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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
751/933

0704 辺境にてⅥ

七夜連続投稿の第六夜目です。

第二回会合当日。


ザーラッシュ砦は、まるで祭りのような熱気であった。

「臨時の露店っぽいものも出ています……」

「彼らは普段、どこにいるんだろうな」

驚く涼とアベル。


ザーラッシュ砦は間違いなく砦であるが、規模が尋常(じんじょう)ではない。

内戦状態になる前からゴー王国最大の砦であり、街同様の経済が回っていた。

いや、普通の街以上のというべきだろうか。


街というのは、周辺との交易(こうえき)があってこそ栄える。

ザーラッシュ砦は、『砦』でありながら、周辺との交易……遠くは、連合の街との交易すら行われているのだ。


だから、どこからともなく話を聞きつけた者たちが、露店道具一式抱えて外からやってきた……のかもしれない。



「この焼き魚の串焼きは美味しいですよ」

「砦が浮かぶオアシスで採れた魚らしいが……もう湖だよな、どう考えても」

涼もアベルも、さっそく露店で売っていた焼き魚を食べている。


どうせなら楽しまないと損。

こういう場面では、二人の意見は一致する。


「長い一日になるかもしれませんからね。お昼抜きになった場合を考えると、食べられる時に食べておいた方がいいですよね」

「ああ。まさにそれこそが、冒険者の基本だからな」

涼とアベルは誰に対してか分からない言い訳をしながら、今度は肉串を買い食いする。

そう、二店舗目、二品目である。


ちなみに、焼き魚は二本ずつ食べているので、肉串は三本目である。

多分、言うまでもないことであろうが、肉串も二本ずつ買ってあるので……露店で、一人四本ずつ食べた。


「お魚やお肉だけではいけません。野菜や果物も摂取(せっしゅ)しなければ」

「さすがはリョウだ、いいことを言うな」

最後に二人はデザートとして、まるでリンゴなリンドーを食べながら、訓練場に到着したのであった。



二人が到着した時には、会合の準備はほとんど整っていた。


二人は、特に仕事が割り当てられているわけではない。


訓練した子たちは守衛……まだ見習い的ではあるが、守衛なのだ。

だから彼らは巡回をする。


しかし、二人はあくまで冒険者。

そのため、公的な役割があるわけではない。


訓練した子らのハレの舞台であり、砦の人たちの将来が……戦争が回避されるかどうかの重要な会合。

しかも衆人環視(しゅうじんかんし)の中で。


「普通、こういうトップが出てきての会合なんて密室で行われますよね」

「まあな。全部終わってから、両代表が合意内容を発表するという形が多いな」

「今回は、わざわざみんなが見ている前で会合……。妨害工作者が入っていれば大変なことになりますけど……」

「俺が、工作者の手先なんじゃないのか?」

先日、アベルは言われたことを投げ返す。


「冗談に決まっているじゃないですか。小さいことをぐずぐず言っていたら、王様になんてなれませんよ?」

「俺、いちおう現役の国王なんだが……」

「アベルが可哀そうだから、周りの人たちがそう振る舞ってくれているだけかもしれないじゃないですか」

「……意味が分からん」



二人は『関係者席』の札がかけられた席に着いた。

モールガーから、当日はそこに座るように言われていたからだ。


「名前も書いてありますね」

「俺のは『アベル殿』、そっちは『リョウ殿』だから合ってるな」

「お隣の席は『師範』って書いてあります」

「マスダ老か。確かに、関係者席だ」

涼もアベルも、自分の名前の席に座った。


『関係者席』は、全体で二十人分くらいだろうか。

二人が座ったのに続いて、続々関係者席が埋まっていく。

そのほとんどは、見るからに商人たちだ。


「商人の人たちって、一目でそう見えますよね。剣士とか斥候(せっこう)とかは、普段から歩き方が普通じゃないので分かりますけど、商人なんて普通の歩き方でしょ。何でですかね」

