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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第四部 第一章 平和な王国
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0714 世界の理

馬車が用意され、旅行の準備が進むエルフ自治庁。

「来週、アベルに連れられてウィットナッシュに行くんだけど……」

「うむ、それは聞いているぞ」

「ルンって、片道でも馬車で七日かかるよね?」

「そう、普通はそれくらいかかるかな?」

「普通は?」


涼は首を傾げながら、準備が進む馬車を見る。

衝撃を低減(ていげん)する機構はついているようなので、乗り心地は良さそうだが……他は、普通の馬車に見える。

馬で引く以上、それほど速度に違いはないはずだ。


「行きで二日、向こうで一日、戻りで二日として、合計五日もあれば戻ってこられる。これなら、ウィットナッシュ行きに間に合うだろう?」

「うん、間に合うけど……え? 片道二日?」

「リョウは、ギルド馬車は知っているか?」

「使ったことあるよ。途中のギルドで馬を交換してもらえるから、早いんだよね」

以前、王都からルンの街に行くのに、利用したことがある。


「あれの王室版を使う」

「王室版?」

「各地の政庁や代官所で、馬の交換をしてもらえる」

「そんな制度が……」

涼は初めて聞いた。

もちろん、使ったこともない。


「私は特別なんだぞ」

胸を反らしてちょっと偉そうな雰囲気を出すセーラ。


そういう仕草も可愛いなと涼は思うのだ。

でも、特別とは……?


「私は、ナイトレイ王国の筆頭騎士だからな」

「そうでした、筆頭騎士……カッコいい」

「ふふふ、そうだろう?」


『ナイトレイ王国総騎士団長兼筆頭騎士』

涼とアベルが魔人ガーウィンと戦った戦場から消えた後、王妃リーヒャの名の下、セーラが就いた地位だ。


それは、リチャード王以来、誰も就かなかった地位。

王室に属する騎士団全てへの指揮権を持ち、同時にナイトレイ王国最高の騎士。

これによって、王国解放戦の西の森防衛戦で一躍(いちやく)有名人となったセーラの名は、さらに中央諸国中に広がった。


王国の守護者として。


ただ、東方諸国に飛ばされていた涼が、その事を知らなかっただけ。


「筆頭公爵と筆頭騎士の組み合わせだな」

「その辺の盗賊団なんて、一瞬で壊滅……」

「騎士団だって五分もあれば打ち倒せるだろう?」

「なんて恐ろしい」


セーラは笑いながら、涼は肩をすくめながら……二人が言っている内容はほぼ事実。

間違いなく、強力なコンビだ。



「そうそう。さっきセーラが言いかけたやつ……ギルド馬車の王室版? それって王都とルンの間でも使えるの?」

「私は、普段は王都と西の森の行き来に使っているが、王国内ならどこでも使っていいのだそうだ。リーヒャのお(すみ)付きをもらっている」

「僕がいない間に、そんなことになっていたとは」

「けっこう便利だぞ」

「僕、筆頭公爵なんだけど……筆頭公爵用のそういう制度、ないですかね」

「う~ん……アベルに聞いてみたらどうだ?」

「……絶対、拒否されそうです」

セーラの提案に、涼は何度も首を振る。


そう、アベルの言いそうなことは分かっている。

貴族だから、とか言って自分で払えと迫るに違いないのだ!


