0699 辺境にてⅠ
本日1月10日から16日までの、七夜連続投稿です!
楽しく読んでいただけると嬉しいです。
「荒野なのは確かなんですが、道があるんですよね」
「人が行きかっているということだな」
「商隊とかいるんでしょうね。ということは、経済が発展している。ということは……」
「美味いものがあるということだな」
涼もアベルも、美味しいものは大好きだ。
二人がサラマンダーを退治したボンドリンの村を出て、同じくらいの規模の村を二つ経由しての今。
南北にそそり立つようにあった山脈は、北側はかなり遠い位置になっている。
南側に至っては、山は見えない。
景色としては、もう『回廊』とは言えないだろう。
「でも、アベルの知識の中に、この辺りの事は無いんですよね」
「ああ、知らん。元々、連合の東にある小国家群は変動が激しいんだ」
「変動?」
「生まれたり滅亡したり、合併したり分裂したり」
「なんという諸行無常……」
アベルの説明に、小さく首を振る涼。
しばらく街道を進む一行。
商隊というほどではないが、荷馬車を見かけるようになったのだ。
「僕ら以外の商人が増えてきました。今までの村では見られなかった光景です」
「確かに見られなかった光景だが……俺たち、商人じゃないぞ」
アベルがため息交じりに修正する。
だが、分かっている。
二人と愛馬二頭の後ろを見れば、『商人』と認識する人物もいるかもしれないと。
そう、ついてくるのは氷の台車……十台。
『回廊』という名の荒野を抜ける間に、半分が一行のお腹の中に納まった。
「荷馬車を見かけるようになったということは、台車の中の食料を食べ尽くす前に、大きな街に着けそうということですよね」
「元々、台車の中の食料は、アンダルシアとフェイワン用だとリョウは言ってなかったか?」
「い、言いましたけど……緊急避難的に僕らも食べるしかなかったのです。仕方なかったのです!」
そう、『回廊』を抜ける間は、魔物どころか動物すらいない荒野がほとんどであった。
いくつか寄った村は、オアシスのように水が湧き出た場所を中心に造られ、住んでいる者たちの食料生産で精いっぱいだった。
そのため、涼とアベルは、台車の中の食料に手を付けた……。
「僕はやめようって言ったのです」
「うん、率先して食べたのはリョウだからな。大丈夫、大丈夫と言いながら」
「で、でもちゃんと、街に着けそうじゃないですか!」
「そうだな、良かったな」
プンプンという擬音がぴったりな様子の涼、肩をすくめるアベル。
街道を進む一行の目に、異様な……いや、威容が姿を現したのは午後になってからであった。
「あれ……岩山ですよね?」
「そうだな。物見台もあるが……ある種の要塞だな」
涼とアベルの目に入ってきたのは、いくつもの岩山に物見台などが造られた、要塞のような街。
「岩山の下の方に、この道は続いているようですが……門みたいなのがあるように見えます」
「ああ、あるな。守衛みたいな連中……まあ、着てる服はバラバラだが、そんなやつらもちゃんといるな。今まで通ってきた村とは、何もかもが違うようだ」
「武力を持った街……」
「どうする、このまま街に入るか? それとも入るのはやめるか? なんとなくだが、きな臭い感じがする」
「きな臭い?」
「ああ」
アベルは頷く。
そんな会話の間にも、一行は岩山に近付いていく。
岩山は頂上付近には物見台が造られているが、その途中にも穴が掘られ、弓矢を持った者たちが街道を監視しているのが見えた。
そして門の周りにも、槍を持った者たちがいる。
ボンドリンの村で、村人が木の先を削った槍っぽいものを持っていたが、そんなのとは全然違う……。
「ちゃんとした武器を、持っていますね」
「ああ。しかもなんか、ピリピリしている気がするんだよな」
「そうですか? 街の監視なんてこんなものなんじゃ?」
アベルの言葉に、首を傾げる涼。
街に怪しい人物が入ってこないように監視するのだ。
ピリピリするのは当然な気がするのだが……。
「周辺との関係が緊張していなければそうはならん。だいたいが、交易のためにやってくるんだ。それは街の人間にとってはいいことだし、経済がよく回れば落ちる税金も増えて、守衛たちにもちゃんと給金が出る。だから歓迎こそすれ、ピリピリしたりはせん」
「まあ、確かに」
アベルの説明はもっともであるため、涼も頷く。
「でも、たまにはアンダルシアたちも、ちゃんとした敷き藁で寝させてあげたいんですよね」
「ああ……」
「ですので、ちゃんとした良いお宿に泊まりたいです」
涼がアンダルシアのためを思って主張する。
アベルも、その希望に沿いたいとは思うが……。
「しかし、金はどうする?」
「え?」
「俺たちが持っているのは、東方諸国で使える金だろ?」
「あ……」
アベルの指摘に絶句する涼。
そう、ここはもう東方諸国ではない。
長い間、東方諸国とは大きな交易は行われていないはず。
ということは、東方諸国のお金は使えないだろう。