「さて……俺に聞かれてもな」

涼の問いを受けて、アベルも関係者席に座った商人らしき者たちを見る。


確かに、商人っぽい。


「はっ、分かりましたよ」

「なんだろう、聞く前からどうせ違うだろうという雰囲気は」

「お金の匂いがするんですよ、きっと」

「うん、予想通り、やっぱり違ったな」

涼の得意げなセリフに、小さく首を振るアベル。


「雰囲気で推測できるな、リョウは。商人たちも、似たようなものなんだろ」

「なんて適当な……。しかも僕への風評被害(ふうひょうひがい)も流しながら」

顔をしかめる涼。


だが、すぐに顔を上げた。

「僕らの弟子たちが頑張っています!」

「弟子……というほど長く教えていないだろ」

「時間ではないのです。哲学なのです。いかに深く、その精神性の部分まで伝えることができているか、それが弟子をとるということなのです」

「リョウの場合、一見、深いことを言ってるように聞こえるのが不思議だよな」

失敬(しっけい)な! 僕は常に深いことを言っています」

「自分で言わなければな」

二人とも『弟子』と呼べる者たちをとった経験はあるのだが……人によって、認識の相違(そうい)はあるものらしい。



二人が訓練している子たちが、訓練場の反対側スタンドを不審物が落ちていないか確認しながら歩いているのが見える。


「爆発物が置かれていないか確認する光景は、どこでもいっしょなのですね」

「バクハブ?」

「あれです、王国の『黒い粉』みたいなやつです」

「ああ。確かにあんなものがあったらまずいな」

アベルは頷く。


王位に就いて三年の間に、『黒い粉』の研究は進んだ。

そのためアベルも、その破壊力を含めた特性は理解している。


「この辺りで『黒い粉』の研究が進んでいるのか分からないが、錬金術で似たようなものがあるかもしれないしな」

「ええ、ええ。人の想像力は恐ろしいものを生み出してしまうことがあります。想像力はまさに無限の力ですが、使い方を誤れば人類を不幸にしてしまいます。気を付けてくださいね、アベル」

「俺? なんで俺なんだ?」

「だいたいにおいて、為政者が問題の根幹(こんかん)なのです。想像力が貧困では困りますが、豊かすぎても周りが振り回されて困ります。ほどほど……バランスよくあってほしいものです」

