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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第一部 第四章 学術調査団
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0073 蠱惑的な……

アベルたち一行が、ダンジョン四十層から帰還した翌日。

涼は、朝から街の外を走っていた。

もちろん朝食はしっかり食べた。

なんとなく、昨日の戦闘でモヤモヤしたままだったので、それを振り払おうと走ったのである。



最初は、十号室の他の三人も涼について来て走っていたのだが……徐々に離され、最終的には三人ともダウンしていた。


「ほらニルス、前衛がそんなにはやくダウンしてどうするのですか。ゆっくりとでもいいから走り続けましょう」

「いや、リョウ、お前いったいどんだけ体力あるんだよ……」

他の二人は完全にダウンしていたが、剣士で前衛のニルスはほとんど意地で、ゆっくりとではあるが走り始めた。

「そうそう、ゆっくりとでもいいから、動き続けるのが大切です」

そういうと、涼はスピードを上げて先に行ってしまった。

「お、おう……」

都市の外では、ニルスの言葉は、誰にも届かない。



お昼過ぎ。

三人は異口同音に

「無理。まだ無理」

と言って、食べることができなかった。



仕方なく、涼は一人で食堂を探したのだが……どうもパッとしない。

これが食べたい! という欲求が沸き上がってこないのだ。

お腹はけっこう空いている。

さすがに朝から走りづめなら当然であろうが……今、涼のお腹は何を求めているのか……。

いつも歩く大通りでは、これと言ったものを見つけられず、東門に近い、普段は入らない裏通りを歩いて回る。


そんな感じだったので、その香りにたどり着いたのは完全に偶然であった。

カルダモンとコリアンダーを中心とした、いくつもの香辛料の香りが絡みあった、あの蠱惑的な……。

カレー!

その香りに導かれ、涼は一軒の店に入った。



そこは、決してカレー専門店というわけではなく、店内のディスプレーには、ハンバーグやスパゲッティなどもあった。

「いらっしゃいませ~」

店の奥から中年女性の声が聞こえる。

店内を見渡すと、食事刻を少し過ぎたからであろうか、客は一人だけであった。


プラチナブロンドの髪に、緑色の瞳……その瞳を大きく見開き、その客は涼の方を見ている。


しばらくすると、その女性は動いた。

右手にスプーンを持ち、カレーを口に持って行きながら、そのエルフの女性は、左手で涼の方に、おいでおいでをし始める。

その手に誘われるように向かっていく涼。


「せ、セーラさん……こんにちは」

「うん。リョウもこのお店を知っていたとは……」

「いえ、偶然です。そのカレーの香りに誘われて」

「おぉ! わかってるね! ルンでカレーを食べるなら、このお店。とりあえず、隣にお座りよ」

そういうと、セーラは隣のイスをポンポンと叩いて涼を呼び込んだ。



涼が隣に座ると、セーラは再び食べ始めた。

しばらくすると、女性が水を持ってきた。

「お待たせしました。ご注文は?」

「カレーをください」

「辛さはいかがいたしましょうか」

「か、辛さ?」

まさか辛さの設定までできるとは……。


「甘口、中辛、辛口と三段階ございます」

「じゃあ、中辛で」

涼がそういうと、隣でセーラが大きく頷いていた。

「女将さん、私も中辛をもう一つ!」

「はい、中辛二つ~」

そういうと、女将さんは厨房の方に戻って行った。


おかわりを注文したセーラを、驚きの眼差しで見つめる涼。

それに気づいたセーラは慌てて言い訳をした。

「え、エルフは燃費が悪いんだ。私が食い意地が張ってるとかそういうわけじゃないからな!」

「誰もそんなことは言ってません……」

美人が慌てて言い訳をする絵は、可愛らしかった。



ゴホンと、わざとらしく咳ばらいをし、セーラは強引に話題を変えた。

「ところで、リョウはどこに住んでいるのかな?」

話題を変えるなら住んでいる場所。王道である。


「冒険者ギルドの宿舎に住まわせてもらってます」

「宿舎? 冒険者登録して三百日以内なら住めるっていうあれだな? だが北図書館を利用できたってことはD級以上……だよな? もしかして、ものすごいスピードで依頼実績を積み上げてスピード昇進したとか?」

