0711 アベル王の帰還
本投稿で「涼とアベルの帰路」は完結です!
「ようやく戻ってきましたね」
「ああ、懐かしいな」
王都を前にして、涼とアベルは感慨深げな表情だ。
「俺は一年程度だが、リョウは西方諸国に行く前だから、もっと久しぶりなのか」
「ええ、そうなります」
「その間、私はずっと待っていたのだぞ」
セーラが抗議の声をあげる。
「あ、うん、ごめんよ……」
「冗談だ。エルフにとっては、一年も十年も、それほど変わらん」
謝る涼、冗談だと笑うセーラ。
エルフの寿命は人よりもはるかに長い。
寿命が長い種は、人とは時間の感覚が違うようだ。
「リョウがいない間に、王都で、たくさん美味しいお店を見つけたぞ」
「さすがはセーラです! ぜひ行きましょう」
「そう言うと思った」
涼が食い気味に答え、セーラが頷く。
しかし、それだけではない。
「だが今夜は、アベルの帰還を祝って晩餐会があるはずだから、そっちに出なければならんぞ」
「え……あ、アベルが主役だから、僕はいなくとも……」
「リョウは筆頭公爵だし、アベルと共に戻ってきたのだから欠席はできないな」
「うぅ……」
抵抗できない涼。
反論は諦めたが、対面で、うんうん頷いている王様に八つ当たりをする。
「全部、したり顔で頷いているアベルのせいです!」
「俺?」
「ええ。アベルが、そんな剣を持っているから、ガーウィンの暴走した魔法が悪さをしたのです!」
「そう言われてもな」
アベルは肩をすくめる。
二人の会話を聞いて、セーラはアベルの剣を見る。
「昔から使っている剣だよな」
「ああ。城を出る時、宝物庫にあったやつを適当に持ってきた」
セーラの確認に、頷くアベル。
「窃盗罪です!」
涼が鋭く指摘する。
「時効が成立しているな」
笑いながら答えるアベル。
「そもそも王室の宝物だから、第二王子だった俺は罪には問われないだろ」
「お、横領罪とか背任罪とか……」
「知らん」
「なんたる横暴!」
肩をすくめるアベル、指弾する涼。
横で笑うセーラ……。
「まあ、アベルが国王である限り、罪に問われることはないだろう?」
「王国にはもちろん法がある。その法に反していれば、国王であっても罪に問われるが……王室財産に関しては法が定められていない」
「なんですと……」
セーラが笑いながら問い、アベルが説明し、涼が絶句する。
「リョウだって、リョウの持つ資産……例えば、ルンの家やロンドの森の家を改造したり壊したりは、リョウの自由にできるだろう?」
「そ、それは当然です。僕のものですから」
「王室財産も同じだ。過去の王と一族たちが手に入れて、宝物庫に入れられた物だからな。そこに入っている物は王室の財産だから、それに関する法は無い。あえて定められていないんだ」
「頑張った家臣とかに、王が宝物を好きなように与えられるように?」
「そういうことだ」
アベルは頷いて言葉を続ける。
「とはいえ、俺の代で全部使い切るのもまた違うと思う。この先も続いていくだろうナイトレイの国王たち……彼らに引き継いでいくべきものだと思っているからな」
「王室のものではなく……王国そのものの資産もあるんですか?」
「もちろんだ。それに関しては、扱いに関して法が存在しているから、国王であっても自分のものにはできん」
「それは、ちょっとだけ安心しました」
涼は知っている。
歴史上、君主たちが、『国の資産』と『王の資産』をごっちゃにしたりすると、国が乱れる元凶になるということを。
同時に、アベルがそんな誤った道には進まないだろうとも思っている。
結局は、人なのだ。
国を混乱させるのも人、国を正道に導くのも人。
馬車の中で、そんな他愛もない会話をしているうちに、一行は王都入口に到着した。
ここから先、アベルは馬に乗って、王都民にその姿を見せながら王城まで進む。
当然、涼とセーラも。
「ぼ、僕は馬車の中で……」
「ダメだぞ。リョウも私も馬だ」
抵抗する涼、笑顔で粉砕するセーラ。
「リョウはアベルの右後ろ、私が左後ろからついていくことになっている」
「いつの間に……」
セーラが説明し、涼が驚く。
いつの間にか出来上がっていた、入城行進概要。
「ナイトレイ王国は優秀な人材がいっぱいだからな。指示を出しておけば、細かな部分まで適切に進めてもらえる」
笑うセーラ。
肩をすくめるアベル。
顔をしかめるが、抵抗を諦める涼。
セレモニーへの出席は、ある程度以上の地位にある者にとって義務なのだ。
涼ですら、それは理解している。
筆頭公爵は、間違いなく『ある程度以上の地位』である……。
馬車から馬上へ。
当然のように、アベルはフェイワンに乗り、涼はアンダルシアの上に。
フェイワンはいつも通り威風堂々、アンダルシアは涼を久しぶりに乗せることができて嬉しそうだ。
アンダルシアに騎乗している点に関しては、涼も嬉しいのだが、それでも上司に一言言ってやることにした。
「アベルのせいでこんなことになりました」
「今回は、ほとんど抵抗せずに諦めたじゃないか」
「だってアンダルシアだし、セーラも馬に乗ってますし……」
「アンダルシアはともかく、リョウを説得する時は、セーラに言うのが一番ということだな」
「ぐぬぬ」