「納得いかないが、まあいい」

アベルが議論を打ち切ったのは、知り合いがやってきたのが見えたからだ。


「あ、師範さん」

「マスダ老、砦の中を見回ってきたのか?」

「うむ、見たことのない者たちがかなり多かったぞ。かなりの者が、外から入り込んできておるな。露店など、九割はそうだ」

「え? じゃあ僕達が食べた、焼き魚、肉串それにリンドー屋さんも?」

「多分そうだろうな」

「朝からそんなに食ったのか。若いのう……」

涼とアベルが確認し、若者の食欲に(あき)れるマスダ老。


涼とアベル、二人が大食漢(たいしょくかん)の部類に入ることを指摘する者は、この場には誰もいなかった……。



この頃には、訓練場のスタンド席はほぼいっぱいになっていた。

訓練場の真ん中に、両陣営の交渉者が座る向かい合った席と、それを見守る位置に仲介役の席と思われるものが準備されている。


「中央の席、どちらも三人分くらいしかないです」

「そうだな。少し離れて十脚ほどか、席が準備されているが……中央には交渉責任者だけが座るんだろう」

「仲介者……連合の人たちの席も三人分。あの少なさなら、暗殺者は入り込めないでしょう」

「この衆人環視の中で暗殺はないだろ」

「分かりませんよ? 敵は連合ですからね、何をしてくるか知れたものではありません」

なぜか両腕を組んで偉そうに論評する涼。


涼はいったい連合の何を知っているというのか。

もちろん、誰も分からない。涼自身も。


いや、ここに一人、最も正解に近い考えを持っている剣士が。

「どうせ適当に言っただけだろう?」

「ギクッ」

思わず視線を泳がせる涼。


「あ、ほら、代表団が入ってきましたよ」

「……そうだな」

追及をごまかすことに成功した……と思う涼。

かわいそうだから、追及の(ほこ)を収めてやったアベル。



最初に入ってきたのは、商人を中心とした集団。

「この砦の代表団ですね」

「そうだろうな。先頭を進むのが……?」

「うむ、商会長のピーセックだ。今期の、商人たちの取りまとめ役。つまるところ、この砦の代表者だ」

涼が確認し、アベルが尋ね、マスダ老が肯定する。


「結果を出し続けてきた商人って感じです」

「……よく分からんが。攻撃的ではないが、自分の部下は絶対に守るタイプに見えるな」

「商人にも、攻めの商人と守りの商人がいるということですか?」

「ああ。どちらも、民には必要な存在だ」

「ゲッコーさんは攻めの商人な気がします。ピーセック商会長さんは、守りの商人って感じですね。(いわお)です」

涼が頷く。


それを聞いて、マスダ老は笑う。

「二人とも、面白い認識だな。確かにピーセックが率いる『砂の商会』は、次々新商品を出すというタイプではなく、昔からの顧客(こきゃく)と商品を大切にするな。だから連合には、親子三代で商会の品を使い続ける貴族もいるらしいぞ」

「リピーターの確保は大切です」

涼は頷く。


ずっと使っていた商品が廃番(はいばん)になるのは困る……そういう人は多いのだ。

後継商品が必ずしも自分に合うとは限らないわけで。


だが、涼は別のことにふと思いいたる。

「ピーセックさんが率いているのは、『砂の商会』って言いました?」

「ああ」

「もしかして、この砦の中にお宿とか食事処とか、あります?」

「ある。砦一番の宿『砂の眠り亭』と、人気の食事処『砂の食事亭』だな」

「やっぱり!」

マスダ老の説明に、頷く涼。


「俺たちが泊まっている宿か」

「ええ、ええ。ということは、ピーセックさんはとても素晴らしい人に違いありません」

断言する涼。


「なんでだ? 確かに、宿も食事処もいい設備だが」

「設備もそうですが、従業員の皆さんの笑顔が素敵です! だからホスピタリティ……いろんな対応でも気持ちよく接してくれます。これは、労働環境がいいからに違いありません」

「ああ……それは、一理(いちり)あるかもしれんな」

涼が力説し、アベルも同意する。


宿泊する宿の()()しで、オーナーや経営陣に対する評価が変わる。

それは当然なのかもしれない。



続いて入ってきた代表団は、先頭に貴族だと思える人物がいる。

そう、見ただけで貴族だと分かる存在感。

決して偉そうに威張(いば)り散らしているわけではない。

むしろ表情は穏やか、だが強い意志を持った人物であることが顔にも現れている。


「あれがニュシャ侯爵か?」

「そう、ニュシャ侯爵本人だ」

アベルの確認に、マスダ老が頷く。


マスダ老の表情や態度に、憎しみや恨みといった負の感情は見られない。

五年、対立してきた陣営のトップではあるが、個人的な負の感情はないようだ。


むしろ……。

「自ら乗り込んでくるとは、やはり大した人物だ」

称賛に近い感情を持っているらしい。


「もっと小ずるそうな人を想像していました」

初めて見た涼に至っては、とても直接的な表現である。


「小ずるそうって……何だよ」

あまりの表現に首を振るアベル。


「いえ、だって、王家を滅亡させたんでしょう? 悪い人じゃないですか。そういう人は、きっと小ずるい顔に違いないと……」

「それって、器量(きりょう)が小さいという意味か?」

「ええ、ええ。そういうことです」

我が意を得たりと涼が頷く。


だが、それを受けて、アベルは再び首を振って否定した。

「そんなやつが、王家を滅ぼすなんてできるわけないだろ」

「そうなのです?」

「ナイトレイ王国を例にして考えてみるといい。王家を滅ぼすことができる貴族となると、ハインライン侯爵、ルン辺境伯、あるいはホープ侯爵くらいだろ。いずれも率いるのは、超一流の人物ばかりだ」

