0700 辺境にてⅡ
七夜連続投稿の第二夜目です。
(1月11日 22時21分追記)
最終行が消えていました……すいません。
「砦だったんですね、ここ」
「ザーラッシュの砦と言ってたな」
涼とアベルは、アンダルシアとフェイワンに乗り、後ろに十台の巨大な<台車>を引き連れながら門をくぐった。
くぐっても、まだ街ではない。
「けっこう大きな橋です」
「でかい<台車>でも余裕で通れるが……厳重だな」
「さすが『砦』ですね」
門の中には、大きくて長い橋が架かっていた。
防衛という観点から見た場合、非常に効果的であろう。
「物見台のある岩山、川と橋……え? 川?」
「どうも正確には川ではないようだぞ」
「これは……湖の中に街が?」
「多分だが……湖ではなく、巨大なオアシスだ」
「なんと……」
そう、橋の上から二人が見た光景は、湖と見まごう巨大なオアシスの中に、島のように砦がある……。
「荒野を越えてきた先に、巨大なオアシスと島の砦? 街道からは全然わかりませんでしたけど……」
「このオアシス……周りを岩で囲まれている?」
「カルデラ湖みたいな感じですかね?」
「かるでこ? 何だ、それは?」
「いえ……巨大なお皿状の岩山の中にオアシスがあって、さらにその中央に島ってことですね」
涼は説明を諦め、状況を整理する。
岩山の内と外で全く違う様相を呈しているのだ。
「島の中も岩山がいっぱいです」
「岩をくりぬいて、人が住んでたりするようだな」
橋を渡って島に入った二人は、再び驚く。
そこで見た光景は、間違いなく『砦』と言われて想像するものではなく、砂漠の交易都市の方が近いものだ。
道沿いには露店が並び、レンガを積み上げた建物もある。
しかし起伏に富んだ岩山も多く、その途中や頂上にも建物があるのが見える。
「きっと岩山の上の方には、お偉い人たちが住んでいるに違いありません」
「そうなのか?」
「ええ。そして日々、僕たち下の者たちを眺めて悦に入っているのです。見ろ、人がアリのようだ、とか言いながらお酒を飲むのです」
「いつもながら、リョウの描くイメージは歪だよな」
涼の妄想に、肩をすくめるアベル。
アベルはナイトレイ王国の国王である。
つまり、王国では一番『お偉い人』。
ちなみに、涼はナイトレイ王国の筆頭公爵である。
つまり、王国では二番目くらいに『お偉い人』。
「リョウも高い所に住んで、そういう言葉を吐くのか?」
「もちろん僕は言いませんよ。民に寄り添う公爵ですからね!」
なぜか胸を張って答える涼。
「俺も、そういう言葉を吐かないと思うんだが」
「今は言わないかもしれません。でも、いずれ、アベルも傲慢王とかになるかもしれません」
「なんだそれは……」
「そうなったら、僕は力づくで止めますからね」
なぜか悲壮な覚悟の表情で言う涼。
「あ、ああ、そうなったら頼む」
王の暴走を止める友……物語なら素晴らしいものが作れるに違いない。
「これは絶対、砦の規模を超えています」
「ああ、人が多いしでかいな」
涼もアベルも、ザーラッシュ砦の規模に驚いている。
「ルンほどとはさすがに言えんが……カイラディー程度の人口はあるかもな」
「カイラディーってどれくらいです?」
「二、三万人だったはずだ」
「それが一つの砦に……」
やはり二人が知る『砦』の規模ではなかった。
しばらく歩いて。
「そうか、金がいるんだったな」
「はい?」
「リョウ、東方諸国の金、すぐ取り出せるか?」
「ええ、できますけど……この砦じゃ使えないでしょう?」
「カネとしては無理だが、キンならいけるだろ」
「……はい?」
首を傾げたままの涼を引き連れて、アベルは進む。
巨大な十台の<台車>もついてくるが……けっこう道が広いために問題はない。
問題はないが、注目は集めている。
しばらく進むと……。
「ここだな」
アベルはそう言うと、天秤の紋章を掲げた店の前で止まった。
「なんですか、ここ」
「商人ギルドだ」
涼の問いに答えるアベル。
「僕、商人ギルドに登録してませんよ?」
