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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
743/930

0698 サラマンダー討伐

三夜連続投稿の三夜目、最終日です。

涼とアベルは村長たちの案内で、洞窟に向かって移動した。


その途中。

最初に、緑色の池に見えた場所を通る。


「やっぱり……トリニタイト」

硬質化した緑色の鉱石を見て涼が呟く。


「とりにーと?」

「トリニタイトです。超高温で砂が融けた後、冷却すると出来上がる人工鉱石です。サラマンダーの火属性魔法の結果でしょう」

「砂が融ける? 器みたいな感じか?」

「ええ、磁器みたいな感じです。もっとも、炉と比べてもかなりの高温だったはずですが」


地球におけるトリニタイトは、原子爆弾のトリニティ実験によって生み出された。

そのために強い放射線を放っていたらしいが、これは違う。

純粋な高温と冷却によるものだろう。


「サラマンダー、気をつけなければいけませんね」

涼の呟きは、真剣であった。



涼とアベルは、サラマンダーがいるという洞窟の前に到着した。

村長を含めた村人は、少し離れた丘の上から見ている。


「その洞窟、なんか熱くないです?」

「奥で溶岩が流れているのかもな」

「やっぱりサラマンダーは溶岩がお好き……」

「普段、サラマンダーは溶岩を食べているという伝承はあったな」

「サラマンダーの事は知らないって言いませんでした?」

「言った。冒険者としては知らん。伝承なんて言い伝えだ、知ってるうちには入らん」

アベルはそう言うと肩をすくめる。


伝承を知っていたところで、それが冒険者の活動に活かされることなどない。


「<アクティブソナー>」

涼は唱えた。


「三百メートルくらい奥にいますね」

「中に入っていくのは厳しいか?」

「ええ。洞窟、人がやっと通れるくらいです。ついでに言うと、五百メートル以上奥に関しては、どうなってるか分かりません」

「リョウの魔法でも分からない?」

「<アクティブソナー>も決して万能ではありません。奥の方、あまりにも熱くなりすぎて、水蒸気の動きが歪すぎます。これでは無理です」

涼が少しだけ悔しそうに報告する。


ソナーは、静かな水面で広がっていく波紋のようなものだ。

途中で水が無くなれば、その先の情報は掴めない。


「洞窟の外に誘い出すのがいいな」

「なら水属性魔法で攻撃……あ……」

「どうした?」

「僕らに気付いたみたいで、歩いてきます」

「ちょうどいいな」

アベルはそう言うと、剣を抜いた。


「打ち合わせ通り、僕が<アイスウォール>で足止めするので、アベルが剣でとどめを刺してください」

「おう!」

涼の言葉に、アベルが答えた瞬間だった。


「来ました!」

一気に速度を上げたサラマンダーが、洞窟を飛び出してきた。


「<アイスウォール10層>」

涼が、サラマンダーの前方に氷の壁を構築する。


ガンッ。


盛大な音を立てて、サラマンダーが見えない氷の壁に衝突した。


予定通り……のはずだった。


ジュッ。

しかし一瞬で、氷の壁が融ける。


「魔法が融ける!」

そんなことがあり得るのか?