「いえ……ランクアップ登録とかいう制度で、D級登録させてもらっただけです」

何の実績も無くD級登録しているのが、ちょっとだけ気恥ずかしかった。


「ランクアップ登録か。それは凄いな。うん、見るからにリョウは強そうだからね。いきなりD級も納得だよ」

なぜか納得して何度も頷くセーラ。

「見るからに強そうとか……初めて言われたんですが……」

「そうか? それは周りに見る目が無かったんだな。仕方がない」



そんなことを言っていると、あの蠱惑的な香りが近付いてくるのが分かった。

「中辛カレーです。どうぞお召し上がりください」

涼の前に出てきたカレー……それは日本で食べていたカレーそのものであった。

インドカレーとかジャワカレーとかではない。


カレー粉と、小麦粉が加えられとろみのついたあのカレー……ジャパニーズカレーそのものである。


「これは……」

無論、涼はジャパニーズカレーが大好きである。

インドカレーも悪くはないが、インドカレーはインドカレーという食べ物であって、涼の中での『カレー』とは別物なのだ。


そんなジャパニーズカレーに感動しながら、スプーンですくって一口食べる。

「美味しい……」

一口を飲み込むと同時に思わず口から出てくる感嘆の言葉。

「そうだろうそうだろう」

横で、我が事のように嬉しそうに頷いているセーラ。


そこから先は、スプーンが止まらなくなった。

もちろんがっつくわけではない。

真摯にカレーと向きあう。

その表現が一番近いのであろう。


美味いものを食べる時に、言葉は邪魔になるだけだ。


ひたすら食べる二人。

そして食べ終えると……二人の表情は、至高の、満足感で満たされていた。

「美味しかった」

「うん、美味しかった」

二人を彫刻にして、それに名前を付けるなら、『満足』という名に違いなかった。



お会計を済ませて、二人は『飽食亭』を出た。

今更ながら、涼は自分が入った店が『飽食亭』という名前であることを知ったのだ。



「そういえば、セーラさんって、冒険者なのにギルドで見かけませんよね?」

涼が常々思っていた疑問であった。

涼自身も、決してギルドに入り浸っているわけではないが、併設するギルド食堂はよく利用するために、セーラを見かけたことがないということに思い至ったのである。


「ああ……けっこう最近まで王都に出張していたからな。それに、私は長期依頼を受けているからギルドには行かないな」

「長期依頼?」

「ここの騎士団、ルン辺境伯領騎士団の剣術指南役」

「剣術指南!」

涼は驚いて大きな声を上げ、慌てて周りを見回してしまった。

「こう見えても、けっこう強いんだよ?」

そういうと、下から涼の顔を覗き込むように見上げた。


非常に破壊力の大きい所作と表情である。

(やばい、ものすごく魅力的だ……)

意思の力で、必死にセーラから目を逸らす。


「そういうお仕事だから、騎士団宿舎に隣接する領主の館に住まわせてもらっている」

(領主、ルン辺境伯……そういえば、どんな人か全然聞いたことが無い)


「そうだ、リョウ、この後、何か用事はあるかな?」

「いえ、特には……。宿舎に戻って錬金術の続きでもしようかと……」

「ゴーレム作成が目標だったか……なあ、もしよければ、私と模擬戦をしてみないか?」

セーラの申し出は唐突であった。

「飽食亭に入ってきた時、リョウはすごく不満に満ち溢れていた。なんというか……心の中の戦闘意欲が発散されていない、的な」


まさに図星。


昨日の魔王子との戦闘が原因である。

そのために、今日もストレス発散で朝から走っていたのだ……だが、セーラが感じたということは、発散しきれていなかったのであろう。


「私が一緒なら、騎士団演習場を使える。演習場は、常時発生型魔法障壁もあるし、騎士団付きの優秀な神官もいるから怪我しても大丈夫だ。普通の冒険者はなかなか入れない場所なんだ。どうだろう、ちょっと行ってみないか?」