「仕方ありません。アベルが……」
「悪い商人を襲ったりはしないぞ」
「せ、先手を打たれた……」
涼は顔をしかめる。
だが、そこでアベルは何かを思いついたようだ。
「商人か……まあ、仕方ないか」
「やはり、正義の剣士アベルが悪徳商人を襲撃して、ついでに彼らが貯めたお金を強奪……」
「どう考えても、それは違法行為だろう」
「私利私欲のためではないのです。虐げられた民のために、力のあるアベルが立ち上がるのです!」
「ということは、奪い取った金は全部民に渡すんだな?」
「い、一部は必要経費として我々の活動資金に……」
涼の苦しい言い訳。
アベルは小さく首を振った。
そんな会話を交わしているうちに、一行は岩山の下、門に到着した。
「物々しい警備です」
「やっぱり着ているものはバラバラだが、槍や剣といった武器類はまともだな」
「なんか……カードを見せています」
「商人ギルドカードだろう」
涼が守衛たちの確認作業を見て、アベルは訪問者たちが見せているカードを見て答えた。
「僕は冒険者ギルドカードしか持っていませんけど……」
「それで大丈夫だ。頼んだぞ」
「……はい? アベルは?」
「持ってるわけないだろ。冒険者は引退したんだから」
そう、アベルは『元』A級冒険者なのだ。
「アベルは東方諸国の六級冒険者を名乗っておいてください」
「ここでは通じないだろうが……」
そう、ここはもう、東方諸国ではない。
「つまりアベルは、C級冒険者である僕の荷物持ちですね」
「若干不満だが仕方ない、受け入れよう」
「いや、やっぱりアベルは腹ペコ剣士ですね。美味しいものを食べるためなら、どんな我慢でもできるでしょう?」
「俺が腹ペコ剣士なら、リョウは暴食魔法使いだな」
「暴食魔法使い……。僕、白銀公爵とか氷瀑とか、けっこう気に入っている二つ名を付けられているんですけど……暴食はちょっと……。だって、別の言葉で言ったら、食いしん坊ってことでしょ」
「食いしん坊リョウ。ぴったりじゃないか」
「全然カッコよくないです……」
涼は顔をしかめて小さく首を振るのであった。
しばらくすると、二人の順番が来た。
「C級冒険者の涼です」
涼はそう言うと、冒険者ギルドカードを差し出す。
「冒険者? 商人ではないのか?」
ギルドカードを受け取りながら、守衛の隊長らしき人物が連なる<台車>を見ながら訝し気に問う。
「これは自分たちと馬の食料です。もしかして、冒険者だと商売できないとかありますか?」
「いや、誰でも商売はできる。身分を証明することができれば、冒険者であっても問題ない」
涼の問いに隊長は答えると、ギルドカードをしっかり見た。
「ナイトレイ王国? ルン所属?」
「はい。あの、何か?」
「いや、ナイトレイというと、西の大国だろ? その冒険者がこんな東の外れに?」
「はい、いろいろありまして……。これから王国に戻るところです」
「ふむ」
隊長は涼を上から下まで見る。
涼は、いつもの笑顔を浮かべている。
そう、アベルが言うところの『人たらしの笑み』だ。
隊長は涼を見た後、視線を横に動かした。
涼の斜め後ろに控える……。
「そっちの男は?」
「俺はC級冒険者リョウの荷物持ちだ」
「は?」
問われたアベルが答え、隊長が素っ頓狂な口調で問い返す。
「……荷物持ち?」
「ああ、荷物持ちだ」
再度の隊長の問いに、同じ答えを繰り返すアベル。
冒険者が荷物持ちとパーティーを組むのは珍しいことではない。
むしろソロの冒険者ならよくあると言える。
討伐した魔物の肉などを、荷物持ちを雇って運んだりするのだ。
しかし、目の前の男は、普通の荷物持ちの存在感ではない。
とはいえ、雇い主である冒険者がギルドカードを示し、荷物持ちに関しての一切の責任を負うとなっている以上、守衛も無体な事はできない。
「まあ、いいだろう。荷物持ちの行動に関しては、雇った冒険者が全面的に負うというのは分かっているな? 何かあったらC級冒険者リョウ、お前が負うんだぞ」
「はい、分かりました」
「なら通ってよし。ザーラッシュの砦にようこそ」
こうして二人と二頭は、ザーラッシュの砦に入ったのであった。
1月15日(月)に、以下の三種類が発売されます。
小説単行本『第二部 第二巻』
コミックス『第四巻』
ジュニア文庫『第二巻』
サイン本などは15日より前に本屋さんに並ぶかもしれませんが。
小説『第二部 第二巻』、いつものように十万字近く加筆しております!
ええ「いつものように十万字」という表現は変なんですよね。
一巻で二十三万字前後もある『水属性の魔法使い』(普通、単行本は十六万字前後)
だからこその言葉です。
紙版は、二段組で記述されていますからね。
たくさん文字を書き込めます。
早出しの《なろう版》、大量加筆された《書籍版》
読者の皆様にはどちらも読んでほしいなと思って、筆者は書いております。
これからも、どうぞ『水属性の魔法使い』をよろしくお願いいたします。