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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
742/930

0697 その名は……

三夜連続投稿に二夜目です。

「今、村の者たちは気が立っておるのだ。申し訳なかった」

村長が頭を下げる。


「気が立っている?」

こういう場合の交渉役はアベルだ。


「明日、村の男全員で狩りに出る予定だ」

「狩り? その対象が厄介(やっかい)ということか?」

「うむ。何せ相手は、サラマンダーだからな」

「サラマンダー!」

異口同音(いくどうおん)に、アベルと涼が声を上げる。


アベルは驚愕(きょうがく)

涼は歓喜(かんき)


もちろん涼は、サラマンダーという魔物を詳しくは知らない。

ミカエル(仮名)が準備してくれた『魔物大全 初級編』にも載っていなかった。


だが、地球のファンタジー的知識によれば、炎を吐いたり、マグマの中に住んでいたりする。

とても有名なファンタジー生物。

そして、この『ファイ』であれば、おそらく火属性の魔物。


これまで、火属性の魔物自体も見たことがない。

いや、そういえば、西方諸国で赤い熊を見たか。

とはいえ、あれは多分突然変異(とつぜんへんい)か特殊な個体。


しかしサラマンダーは、種として火属性の魔物なはず。

そんな魔物の話を聞いて歓喜しないわけがない!



その後、村長が村人に呼ばれ席を外した。

当然、二人での相談の時間となる。


「アベル、サラマンダーですよ、サラマンダー!」

涼は興奮している。


「リョウはサラマンダーを知っているのか?」

「当然です。火属性の魔物でしょう?」

「そうだが……どこで見た? 中央諸国にはいない魔物なのに」

「え? そうなんです? ああ、だから今まで見なかったんですね」

「なんで見たことがないのに、知っていると言えるんだよ……」

涼は、自分が知っていると主張した。

アベルには、その理由は全く分からない。


「じゃあ、アベルは知っているんですか?」

「知らん。名前以外、何も知らん」

アベルは、自分が無知であることを断言する。

その姿は、いっそ清々(すがすが)しい。


「アベルは、元A級冒険者と言ってましたけど、実はそのA級というクラス、お金で買ったんじゃないですか?」

「そんなわけあるか!」

涼が胡乱気(うろんげ)な目でアベルを見て、アベルが小さいが鋭い声で言い返す。


「だって、かの有名なサラマンダーを知らないんでしょう?」

「有名か? 中央諸国の冒険者なら、名前しか知らないやつばっかりだと思うぞ」

「自分が知らないからって……」

「じゃあ、リョウはサラマンダーについて、どれくらい知っているんだ?」

アベルが問う。


「よくぞ聞いてくれました。サラマンダーは火属性の魔物で、溶岩(ようがん)とかそういうのの近くに住んでいるはずです」

「……はず?」

「外見は、ワイバーンっぽいやつか、イモリやサンショウウオのでかいやつだと思われます」

「……思われます?」

「超高熱の火属性魔法を使います。これは確実です」

「確実なのはそれだけか」

「なんですか、その()(ぐさ)は! アベルよりも詳細な情報を出したじゃないですか!」

「全部、推測だろ?」

「ぐぬぬ……」

アベルは肩をすくめ、涼は顔をしかめる。



結論として、涼もアベルも、サラマンダーに関する確実な情報は持っていなかった。



そんな会話を交わしている間に、村長が戻ってきた。


涼は、アベルとの違いを見せつけることにする。

「村長さんにお尋ねしたいことがあります」

「はい、何でしょう?」

「村の人たちがサラマンダーを狩ろうとしているのは、村がサラマンダーに襲われたからですか?」

「ど、どうしてそれを……」

涼の問いに驚く村長。


それを受けて、涼はふふんとアベルを見る。

ドヤ顔というやつであろうか。


「……なぜそこで、俺を見る」

「アベルとの違いを見せつけてやったのです」

そんなことを言ってしまうあたり、涼は素直な奴なのだ。



「実は先日、サラマンダーがやってきまして……南の畑が燃えてしまいました」

「ありゃ……」

「南の畑は、まだ植えたばかりでしたから被害は少なかったのです。ですが、北の畑の穀物(こくもつ)類は、一カ月後には収穫を迎えます。それまでにまたやってきて、すべて燃えてしまったら……村はおしまいです」

