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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
741/930

0696 東方諸国を抜けた先は

本日から三夜連続投稿です。

二人の旅人、二頭の愛馬、五台の氷の<台車>……きわめて巨大な。

どこから見ても、とても珍しい旅の一行と言えるだろう。


「アベルは素晴らしい王様で、とても優秀な剣士かもしれません」

「んあ?」

「ですが、この辺境の地では、そんな特権的な地位や立場は関係ありません。全員平等なのです」

「お、おう?」

「先ほどから、チラチラと後ろの<台車>を見ていますが、その魂胆(こんたん)は分かっています!」

「魂胆?」


涼の糾弾(きゅうだん)に、首を(かし)げるアベル。

未だに、後ろからついてくる巨大な<台車>群が気になって時々見ていただけで、特に魂胆などはないのだから首を傾げるのも当然だろう。


「僕を出し抜いて中身を独り占めにしようと考えているのでしょう? 全てお見通しです!」

「そんなつもりは、全くなかった」

「嘘ですね! 天網恢恢(てんもうかいかい)()にして()らさずと言います。悪いことは上手くいかないものです」

「テンモカなんとかは知らんが……まあ、悪いことがうまくいかないのは確かだな」

「そうでしょう、そうでしょう」

涼がなぜか偉そうに頷く。


「その巨大な氷に入った荷物は……」

「これらは全て、アンダルシアのための荷物です」

「ああ……せめて、アンダルシア『たち』にしてやってくれ」

「まあ、いいでしょう。フェイワンも含めたアンダルシアたちのための荷物です」


涼が言うと、アンダルシアとフェイワンが嬉しそうに鳴く。

それを聞いて、再び涼が偉そうに頷いている。


「リョウも大変だな」

「え? なんで僕が大変なんです?」

「馬たちのための荷物ということは、リョウの飯はそこからは出ないんだろう?」

「そ、そうかもしれません」

「今は、まだ森があるから狩りもしやすいが、『回廊』の付近は荒野とか砂漠とかもあるんじゃなかったか?」

アベルが、帝都からの出発前に聞いた情報を提示する。


涼は大きく目を見開いた。


「ぼ、僕らが餓死(がし)したらアンダルシアたちも困ると思うので、緊急避難的に、僕らの分の食料もここから……」

「アンダルシアとフェイワンの飯を奪うのか?」

「ぐぬぬ……」

何も言えなくなる涼。


別にアベルも、涼をイジメるために言っているわけではないのだ。

純粋(じゅんすい)に、この先の食料調達に関してどう考えているかを聞いただけ。

だが、涼はそこまできちんと考えてはいなかったらしい……。


「仕方ありません。今日と明日、アベルの本気を見せてもらいます」

「……は?」



二日後、二人と二頭の後ろをついてくる巨大な氷の<台車>は、二十台に増えていた。

二人で、狩りをし、果物を集め……とにかく、食料を手に入れた結果である。


「増えたな……」

「何があってもいいようにです。だいたい、<台車>は勝手についてくるのですから、どれだけ増えようが関係ないでしょう?」

アベルの素直な感想に、肩をすくめる涼。


「陸上を行く限りはそうだが……南河を遡上(そじょう)した時みたいに船だとどうするんだ? 乗れないから、ずっと陸上か?」

「船になったら、僕らやアンダルシアたちだけ船に乗りますよ?」

「この荷物たちは?」

「川の中です」

「え?」

アベルが言葉を失った。

その脳内では、川底を進む二十台の氷の<台車>の映像が流れている。


「これらは氷です。アベル、氷って、水の中に入るとどうなるか知っていますか?」

「えっと……ああ、浮くな」

「そうです。この<台車>たちも、川面(かわも)に浮かんでついてくる……ん?」

