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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
749/930

0702 辺境にてⅣ

七夜連続投稿の第四夜目です。

意見の一致を見た二人は、アンダルシアとフェイワンを預けたまま宿を出た。

訓練場に行ってみて、幻滅(げんめつ)したら宿に引き返して手続きしてすぐに砦を出ればいい。


訓練場は、塀の上にスタンド席が造られていた。

そこに座って訓練の見学をしたり、模擬演習を見たりできるようだ。


二人が来たのは、そんなスタンド席の一部だ。

そこから、どんな訓練が行われているか見た。

見たのだが……。


「走り込んでいます……」

「若い連中だな。五十人くらいか?」

「じゃあ、僕らが訓練を依頼された子たち?」

「そうかもしれんが……なぜ剣を振らずに走っている?」

アベルが首を傾げる。


その時、反対側のスタンド席からの声が聞こえた。


「走れ、走れ、走れ! 戦場では、体力が尽きたら死ぬんだぞ! 体力が無くなれば、いかに技術のある一流剣士であっても死ぬ! だから走って体力をつけろ!」

怒鳴(どな)っているのは、スタンド席にいる老人のようだ。


「言ってることは、非常にもっともです」

「リョウの考えと似ているな」

「ええ、ええ。最後まで動けた人間が、最後まで立っていられます。最後まで立っていた人間が、生き残るのです」

涼が断言する。


『ファイ』に来て数十年。

今でもその考えにブレはない。

むしろ、時が経てばたつほど、多くの人と接すれば接するほど、確信を抱くようになっていた。


「あの怒鳴っているのが、師範の方ですかね?」

「そうだろうな。遠目に見ても剣士の立ち姿だ」

手には木製の訓練剣を持ち、長い白髪を後ろで束ねたその姿は、どこからどう見ても剣術師範だ。



しばらく様子を見ていた二人に、声をかける人物がいた。

「おお、来てくれたのか!」

守衛総隊長のモールガーだ。


「戦争を避けることに繋がるならと」

「こう見えても、アベルは剣士ですから」

アベルと涼が、それぞれの思いで答える。

若干一名、ひねくれているが。


「マスダ老に紹介しよう」

モールガーはそう言うと、老人の方に向き直って叫んだ。

「師範!」

その声を受けて、こちらを見る長白髪の老人。

状況を理解したのだろう、早歩きで三人の元にやってきた。


「モールガー、その方々が例の?」

「ああ。C級冒険者のリョウ殿と、その荷物持ちのアベル殿だ」

モールガーは聞いた通り紹介する。


「うむ。リョウ殿、訓練よろしく頼む。それと……荷物持ち?」

マスダ老は涼と握手してから、視線をアベルに向けて頭の先から足の先まで眺める。


「アベル殿だったか? どうみても剣士であろう? その()()()()い……いや、そもそも、その剣は魔剣だろう? そんな人物が荷物持ち?」

「リョウに荷物持ちだと言われたのだから仕方ない。冒険者ギルドカードを持っていない以上、荷物持ちだ」

「そ、そうか」

アベルのいっそ堂々とした説明に、納得できない表情のままいちおう受け入れるマスダ老。


「荷物持ちではあるが、見ての通りかなりの使い手だ」

「同感だな」

モールガーの言葉に同意するマスダ老。


分かる者には分かるのだ。

それほどに、アベルという剣士は尋常ではない。


「気にするな。俺はただの荷物持ちだ」

アベルの答えは変わらない。



さすがにここまでくると、一人居心地の悪さを感じる人物が出てくる。

半分冗談で「アベルは僕の荷物持ちです」と言ったのに、ここまで(こす)られるとは想像していなかったのだ。

涼は、いたたまれなくなった。

次から、言葉は大切に使おうと決意する。


「基礎から教えるなら、アベルは適任でしょう」

「俺? 何でだ?」

涼の言葉に首を傾げるアベル。


「だってヒューム流とかいうのを、ちゃんと学んだんでしょう?」

「おぉ! 正統派と名高いヒューム流剣術か。それは頼もしい」

大きく頷くマスダ老。


こんな辺境でも、ヒューム流剣術は知られているようだ。


「ちゃんと教えてもらったのは、だいぶ昔だぞ。その後は、冒険者として我流(がりゅう)に近い……あっ……」

「やはり元冒険者だったか」

「高位冒険者だったのであろうな」

アベルが口を滑らせ、モールガーが頷き、マスダ老がアベルの(まと)う雰囲気から推測する。


「いや、まあ、確かに元冒険者だが……俺よりこっちのリョウだ」

「僕ですか? 僕は見たままの魔法使いです」

「ローブを着ているからそうだろうと思ったが……」

マスダ老が頷く。


