0709 虜囚のアベルⅣ
エピソード「虜囚のアベル」……四夜連続投稿の第四夜、最終夜です。
連合政府庁舎の前で、オーブリー卿はアベルを迎えた。
「やってくださいましたな、アベル陛下」
「ああ、オーブリー卿。入城に、少し変更を加えさせてもらった。事前通告を怠ったのは、申し訳なかった」
オーブリー卿が皮肉を述べ、アベルが笑顔で答える。
「氷の演台も驚きましたが、それ以上に……」
オーブリー卿は、アベルの後ろに続く百一体の氷のゴーレムたちを見る。
「アイスゴーレム、旅の途中でも世話になりましてね。いや、水属性の魔法使いというのはすごいですな」
「水属性の魔法使いではなく、ロンド公爵がすごいのでしょう」
オーブリー卿の視線は涼を射抜く。
視線を向けられた涼は、あらぬ方向を向いて知らないふりをする。
口笛を吹いているふりもしているようだ。
もちろん、涼は口笛を吹けない……。
そんな三人から、少しだけ離れていたランバー補佐官の元に、急報が届いた。
「こ、これは……」
「ランバー、どうした?」
「いえ、閣下……」
ランバーはオーブリー卿に近付いていきながら、チラリとアベルの方を見る。
それでアベルは理解した。
涼を通して打っておいた手が有効になったのだと。
「もしや、王国の迎えが国境を越える許可を求めているのですかな?」
「迎え? 国境を越える?」
アベルの言葉に、訝しげに問うオーブリー卿。
「はい。さすがにジェイクレア以降も、連合のお手を煩わせるのは申し訳ないので、王国から私と筆頭公爵の迎えを呼んだのです。それが、連合領内に入る許可を求めているのでしょう」
「陛下のおっしゃる通りです」
アベルの言葉に、ランバーが頷く。
しかしランバーの表情は冴えない。
「陛下の身は、我が連合が責任をもって王国に送り届けますのに」
「いやいやオーブリー卿、お気になさらずに。迎えの者たちが、もう国境まで来ているようなので……二日もすれば、ジェイクレアに到着するでしょう。国境を越える許可、いただけますかな?」
「それはもち……」
オーブリー卿は許可しようとしたところで、ランバー補佐官の表情が目に入った。
そこにあったのは恐怖。
「ランバー、その迎えの数はいかほどか?」
「……一万騎とのことです」
「なっ……」
言葉を失うオーブリー卿。
国王の迎えとはいえ、一万騎とは尋常な数ではない。
そんな数の軍に、国境を越える許可を与えるのは……。
「それは、あまりに非常識な数……」
「オーブリー卿が、ニュシャ侯爵の所に一万騎を率いて護衛に来てくださったので、それを伝えただけなのですが……。まさか王国も一万騎を送ってくるとは、私も驚きました」
アベルは笑顔だ。
まさに、いけしゃあしゃあとはこのこと。
ランバーが報告書の続きを告げる。
「しかも率いるのは、ナイトレイ王国総騎士団長兼筆頭騎士……」
「西の森のエルフ、セーラ殿か」
オーブリー卿も、その名は忘れていない。
その地位のお披露目に、連合を構成する国が利用されたのだから。
アベルと涼が東方諸国に飛ばされてすぐ。
連合を構成し、しかもその中枢、『十人会議』に席を有するストラ侯国が、王国に攻め込んだ。
ハインライン侯爵の策にのせられ、ストラ侯国は二千人以上の捕虜を出し、中央諸国はセーラという強力な存在を見せつけられた。
「ああ、セーラが来てくれるんですか。良かったです」
嬉しそうな声をあげたのは、涼だ。
「ロンド公爵とセーラは非常に親密でしてな。それで名乗り出たのだろう」
「いやあ、それほどでも」
アベルが笑顔で説明し、涼が照れる。
代わりに絶望的な表情になるオーブリー卿とランバー補佐官。
「なんですか、その組み合わせは……」
ランバー補佐官の素直すぎる言葉は、誰にも聞こえない。
逡巡するオーブリー卿。
自ら展開した策を、いいように利用された点にもイラついている。
現実的に、一万騎もの王国軍を国内に入れるのも恐ろしい。
「セーラはナイトレイ王国総騎士団長兼筆頭騎士。我が王国の中興の祖として知られる、リチャード王以来、誰も就かなかった地位です。ご存じですかな?」
「いえ……」
「国王である私を超える軍事面での指揮権を持っています」
「なんですと……」
「『総騎士団長』であり、『筆頭騎士』ですから。ある意味、王国内の全ての騎士のトップです」
「……」
言葉を失うオーブリー卿。
「それに、連合領内にも厄介な人物がいますよ?」
アベルは笑いながら涼を見る。
涼は、すんとおすまし顔だ。
「外からセーラ、内からリョウ。私だったら、さっさと合流させて国外に出ていってもらいますね」
五秒後。
「ランバー、アベル陛下のお迎え、越境の許可を出せ」
二日後。
「リョウ!」
「うぐっ」
神速の飛び込みで抱きつくセーラ。久しぶり過ぎて、受けとめそこなう涼。
もちろんそこには、アベルやオーブリー卿がいる。
「あ、あのセーラ、いちおうアベルとかいるんだけど」
「待たせておけばいい」
「そ、そうだね」
セーラが涼に抱きついたまま言い、涼も受け入れる。
アベルは無言のまま、小さく首を振るだけだ。
ここは、連合政府庁舎隣にある大訓練場。
王国の一万騎を無理なく入れられる場所が、ここしかなかったのである。
いちおう、もしものことがあった場合を考えて、大訓練場の外には連合軍が待機している。
待機しているが……できる限り手を出すなと、オーブリー卿に厳命された状態だ。
涼とセーラが揃った状態で、王国軍一万騎と戦うなどぞっとしない……。
しばらくすると、セーラは涼から離れて、アベルの前に立った。
「陛下、お迎えに上がりました」
本当に、何もなかったかのように。
「あれこそが、完璧なおすまし顔」
涼のそんな呟きが聞こえた者がいただろうか。
「ああ、総騎士団長、大儀」
アベルが声をかける。
そして、後ろを振り返った。
「ではオーブリー卿、世話になった」
「いえ、アベル陛下、たいしたおもてなしもできず、申し訳ありません」
「次回は、ぜひ王都にお招きいたしたく」
「……機会がありましたら」
こうしてアベルと涼は、セーラ率いる王国軍一万騎に護衛されてジェイクレアを発ち、王国へと向かうのであった。
四夜連続投稿、終了です!
ついに、次のエピソードで「涼とアベルの帰路」は完結します。
投稿はもうしばらくお待ちください。