村長は顔をしかめながら現状を説明した。


「この周囲には、他の村や街は無いのか?」

「はい。最も近い街……西にあるココリの街まで、馬車で三日ほどかかります。昔、街で争いがあり……負けた我々が三十年前に移り住んだのが、この村なのです」

アベルの問いに、村長が苦笑しながら説明する。


「だから、街に助けを求めることもできないと?」

「はい。商隊がやってきますので、交易は行われていると言っていいでしょう。ですが村の者は、ここ三十年間、誰も街に足を踏み入れておりません。もう、争った者たちも亡くなった、あるいは水に流してくれるのかもしれませんが……」

「そうか」

アベルはそう言うと、チラリと涼を見る。


涼は無言のまま頷く。

それを受けて、アベルは言葉を続けた。

「条件次第では、俺たちがサラマンダーを討伐(とうばつ)してもいい」

「え!」

アベルの言葉に驚く村長。


「先ほど、俺たちを迎えた五人の男たちも、戦うことには慣れていないように見えた。武器も、木の棒を削っただけだったしな。援軍も望めないというのであれば……多分、全滅するぞ?」


村長は目を大きく見開いたまま尋ねる。

「その……条件とは? 見てお分かりの通り、あまり裕福な村ではありませんので……」

「いや、金をくれとかそういうのではない。サラマンダーを狩ったら、その魔石を含めた皮や肉を全て俺たちが貰う。それでどうだ?」

「そ、それでよいのですか?」

アベルの提案に驚く村長。


実質的に、村が出す物はゼロだ。

厄介な魔物を倒し、倒した魔物を持っていってくれる……それだけでいいと言っているのだから。


「俺も連れも、サラマンダーを見たことがなくてな。冒険者としての経験を積むという意味でも、悪い話ではない」

アベルがそう言うと、涼も笑顔で頷く。


人助けになって、知的好奇心(ちてきこうきしん)も満たせる。

これほど素晴らしいことはない。


「では、よろしくお願いいたします」

こうして、契約は成立した。



「実際に狩る前に、いくつか知っておきたいことがある」

「はい、何なりとお尋ねください」

アベルの言葉に、村長は頷いて答える。


「サラマンダーは、元々近くに住んでいたのか?」

「はい。村の南……二キロほどの場所に洞窟(どうくつ)があります。その洞窟の奥に魔物が住んでいるという話は、我々が移り住んですぐからありました」

「それなのに、ここに村を造った?」

「ええ。その魔物……しばらくするとサラマンダーであることが確認されたのですが、そのサラマンダーも洞窟から出てくることはありませんでした。何よりこの場所は、北側に薬草(やくそう)群生地(ぐんせいち)が広がっております」

「商隊を通じての交易で使えるな」

「おっしゃる通りです。食料を含めた多くは自給できますが、塩などはそうはいきませんので」


街から離れた場所に村ができるのには理由がある。

その場所が選ばれるのにも理由がある。

しかし今回、そのバランスが崩れた。


「サラマンダーが洞窟から出てきたのは、今回が初めてということだな」

「正確には二度目です。一度目は、三、四カ月ほど前だったでしょうか。初めて洞窟の外に出てきました」

「その時は、どうしたんだ?」

「ずっと洞窟の入り口付近に止まっていたのですが……実はその数週間後、旅の女性が東からやってました。その方を見た瞬間、襲い掛かったのです」

「旅の女性……」

「東から……」


村長の説明に、アベルと涼が呟く。

二人の頭の中には、『マリエ』という名前の女性が描かれた。

そして同時に、三十年間外に出てこなかったサラマンダーが、洞窟の外に出てきた理由、女性を襲った理由にも思い当たった。


(『見えない壁』を開けたことで、サラマンダーが活発になった? あるいは怒った? どちらにしろ、それが原因でしょうね)