「見た目にだまされるな。リョウは魔法使いのくせに、騎士団の剣術指南役(しなんやく)をしていたんだぞ」

「魔法団ではなく、騎士団の?」

「そうだ、騎士団だ」

マスダ老の問いに、頷くアベル。


「ぼ、僕を巻き込まないでください! 見たまま人畜無害(じんちくむがい)な水属性の魔法使いですから!」

涼はアベルに抗議した。


「まあ、とにかく、訓練を手伝ってくれるのならありがたい」

「まったくだ。そういえばモールガーは、さっきピーセック商会長と話をしていなかったか」

「ええ。二人が手伝ってくれる場合には、二人分の依頼料を出してくれと。出してくれることになった」

モールガーが笑顔で頷く。


「その、ピーセック商会長という方が、今回の一番上の責任者ですか?」

「うむ、今期の、商人たちの取りまとめ役だ」

「つまり、侯爵との会合にも出る人物だな」

「そう、交渉責任者でもある」

涼の素朴な疑問にモールガーが答え、アベルの確認にマスダ老が頷く。


ありていに言って、今、この砦で一番偉い人物らしい。

そんな人物が請け負ったのであれば、依頼料はちゃんと二人分出そうだ。

「良かったなリョウ」

「良かったですねアベル」

こうして、二人は新人五十人の訓練を手伝うことになった。



「俺が、剣を握ったばかりの三十人に基礎を教えるのがいいだろう」

「それが妥当ですよね。僕はいろいろ普通じゃないので」

「剣の握りから違うもんな」

「僕はそう習ったんです。剣の(ことわり)の違いです」

アベルの指摘に、反論する涼。


両拳をつけるか離すかだけの違いだが、それぞれ目的、目指すところが違うのだ。


両拳をつければ、パワーとスピードが増す。

両拳を離せば、コントロールが増す。


どちらを重視するか……剣の握り一つで違ってくる。



マスダ老が二人を紹介して、それぞれの剣を持っての訓練が始まった。

もちろん本物の剣ではなく、木剣だ。

刃を潰した鉄の剣ですらなく、木の剣。


アベルが指導する三十人は、総じて若い。

二十代はもちろんおらず、もしかしたら成人の十八歳にも達していないのではないかと思う者ばかり。


それでも、表情は真剣そのもの。


強制的に守衛隊に入らされたわけではなく、全員が志願。

だからこそ、真面目に一生懸命に学ぶ。

マスダ老の、走りを中心とした訓練でも誰も投げ出すことなくついてきていた。


アベルの型と素振りを中心とした指導にも、真剣に取り組む。


まずは、剣の動きを知る。

それに伴う、体の動きを知る。

相手に対するのは、まだ先の話だ。


まずは剣と自分。


それがアベルの指導であった。



(ひるがえ)って、涼が受け持った二十人は全く違う。

基礎は習得(しゅうとく)しているが、まだ戦場に出すには早いと、モールガーとマスダ老が判断した者たち。

剣こそ木剣だが、アベルが指導するひよっこたちと比べて、明らかに剣を振ることに慣れてきていた。


涼としてはそうでなければ困る。

涼は、ヒューム流などもちろん知らない。

そもそも、この『ファイ』における剣術など知らない。


ルン騎士団で剣術指南役をしたが、その時は叩きのめした。

今回は……。


叩きのめしはしない。


「右、左、右、よし。一息つかない! 敵は待ってはくれないぞ!」

「上、上、足元がおろそかになってる! 集中しつつも相手の全体を見ろ! 一カ所に囚われれば他が見えなくなるぞ!」

「突くぞ! よけろ、よけろ、よけろ! よし! 反撃してこい! おお、いいぞ」


叩きのめすことなく、褒めたり注意したり……ルン騎士団の指南役の時に比べれば、やさしい指導である。


ルンの場合、相手は騎士団だ。

騎士としての意識も覚悟もある。意志も強い。

そもそもセーラの指導を引き継いで『叩きのめす』ことを求められていたので、そうしたが……ここでは違う。


相手が受け入れられるように、適切な方法を選ぶ。

それは教育の基本だ。

稽古(けいこ)とは教育の一環である。

そうであるなら、相手の習熟度に応じて教える側がやり方を変えるのは当然。


相手が受け入れられない指導など意味がない。



二人とも、適時休憩をとった。

「リョウ、ルンの時に比べて優しいな」

「あれは、ルン騎士団で求められた指導が異常だっただけです」

アベルが笑いながら言い、涼は少しだけ顔をしかめて答える。

ルンでの叩きのめす指導が普通だと思われているのが、納得いかない。


「雰囲気や言葉遣いは、いつもと違って剣術指南ぽいな」

「そうですかね」

涼としては、地球にいた頃、週三で通っていた剣道の道場で受けた指導を思い出してやっているだけだ。


「木剣といえども、気の抜けたことをやっていれば怪我しますからね。でも厳しいだけでは、なかなか頭の中には入っていかないので……その匙加減(さじかげん)は難しいところですよね」

