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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
740/930

0695 魔人教奇譚Ⅴ

「お見事」

涼が城壁上で言葉を発した。


アベルがダイナンを倒した瞬間から、全員が無言であったが、涼の言葉をきっかけに言葉が(あふ)れた。


「うぉおおおおおお!」

「やった!」

「すごい……」

「さすがアベル様!」


そんな城壁上の声を聞きながら、涼は城壁から飛び降りた。

もちろん、<ウォータージェットスラスタ>を着地の瞬間だけ発して、怪我(けが)はしない。

少しでも早く、アベルの近くに行った方がいいと思ったのだ。

もしも、魔人がアベルに斬りつけた場合に、自分が防げるようにと。


しかし、魔人ラージャは……。


パチパチパチ……。

ゆっくりと歩きながら拍手をした。


「素晴らしい戦いであった」

そう言って頷く。


歩いていった先は、ダイナンの頭。

それを、ゆっくりと拾い上げる。

「嬉しそうに笑っておるわ」


そう、斬り飛ばされたダイナンの顔は、満面の笑みを浮かべていた。



「魔人、ラージャと言ったか」

「うん?」

アベルがラージャに呼び掛けた。


「その眷属、ダイナンを復活させるのはよそでやってくれないか」

「ふむ? 戦って満足したからか?」

「いや……。そいつに父親を殺された少女がいて、戦いを見守っていた。ダイナンの首を斬り飛ばしたことによって、一応の気持ちの整理がついたと思うんだ。だが、そいつが目の前ですぐに(よみがえ)ったら……」

「アベルは甘ちゃんだな」

ラージャは口角(こうかく)を上げて笑いながら揶揄(やゆ)する。


「それは否定せん」

「嫌だ、ここで蘇らせると言ったら?」

「お前さんを殺す、魔人ラージャ」

正面から見据(みす)えるアベル。


「それも面白いが……」

ラージャが笑う。


「ダメです」

横から二人の会話を(さえぎ)る声。

もちろん、涼だ。


「アベルは疲れています。僕がお相手しましょう。そして魔人ラージャ、あなたを数千年間封印します」

「何?」

「以前、別の魔人の復活に立ち会いまして、封じていた錬金術を研究する機会がありました。また、西方諸国のマーリンさんの知遇(ちぐう)を得て、ガーウィンとも戦いました。対魔人に関する限り、それなりの経験が僕にはあります」

堂々と言い切る涼。


笑いを収め、はっきりと顔をしかめているラージャ。


「赤服や馬鹿と知り合いか」

「赤服はマーリンさんですよね。ガーウィン……やっぱり馬鹿なのですね」

ラージャの言葉に、小さく首を振る涼。

マーリンはともかく、ガーウィン……不憫(ふびん)である。



ラージャは、地面に散らばったダイナンの四肢(しし)を見た後、一つ肩をすくめて口を開いた。

「まあいい。私は人に興味などない。だが、いい戦いは見せてもらった。その駄賃(だちん)として、願いの一つくらいは聞き入れてやる」

「なんという上から目線」

「受け入れてくれるのならそれでいい」

涼が顔をしかめ、アベルが苦笑する。


「しかし……」

ラージャはそう言うと、涼を上から下まで見た。

何度も見た。


「嫌な予感がします」

涼が呟く。

アベルは無言のまま肩をすくめる。


「ローブは、水属性の魔法使いだな?」

「ローブって……僕のことですよね?」

「そうだ」

「僕の名前は涼です」

「そうか、水属性の魔法使いリョウ、お前は妖精王に愛されているな?」


特に強い口調だったわけではない。

おそらくラージャにとっては、ただの確認だったのだ。


だが、涼の反応は過剰(かじょう)であった。


「アベル、全ては露見(ろけん)しました! この上は、彼女の口をふさいで、全てを(やみ)(ほうむ)りましょう」

「何でだよ」

「だってそうしないと、アベルが罪に問われますよ? アベルが悪いことをしたのがばれるのですから」

「俺は何もしていないぞ。リョウの正体がばれただけだろう?」

「アベル、諦めが悪いです!」

「なぜ、俺が非難されているんだ……」


世の中にはあるのだ、言ったもの勝ちという場面が。

しかし、一方の当事者魔人ラージャが置いてけぼりになったために、言ったもの勝ちではなくなる。


「妖精王の寵児(ちょうじ)と、おそらくはリチャードの末裔(まつえい)。面白い組み合わせだな」

「アベル、やっぱり色々露見しています」

「リョウ、世の中には仕方のないことがたくさんある」

ラージャの言葉に、涼もアベルもいろいろ諦めるしかないことを理解する。


ラージャはアベルの方を向いて言った。


「アベルとやら、なかなか強いな」

「そりゃどうも」

「だが、私にはまだまだ勝てない」

「そ、そうか……」

「安心しろ、今ここでお前と戦ったりはしない。ダイナンがもう一度鍛えなおして、お前と戦いたいと言うだろうからな」

「そうか……」

上から目線のラージャの言葉に、反応に困るアベル。


「再戦したいというのなら、それはそれでいいのだが……ここに住む人たちには迷惑をかけるな」

「うん?」

「お前ら、これまでにも多くの人を襲っただろう?」

「ああ、襲ったぞ」

アベルの言葉に、悪びれずに頷くラージャ。


「それをやめろ」

「どうしてもか?」

「……どうしてもだ」

顔をしかめて問いかけるラージャ、頷くアベル。


「だいたい、なぜ人を襲う? 迷惑だ」

「そう言われてもな。人だって、別に迷惑をかけるつもりで、米や小麦を食べるわけではないだろう?」

「米と小麦?」

「生きていくのに必要だからとかいう理由だろう? 米や小麦からしてみれば、『何も自分たちを食べなくてもいいだろう』と感じているんじゃないか? 肉や魚を食べるだけでは満足できないのか、なぜ我々をも食べるのかと」