「問題ないはずだぞ、冒険者ギルドに登録しているから。別に、本格的な商店を開くとかそういうわけじゃないしな」
アベルはそう答えると、フェイワンを店の前に繋ぎ、中に入っていく。
それを慌てて追う涼。
商人ギルドの内部は、かなり広かった。
隅の方にはイスとテーブルがいくつも置いてあり、そこで話し合いがされている。
商人同士の取引だろう。
よく見ると、いくつも個室があるようだ。
きっとその中でも取引が……。
涼が立ち止まって見ていると、アベルが小さく右手を上げた。
それを見て、ギルドの従業員らしき若い男性がやってくる。
「どのような御用でしょうか」
「こいつを使えるようにしたい」
アベルはそう言うと、涼から受け取ったダーウェイの金貨を見せる。
「承知いたしました。どうぞこちらへ」
男性はそう言うと、二人を個室に案内した。
しばらくお待ちくださいと言って、二人を個室に残したまま男性従業員は出ていった。
「<台車>からは何枚取り出した?」
「金貨百枚です」
「まあ、十分だろう」
涼の答えに頷くアベル。
すると扉が開き、恰幅の良い男性が入ってきた。
見るからに『商人』だ。
「当ギルドの兌換長マイファと申します」
「C級冒険者リョウの荷物持ち、アベルだ」
「……そのC級冒険者リョウです」
いささか自己紹介の順番が変だが、気にしてはいけない。
マイファ兌換長も、わずかに眉が動いたが口には何も出さず、涼が差し出した冒険者ギルドカードを確認する。
「確かに確認いたしました。それで……珍しい貨幣、それも金貨を『使えるようにしたい』とのことですが」
「ああ、これだ」
アベルは、ダーウェイ金貨を一枚だけマイファに渡した。
受け取った金貨を細かく見るマイファ。
さらに、部屋に置いてあった天秤で重さも量る。
いくつかの確認の後……。
「大変質の良い金貨であることを確認いたしました。しかし、お恥ずかしい話ですが、私はこの貨幣を見たことがございません。これは、どちらの国の金貨でしょうか?」
「東方諸国、ダーウェイの金貨だ」
「ダーウェイ?」
アベルが答えるが、マイファは首を傾げている。
「そう、知らんよな。俺たち中央諸国の人間は、『東国』と学ぶ、東方諸国の中心だ。その現在の王朝がダーウェイ王朝であり、向こうではただ『ダーウェイ』と呼ばれている」
「なるほど。東方の金貨でしたか」
マイファはそう言うと、もう一度、金貨を詳しく見る。
描かれている皇帝の顔が、中央諸国の者とは違うことを認識したのか、頷いた。
「分かりました。ですが、東方諸国の貨幣は使えません」
「ああ、分かっている。だから商人ギルドに来た。そして、そちらも分かっているから『兌換長』が出てきたんだろう?」
「……アベル殿は商人ギルドにお詳しいようで」
マイファはそう言うと、にっこりと笑った。
その瞬間、涼は感じた。
商人の笑みだと。
そう、お金の匂いを嗅ぎとった時の、商人の笑みだと。
「貨幣としては使えずとも、金としての価値は変わらんだろう?」
「ええ、おっしゃる通りです」
そう、アベルは、貨幣としてではなく金……ゴールドとして引き取ってもらおうとしたのだ。
金の価値は、世界中どこでも高い。
「金本位制……」
涼は、かつて地球に存在した制度を呟くのであった。
その後、アベルとマイファの間で丁々発止のやりとりが行われ……。
「……分かりました。では八十五万フロリンで手を打ちましょう」
「五万フロリン分を銀貨でもらいたい」
「問題ありません」
ダーウェイの金貨百枚は、中央諸国の金貨八十枚と銀貨五百枚に替わった。
マイファ兌換長が席を外したタイミングで、涼はアベルに話しかける。
「アベルは、商人ギルドや取引にも詳しいんですね」
「いちおう、ナイトレイ王国では国王をやってるからな」
「国王陛下って商人ギルドや取引に詳しいんです?」
「そりゃあ、国の事業に商人たちを参加させるんだぞ? 国王が詳しくないとまずいだろ。どんな商人、商会を参加させるか判断できないと話にならんわけで……官吏たちに判断を任せるのか? それこそ不正の温床になる」
「確かに……」