「すげーしっかり考えているな」

涼の考えに感心するアベル。


「普通でしょ? むしろ僕を何だと思っていたんですか」

「戦闘狂」

「……」


もちろん冗談だ。

アベルは、ルン騎士団への指導も見ていたが、同時に、ゲッコー商会の水属性魔法使いの弟子たちへの指導も見たことがある。

そこでは本当に『褒めて伸ばす』指導をしていた。

子供たちが、水属性魔法を楽しそうに使っていたのを覚えている。



そんな二人の元に、『師範』であるマスダ老がやってきた。

「二人の指導を見せてもらったが素晴らしいな」

褒められた。


「いやあ、それほどでも」

「まあ、昔習ったことを思い出しながらな」

涼もアベルも照れる。


二人とも照れ屋さんなのだ。


とはいえ、伝えておくべきことは伝えておく。

「みんな素直でとても頑張っているが……」

「いや、言いたいことは分かっておる」

アベルが言うまでもなく、マスダ老も理解しているのだ。


「戦場に出せるようになるには数か月、いや年単位で必要だ」

「ああ」

「分かっておるが、仕方ない。誰もが、最初の一歩を踏み出さねば、その先には進めん。もちろん、あの子らが戦場になど出なくてすむ状況を作るのが、大人たちの仕事だというのも分かっておる……」

「それならいい」

苦渋の表情で答えるマスダ老、アベルも追及したいわけではないために(ほこ)を収める。


「侯爵陣営との会合は、明後日だったな」

「うむ。どちらも武力衝突は避けたいと考えている……そこは一致しておるはずなのだ。だが……」

「懸念があるのか?」

「仲介者もはたしてそうなのかどうかがのぉ」

「連合か……」

アベルも顔をしかめる。


「連合は、衝突させたがっているんですか?」

涼が二人に問いかける。

「正直、分からん。ゴー王家の時代、この砦の商人たちは……というより王国の多くの商人たちは、連合が商売相手であった。そのために、今回の仲介役に連合に話を持っていけたのだ」

「人口が多く、巨大な市場である連合が商売相手になるのは当然だ。しかし、連合は連合の論理で動く」

「連合の論理?」

マスダ老が過去を語り、アベルが頷き、涼が問う。


「リョウは、連合の正式名称は知っているか?」

「確か……ハンダルー諸国連合」

「そうだ。諸国連合の名前が示す通り、元々、数十の国による連合体だ。連合政府は、連合の中心となっている十カ国が動かしているが、多くの国家の連合体であるのは事実。それらの国家は、どうやって連合に入ったか……」

「ああ……。連合が拡大していった?」

「もちろん、いくつかの国家は一国では立ちいかなくなって、自主的に連合への加盟を申請したが……それだって、『立ちいかなくなった』理由はきな臭い部分もある。その他の国に至っては、武力侵攻すら何度も行われている」

「どこの世界も、結局は武力で解決ですか……」

アベルが連合の歴史を語り、涼がため息をつく。


確かに、長く複雑な外交交渉に比べて、勝てば全てが解決する戦争という手段は、国の指導者層にとって分かりやすいのかもしれない。

だが、国民は不幸になる。

劣勢に(おちい)って自国が戦場になれば言うまでもなく、勝ち進んだとしても前線に物資を送る=国内の物資が減るということなのだ。

特に成人男性を戦場に取られるために、国内の多くの部署で人材不足が出てくる。


戦争という行為は、国の基盤にあまりにも負荷をかけ過ぎる……。


「国の指導者層には、もっと思慮深い判断と行動をお願いしたいです」

「そ、そうだな」

涼の主張に、いちおう同意するアベル。


そう、アベルは国王陛下という『国の指導者層』の中心人物なので。



「連合にとって最もいいのは、双方共倒れかもしれん」

「確かに、そう考える連合政府の人間もいるかもしれんな」

マスダ老の言葉に、アベルも頷く。


この砦を含めた元ゴー王国は、連合の周辺国家だ。

国家統治の基本として、周辺国家が混乱しすぎるのは困るが、強くなるのも困る。


混乱しすぎれば難民が流入し治安が悪化する。

強くなれば武力侵攻、あるいはそれを背景に圧迫外交を展開される可能性が出てくる。


理想は、まとまりきらず、武力衝突にまではならない分裂。


「そう考えると、今のこの状況って……」

「連合にとって理想的かもな」

涼の言葉にアベルも頷くのだった。

お早い書店は、昨日あたりから小説「第二部 第二巻」が並んでいるようです。

書店で見かけたら、ぜひ手に取って……。

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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