魔法式を、水属性魔法を使って転写する。

いちおう、三つとも転写しておいた。

ブレスレットとブローチも、サカリアス枢機卿が作ったものだ。

彼の錬金術師的思考を読み解くのなら、比較できる物は多い方がいい。


「ふふふ、これでまた一歩、世界の真理に近付きます」

「世界の真理……?」

「あ、いえ気にしないでください」


首を傾げたままのラデンを後に残して、涼は王立錬金工房を出た。



向かった先は王城。

錬金術の研究を行う場として、王城は最高の場所の一つなのだ。

王城図書館は、豊富な錬金術関連の書籍を所蔵している。

しかも筆頭公爵である涼は、禁書庫にすら入って、そこにある秘蔵の書籍を読むことができる!


素晴らしい!


しかも王城には、そこで借りた本を読むのにちょうどいいソファーもあるのだ。

同じ部屋で、偉い人が書類にサインをしているが……。



「ああ、リョウ。ようやく戻ったのか」

西方諸国の錬金術関連の本を三冊ほど借りて、国王執務室に入った涼に、部屋の主が声をかけてきた。


「しばらく僕が現れなくて心配したのですね」

「いや……セーラとルンの街に行っていたのだろう?」

「どうして知っているんですか?」

「そういう報告が入ってきていたからな」

「なんという監視社会!」


涼は、常に監視されている世界に恐怖する。


「筆頭公爵と筆頭騎士が、王室馬車を使ってルンの街に行けば、報告が入るのは当然だろう?」

肩をすくめて当然だというアベル。


「行動の自由が……」

「行動は自由だ。報告が入るだけ。高い地位にあるというのは、そういうもんだ」

「偉い立場になりたいとかいう人の気が知れません」

「常に見られ、報告され、(うわさ)話になる、それだけのことだ」

「気が休まりません。僕は一般人のような公爵でありたい……」

「諦めろ」

涼の言葉に、笑いながら告げるアベル。


常に、誰からも見られ続ける筆頭ともいえる国王。

そんな地位を軽々とこなすアベルを見て、涼は心の底から尊敬する。


「アベル、頑張って国王を続けてくださいね。僕は応援していますから」

「お、おう?」

よく分かっていないアベル。


だが、思い出したことがあったようだ。


「以前言ったが、ウィットナッシュに明日から出発するぞ」

「ああ、言ってましたね。明日までに、急いで読まないといけませんね」

涼はそう言うと、王城図書館から持ってきた三冊の本を軽くポンポンと叩く。


「錬金術か? 熱心だよな」

「熱心? 楽しいからやっているだけですよ?」

「ああ、それが一番だ」

「アベルが書類にサインをしまくっているのと同じです」

「うん……大切な役割であることは分かっているが、決して楽しくはない」

国王陛下は大変らしい。


それなのに……。


「アベル、コーヒーを飲みたいですね。ケーキもあるのなら、今日はモンブランを」

「……なぜ、俺に言う?」

「ここは国王執務室でしょう? だから主はアベルでしょう? 僕が勝手に注文したら、さすがにまずいでしょう?」

「一見、まともそうなことを言っているが……国王執務室を、コーヒーを飲む場所だと勘違いしているのが、そもそもの大いなる誤りだ」

「細かいことを言っていたら国王になんてなれませんよ」

「もう、国王なんだよな、俺」


結局、二人分のケーキとコーヒーが届けられるのであった。




翌日。

国王陛下と筆頭公爵が乗る馬車を中心に、第一近衛連隊と王国騎士団に護衛された一団が、王都を発って港町ウィットナッシュに向かった。


馬車の中でも、当然のように国王陛下は書類を読んでサインをしている。

別の馬車には、サインを待つ書類の山が準備されている。

だがそれでも、以前に比べれば格段に少ないのだ。


ちなみに同乗する筆頭公爵も、当然のように読んでいる……書類ではなく、氷の板を。

そこには魔法式が書かれており……普通の人にはチンプンカンプンである。

筆頭公爵にも、まだチンプンカンプンである。

だが、いずれはと、固い決意の下……という風には見えない。


嬉しそうに、楽しそうに。


アベルから見ても、(うらや)ましくなるくらい……。