「魔法といえども物理現象」

そうであるなら、融点を超えれば融けるのは道理。


理解できれば落ち着く。


「アベル、サラマンダーは熱すぎます!」

「ああ、まさかリョウの氷が融かされるとは思わなかった」

「くっ……事実を指摘されただけで心理的ダメージを受けました」

顔をしかめながら言うアベル、悔しそうな涼。


確かに、連合とインベリー公国の戦いに介入した際に、連合の人工ゴーレムにアイスバーンを融かされたことはある。

だがその時だって、氷の床は一瞬では融けなかった……。


「触れるや否や蒸発するとは……アベル、気を付けてください」

「おう。つーかあれは、剣士が攻撃できる相手か?」


アベルはいつもの魔剣を構えている。

構えているが、涼の氷すら一瞬で融かす熱をまとっている魔物……近付かなければ攻撃できない剣士のような近接職は、相性が悪い。

しかし、涼のような水属性の魔法使いとも相性が悪い。


「二人とも相性の悪い相手か」

「冒険者の依頼料、もっと吹っ掛けるべきでした」

「そこは……違うんじゃないか」

「もちろん冗談です」

「この状況で冗談を言えるリョウはすげーよ」

呆れるアベル。


馬鹿話をしているが、適切な対処法は、二人とも思いつかない。



話しながらも、涼が多重防壁を張ったり、アイスバーンで移動阻害を図ってみたりしているのだが……どれも効果を上げていない。

当然だ。

触れた瞬間、氷が融けるのだから。


<アイシクルランス>を放ってみても……。


「当たっていません」

「当たる瞬間に融けているな」

目の良いアベルは、氷の槍が融ける瞬間も捉えていた。

サラマンダーの皮膚まで届いていないのだ。


「これは……マジでやばいか」

「攻撃手段が思いつきません」


アベルも涼も、追い詰められていた。



「動きを止めます!」

「どうやって?」

「<動的水蒸気機雷Ⅱ>」

涼が唱えると、サラマンダーの周りの空気に含まれる水蒸気が、機雷に変わる。

触れれば凍り付く機雷に。


「これで、サラマンダーが動けば凍り付きます」

「おぉ」

アベルが称賛する。

確かにこれなら……。


ジュッ、ジュッ、ジュッ……。


「魔法は発動して凍り付いているが……」

「瞬時に融けて蒸発……」

動的水蒸気機雷は発動しているのだが、発生した氷が蒸発していく。


「本当に規格外の熱です」

「足を止めることもできんのか」

涼もアベルも顔をしかめる。


今のところ、二人ともダメージは負っていない。


サラマンダーも二人の方に向かって走ってくるのだが、正直、それほど足は速くないからだ。

距離をとり続けることは可能。

近付かれなければ、熱も怖くない……。



シュッ。


アベルの剣が一閃。



「え?」

「今、炎の塊が飛んできたぞ」

涼が驚き、アベルも驚きながら答える。

考えずに体が動いたのだ。


サラマンダーから放たれた炎の塊を、剣で斬った。


つまり、魔法による遠距離攻撃。



「炎が発生したのすら見えませんでした」

「俺にもだ。体が勝手に動いたが、魔法の『起こり』が見えないとか……まずいな」

アベルは知っている。

見えないものを斬り続ける難しさを。


いずれ必ず、破綻する。


そう言っても……。


「足止めができず、遠距離からも攻撃され、全ての攻撃が無効化される……」

「マリエさんとの戦闘の話を聞いた時には、猪突猛進……ただ突っ込んでくる魔物の印象だったのですが……」

「その幻人との戦闘から学んだのかもな」

「魔物のくせに賢い?」

「裏を返せば、それだけ深い恨みを抱いたということだ」

「何とかして倒さないと……」

「いずれ、村の者たちが犠牲になるだろうな」


涼もアベルも、退けない状況にあることを理解している。


「マリエって幻人は、剣で一撃入れたんだよな」

「そう言ってましたね。多分、抜刀術だと思います」

「バットジュ? ああ、高速の抜剣技か」

「あの剣閃は、本当に一瞬ですから」


熱は伝播する。

それはつまり、熱が伝わる前に終わらせなければならないということ。

それはつまり、熱が伝わる前に終わらせてしまえばいいということ……多分。


「剣が融ける前に、サラマンダーに届けばいいということか」

アベルは理解したようだ。


「やつが突っ込んでくればいいが……」

「ええ。さっきみたいに炎を放ってきたら……しかも近距離からだったら……」

「俺でも斬れん」

二人とも懸念点は同じだ。


マリエとの戦闘で、突っ込んだら剣で一閃されてダメージを負うということを学んだ可能性がある。

いや、可能性は高いだろう。



さて、どうする?