「確かに」


滅ぼされる本人であるアベルがとんでもない仮定で述べているのだが……そこは誰もつっこまない。

なぜなら涼はボケ担当であって、ツッコミ担当ではないからだ。


「ああ、もう一人、力はあるがうまくやれなさそうな上級貴族がいるな」

「そんな人います?」

「ロンド公爵」

「え……そりゃあ、政治とか裏工作とか全然できませんけど……。でも、アベルは考え違いをしています」

「うん?」

「僕なら、ロンド公爵領の魔物の方々にお願いして王家を襲撃します。これなら確実に、王家は滅びます!」

「王家どころか王国そのものが滅びるわ……」

結局、涼はボケで、アベルはツッコミなのであった。



最後に入ってきたのは……。

「あれが、仲介役の連合の人ですよね?」

「そうだろうな。先頭を歩くのが東部第八管区外務担当次官……」

「ドン・レさんでしたっけ。すごく、神経質そうな感じです」

「否定はしない」


仲介団はドン・レを含めて七人。

それを見て、涼が少しだけ首を傾げている。

アベルは隣にいたために、それに気付いた。

「どうした?」

「いえ、あの仲介団の中に一人だけフードをかぶっている人がいるじゃないですか?」

涼が指摘する。

言われて仲介団を見るアベル。

確かに、一人だけフードをかぶった人物がいる。


「いるな。歩き方からして、若い女性だろう」

「さすがはアベルです。僕も女性だろうとは思ったのですが……。なんか、場違いじゃありません?」

「ふむ? まあ、あそこにいる交渉に関係した者たちは、みんな三十代以上ではあるよな。その中では若いか。何か特殊な技能を持っているんだろう」

「ですよねぇ……なんか、気になるんです」



両代表団、仲介者が出そろった。



「ニュシャ侯爵さんとか、すごくやり手で誠実そうにも見えるんですけど……なんでこの砦は、その支配下に収まるのを拒否したんですか?」

「砦の有力商人たちというのは、ゴー王家の御用商人だったような、前王朝とのパイプが太い者たちだ。あらたな侯爵の報復(ほうふく)を恐れて抵抗した、という側面も確かにある。だがそれ以上に、街の者たちが支配下に入るのを望まなかったのだ」

「そうなんです?」

「商人たちは利に(さと)い。最終的にはニュシャ侯爵の支配を認めるのを受け入れていたらしいのだが、砦の者たちは理屈よりも感情が先走る。かつてこの砦がイナゴに襲われて街が酷いことになった際、ゴー王自らやってきていろいろ助けてくれたことがあってな。その恩を忘れられないのだ。だから抵抗している」

マスダ老は悲しい表情になりながら説明する。


ことが感情に起因する以上、理屈ではない。

それをマスダ老自身も理解しているのだろう。


「誰も悪くないのに争い続けている……」

「仕方のないことかもしれん。感情が収まるには時間が必要だ」

「だから、この五年間が必要だったと?」

「この五年間があったから、今、砦の者たちもニュシャ侯爵を受け入れようとしているのだろう」


涼もアベルも、当事者ではない。

だからこそ冷静に見られるが……。


理性では分かっていても、感情が受け入れるには時間が必要。

逆に言えば、時間さえかければ、感情はある程度収まる……完全には無理であっても、ある程度は。



各代表が紹介され、開会が宣言される。

真っ先に発言を求めたのは、ニュシャ侯爵であった。

「この場を開いてくれたザーラッシュ砦の人々に感謝したい。その上で提案したい。もし、ザーラッシュ砦が我が国に加わってくれるのであれば、自治権を付与し、自治区として迎え入れたい」