「リョウ、楽しそうだな」

「え? そう見えます?」

「ああ、見える」

「全くその通りです。全然分からないのですけど、楽しいです」

あっけらかんとした表情で答える涼。


好きなものというのは、分からなくとも楽しいのだ。

いや、むしろ、分からないからこそ楽しく感じる。


分からないものが行く手を(さえぎ)った時。

イライラするか、来たなとワクワクするか……その違いが、好きじゃないものと好きなものとを分ける境界なのではないかとすら、涼は思っている。


「錬金術の(いただき)は遥か遠いですからね。勉強しても勉強しても、全く見えてすらきません」

「それが楽しい?」

「ええ。だって、死ぬまでに、いくらでも成長できるんですよ? どんなものでも、自分の成長を実感できると楽しいでしょう? それが好きなものなら、なおさらでしょう? それを死ぬまでずっと続けられるんですよ?」

「そう言われれば確かにな」

涼が力説し、アベルも頷く。


剣に置き換えれば、アベルも理解できるから。


成長を実感できる……それは、人にとって最高のモチベーションの一つなのかもしれない。



「リョウが見ているのは、例の魔法無効化のやつか?」

「いえ、今見ているのは『棺桶』です」

「……棺桶?」

アベルには全く通じていない。


当然だ。

涼は何も説明していないのだから。


「ほら、アベルは知りませんか。魔人マーリンさんの近くにいる箱」

「報告は受けている。いつもマーリン殿の後ろをついてきているそうだから、リョウの<台車>みたいなものなのかと、勝手に思ってたんだよな。魔人だし、色々あるんだろうと。いったい何だ? 何が入っているんだ?」

「あれが『棺桶』です。中には、堕天した……天使っぽいものが入っています」

「うん、よく分からん」

「まあ、本来、この世界にいないはずのエネルギー体が受肉(じゅにく)した……う~ん、なんて説明すればいいんですかね」

「とにかく、この世界には本来いないものということだな。それでいい」

アベルは、自分を強引に納得させる。


「あの『棺桶』は、そんな存在を捕らえておく……封印しておく箱に、僕が少し魔法式を書き替えたんです」

「ふむ」

「元々の魔法式は、かなりの部分を、あの箱の中に入っている天使っぽい人が作って、西方教会のサカリアス枢機卿という人に教えたんですね」

「ふむ?」

「ですので、この世界の人間が、まだ理解できていない、いろんな……世界の真理みたいなものに関する魔法式が書かれています。そこの理解は、ケネスですら分からなかった部分です。でも、それは当然です。ケネスの能力の問題ではなく、世界の真理に近付くのは簡単ではないからです」

「ふむ……やっぱり分からん」

「でしょうね」

アベルの表情から、途中から分かっていなさそうだと涼は読み取っていた。


まあ、仕方がない。


「いつか僕が、世界の真理を明らかにしたらアベルにも教えてあげます」

「そうか、それは楽しみだ」

「五百年くらいはかかるかもしれませんけどね」

「多分、俺は死んでると思う……」



真理の探究は簡単ではない。



「そういえば、ウィットナッシュって何日滞在するんですか?」

「一泊だ」

「……え?」

「朝着いて、式典などをこなして、翌日朝に出発の予定だ」

「二日かけて行って、また二日かけて戻ってくるのに、滞在は一泊だけ?」

「ああ。国王の訪問なんてそんなもんだぞ。滞在する日数が長くなれば、それを受け入れる者たちの負担(ふたん)が大きくなる。警備とかいろいろな」

「ああ……」

顔をしかめながらも頷く涼。


滞在中の国王に何かあったりしたら、大変なことになる。

国王がいる限り、現地の警備責任者はもちろん、領主や代官も気が休まらないだろう。


「でも、昔に比べれば進歩したんですよね」

「昔? 進歩ってどういうことだ?」

「僕らが東方諸国に飛ばされる前です。アベル、北部とかに視察に行きましたけど、あれだってものすごくスケジュールの調整をした結果、ようやく行けたわけでしょう? 今回は、そこまで大変な調整じゃなかったのではないです?」