「どうした?」

突然、涼の言葉が切れたので問い返すアベル。


「地上だと、車輪が回って移動しますけど、水上あるいは水中だと車輪が回っても前に進みません……」

涼はそう言うと、手のひらで目を(おお)った。

言葉にするなら「しまった……」だろうか。



「何か別の方法を考えなければいけません」

しばらくすると、顔を上げてそう言い放った。


「いや、船に乗るとは限らんのだろう? だいたい、南河のような大河はもうないんじゃないか?」

「そうかもしれませんし、そうではないかもしれません。いざその時になって、『考えていませんでした』とか言いたくないです」

「そ、そうだな」

涼の決意に圧迫されてアベルは頷く。


事前に想定しておくのは悪いことではない……。


涼があーでもないこーでもないと言いながら、一行は進む。

完全に信頼するアンダルシアの背に揺られているからこそ、可能なのだ。

それを横目に、アベルは小さく肩をすくめてフェイワンの背に揺られて進むのであった。




夜。

二人と二頭は野宿だ。

ここ数日は、一行が泊まれるような街も村も通過していない。


二頭はともかく、二人では見張りの交代などはけっこう大変だ。

半分の時間しか寝られないのだから。


だが、涼がいればそんなことは関係ない。

氷の壁で囲まれた安全な場所で、涼もアベルも、もちろんアンダルシアとフェイワンもゆっくりと眠ることができる。


「その点は、リョウの魔法は便利だなと思う」

「そうでしょう、そうでしょう」

やはり、涼は偉そうに頷いている。


アベルは肩をすくめて地図を見た。


「予定としては、明日だよな?」

「ええ。中央諸国との間にある『回廊』をふさいでいた、見えざる壁があった場所ですね。マリエさんが……何か月か前に開けたのでしょうけど、どうなっていますかね」

「マリエ……あの幻人か」

涼がワクワクした感じで言い、アベルは驚くべき剣技で涼を苦しめた女性の幻人を思い出す。


「長い間、中央諸国と東方諸国を隔てていた壁が無くなったのですから、いろいろ変化はあったと思うのですよ」

「だろうな。俺たちが進めない可能性もあるだろう」

「大地が崩壊(ほうかい)とか……そういうのですか?」

「ああ。もちろん、ただの可能性だ」

「また、アベルが不吉な事を言いました」

涼は顔をしかめて小さく首を振るのであった。



翌日、一行は問題の地点に到達した。


「この辺……なんですよね?」

「この辺……のはずだな」

涼もアベルも、それぞれの愛馬の背に揺られながら進む。


そう、問題なく進める。


「何も変なもの、ないですよね?」

「ないな。まあ、例の幻人が、具体的に何をしたのかすら、俺らは知らんわけだが」

「アベルの変な予言が当たらなくて良かったです」

「予言……」

「ものすごい天変地異が起きて、大地が割れ、マグマが噴き出し、生きとし生けるものすべてが死に絶えた……そんな世界になっていたら嫌ですからね」

「それは俺の予言なんかより、リョウの妄想(もうそう)色濃(いろこ)反映(はんえい)されているだろう」


アベルが小さく首を振る。



一行は、やはり何事もなく進む。

「さすがに、もう見えない壁とかは通り過ぎましたよね?」

「そうだな。結局、何もなかったということだ」

アベルは、安堵(あんど)のため息をついた。


「つまり、僕らは東方諸国を抜けたということですよね?」

「そういうことになるな」

「つまり、中央諸国に入ったということですよね?」

涼が嬉しそうに問う。


だが、アベルは首を傾げる。

「それは、どうだろうな?」

「え?」

「東方諸国を抜けたのは確かだが……まだここは、例の『回廊』とか言うところだろう? その『回廊』については、俺は聞いたことがない。つまり、中央諸国の国王も知らない場所を、中央諸国の一部だというのは……」