美女に「ちょっと行ってみない」なんて誘われたら、断ることなど出来るわけがない。

「はい、行きます」



道すがら、セーラは騎士団についていろいろ説明をしてくれた。


本来の剣術指南役はマックス・ドイルであり、彼は王都の有名剣術流派ヒューム流の免許皆伝の腕前である。

そのマックスがヒューム流で鍛え上げ、セーラが模擬戦で実戦経験を積ませる、という役割分担なのだとか。


「マックスは、教えるのがとても上手だから、初心者同然の子でも、騎士団に入って一年もするとかなりの腕になる。だから、この街の騎士団はレベルが高い」


「騎士団長ネヴィル・ブラックとギルドマスターはけっこう仲が良くて、時々お酒を持って相談に来ている。騎士団と冒険者ギルドは、街における武力の二大組織。他の街だと反目したりすることもあるけど、ルンの街はそういうのはない。すごく仲がいい、というわけでもないが……そう、ライバルみたいな感じか。うまく高め合っているのは、トップ同士の関係が悪くないからだろうな」


「騎士団と冒険者はそんな関係だから、冒険者でもある私が騎士団の指南役をしていても、風当たりが強いとかそういうことは全然ない。かなり、時間も自由になるから、図書館に行ったり飽食亭に行ったりできるのが有り難い」

セーラは、嬉しそうにいろいろ話した。



領主館と騎士団宿舎は、街の最北部にあった。

入口には、ルン辺境伯の紋章である『雌鹿』が掲げられている。

当然厳重な警備がなされ、一般人の出入りは制限された場所だ。


とはいえ、セーラは騎士団の指南役であり、領主館に住んでいるため、顔パスである。

「おかえりなさいませ、セーラ様」

おざなりではない、心からの最敬礼で、守衛はセーラを迎えた。

「ただいま、ナッシュ。こちら、冒険者のリョウ。これから演習場で、二人で模擬戦を行う。手続きをしてくれ」

「かしこまりました。リョウ殿、ギルドカードをお願いします」

手続きをして、特に問題も無く、敷地内に入ることが出来た。




騎士団演習場。

訓練場も別にあるのだが、集団模擬戦を行う場合など、騎士団員が比較的自由に利用することができる施設である。

ローマのコロッセオの小型版、とでも言おうか。


ちょうど三時の鐘の音が鳴り響く中、セーラと涼は演習場の控室に入った。

そこには、もしもの時のために神官が詰めている。

「すまんが、今から模擬戦で演習場を使う。治癒師の方々には待機をお願いしたい」

セーラは一言声をかけて、そのまま演習場の中へと進んでいった。



「リョウ、武器は、演習用の武器にしておこう。この模擬武器庫にある武器は、全て刃が潰してあるから好きなのを選ぶといい」

そう言うと、セーラは腰に下げた細剣に近そうな剣を選んだ。


涼がいつも使うのは村雨である。

『剣』というより『刀』であり、形は実在する日本刀の中では、『三日月宗近』に最も近いものである。

さすがに、刀はこの武器庫には無いが、長さとバランスが近いものを選んだ。


だが、そこでふと疑問に思うことがあった。

「セーラさん。どうして僕が武器を使うと? どう見ても魔法使いのはずなんですが」

そう、涼は見えるところには武器を持っていない。

ミカエル謹製ナイフも村雨も、腰に差しこそすれ、ローブの中なので外からは見えない。

それなのに、セーラは事の最初から涼が武器を使った近接戦が出来ると踏んでいた節がある。

あのアベルですら、ルンの街で涼が話して初めて、近接戦が出来るということを知ったのにである。


「それは、リョウの足運びと身体の動かし方から……かな? 魔法と剣の両方使える人……私もその一人だからね」

そう、セーラは間違いなく優秀な魔法使いである。

それも恐らく、風属性の魔法使い。

パーティー名が『風』だから……他の人ならそう判断するのだが、実は涼は、セーラのパーティー名が『風』であるということを知らない。

そもそも、セーラがB級冒険者であることも知らない。


ファンタジーの王道として、「エルフは風魔法が得意」と勝手に思っているだけである。


「まあとにかく、始めようか」


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