涼は心の中で、小さく首を振った。


「それで……襲われた女性はどうなった?」

「はい。実はその場面、遠くから私も見ていたのですが、飛び掛かってくるサラマンダーを剣で一閃(いっせん)……サラマンダーは結構な深い傷を負ったようでした。女性はそのまま、西の方へ去っていかれました」

「……サラマンダーに傷を負わせた? とどめを刺さずに去った?」

「はい」

アベルが顔をしかめて問い、村長が頷く。


「傷を負った魔物は凶暴になる」

アベルは、ため息をつきながら言葉を絞り出す。


「自分を傷つけた人間という種族……見た目が人間のものに対して恨みを抱く。今になって再び出てきたのは、傷が癒えたのだろう。だが、恨みは消えていない。冒険者だったら、確実にとどめを刺したのだろうが……」

「あの人は冒険者じゃありませんでしたからね」

アベルの言葉に、涼が小さく首を振る。


そう、マリエは幻人の将軍だ。


「お二人は、その女性をご存じで?」

「知ってはいるが……」

「先日、ちょっと戦った相手です」

村長の問いにアベルが肯定(こうてい)し、涼が仲間などではないことを明言(めいげん)する。



「一度目の襲撃は分かった。二度目は?」

「四日前でした。一度目の時以来、洞窟入口を監視しておりましたら出てきたのです。ゆっくりとではありましたが、村に向かって一直線に進んできまして……。仕方なく、南の畑の外で迎え撃ちました。しかし止められず……最終的に村の人間が三人、亡くなりました」

「その時は、どうやって押し返したんだ?」

「押し返せませんでした。ですが雨が降り出すと、走って洞窟に戻っていったのです」

「雨か……」

アベルが小さく頷く。


火属性の魔物であれば、水が苦手だというのは分からないではない。

そう考えると、水属性の魔法使いである涼は、今回の依頼に適任ではないかとも思う。


「二回目の襲撃の少し前でした。商隊がやってきたのですが、気になる話を持ってきたのです」

「気になる話?」

「はい。ココリの街の周辺でも、魔物が活発になった……というより、凶暴になったと。今まで森の奥から出てこなかった魔物たちが、街の近くにまで出てくるようになり、人を襲うことが多くなったと」

「ここ三、四カ月か?」

「そうです。サラマンダー同様に」

村長はそう言うとため息をついた。



もしかしたら、マリエの件がなかったとしても、遅かれ早かれサラマンダーと村は衝突する運命にあったのかもしれない。


確かに見えない壁を開けたのもマリエではあるが、もうかなりがたがきていたと言われた。

いずれ壊れれば、今回と同じようなことが……。


「このタイミングで俺たちが通ったのは、ある意味、運が良かった?」

「そう思うしかありませんね」

アベルがいろいろと(あきら)めて肩をすくめ、涼も同じように肩をすくめて同意する。


人の手によって作られたものは、いずれ壊れる。

それは、錬金術であっても避けられないのかもしれなかった。

いよいよ明日2023年10月20日(金)、

『水属性の魔法使い 第二部 西方諸国編Ⅰ』

が発売されます!

早い本屋さんでは、もう店頭に並んでいるようですが……。


今回も『応援書店様』があります。

北は北海道から、南は沖縄まで!!

ええ、ついに沖縄にまで!

(実は沖縄には、『水属性の魔法使い』を出版していただいているTOブックスの支社があったりします)

応援書店様リスト

https://note.com/tobooks/n/n7bf9d463b589


あと、10月2日にジュニア文庫として『水属性の魔法使い』が発売されました。

内容に変更はないのですが、全ての漢字にルビ(ふりがな)が振られております。

単行本ともコミックスとも違う、たく先生による表紙と挿絵……こちらも良いですよ!

「紙書籍限定特典・描き下ろし4コマしおり付き!」

なのですが、この4コマ漫画が、また面白い!


書店で見つけられない場合でも、TOブックスオンラインストアからいつでも購入可能です。

(下の特設ページからどうぞ)

単行本、コミックス共々、どうかよろしくお願いいたします。


水属性の魔法使い 特設ページ

https://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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