フェイワン上のアベルと、その右後ろにアンダルシアに乗ってつく涼の会話だ。
「アベル、約束は忘れていないでしょうね」
「約束?」
「週一のケーキ特権です!」
「ああ……週一だったか? 月一じゃなかったか?」
「週一です!」
涼が断言する。
正直、アベルとしてはどちらでも構わない。
だいたい涼の場合、特権の日でなくとも、勝手にケーキとコーヒーを注文して食べているからだ。
アベルの執務室で。
アベルを中心に進む一行。
歓呼で迎える王都民。
そんな王都民たちも、しばらくするとアベルの左右に付く二騎に気付く。
「左の凛々しい女騎士……」
「エルフじゃないか?」
「あ! もしかして……」
「王国総騎士団長……」
「筆頭騎士のセーラ様!」
「右のローブの方は?」
「かわいい!」
「いや、そうじゃなくて、セーラ様と対になってる?」
「そんなローブ……魔法使い? いるか?」
「アベル陛下に常に付き従う魔法使いあり……」
「あ! もしかして……」
「氷瀑……」
「あるいは白銀公爵……」
「ロンド公爵様!」
涼も有名になったらしい。
一行は王城の前に到着した。
城の前で待つ美しい女性、しっかりと自分の足で立つ幼児。
「リーヒャ、ただいま戻った」
「おかえりなさい、アベル」
「ノア……立派になったな」
「お父様、おかえりなさい」
ノアを右腕に抱きかかえ、左腕でリーヒャを抱き寄せるアベル。
「迷惑をかけたな」
「いいえ」
見守っていた王都民の感情が噴き上がった。
「アベル王、万歳!」
「王室、万歳!」
「ナイトレイ王国、万歳!」
そっと涙をぬぐう騎士たち。
なぜか満足げに頷く涼、そしてセーラ。
「これが平和な国ですね」
「間違いないな」
リーヒャ王妃とノア王子が城内に戻ってからも、アベルは通りに並ぶ王都民に手を振り続けた。
背後に近付く、怪しげな水属性の魔法使い。
「そういう真面目な部分は、素直に凄いと思います」
「真面目? 王家の人間の役割だろ」
「でも、好きで王家に生まれたわけじゃないでしょう?」
「人は、生まれる先を選べないからな」
「もっと気楽な……普通の民として生まれたかったとか、そういうふうに思ったことはないですか?」
「ない」
涼の問いに、即答するアベル。
「物心ついた時から、俺には兄上がいたからな。兄上の背中を見続けていたから、王家の人間として生きる以外を望んだことはなかった」
「ああ、カイン王太子……」
そう、アベルは兄である故カインディッシュ王太子に憧れた。
常に出てくるカインディッシュ……いかに、アベルの中で大きな存在なのか、涼でも容易に想像できる。
人を作るのは人である。
彼らの生きざま、かけた言葉、共にした経験が、自らに取り込まれる。
所属する組織や置かれた場所ではない。
人が人を作るとは、そういうこと。
だから、今のアベルを形作ったのは、カインディッシュと言っても過言ではない。
そんなカインディッシュは、若い頃から英邁なる王の器と言われていた。
だから、アベルも……。
「民あっての国、民あっての王だ。そうであるなら、民を元気にするのは王の役割の一つだと思う」
「心からそう言えるアベルだから、僕は尊敬するのです」
「うん?」
涼が称賛し、アベルは意味が分からず首を傾げる。
アベルとしては、本当に当たり前のことだと思っている。
だから、涼が称賛する意味が分からない。
「僕は、アベルが王としての道を外れない限り支え続けますから」
「王としての道?」
「例えば、筆頭公爵のケーキ特権を奪ったりしない限りです」
「そうだな。それは心しておこう」
こうして、涼とアベルは、ほぼ一年ぶりに王国に戻ったのだった。
本日2024年7月16日、『水属性の魔法使い 第二部 第四巻』が発売されました!
皆様、手に入れましたでしょうか。
時間帯によっては、Amazon Kindle全体で三位、とかになってるみたいですね。
ラノベだけじゃなくて、Kindle全体ですものね……。
いつも思うのですが、Kindle全体でって凄いですよね……うちの子の成長に目を細めてしまいます。
これも読者の皆様の応援のおかげです。本当にありがとうございます!
https://www.amazon.co.jp/gp/new-releases/digital-text/2275256051
さて、次巻『第二部 第五巻』の発売は2025年となります。
大人の事情で、少し間が空きます。
すいません。
さて、《なろう版》「第四部 暗黒大陸編」ですが、2025年に開始されます。
現在準備中です。
2025年の、できるだけ早い段階で投稿したいと考えております。
涼とアベルが、暗黒大陸に行く……はずです。
いろんな人たちが、暗黒大陸に集まってくる……はずです。
第一部~第三部同様、毎日投稿予定です。
開始日が決定したら、「あらすじ」欄に記入しますので、楽しみにお待ちください。
それでは、「第四部 暗黒大陸編」でお会いしましょう!
7月30日追記
小説英語版の第二巻が発売されました!
「The Water Magician: Arc 1 Volume 2」
日本の皆様も、英語の勉強にどうでしょうか。