「飽和攻撃こそ正義」

「うん?」

「相手が対処しきれない手数での攻撃を仕掛けます。運が良ければダメージを与えますし、そこまでいかずとも反撃を封じて足止めにはなると思います」

「確かにそうかもしれんが……サラマンダーは何もしないのに、リョウの氷は、近付くだけで融けるだろう?」

「ええ。だから本気の飽和攻撃です。水属性の魔法使いとして、火属性の魔物を正面から叩き潰します!」



涼は、一度、深く息を吐く。

その後、自然と深く吸い込むことになり、強制的な深呼吸が成立する。



「<パーマフロスト 多重展開>」

空気中の水分子の振動を減少させ氷漬けにする、永久凍土と名付けられた魔法。


「<アイシクルランスシャワー>」

さらに氷の槍が降り注ぐ。


「<指向性動的水蒸気機雷Ⅱ>」

いつもの<動的水蒸気機雷>に動きを与える。全方位から、サラマンダーめがけて。


「<スコール>」

雨で逃げたという話を聞いて、倒せずとも確実にダメージを与えるはずの驟雨の魔法。


「<アイシクルランスシャワー“貫”>」

数万本の氷の槍を、ただ一点に集中攻撃。



五つの水属性魔法が、ただ一体の標的に向けて放たれた。



「おぉ……」

思わず、アベルの口から声が漏れる。


それほどに、想像を絶する光景。

炎が氷を融かし、魔法同士が対消滅の光を発し、大気が荒れ狂う。


世界が凍りついては融け、また凍り……。

降り注ぐ氷が融け、また落下し……。

大気が蒸発しては、また迫り……。

雨も蒸発しては、また降り注ぎ……。

かつて教皇の絶対防御すら貫いた氷の槍が、サラマンダーを穿つ……。



だが……。


「倒しきれません」

涼の口から漏れる悔しさ。


涼、全力の飽和攻撃でも倒しきれないサラマンダー。

それでも、意識的に火属性魔法を放って涼の魔法を退けているのか、足は止まっている。



今、涼は一人ではない。



「任せろ」

アベルの言葉が聞こえた瞬間。



紫電一閃。


アベルの一太刀は、サラマンダーの首を斬り落とした。




「いつの間に、サラマンダーの後ろに……」

その手際の良さと、剣閃の鋭さに驚く涼。


「リョウが言ったんだろう、反撃を封じて足止めにはなると思うって。だから、とどめは俺が刺すと思っていた」

「あの、魔法の嵐の中?」

「剣技に『絶影』というやつがある。回避の極致とも言うべきやつだ。そいつを発動して、リョウの魔法と魔法の間からな。サラマンダーも、けっこうリョウの魔法への対処で大変だったみたいだな。意識がそっちにばかり向いているのが分かったぞ」