ニュシャ侯爵が発言した直後、誰も口を開かなかった。

そこにいる者たちのほとんどが、理解が追い付かなかったのだ。


真っ先に理解したのは、砦の代表者。

「ニュシャ侯爵……自治権とは、具体的に何に関してでしょうか」

「ピーセック商会長、納税以外に関して、全てだ」

「なんですと……」

ピーセックは絶句する。


納税以外すべてということは、法律も、行政も経済も何から何まで全て、今のままでいいということだ。

ピーセックだけでなく、訓練場で話を聞いていた砦の人間たちのほとんどが、理解し始めていた。


「納税以外全部って……」

「今まで通り何も変わらないでいいってこと?」

「今まで通りで、戦争はなくなると?」

「いや、税金は国に納めろってことだろ? 結局、生活は苦しくなるだろ」

スタンド席のあちこちで話し合いが行われている。


「ニュシャ侯爵、納税はどれほどを想定されていますか?」

「毎年一フロリン」

「……はい?」

海千山千の商人であるピーセック商会長の目が点になった。


「失礼、侯爵……今、一フロリンと?」

「ええ、一フロリンです。自治区として国の議会に議員を派遣して、意見を述べていただきたいと考えています。その際、自治区とはいえ納税をしていない地域を議会に参加させることはできません。ですので、一フロリン納税していただきたい」

ニュシャ侯爵ははっきりと言い切った。


さすがにここまで言われれば、自治区にしたいという考えも適当な思い付きなどではないということは分かる。

「代表団で話し合うので、少し時間を」

「もちろんです、どうぞ」

ピーセックの言葉に、ニュシャ侯爵は頷いた。


話し合いが始まる砦の代表団。

対照的に、全く動かない侯爵陣営。

自治区の提案は、侯爵陣営の中で十分に話し合われてきた結果だという証明でもある。



「これは驚いたの」

マスダ老はそう呟くと、『関係者席』にいる商人たちと話し始めた。


残された涼とアベルも話し始める。

「いきなり大上段から切り込んだな……」

「自治区ってことは、砦の人たちはメリットが大きいですよね」

「そうだな。今までと変わりない生活をそのまま送れるということだ。中央から、代官のようなものも送られないということみたいだしな」

「砦はそれでいいでしょうけど……侯爵さんには、どんな良い点があるんですか? 砦が加わっても税収は増えないですよ?」

「そんなことはないだろ。砦の商人たちが自分たちの所にやってきて商売をすれば、経済がさらに活性化する。そうすれば、自然と全体での税収は増えるだろ?」

「ああ、なるほど」

「だがそれ以上に、分裂していた国が戻るというのは、外交的に非常に大きい。武力紛争に至る火種(ひだね)が取り除かれるというのも大きいな。メリットばかりじゃないか?」

アベルが考えながら言う。


(そん)して(とく)取れ……」

「ああ、いい言葉だな。たいして損もしてないだろうが」

「確かに」

アベルも涼も、ニュシャ侯爵の提案は良いものだと理解していた。


あちこちで話し合っている砦の人たちも、皆肯定的(こうていてき)だ。


だがアベルは、一人だけイライラしている人物を見つけた。

「仲介者殿はお気に召さないようだ」

「ドン・レさん? ああ、イライラしてますね」


ドン・レは、仲介団の一人を呼ぶと、急いで何事か指示した。

指示された人物は、懐から小さな箱のようなものを取り出し、何事か(ささや)く。

「あれ……通信系の錬金道具ですよ」

(あわ)い錬金術の光が見えるな。さて、誰に何を指示したのか」

アベルは顔をしかめている。


それを横目に、涼は言う。

「アベル、僕に謝るべきではありませんか?」

「うん?」

「ここまでくれば誰の目にも見えてきます。連合の暗躍(あんやく)はあったし、今回もありそうだと」

涼は胸を反らし、腰に両手をつけて威張っている。


「ああ……その可能性が無いとは言わん」

「事ここに至ってもそんな言い方を!」

「いつもリョウが言ってるのを真似しただけだぞ」

「ぐぬぬ」

苦笑するアベル、顔をしかめる涼。


「まあ、リョウが言うように、暗躍なるものがあるとすれば何だろうな。ドン・レらは緊急で手を打たないと、手遅れになるぞ? ニュシャ侯爵の提案で、すでに流れが出来上がっている」