「いずれ筆頭公爵特権として勝ち取ってやるのです!」

「そ、そうか」

涼が力強く宣言し、セーラは何も言わない方がいいと判断して受け入れた。


同じ『筆頭』でも、筆頭公爵と筆頭騎士では色々と違うらしい。



二日後。

二人はルンの街に到着した。

そのまま、東門付近の工房地区ともいうべき場所に行く。


涼もセーラも勝手知ったる地域だ。

涼の家は、東門のすぐ外にあるから。

それにこの辺りは、美味しい食事処が多いので、二人でよく食べ歩いたから。


そして、セーラが入っていった店は……涼も知っている店。


「こんにちは、親方~」

セーラはそう言いながら入っていく。

「おう、ちょっと待ってな」

低い男性の声が、店の奥から返ってくる。

ほんの数秒で、店の奥から、横に大きく縦に小さい髭面(ひげづら)の五十歳ほどの男性が出てきた。


「セーラ嬢ちゃんか? 久しぶりだな」

出てきたのは、ドワーフの鍛冶屋(かじや)、ドラン親方。

そう、ここはドラン親方の店。


「ん? そっちはリョウじゃねえか、そっちも久しぶりだな」

「お久しぶりです」

王国解放戦が始まる前、ルン辺境伯の領主館で会ったことがある。

そう、ゴールデン・ハインド関連だ。


「二人とも王都だろ? ルンに戻ってくるなんて珍しいな」

「ちょっと確認したいことがあって。親方は、イルマタルの弟子じゃないですか?」

「うん? ああ、イルマタル師匠の弟子だぞ。知ってるだろ?」

「リョウ、そういうことだ」

ドラン親方の答えに、セーラは涼に告げる。


「親方が、セーラのパーティーメンバーの方のお弟子さんだったとは」

「もちろん俺だけじゃない。王国南部で(つち)を振るっているドワーフ鍛冶師は、ほとんどイルマタル師匠の弟子だ。だから腕がいい」

そう言うと、ドラン親方は大笑いした。


「イルマタルの遺品の類って、弟子たちで分けたろう? その中にミトリロ鉱石が無かったかと思って聞きにきた」

「ミトリロ鉱石? ああ……師匠が死ぬ前に打った、嬢ちゃんの剣の残りとかそういうことか」

「そう」

ドランはセーラの剣を見ながら、何のことなのか理解したようだ。


「残念ながら、一切残ってないぞ。あった分、全部その剣にぶち込んだ」

「ああ……」

「それにしても、あの時は恐ろしかった……今思い出しても……」

「そう、イルマタルにこっぴどく叱られた」

首を振りながらのドラン、笑いながらのセーラ。


「叱られた?」

涼が問う。


「実は、ちょっとした武闘大会でイルマタルが打ってくれた剣を折ってしまってな。それでルンに戻ってきて、イルマタルに報告したら叱られた」

「いや、嬢ちゃん、一番重要なところを飛ばし過ぎ」

ドランが顔をしかめている。


「あの時、師匠は、もう死の床にあったんだ。ベッドの周りには、俺ら弟子たちが集まって、師匠があの世に行くのを見送っていたんだが……嬢ちゃんがそこに戻ってきて、剣を折ったと言ったとたん……師匠はカッと目を開いて体を起こした」

「え……」

「そして嬢ちゃんの頭をぽかりと叩いて……立ち上がって、剣を打ち始めた……」

「なんと……」

涼は言葉を失う。


死の床にあった人物が起き上がって剣を打ち始めた……その光景を想像したら、言葉を失うのは当然だろう。


「あの時は……三日三晩、イルマタルは剣を打ち続けたな」

「ああ。出来上がったのが、嬢ちゃんが()いている剣。間違いなく、師匠の最高傑作だ」

セーラが思い出しながら言い、ドランがセーラの剣を見て言う。


そう、誰が見ても傑作であることが分かる。

魔剣や聖剣の類ではない。

そんなものを超越して、歴史に刻まれるべき剣……。


「そんな凄いものを残せたのなら、そのイルマタルさんは満足されたでしょうね」

「ああ。打ち終わったらすぐにベッドに戻って、息を引き取った」

「イルマタルらしい最期だった」

涼の言葉にドランが頷き、セーラも頷いた。



二人は、ドラン親方の鍛冶屋を後にした。

そんな二人の元に漂ってきた香り。

ここは、ルンの工房地区。

東門の近く。


「この香りは……」

「あれですね……」

セーラも涼も、言葉はいらない。

何も会話しないまま、香りの元を目指す。

どちらも知った場所。


そうして辿り着く『飽食亭』


その後、二人が、『飽食亭』のカレーを堪能(たんのう)したことは言うまでもなかった。




二人が久しぶりの『飽食亭』を堪能して店の外に出る。

そこを三人が歩いていたのは偶然だった。

「あれ? リョウさん?」

その声は聞き覚えがある。


声の主の隣にいる女性も。

その横にいる赤い服の老人も。

老人の後ろをついてきている……棺桶(かんおけ)のような箱さえも。


「ローマン? ナディア? マーリンさん? ……棺桶も」

涼は驚いた。


確かに、涼の家の隣にローマンとナディアが引っ越したというのは、アベルから聞いていた。

だから、ルンの街で二人に会うのは分からないではない。

魔人マーリンも、いわば二人のおじいちゃんポジションであるため、近くにいるのも分からないではない。

棺桶は……なんでマーリンの後をついて行っているのか、涼には分からない。


皆一様に驚いているが、一人だけ首を傾げている人物がいる。

そう、全員を知っているのは涼だけなのだから、首を傾げているセーラに紹介するのは涼の役目。


「こちら、勇者のローマン、魔王のナディア、魔人のマーリンさん……あと、これは、え~っと、堕天(だてん)した存在が入っている棺桶」

そして、今度は三人+一箱に紹介する。

「こちら、ナイトレイ王国総騎士団長兼筆頭騎士で、西の森の次期代表のセーラ」


これでようやく、全員が驚くことができた。


「勇者と魔王が、涼の家の隣に移住したという話はリーヒャから聞いていたが……ここで会うとは。そうか、昔、アベルと戦っているのをリョウと仲裁したことがあったか? しかし魔人マーリン殿? 私の記憶が確かなら、『赤き調停者(ちょうていしゃ)』と呼ばれた御仁(ごじん)ではないか? 魔王軍参謀の」