「王城にいた頃から、そういう勉強もしたからな。生半可な知識では、商人たちにいいように手玉に取られる」
「た、確かに……」
涼は地球時代の知り合いたちや、商人ゲッコーなどを思い浮かべて頷く。
「とはいえ、兄上はもっとすごかった」
「カイン前王太子……」
「兄上に笑われないように、俺ももっと頑張らないとな」
「努力し続けるアベルは凄いと思います」
国政の中枢に携わる政治家は、あらゆる分野に詳しくなければならない。
官僚、官吏たちよりも。
それが、『責任者』なのだ。
民は、自国がそういう状態にあるかどうか、常に把握しておかねばならないわけで……。
「機会があれば、国民の皆さんに、アベル王がいかに頑張っているかアピールしておきます」
「……なんか恥ずかしいからしなくていい」
顔を赤くして止めるアベル。
国王になっても、アベルは恥ずかしがり屋さんであった。
「リョウ様はC級冒険者ということですが、このザーラッシュ砦で稼ぐ……いや失礼、お仕事をされる気はございませんか?」
「お仕事?」
「今のところ、一泊したらすぐに出ていく予定だ」
戻ってきたマイファの問いに涼は首を傾げたが、アベルが即答する。
「そうですか、それは残念です。ですが、もしお仕事をしたくなったら、ぜひこちらをお尋ねください」
マイファはそう言うと、一枚の紙を差し出した。
「戦える人、募集?」
「経験者優遇? 何だ、どこかと戦争でもするのか?」
涼が首を傾げ、アベルが問う。
「いえいえ、自衛のためです。経験者の方には、街の防衛隊を鍛えてもらいたいようです」
「ふむ。砦訓練組合、というところが募集しているようだが」
「はい。決して怪しい組織ではなく、このザーラッシュ砦の役所の一部みたいなものです」
アベルの問いに、マイファは微笑みながら答える。
涼が『商人の笑み』と感じた、あの微笑みだ。
「一つ質問がある」
「はい、なんでしょう?」
「そもそも、このザーラッシュ砦は、どこの国に属している?」
「それはとても難しい質問です」
アベルの問いに、マイファの笑みが無くなり顔をしかめる。
「私は、ただの商人ギルドの兌換長にすぎません。つまり商人ギルド以外に対して、責任を持たないのではっきり言いますが……公式には、どこの国にも属していない、となるかと思います」
「独立国家か?」
「そうとも言い切れません」
今までの言動に比べて、マイファの歯切れは悪い。
「十年前までは、間違いなくゴー王国の一部でした」
「ふむ」
「しかし政変が起き、ゴー王家は滅亡、代わってニュシャ侯爵が王位に就こうとしたのですが……ゴー王家に従っていた貴族や有力な商人、それに民衆の一部も反対し、五年前、内戦が始まりました。その内戦は、今も続いております」
「なるほど。この砦の支配者は貴族ではなく……」
「お察しの通り、自治が行われております」
「中心は、有力商人たちだな」
「はい」
断定しながら会話するアベル、それを否定しないマイファ。
商人ギルドの兌換長であるマイファは、商人たちの動向に詳しいようだ。
「はっきり言って商人たちが中心であるのなら、新たにトップになったニュシャ侯爵なるものと対立するよりも、手を取り合って商売に勤しんだ方がいいのではないか? そういう判断をする商人の方が多いと思うのだが……」
「さて……私のような一介の兌換長には分かりかねます」
マイファは、例の商人の笑みを浮かべてアベルの追及をかわした。
宿に関してのいくつかの情報を貰って、二人は商人ギルドを出るのであった。
時刻は午後四時。
そろそろ、今日宿泊する宿を探した方がいいだろうということで、涼とアベルは街を歩いている。
「なんで、有力商人が中心だと分かったのですか?」
「貴族が治めていたら、門の守衛たちは同じ装備を揃えているんじゃないか? だが、商人たちの自治なら、着ている服などがバラバラなのも分からないではない」
「民衆主体じゃないと思ったのはなんでですか?」
「そもそも、金がないと自治なんてできないだろ。だいたいにおいて自治の中心にいるのは、多くの金を持つ有力者だ。そのほとんどは、何らかの商売をしている商人だろ?」