「……アベルが勉強不足のせいで、中央諸国認定されない場所だと?」

涼が胡乱気(うろんげ)な目で見る。


「そうは言ってないだろ。この辺りは、東方諸国にも中央諸国にも属さない場所ということだ」

「仕方ありません。アベルの顔を立てて、そういうことにしておいてあげます」

「おい……」

涼の言葉にキレそうになるアベル。

国王としても我慢(がまん)を学んだアベルは、この程度の事ではキレないが。


「ここが中央諸国じゃないとしても、ずっと西に進んでいけば中央諸国に着きますよね?」

「ああ、多分な」

「中央諸国の、どの国に着くんです?」

「おそらく……連合か、その周辺の小国だな」

「周辺の小国というと、ジュー王国とか?」

涼が問う。


ジュー王国は、涼の弟子であるウィリー殿下の故国(ここく)だ。

涼が西方諸国に出発する前には、まだジュー王国にとどまったままだったが、今はどうだろうか。


「そうだな、ジュー王国はいわゆる小国ではあるが……連合の周辺国の中では、大きい方だぞ」

「そうなんですか?」

「ああ。ジュー王国よりもはるかに小さな国がいくつもあったはずだ。そもそも連合の正式名称はハンダルー諸国連合。諸国連合という名前が示す通り、多くの小国で形成された連合国家なんだからな」

「そんな連合に加わっていない小国家が、連合の東側……この『回廊』の先には多数あるだろうと」

「そういうことだ」

アベルは頷いた。


アベルは、中央諸国屈指の大国ナイトレイ王国の国王だ。

国王になる前は冒険者をしていたが、生まれてから十八歳になるまで、きちんと王族としての教育を受けてきた。

その中には、中央諸国全般に関する内容もあった。


涼がなんだかんだ言おうが、真面目で優秀な王様なのである。



二人と二頭プラス二十台の台車は、さらに西へと進んでいった。

実は一度、一台分の食料は食べ尽くしたのだ。

しかし、その後すぐに、どこからともなくやってきたワイバーンに襲われた。


いつものように涼がワイバーンを地上に張り付けにして、アベルがとどめを刺して事なきを得た。

ついでに、魔石とワイバーンの肉を得た。

その肉が、台車一台分だったため……再び二十台になっている。


「本当に、どこにでもワイバーンはいるんですね」

「しかも今回のは成竜だったからな。普通のワイバーン狩りは、幼竜なんだが」

「北の方にも南の方にも、山の連なりが見えます。あの辺から来たんですかね」

「そうかもしれんな。『回廊』というだけあって、それなりに迫ってきているからな。しかしあの山、結構高さあるだろ」

「ロンドの森の北にある、魔の山って言いましたっけ? あれと同じか、あれより高いかもしれません」

「そうだな。二つの山脈に挟まれたここを『回廊』と言うのは、()()(みょう)だな」



涼もアベルも、愛馬の背に揺られながらのんびり話している。

アンダルシアもフェイワンも賢いため、二人がやることは何もない。

せいぜい景色を眺めて、他愛のない話をするだけ。


そうは言っても、いちおう涼は<パッシブソナー>をONにしたままだ。

たとえば突然、見えない魔物に襲撃されたりしては大変なので。


しかし……。


「あれ?」

「どうした?」

涼の(つぶや)きにアベルが反応する。


「前方一キロくらいでしょうか、人が……いや、村というか集落みたいなものがあるみたいです」

「ほぉ」

「何ですか、その反応は。アベル王は、降伏勧告(こうふくかんこく)も出さずに、いきなり村を襲撃(しゅうげき)しろという命令でも出すんですか?」

「うん、全く意味が分からんな。なんで村を襲撃するんだ?」

「僕の故郷には『先手必勝』という言葉があります。僕個人としては、何も悪いことをしていない村を襲撃するのは気が引けるのですが、アベルが王として命令するのなら従わざるを得ません」

