0706 虜囚のアベルⅠ
エピソード「虜囚のアベル」……四夜連続投稿の第一夜です。
「アベル、僕たちは南に向かっている気がします」
「リョウ、奇遇だな、俺もそう思う」
「アベル、王国は西の方にあると思います」
「リョウ、奇遇だな、俺もそう思う」
「アベル、僕たちは奴隷として連れていかれているに違いありません」
「リョウ、それは違うと思うぞ」
二人は馬車に乗っている。
ニュシャ侯爵が手配した馬車であり、前後左右を侯爵の騎士たちが護衛しているのだ。
「ニュシャ侯爵が自領の屋敷にぜひ、と言われて移動しているのですよね」
「そうだな。ザーラッシュ砦……いやザーラッシュ自由都市から二日ということだが」
涼もアベルも、窓から景色を見ながら話している。
馬車移動の二日目なので、今日には到着するらしい。
「侯爵さんは、歓迎の手配をするとかで先に戻られましたけど……」
「あんまり、大々的にお披露目されるのもなぁ」
「アベルが会談の場に突撃したからですよ」
「いや、あれは仕方ないだろう?」
涼の言葉に反論するアベル。
もちろん涼も理解している。
あの場、あの状況では、アベルの行動は最も正しかったのだと。
「どうしますか、屋敷の前に連合軍がずらりと並んでいて、アベルが捕虜になってしまったら」
「ないから、そういうのは」
「アベルを捕虜にして、王国に身代金の要求をする可能性はありますよ?」
「そうなったら、切り捨てられるだろ」
「……え?」
アベルが肩をすくめて答え、涼が驚く。
「王国政府は、アベルを見捨てる?」
「当然だな。ついでに、一緒に捕まった筆頭公爵も切り捨てられるだろうな」
「困ります! アベルはともかく、僕の分の身代金は払ってもらわないと!」
「わがままな筆頭公爵だ」
夕方、アベル一行は侯爵領の都ナンシャに到着した。
そこには、完全武装した一万を超える兵士がいた……。
「ほらー!」
「いや、そんなわけ……」
涼が指摘し、アベルが驚く。
並んでいる旗は、ハンダルー諸国連合の旗だ。
もちろんニュシャ侯爵は、連合の貴族ではない。
連合に所属する領地でもない。
地政学的に、連合の影響を大きく受ける地域であるのは確かだが……。
「僕たちは、連合に差し出されたに違いありません!」
「そんなことはないと思うんだが……」
「僕らの身を差し出して、ニュシャ侯爵は連合と有利な条約を結ぼうとしているのです」
「違うと思うんだが……」
断定する涼、違うだろうと思いながらも最初に比べて言葉に力が無くなっていくアベル。
都の入口から、道路の脇にずらりと並ぶ連合騎士たちの間を、涼とアベルが乗った馬車は都の奥に向かって、ゆっくりと走っていく。
しばらく進むと、侯爵の屋敷の前に到着した。
「アベル陛下、到着いたしました」
馬車の扉が開かれ、二人を護衛してきたニュシャ侯爵領軍の兵士が声をかける。
馬車を降りて、屋敷の中に案内される二人。
《武装解除はされていません》
《武装解除?》
《武器は取り上げられていません》
《ああ、そういうことか。いちおう、俺、国王だしな。国王から剣を取り上げようとしたら、さすがに関係が破綻するだろ?》
涼の指摘に、当然だと返すアベル。
《でもでも、アベルは危険な剣士としても知られているでしょう? 元A級剣士ですし》
《俺より、リョウだろ》
《僕は、自他共に認める平和志向の水属性魔法使いです》
《『自』はともかく、『他』は認めていないと思うぞ》
人それぞれ、認識の相違はあるらしい。
二人が通された部屋は、かなり広めの応接室であった。
部屋の中央に置かれたソファに、二人の男性が座っているが、涼とアベルが入室するのと同時に立ち上がる。
一人は屋敷の主であり、二人を招いたニュシャ侯爵。
少し顔が引きつっているようだ。
その理由は、多分、もう一人のせい……。
そのもう一人が誰かというと、アベルも知っている人物。
会ったのは四年前……魔人ガーウィンとの決戦に入る前だった。
「まさか……」
だが、この場にいることを想定するのは無理だろう。
「ご無沙汰しております、アベル陛下」
「連合執政のオーブリー卿がおいでとは、思いませんでした」
涼とアベルを待っていたのは、ハンダルー諸国連合の執政オーブリー卿であった。
来る2024年4月20日(土)に、
『水属性の魔法使い 第二部 第三巻』の単行本が発売されます!
単行本、記念すべき十冊目です!
勝手に、ちょっと感動しております。
『水属性の魔法使い』は、日本以外に、
台湾版 (繁体字)、韓国版 (ハングル)が出ておりました。
2024年4月2日の活動報告にも書いたのですが、
ついに3月、英語版も発売されました!
英語名は『The Water Magician』です
Amazonの購入ページを直接貼るのはまずいので……
「The Water Magician: Arc 1 Volume 1」でGoogle検索すると出てきます!
(電子書籍版です)
活動報告に、筆者の昔の(古文)お勉強法などを書きましたが……そんな感じで、日本の皆様も英語の勉強に利用してみませんか?