「なんとも古い異名を知っておられるな……千年以上、昔の話なのに」

セーラの言葉に、苦笑する魔人。

魔人マーリンはいつも赤い服、赤い帽子をかぶっている。


「赤き調停者……なにそれ、カッコいい」

涼の(つぶや)きは、誰にも聞こえない。


「筆頭騎士セーラ殿の話は、聞いたことがあります」

吟遊詩人(ぎんゆうしじん)たちがこぞって歌い上げていますよね」

ローマンとナディアは、セーラの名前は知っているようだ。


「筆頭騎士も……やっぱり、カッコいい」

涼の再びの呟きは、やはり誰にも聞こえない。


涼の視線が、棺桶を向く。

そして気付いた。

「そういえば、さっき、棺桶ってマーリンさんの後ろからついてきていましたよね?」

「うむ。ついてくるぞ。ほれ、以前これの魔力を使って西ダンジョンから転移したであろう?」

「はい」

「あの時、こやつの魔力をダンジョンに通すために『穴』を空けたであろう?」

「言われてみれば……」

涼は思い出したように、何度か頷く。


それは『物理的な穴』ではなく、『錬金術的な穴』だ。

だから、外見上は何も変わっていないはず。


「そこから魔力を出して、浮きあがり、後ろからついてくるのだ」

「なんという……」

驚く涼。


必要があって穴は空けたが……確かにその後、塞いではいない。

その穴が、不都合なことを招くかどうかも分かってはいないまま、アベルと飛ばされてしまったので。



「リョウ」

低い声が響く。

それは棺桶の中から。


「今の、棺桶の中の……レグナさんでしたっけ?」

「仮の名前だがそれでよい。サカリアスはそう呼んでおった」

「ああ……教会の枢機卿で錬金術師だった人」

涼は思い出す。


サカリアス枢機卿が、この棺桶を準備したのだ。

それを涼は少し修正して、レグナを封印できるようにした。

そういえば、ケネスが分析していた魔法無効化の筒も、サカリアス枢機卿が作った物だったはずだ。


「レグナさんに尋ねたいことがあるのですが」

「お主は我を捕らえた。尋ねるがよい」

「サカリアス枢機卿が作ったこの棺桶とか、魔法無効化の錬金道具の魔法式って、レグナさんが教えたんじゃないですか?」

「正解だ。全てではないがな」

「やっぱり」

レグナの答えに頷く涼。


この『棺桶』に書かれている魔法式は、修正する時に読んだ。

驚くほど複雑であり……それだけでなく、全く理解不能な箇所がかなりあった。

それは涼が知らない魔法式なのはもちろん、西方諸国で読んだ錬金術関連の本に書いてあったものとも全く違う系統……そう認識できるものだった。


そう、英語の文章の中に、突然漢字やひらがな、カタカナ、あるいはアラビア文字や象形文字が出てくるような……。

左から右に書かれていたと思ったら、縦書きになったり、斜めになったりしたような。


異質なもの。


おそらくは、まだ人間が理解していない『世界の(ことわり)』に触れるような……そんな知識を背景にした魔法式だ。

たとえば、地球で言うところの超大統一理論を基に組み立てられた魔法式、みたいな。

ちなみに超大統一理論は、ファンタジーな響きだが、れっきとした理論物理学用語だ。



そもそもこの『棺桶』は、人が持つ魔力や『神のかけら』を溜めておくもの。

それを涼が修正して、レグナのような存在を封印できるようにした。


必要箇所を修正しただけなので、完全理解には程遠い。

そもそも、錬金術的に『穴』も空けたので、中に捕らわれているレグナが本気になれば、棺桶から抜け出すのは可能だとも思うのだが……。


「あとちょっと思ったのですが……レグナさん、どうして『棺桶』の中にずっととどまっているんですか? その気になれば実は、その封印を解くことできるでしょう?」

「なぜか分からぬが、ここは居心地(いごこち)が良い」

「あ、はい……」

レグナの答えは、涼には理解できない理由だった。


ちなみに他の者たちもポカーンとしている。

特にマーリンは、口も半開きになっている。


「リョウ、この箱に書かれた魔法式について知りたいのか?」

「はい、知りたいです。ですが……まずは自分で解いてみたいです」

難しい問題であることは理解している。

それでも……東方諸国に飛ばされて一年で、錬金術に関する知見はかなり増えた気がする。

完全理解は無理でも、まずは自分でチャレンジしてみたい……涼はそう思うのだ。


「好きにするがいい。人の、世界の真理に近付こうとする、あるいは読み解こうとする姿勢は貴重なものだ」


涼は氷の板を生成する。

「<転写・水版>」

複雑で覚えるのが困難な棺桶の魔法式を、自分の氷に転写した。

こうして保存しておけば、いつでも取り出して勉強することができる。


「いずれは世界の(ことわり)を解いてみせるのです!」

そんな決意を胸にした涼。

それを優しく見守るセーラ。


涼とセーラは、三人+一箱と別れて再び馬車に乗り込み、王都に戻るのであった。

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