涼の疑問に、アベルがスムーズに答える。
涼が思い浮かべたのは、戦国時代に有力商人たちの自治が行われていた堺の街。
最終的には、織田信長の武力を背景にした脅しに屈するのだが……。
「で、でも西の森は……」
「あそこはエルフの森だから例外だ」
涼の抵抗をぴしゃりと打ち捨てるアベル。
あらゆる答えが明快である。
「こういう場合に、アベルは凄いなと素直に思います」
「よせやい」
涼が素直に称賛し、アベルが照れる。
「マイファさんとの兌換交渉も素晴らしいものでした」
「ダーウェイ金貨百枚がフロリン金貨八十五枚分……まあ、純粋に金としての価値だけで考えれば妥当なところだろ」
「最初、マイファさんは八十枚でって言ってきたじゃないですか?」
「商人なら……いや正確には、商人ギルドの人間なら当然だな。手数料二割……正直、それでもいいかなとも思ったんだが、まあ、言ってみるもんだな。金貨五枚分、儲けたわけだ」
「それで、アンダルシアとフェイワンのために、いいお宿に泊まれますね」
「リョウのためじゃないのか?」
「僕らはアンダルシアたちの付録です」
涼が断言する。
それを聞いて、アンダルシアが嬉しそうに鳴いた。
「そうそう、アベル、なんでマイファさんが言った砦訓練組合とかのお仕事の話を聞かないで、明日には砦を出る、って言ったんですか? 実際、明日には出るとしてもお話くらいは聞いても……」
「リョウは、大金を持った人間だと知られている」
「え? まあ、金貨八十五枚分持ってますから、大金なのは確かです。ん? 知られているって、誰に知られているんです?」
「マイファはもちろん、商人ギルドの人間にだ。商人ギルドは金貨八十五枚分を用意して、それがローブを着た冒険者らしき人物に渡されたようだと、内部の人間は推測できるだろう?」
「まあ、できるでしょうね」
アベルの言っている意味がよく理解できず、涼は首を傾げる。
「昔からよくある手……金を持っていると分かっている人物が死に、持っていたはずの金が無くなる」
「あ……」
昔のアメリカ映画によくあった。
特にラスベガスなど、ギャンブルで稼いだ人が標的に……。
「商人って怖いですね」
「マイファ兌換長はそんなつもりで言ったのではないかもしれんが、気を付けておいて損はない。世間にはいろんな奴がいるからな」
「でも、お高い宿に泊まったら、結局、お金を持っているとばれてしまいます」
「まあな。だから完全な安全などは手に入らん。できるだけ、トラブルに出会わないようにしようという程度だな」
アベルは苦笑しながら言った。
二人は砦の中央を貫く一番大きな通りから曲がる。
道も含めて、砦というより街なのだ。
「でも、何で僕に言ったんでしょうね、訓練の件。お金を奪い返すつもりだったら仕方ないですけど、それ以外の目的もあったと思うんです」
「そりゃあ、あるだろ。リョウがC級冒険者だからだ」
「はい? 確かに僕はC級冒険者ですけど……ただ、それだけの理由ですか?」
「C級は一流の証だ。ナイトレイの王都やルンならともかく、ここみたいな辺境では決して多くないだろう。そんな人物がやってきてお金を手に入れようとしていると知れば、誘うのは当然だろう?」
「なるほど」
アベルの説明に涼は頷いた。
涼は、ルンや王都でしか生活していないので、その辺りはピンとこないのだ。
「ああ、そういえば、カイラディーはC級以上がいないんでした」
頭の中にある唯一の例を思い出す。
「カイラディーは、なあ……。いい人材が育っても、すぐにルンに移るから……」
「不憫ですね、カイラディー。カレーは美味しかったのに」
涼はカイラディーのために嘆いてあげた。
「あ、ここですね、『砂の眠り亭』。異国情緒あふれる、良い感じのお宿です」
「イコクジョウ? まあ、良い感じというのは確かだ」
涼とアベルは、マイファに教えてもらった『砦一番のお宿』……特に、馬の手入れをきちんとしてくれるお宿『砂の眠り亭』に到着したのであった。