「確かに。あの提案は、砦の人たちにとって最高ともいえる提案です。受け入れない理由がない。流れが出来上がってしまった、でもなんとかしたい……そういう場合、チェスだったらどうしますか?」

「うん? チェス?」

「アベルはチェスをするでしょう?」

「ああ、するが……逆転は無理だろ?」

「いいえ、この場合の答えは、世界共通です。盤を、物理的にひっくり返すのです!」

「おい……」

涼のあんまりな答えに呆れるアベル。


チェス盤を物理的にひっくり返せば、ゲームはうやむやになる。

涼はそう言いたいらしい。


「まあ、それはあんまりだと思うが……この場ではどういうことになるんだ?」

「場所を変える、ですかね?」

「なるほど。それなら分かりやすい」

アベルは頷く。


具体的な方法も、同時に頭に浮かんだようだ。

「騒動を起こせばいいだけだな」

「さっきの錬金道具での指示は、騒動を起こせと?」

「多分な」

アベルは頷く。


「ちょっと探ってみます。<アクティブソナー>」

涼は唱えた。

半径一キロ近い情報を拾ってこれる。


「ああ……この訓練場の東の広場に、それらしい人たちが五十人くらい集まってきてます」

「騒動を起こして、うやむやに、あるいは場所の変更を仲介者が提案するには十分な人数だろう」

「あ……アベル、僕たちは大変なことをしてしまったかもしれません」

「どうした?」

「その集団の中に、僕らが食べたリンドー屋さんがいます。敵の手先だったようです!」

「まあ、そういうのも紛れ込んでるわな」

「焼き魚屋さんや肉串屋さんはいません。彼らは真面目な人だったのですね、良かった良かった」

頷く涼。


二人の会話が聞こえたのだろう。

商人たちとの話し合いから、マスダ老が戻ってきた。


「騒動を起こそうとする連中が集まっていると言ったか?」

「あ、はい、師範さん。東の広場に五十人くらいが集まっています」

「外は、チロたちが警邏(けいら)しているが……ちと手伝ってくる」

そう言うと、マスダ老はスタンド席から出ていった。


「チロ?」

「多分、あの時の茶髪の人です。指示を出しながら、五十人たちと(にら)みあっています」

『砂の食事亭』で無粋(ぶすい)真似(まね)をした人物だ。

とはいえ、悪い人間というわけではないことは涼もアベルも理解している。

ちょっと人を案内するには向いていなかった……のめり込み過ぎただけだと。


「どうする? 俺らも行くか?」

「いえ、外は任せましょう。やっぱりフードをかぶった人が気になります」

「そうか。だが、五十人の制圧に失敗したら、こっちがどうこう言ってられんぞ?」

「確かに。じゃあ、足止めを手伝いましょう」

「足止め?」

「<アイスバーン>」

涼が唱える。

だが、アベルが見える範囲では何も変化はない。

ということは、五十人に対しての足止め……地面を凍らせるあの魔法……。


以前、涼を含めた『十号室』と『十一号室』がテンプル騎士団第三分遣隊と対峙(たいじ)した際、涼が展開した氷の床を、アベルは『魂の響』を通して見た。

はっきり言って恐怖した。


まさに、近接職にとっては悪夢。

近付くことができなければ戦えない……そんな者たちにとっては地獄に落とされるに等しいものだ。

多分、東の広場ではそんな光景が現出しているのだろう。


「それって、歩けなくなるやつだろ。いや、立っていることすらできなくなる……」

「クックック、無限転倒氷滑地獄を味わわせてやるです」

「言葉だけで恐ろしさが伝わるな」

悪い表情で笑う涼、小さく首を振るアベル。



東の広場では、文字通り地獄が現れていた。

五十人全員が滑って転ぶ。

一度転倒すれば、二度と立ち上がれない。

芸が細かいことに、転倒ゾーンの周りは青い色付きの氷ボードで囲まれ、人が間違って入ってこないように仕切られている。

同時に、五十人が外に出ていけないように……仲間を足場にして氷の床を脱出しても外に行けないようにしてある。


それを遠巻きに見守る茶髪のチロら守衛警邏隊の者たち。

味方の人数が集まるまで待っていたら、目の前に地獄が現れたのだ。

