0072 帰還
「何か近付いて来ますね」
それに、最初に気付いたのは、涼であった。
その言葉を聞き、魔石採取の手を止め、再び戦闘態勢を取る赤き剣と顧問アーサー。
「人間です。魔物ではなさそうですが……けっこうな人数みたいです……」
涼がそう告げてから、三分後、アベルたちもそれを視認した。
「あれは……ルンの街の冒険者じゃないか?」
「そうね。冒険者みたい。でも、他の街の冒険者も混じっているわね」
アベルとリーヒャは、近付いてくる集団に、ルンの街のD級冒険者が多いことを見て取った。
「恐らく、クライブたちがこの街で雇った冒険者じゃろう。地上から十一層までの通路を確保しておったはずじゃ」
顧問アーサーには、その冒険者たちに心当たりがあった。
中には、王都から中央大学の調査団の護衛として来ていた者たちもいる。
「飛ばされたのは、十一層と十層だけじゃなかったってことか……」
そういうと、アベルは立ち上がって手を挙げた。
近付いてくる冒険者たちはそれを認識すると、おぉ~!と叫び声を上げる。
ここに来るまで戦闘などは無かったようだが、どことも知れない場所にいきなり飛ばされ、不安だったのであろう。
その不安を吹き飛ばすかのような叫びであった。
合流した約百名の冒険者の手も借りて、デビルの魔石の採取と、中央大学調査団の遺品を回収した一行は、ようやく帰路に就くことが出来た。
涼がダンジョンに突入し、実に三時間ほどが経過していた。
「他に、この階層に飛ばされた冒険者とかいないかどうか確認した方がいいのだろうが……」
アベルはそう呟き、リンの方を見る。
だが、その視線を受けて、リンは首を横に振った。
「ごめん、もう少ししないと<探査>で調べるのは無理」
「じゃあ、僕が水魔法で調べてみましょうか。少し使いにくいのですが、多分何とかなるはずですから」
「すまん、頼む」
涼の申し出に、アベルは頷いた。
「<アクティブソナー>」
四十層の空気中の水分子を、涼の『刺激』が伝わっていく。
しばらくすると、その『刺激』が四十層の壁まで行って跳ね返ってくる。
「いませんね。ここにいるのが、全員です」
(ただ……三九層との階段にあった変な反応のやつ……死んじゃった? 活動停止した? 以前アクティブソナーで探知した時の反応と、全然違う……う~ん、まあ言ってもしょうがないし、みんなで見てみるしかないかな)
その変化については、言わないことにした。
「よし、じゃあ出発しよう」
アベルの号令と共に、一行は地上に向かって歩き出した。
四十層から三九層に上がる階段。
そこにあったのは、人の頭大の真っ黒な水晶玉……ただし亀裂入りみたいな物であった。
その脇には、何かが砕け落ちたかのような砂の塊。
「初めて見たわい、なんじゃこれは」
顧問アーサーの言葉が全てを表していた。
そこにいる誰も、それが何なのか全く理解できなかったのだ。
十層から転移した時に一緒に飛んできた『残留魔力検知機』の反応を見ると、確かについ今しがたまで魔力が発せられていた形跡はある。
「まあ、結界も無くなったし、今読み込んだ情報も地上に転送されているであろうよ」
そういうと、アーサーはその黒水晶のような玉を、袋に入れた。
何があるかわからないものをそんなに簡単に袋に入れて、しかも地上に持ち帰っていいのかと涼は思ったのだが……、
「これは結界袋と言ってな。中と外で、魔力の遮断を行うものなのじゃ。地上に持って帰るのは……まあ、唯一の証拠みたいな感じじゃからな」
という、理由としては非常に脆弱なことを言って、煙に巻いた。
その後、魔物のいないダンジョンをひたすら地上に向かって歩く一行。
十二層から階段を上がり、十一層にたどり着くと、そこにはギルドマスター、ヒューの依頼を受けたC級冒険者二十名が待っていた。
「アベルさん! おかえりなさい!」
一際大きな声をあげたのは、アベルを師と仰ぐ剣士ラーである。
「お、おう。ラー、悪いが魔法団の荷物を運ぶの、少し手伝ってもらっていいか」
「もちろんです! 任せてください!」
そう言うと、ラーと彼のパーティー『スイッチバック』は、魔法団の中でも一際大きな荷物を抱えている集団を加勢に行った。
C級冒険者二十名を加えた一行は、さらに地上に向かって歩き続ける。