「なんですか、その天才剣士主人公みたいなセリフ……」

こともなげに言うアベル、ただ驚くしかない涼。


「美味しいところを全部アベルに持っていかれましたけど、まあいいです」

「なんだそれは」

涼の言葉に苦笑するアベル。


とにかく、サラマンダー討伐には成功したのであった。



しかし、まだ全て終わってはいない。



「死んで三十分くらい経つのですが、未だにじゅーじゅー言ってますよ」

「ずっとリョウの雨で冷やしているのにな」

涼もアベルも、サラマンダーを解体するつもりだ。

魔石など、取れたものは二人のものになると約束してあるから。


だが、サラマンダーは熱いまま……。


「血が熱いんですかね?」

「多分な。斬った首から流れ出ている血が、地面に落ちると音を出しているもんな」

「普通の魔物なら、後ろ足を氷で持ち上げて血抜きをするのですが……」

「リョウの氷ですら融ける異常な熱……もう少し待つしかないだろう」

「これほどの屈辱を与えられるとは……。もっと水属性魔法の習熟の度合いを上げなければいけません!」

「が、頑張れよ」

涼が悔しそうな表情をし、アベルはちょっとだけ応援をする。


本能で魔法を使うことができる魔物に、人が魔法で立ち向かうのは、実はかなり大変なのだ。

アベルはそのことを知っている。

だが、そんな言葉が涼の慰めにならないことも知っている。


「まあ、リョウが魔法の訓練に一生懸命になったとしても、誰かの迷惑になるわけではないからいいか」

そう呟くと、アベルは肩をすくめるのであった。



さらに三十分後。


涼の雨が降っても、じゅーじゅー言わなくなったサラマンダーの死骸。

アベルが剣の先で触る。


「崩れ落ちました」

「マジか……」

「アベルが馬鹿力で壊した!」

「リョウも見てただろうが! 剣先で触れただけで崩れたんだ」

「そういうことにしておいてあげます」

「……」


そう、サラマンダーの体は、もろくも崩れ落ちた。

後に残ったのは、とても深く赤い、拳大の……。

「赤ということは、炎の魔石?」

「ああ。中央諸国ではめったにお目にかからない代物だ」

「これって、ナイトレイの王室が買い取ります?」

「そうだな、多分、買い取るんじゃないか?」

「権利の半分は僕のものですからね。高い金額を吹っかけてやります!」

「買い取る本人の前で、わざわざ言うな……」

アベルは小さく首を振る。


アベルはナイトレイ王室の主、国王陛下なのだ。

いわば、買い取る張本人。

しかも、この魔石の半分の権利を持っている。


「アベル、その魔石、持っておいてください」

「俺がか?」

「僕はちょっと、手荷物がいっぱいなので」

涼はそう言うと、ツツーと視線が動く。


嘘をついているのだ。

アベルには理由が分かっている。


「魔石が熱いかもしれないと思っているんだろ?」

「な、何を言ってるんですかね」

図星だったらしい。


「残念だったな」

アベルはそう言うと、一瞬の躊躇もなく、赤い魔石を拾い上げた。

「あ……」

「そうだ、熱くないぞ。魔石は熱を発しないんだ」

「そうなのです?」

「ああ。ワイバーンの魔石とかにも触ってきただろ? 熱い魔石なんて一つもなかっただろ?」

「言われてみれば……。魔石は熱を発しないなんて知りませんでした」


無知は不利。


涼は、アベルが持つ赤い魔石を見ながら首を傾げる。


「魔石は熱を発しないのに、サラマンダーはあれだけの熱を発していたんですか?」

「そういうことになるな。不思議だよな」

「ええ、とっても不思議です」

まだまだ涼の知らない秘密が、この『ファイ』にはありそうだ。


「いずれきっちりと、魔石の研究をしてみたいですね」

「錬金術で魔石を使うだろう?」

「ええ、そうなんですけど……僕は、あまりそっち方面に強くないんですよ」

「そうなのか?」

「魔法式は興味があったのでケネスともいろいろ研究をしたのですけど……」

涼はそう言うと、懐かしそうな目になる。


「王国に戻ったら、今まで以上に錬金術を頑張らないと……」

「さっきは、水属性魔法の習熟の度合いを上げるとか言ってなかったか?」

「りょ、両方とも頑張るのです」

「大変そうだな」

決意に満ちた表情の涼、それを見ながら苦笑するアベル。


とにかく、サラマンダーの討伐は、炎の魔石を手に入れて終了した。



村に報告すると、村長をはじめ、全ての村人に感謝された。


その夜の宴を経て、翌朝、二人は村を出発した。


「『回廊』に入ったばかりで、サラマンダーなんていうレア魔物と戦う羽目になりました」

「レアなのか正確には知らんが……中央諸国にいない魔物なのは確かだ」

「アベルと一緒だと、先が思いやられます」

「俺? サラマンダーは俺のせいじゃないだろ」

「それは、『時』が証明してくれます」

「時……」

涼が断言し、アベルが困った表情になる。


「昔、偉い彫刻家が『真実を明らかにする時』という大理石像を彫りました。それはそれは素晴らしいものでした」

「ふむ。それと俺は、どう関係があるんだ?」

「いえ、全く関係ないですよ?」

「おい……」

「『時』が全てを明らかにしてくれる、ただそれだけです」

「そうかそうか。時に関して、ただ一つ、誰もが逆らえない真実があるのは確かだ」

「なんですか、それは?」

「時が経てば、誰もが腹が減るということだ」

「さすが、腹ペコ剣士アベル……」


そんな会話を交わしながら、ついに東方諸国を脱した一行。

二人と二頭と二十台の<台車>は、さらに西へ進んでいくのであった。


本日2023年10月20日(金)、

『水属性の魔法使い 第二部 西方諸国編Ⅰ』

が発売されました!


ぜひ読んでください!

読んでいただければ……いくつかの謎が解けるかもしれません。


前巻の第七巻で、「小冊子(ウィリー殿下の冒険)」付きをご購入いただいた方は、

小冊子の『裏側』にある紋様が何なのか、分かったかと思います。

ええ、あれが、涼が作った『ロンド公爵の紋章』です。

(小冊子付きは、いつでもTOブックスオンラインストアで購入可能です

特設サイト https://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html の第七巻コーナーの中にあります。

3,190円とちょっとだけお高いですが、ちゃんと売れたようで担当さんが胸をなでおろしていました)


デザイナーさんにお願いして素敵な紋章になりました!

いくつか入れられないアイデアもあったのですが……でも無理言って『角帽』は被せてもらいました。

筆者のお気に入りです!



さて、次回の【なろう版】は、11月10日に投稿予定です。

激短のSS(なぜ短いかは、11月10日のあとがきに書きます)です。

どちらも登場人物は涼とアベルなのですが……。

どちらも時系列としては、小説『中央諸国編 第二巻』のものです。

21時投稿予定:『赤と白の芸術』

22時投稿予定:『メタ推理』


それでは、11月10日にお会いしましょう!

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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