涼がなぜか涙を手で(ぬぐ)うしぐさをしながら、そんなことを言う。


もちろん嘘泣きである。

そもそも、アベルはそんな命令は出していない。出すはずもない。


「村は襲撃するな。降伏勧告も出すな。平和的な関係を構築したい。これでいいか?」

「先制攻撃を受けたらどうするんですか? 村人たちが『良い馬に乗っているな、荷物全部と馬を置いていけ』とか言ったらどうするんですか」

「普通言わないだろ」

「もしもです。アベルは国王なのですから、最悪を想定し最善を望む……それこそが、為政者(いせいしゃ)の姿のはずです」

「そうか、もしそうなったら、リョウが俺たちを守ってくれ。いつもの氷の壁でな」

専守防衛(せんしゅぼうえい)ですか。仕方ありません。敵の攻撃力が低いことを祈りましょう」

「リョウの氷を貫く攻撃とか、人間じゃ無理だろ」

最後のアベルの呟きは、涼には聞こえなかった。



しばらく進むと。


「止まれ! 馬を降りろ!」

(あわ)てて村から走ってきた五人の男たちが槍のようなものを構えて、そう叫んだ。


「ほら~。馬を降りて全部置いていけパターンですよ!」

「そうか~?」

涼が断定し、アベルが疑問を(てい)する。


五人の男たちが構えるものは、槍のように長いが……先端に金属は付いていない。

木を削っただけなのだ。

そんな者たちが、追いはぎまがいの事を?

ちょっとアベルには想像がつかない。


「まあ、馬は降りてやるか」

「スピードに乗った逃走ができなくなりますよ?」

「元々、そんなことしないだろうが。俺には見えんが、リョウの氷の壁で囲んであるだろ?」

「よく分かりましたね。さすがは元A級剣士です」

偉そうに称賛する涼。

無言のまま小さく首を振るアベル。


二人は馬を降りる。

涼はアンダルシアの手綱(たづな)をアベルに預けると、前に出た。


「こんにちは。僕たちは怪しい者ではありません。ただの旅の冒険者です」

涼がにこやかに挨拶(あいさつ)する。

笑顔を浮かべての挨拶は、確かに怪しい者には見えない。

アベルがよく言う、人たらしの笑み。


「こ、ここはボンドリンの村だ! 何しに来た!」

五人のうち、中央の男が問う。

いちおう、この五人の中ではリーダー格なのだろう。

先ほどから、この男だけが(しゃべ)っている。


他の四人は槍っぽいものを構えたまま……。


だが、アベルは気付いていた。

全員がわずかながら(ふる)えていることに。


「西の、中央諸国に向かう途中です。村に寄るなというのであれば、寄りませんよ」

涼がにこやかな笑みを浮かべたままそう言うと、五人は顔を見合わせた。



そこへ、男たちの後ろから声がかけられる。


「やめぬか!」

よく通るその声は、村の方からやってきた老人のもの。

後ろに、何人も従えているのを見ると、村の権力者なのだろう。


「そ、村長……」

五人の中央の男がそんな言葉を絞り出す。


「お客人(きゃくじん)、驚かせたようで申し訳なかった。先ほど、冒険者という言葉が聞こえた。昔、聞いたことがある。金を(もら)って、困っている者の問題を解決する者たちだと」

「ええ、まあ、だいたい合っています」

村長と呼ばれた老人の言葉に、涼が頷く。


少なくとも、間違ってはいない。


二人は村へ案内された。



村までの道すがら、涼は変わったものを見た。

「緑色の池?」

一瞬、涼にはそう見えた。


だが、すぐに違うことを理解する。

「オーシャングリーン色のガラス? まさかトリニタイト?」

世界最初の核実験で生み出された人工鉱物、トリニタイト。

砂が舞い上がり、一気に溶けて液化(えきか)、それが再び冷めて硬化(こうか)してできたのがトリニタイト。


それがあるということは、超高温の何かがあったということ。


そんなことを考えながら、一行は村の中へ招き入れられた。


2023年10月20日(金)に、小説

『水属性の魔法使い 第二部 西方諸国編Ⅰ』

が発売されます!

8万字超加筆!

エピソード『キューシー公国』全面改稿!

涼が大活躍する内容に生まれ変わっておりますよ。

【なろう版】では、それほど活躍しませんでしたからね。

全面改稿はだてじゃありません!


そのせいで(おかげでと言うべきでしょうか)、この後の第二部は全然違う感じに……。

まあ、仕方ありません。


10月18日現在、『第二部の第三巻』の原稿を書いているところです。

この『2-3』は10万字以上の加筆が必要で……元々ある箇所も改稿しているので、時間が……。

予定通りいけば、【小説版】の『第二部 西方諸国編』は刊行ペースが早いはずです。

皆様、お楽しみに!


特設サイト

http://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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