「それはあるな。俺たちがいない間に、王国政府の決裁の仕組みや責任の所在が振り分けられた結果だな。今回、俺の決裁書類も少ないしな」

「それでも馬車一台分あります」

「たった一台だ」

アベルは肩をすくめて答える。


感覚が麻痺(まひ)している人には、何を言っても無駄である。

だから、涼は話題を変える。


「セーラは筆頭騎士になったと聞きました」

「俺たちがいない時に、リーヒャの王妃権限でだな。『ナイトレイ王国総騎士団長兼筆頭騎士』……リチャード王以来、誰も就かなかった地位だ。周辺国……はっきり言えば、帝国と連合の行動を抑えるために、セーラを説得して就いてもらったらしい」

「だから、王室馬車って言うんですか、あれを自由に使えるとか」

「王都と西の森の往復に必要だからな」

「僕も欲しいです」

「無理だ、諦めろ」

「……だろうと思っていました」


予想通りであった。

どうせ、アベルは言うだろうと……。


「セーラの地位が特別なだけだ」

「地位?」

「王国総騎士団長兼筆頭騎士、というやつな」

「そうなのです?」

「王室関係全ての騎士団の指揮権を持つ。戦時なら、各貴族の領騎士団への指揮権すら与えられる」

「なんですか、それ……」

あまりに巨大な指揮権に驚く涼。


だって、それって……。

「国王であるアベルより強くないです? 領騎士団への指揮権なんて、アベルだって持てないでしょう?」

「ああ、持てない。戦時だけとはいえ、法的に、それだけ大きな指揮権が与えられる……それが、王国総騎士団長兼筆頭騎士だ。だからこそ、リチャード王以来、数百年の間、誰も就かなかった……就けることができなかった」

「そんな地位にセーラを……」

「後で聞いたら、リーヒャの発案だそうだ。もちろん、ハインライン侯も支持したし、当時まだ起き上がれなかった父上からの許可ももらった上でだがな」

アベルは肩をすくめる。


もちろんアベルは国王として、その地位を剝奪(はくだつ)することはできる。

しかし、そんなことをしようとは全く思っていない。


「これまでも西の森と王国政府との関係は悪くなかった。だが、今ほど両者が近い状態になったこともなかった。まあ、最後の踏み込みは、俺たちが飛ばされてしまったから起きたんだが」

「確かに」

「こう言ってはなんだが、普通の王国民、あるいは王国貴族を就けるには難しい地位だ。だからこそ、セーラのような立場のエルフが就くのは、ある種、理想的なのかもしれないと思っている」

「なるほど」

アベルの説明に、涼も頷く。


確かに、セーラ以上に適切な人材はいない。


「もし、セーラ以外であるなら、就けられる人物なんて一人しかいないからな」

「います? そんな人?」

「ああ。だがその人物は、すでに筆頭公爵になってもらっている」

「それって……」

「そう、リョウだ」

思いっきり顔をしかめる涼、涼の顔を見てはっきりと言い切るアベル。


「お断りします」

「だろうな」

セーラが『筆頭騎士』になったと聞いた時には、カッコいいと思ったが、聞けば聞くほど厄介(やっかい)(きわ)まりない地位であることが明らかとなる。


そんな地位に居たら、涼に平穏(へいおん)は訪れない。


()()な襲い来る暗殺者、常にある毒殺の恐怖、どこからでも忍び寄る魔の手……命がいくつあっても足りないじゃないですか」

「そこまではないと思うぞ。王族とかではないからな」

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