そんな中、集団の先頭付近を歩く涼の横を、いつの間にかアベルが歩いていた。
「リョウ、今回は本当に助かった。ありがとう」
アベルは囁くような小さい声で涼に言った。
「アベル……もうその話は、一週間分の夕飯で終わってますよ」
涼はそう言いながら、ゆっくりと首を振った。
「いや、分かっているんだが……」
「分かっているのなら実行しましょう。あ、そうだ、もし本当に感謝しているのなら、僕にとって非常に重要な情報をください」
「お、俺でわかる範囲なら……」
涼のいきなりの要求に、焦るアベル。
「ルンの街に戻る前に寄ったカイラディー。あそこでカレーを食べたじゃないですか?」
「カレー……ああ、カァリィーか。覚えている」
やはり、やけに綺麗な発音である。
「アベルは、ルンの街にもカレーの美味しい店があると言っていました。それをぜひ教えてください!」
「そ、そんなことでいいのならお安い御用だ。連れて行って奢ってやるよ」
「おぉ~! 絶対ですよ? 約束ですよ? もしその約束を破ったら、さっきのデビル以上に細切れにしちゃいますからね!」
「笑えねぇ……」
細切れになった魔王子の光景を思い浮かべて、アベルの頬は引き攣った。
「アベルが約束を破らなければ、大丈夫です」
涼はそう言いながら、大きく頷いた。
それを見て、アベルはほんの少し微笑んだ。
ダンジョン入り口では、ギルドマスターのヒューをはじめ、魔法大学のクリストファー教授など主だった者たちが、一行が戻ってくるのを待っていた。
実は、涼が魔王子を倒した瞬間に、四十層を覆っていた結界が解かれ、残留魔力検知機からの情報が地上に届くようになったのである。
それによって、一行の無事と、地上への移動が確認されたのだった。
「皆、帰還ご苦労さま。とりあえず、飲み物や食べ物を用意してある。とりあえずゆっくりしてくれ。細かな報告は後日受ける」
ヒューはよく通る声でそう言った。
だが、心の中では、こんなに落ち着いてはいなかった。
(もう、ほんっと、マジで、アベル、帰ってきてくれてよかった……マジでマジで、うん、今度こそ、もう俺はダメかもしれないと思ったしね! 行方不明とか、なんでこんなに行方不明になるのさ。前回は密輸船、今回はダンジョン……もう、ダンジョンも潜らなくていいんじゃないかな? うん、十分実績あるしB級だし、いろいろ大丈夫だから、もう地上依頼のみでいいよ。俺が許す!)
千々に乱れたヒューの心であった。
そんなヒューが涼を見つけた。一気に近付き、手を肩にがっしりと置く。
「リョウ。門番の制止を振り切ってダンジョンに潜るとはどういうことだ……」
「う……すいません……」
そこは事実なので、涼は全く反論できなかった。
「ヒューや、そう言うな。リョウが来てくれたおかげで、わしらはこうして生きて還れたのじゃ。少し大目に見てやってくれんか」
顧問アーサーの助け舟であった。
「え? あ、そうだったのですか……。そうか、それは……よくやった……いや、しかし罰を完全に免除するというわけにもいかんし……だが……」
「よし、わしが詳しい報告をしてやろう。ヒューや、ちょっと天幕へ行くぞ。そういうわけで、リョウはもう行ってよかろう?」
「いや、あの、ああ……。リョウ、い、いちおう何か追って沙汰をするけど……うん、まあ助けてくれたのは感謝する、ありがとうな」
そう言いながら、顧問アーサーに引っ張られて、ヒューは奥の天幕に連れて行かれた。
「アーサーさんに助けられた……よかった」
余計な小言に巻き込まれずに済んで、涼はアーサーに感謝した。
特にいなくなっても大丈夫そうだと判断した涼は、さっさと冒険者ギルドに向かって歩き出したのだった。
前話(0071 幕間)を書き始めた時は、勇者とそのパーティーは、その後の登場はほとんどないつもりだったのですが…その後、驚くほど、彼らが物語に関わってくることになりました。
(この時点で、勇者以外名前は設定されていませんでしたし)
端役のつもりが、大きな存在感を持ち始める…小説を書いていて面白いなと感じる部分です。
現在、『第一部 中央諸国編』ですが、第二部は『西方諸国編』です。
そこだけ考えても、西方諸国出身の勇者たちを無視しては進まないでしょうし…。
『中央諸国編』でも、また勇者たちは出てきますので、ご期待ください。