「魔人が人を襲うのは、人が米や小麦を食べるのと同じことだと?」

「形としては同じだ」

ラージャが肩をすくめる。


顔をしかめるアベル。

その横で小さく首を振る涼。


「魔人に、人による環境負荷について正論を述べられてしまいました」

「なんつーか、人が植物にとって悪い存在のような気がしてきた」

「昔からよくある、『人がいなくなるのが、一番この星のためになります論』です……」

今度はアベルが首を振り、涼が顔をしかめる。


「魔人は……人を襲わねば生きていけないのか?」

「回復期にはその通りだ」

アベルの疑問に、ラージャが素直に答える。


「回復期?」

「封印から解かれる時、と言えば分かりやすいか?」

「つまり、今、か?」

「正確には、先ほどまではだ」

「何? まさか……」

「ああ、完全に復活したぞ」

ラージャはそう言うと、禍々(まがまが)しい笑みを浮かべた。


思わずアベルの体を緊張が走る。

辛うじて、剣に手をかけるのは自制したが。


「本体は、本拠地に置いてあるからな。今、その姿を見せられんのは残念だ」

「いや、別に見たくない」

ラージャの言葉に、間髪を容れずに答えるアベル。


ラージャは少しだけ首を傾げてから、口を開いた。

「そうだ、一つ確認しておくことがある」

「何だ?」

「お前たち二人は、この後もここに留まるのか?」

「……どういう意味だ?」

ラージャの問いに、一瞬返答が止まるアベル。


二人がいなくなれば、村が再び襲われる可能性を考えたからだ。

先ほどは確かに、ここに住む人たちに迷惑をかけるなと言い、ラージャも受け入れた雰囲気だったが……。


「心配するな。もうここの連中は襲わん。回復期を抜けたから、必要ない。言葉を(たが)えるようなことはせん」

アベルの懸念を理解したのであろう、ラージャはニヤリと笑って言う。


「ただ、ダイナンがお前との再戦を願った場合……いや、私もだな。お前たちと戦いたいと思った場合、どこに行けばいいのかと思ってな」

「暗黒大陸に来るがいいです。僕らはしばらくしたら、ここから移動します」

「なるほど、暗黒大陸がお前たちの本拠地か」

涼が横から答え、ラージャは頷いた。


「ならば、暗黒大陸で会おう」

ラージャはそう言うと、地面に散らばったダイナンの体を回収して去っていった。




「<アクティブソナー>」

涼が周囲の状況を探る。


「うん、大丈夫です。もう、この周辺にはいません」

涼が安心したようにうなずいた。


そこに、首を傾げてアベルが問いかける。

「リョウ、暗黒大陸に行くのか?」

「行きませんよ?」

「は? 今、暗黒大陸に行くと答えなかったか?」

「僕の言葉を正確に思い出してください。『暗黒大陸に来るがいいです。僕らはしばらくしたら、ここから移動します』とだけ言いました。本拠地が暗黒大陸だとも、そこに行くとも言っていません」

「……そうか」


涼がなぜか胸を張って主張し、アベルがジト目で涼を見る。

その目は、ちょっと卑怯じゃないかと言っているようだ。


「アベルは、魔人たちと戦うために、暗黒大陸に行きたいのですか?」

「いや……行きたくない」

「でしょう? 僕らも、そう……二百年後くらいには、暗黒大陸に行くかもしれません。ですから、決して嘘をついたわけではないのです」

「お、おう……二百年後とか、生きてないと思うがな」

アベルは肩をすくめた。



「アベルは、いちおう魔人の眷属(けんぞく)を倒しました。おめでとうございます」

「うん?」

「でも魔人本人からは、勝てないぞとくぎを刺されました」

「お、おう」

「だから調子に乗ってはいけません」

「調子に乗るつもりはないが……」


涼とアベルはそんな会話を交わしながら、村の中に入っていった。

そこには、城壁から降りてきた村人たちが……皆、涙ぐんでいる。

城壁上にいた時の歓喜とは全く違う。

だがその涙は、悲しみに満ちたものでは決してなく……。


「アベル様、ありがとうございました」

涙の中心にいたアンジュが感謝する。


「親父さんの(かたき)はとった。これで先に進めるな」

「はい……」

アベルが微笑みながら言い、アンジュが泣き笑いながら答える。


ファラファオ村は幸せに包まれた。

ちなみに、水属性の魔法使いの第四部は、『暗黒大陸編』です。

ええ、ええ。

涼にそのつもりがなくても、筆者にそのつもりがあります。


さて、本日で七夜連続投稿終了です。

お付き合いいただき、ありがとうございました。


またそのうち、投稿しますので、今しばらくお待ちください。


それにしても二人は、いつになったら王国に辿り着くのでしょうか……。

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