正直、動くタイミングが分からない。


そこに現れた長白髪の老人。

「チロ、何をしている!」

「師範! これはどうすれば……」

マスダ老に指示を求める。


五十人の男たちが、立ち上がることができず、滑っては転び、転んではまた転び……その多くは疲労と焦りからものすごい形相(ぎょうそう)になり、他の者たちは自分が置かれた状況を理解できずに恐怖に顔を(ゆが)め……。


そんな光景を見るマスダ老たち守衛警邏隊。

「これは……そうだな、リョウ殿が『あの方』であるなら、これくらいは当然なのか」

マスダ老の呟きは、隣にいたチロにもはっきりとは聞こえない。

「師範?」

「いや、独り言だ。多分、状況が整えば魔法は解除されるはずだ。そうなったら、全員捕らえるぞ。準備しろ!」

「はい!」

マスダ老の言葉に、答える警邏隊。


その間にも警邏隊の人数が集まってきて……五十人を超えた。

次の瞬間、五十人の男たちを囲っていた、青い色付きの氷のボードが消える。

地面に張られていた氷も消えた。


「捕まえろ!」

マスダ老の号令一下、飛び掛かる警邏隊。

転び疲れた男たちは全く抵抗できなかった。


わずか数分で、五十人は無力化された。




「師範たちは、無事に全員を捕獲(ほかく)したようです」

「そうか」

涼がソナーで把握した情報を伝え、アベルは頷いた。


二人の視線の先にいる仲介者……ドン・レは余裕の表情に見える。

騒動の指示を出し、それが訓練場の中に波及してくるのを待っているのだ。

まだ、五十人が捕まった報告は受けていないのだろう。


「これで終わるでしょうか?」

「いや、終わらんだろう。失敗したと分かったら、準備してあるはずの別の手を打ってくるはずだ」

「プランBというやつですか……」

涼は顔をしかめて首を振る。


しばらくすると……。


「あ、部下っぽい人が錬金道具で報告を受けています」

「さて、どうなるか」

「ああ……騒動失敗を知らされたドン・レさん、ここから見ても分かるくらい不機嫌になっちゃいました」

「まあ、当然だな」

アベルは頷く。


仲介者ドン・レは、しかめた顔のまましばらく考えていたが、奇妙な行動に出た。


「後ろの席から、フードをかぶった女性を呼んだな」

「例の人です。中央の、三人席に移っちゃいましたよ。やっぱり彼女、何かあるんですね」

「絶対ろくでもないことだな」

珍しく断言するアベル。


アベルは、涼に関しては断言することが多いが、それ以外にはあまり断言しないのだ。

しかし、今回は断言した。



アベルの断言と同じタイミングで、話し合っていたピーセック商会長が、中央の三人席に戻ってきた。

その表情は、二人から見ても決意に満ちた、だがある種、満足した表情に見える。

「受け入れるのを決断したように見えます」

「誰がどう考えても、それが一番いい」

涼もアベルも、ピーセック商会長が「受け入れる」という言葉を発するのを期待していた。


恐らくそれは、提案したニュシャ侯爵もだろう。



しかし、次の瞬間……。


「あれ?」

「侯爵も商会長も、表情が(ゆる)んだか?」

「アベルにもそう見えました? 何か……変です」

アベルも涼も(まゆ)をひそめる。


ニュシャ侯爵とピーセック商会長の表情に注目していたからだろう。

二人の表情が弛緩(しかん)したように見えたのだ。


そして……。


「我が砦は受け入れない! 独立を維持する!」

「提案は取り下げる! 全面戦争だ!」

ピーセック商会長が叫び、ニュシャ侯爵も叫んだ。

ついに、本日


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皆様に、押し上げていただいております。

本当にありがとうございます。


明日、ついに七夜連続投稿の第七夜目です!

楽しみにお待ちください。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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