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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
739/930

0694 魔人教奇譚Ⅳ

「もう一度名乗っておく。俺の名前はダイナンだ」

「そう言えば名乗ってなかったか。俺の名前はアベルだ」


城門の外で対峙(たいじ)するダイナンとアベル。

涼、アンジュ、ロンジャはもちろん、ファラファオ村の村人のほとんどが、城壁上に上がり二人の対峙する姿に見入っている。


「リョウさん、アベル様は勝てるのでしょうか」

直接的な質問、それでも小さい声で問いかけるのはロンジャだ。


アベルが、アンジュに仇をとってくると言ったのは聞こえた。

だから、アンジュには聞かせたくない問い……。


「正直分かりません。魔人の眷属(けんぞく)は、とても強いですから」

涼は正直に答える。

もちろん、アベルの勝利を願っているし、負けはしないと思うのだ。

それでも……人外の者たちとの戦いは、何があるか分からない。



「以前、王国にいた頃、アベルは魔人の眷属と戦っています」

「え……」

涼の言葉に絶句するロンジャ。


「それで、結果は?」

「眷属の首を斬り飛ばしたそうです」

「おぉ」

「ただ、眷属は生き返った」

「なっ……」

絶句するロンジャ。


一連の会話は、ぎりぎりアンジュには聞こえていないようだ。


「魔人本体を倒さない限り、何度でも(よみがえ)ってくるのでしょう」

「魔人……」

ロンジャはそう呟くと、石の椅子(いす)に座って足を組み、二人の戦いが始まるのを見ている黒髪の少女を見た。


美しく、気が強そうであり、圧倒的な余裕を感じさせる少女だが……今から戦おうとしている眷属よりも強いようには見えない。


「あの少女を攻撃するのはまずい……」

「ええ、それは絶対にしてはいけません」

ロンジャの確認に、涼は大きく頷いて肯定(こうてい)する。


双方合意の下で、アベルとダイナンの一騎打ちが行われようとしているのだ。


一騎打ちとは、ある種の誓約(せいやく)

他の者たちは手を出さないという制約(せいやく)


そんな誓約であり、制約のうちになされる、神聖な戦い。


誰であっても、それを破るような無粋(ぶすい)なことをすれば怒り狂う。


「今、僕たちにできるのは、アベルを信じて見守ることだけです」

涼が大きめな声でそう言うと、城壁上にいる村民が全員頷いた。



そして、戦いが開始された。



開始のゴングが鳴ったわけではない。

アベルもダイナンも、それぞれの愛剣を構えた状態から……突然開始された。


先手を取ったのはダイナン。

それは、事前の会話によって、冷静さをアベルに奪われていたことが関係するのかもしれない。

しかし、そうであろうとなかろうと、その初撃は強烈なものであった。



カキンッ、カキンッ、カキンッ……。



強烈な初撃を流されながらも、連撃を繰り出すダイナン。

剣に角度をつけて、その全てを受け流すアベル。


力と速さで上回る魔人の眷属ダイナンの剣に、技術で対抗するアベルの剣。


構図は自然と、ダイナンの攻め、アベルの守りになっていたのだが……。


ダイナンの連撃の中に組み込まれる横薙(よこな)ぎ。

それを受けずに、かわすアベル。

他の一撃以上に流れ、ダイナンの残身がずれる。


ずれた体から繋げられたダイナンの連撃に、半歩踏み込み、剣を突き出すアベル。


いつもとは違うポイントでの受け……そこはダイナンの力が乗っていないポイント。


人に比べて、圧倒的な膂力(りょりょく)を誇る魔人の眷属であっても、物理(もののことわり)を無視することはかなわない。



ダイナンの剣は大きく(はじ)かれる。


攻守が入れ替わった。

アベルの攻め、ダイナンの守り。


「おぉ!」

城壁上から見守るファラファオの村人たちの中から、歓声が起こる。


だがその歓声を上げた中に、涼は入っていない。

(さすがのアベルですが、相手の眷属も強い。これは長引きそうです)


普段はおちゃらけていると見られる涼であるが、戦いに関しては真面目(まじめ)だ。

それは命が懸かっているから。


当たり前といえば当たり前。


それゆえに、訓練は手を抜かないし、真摯(しんし)に取り組む。

だからこそ、アベルが努力し続けて、現在の高みに辿(たど)り着いたことを高く評価している。

なんだかんだ言って、アベルを最も高く評価しているのは涼なのかもしれない。



涼は物理学が好きだ。

そして、(けん)(ことわり)とは(もの)(ことわり)、すなわち物理学だと思っている。


相手の、頭上からの打ち下ろしを受ける防御側として考えてみよう。


防御側の選択肢は、三つある。


一つ目は、がっちりと受け止める。

方法は、剣を地面と平行に出す。

それによって、打ち下ろされてきた剣の運動エネルギーを正面から受け止め、打ち消す。


二つ目は、相手の剣を流す。

方法は、剣に角度をつける。

一つ目のがっちり受け止める際の剣の角度を、地面と平行、ゼロ度と考えるなら、流す場合は剣先を45度以上傾けることになる。

そうすれば、相手の剣はこちらの剣に当たった後、こちらの右側に流れていくことになる。

同様に、剣先をマイナス45度以上傾ければ、相手の剣はこちらの剣に当たった後、こちらの左側に流れていくことになる。


これは剣の技はもちろん、力や速度に関係なく起きる現象。

なぜなら、物理的なことだから。

だから、剣の理は物の理。


ちなみに防御側の選択肢、三つ目は、剣も体も相手の剣に触れないようにかわすこと。


結局のところ、防御側が取れる選択肢は、この三つに集約(しゅうやく)される。



そんな、剣に現れる物理学。



しかし、涼は知っている。

剣に身を(ささ)げた者たちの多くが、晩年、人そのものについて考えるようになることを。


剣の理、物の理。

その先に、哲学が姿を現すのだろうか。


歴史に名を残した剣客(けんかく)らは、最終的に、西洋風に言えば哲学に身を投じる。


人と人の争い……それを具現化(ぐげんか)したものが剣。

その剣に一生を捧げた者たちが、人とは何か、人と人との関係とは何なのかを考えるのは、ある意味当然なのかもしれない。


ギリシャの昔から、最優秀な物理学者は哲学者でもあった。

一見、世界の端と端、全く交わりそうにない物理学と哲学。

だが実は、その世界の端と端はぐるっと回って隣接しているのかもしれない。



そんな、とりとめのないことを涼は考えた。

小さく首を振る。

今集中すべきは、目の前で起きているアベルの戦いだ。




涼を含めた観客らに全く関係なく、戦っている二人は全神経を目の前の戦闘に注いでいた。



(あり得ん! この魔剣使い、マジで人間なのか? とんでもねえ)

ダイナンは、心の中で大きく驚き……同時に歓喜(かんき)していた。

久しぶりに、心躍(こころおど)る戦闘。


(そう、人間なのだろう。力は、人間の範囲内だ、もちろんその中でも上級だろう。しかしそこじゃない、この魔剣使い……アベルと言ったか? このアベル、速度がとんでもない。いや、分かっている。人間の出せる速度の最上級なんだが、それを遥かに超えているように俺が感じているんだ。理由は、考えられる限りの無駄を削り取った結果だ。剣の動きだけじゃない。頭の先から足の先まで、全てにおいて、一切の無駄をなくした……洗練(せんれん)極致(きょくち)


これはダイナンが望んだ戦闘だ。

展開された戦闘は、望んだ以上のものになっている……まさに望外(ぼうがい)

だからこそ、歓喜し、理解し、その全てを受け入れようとしていた。


(そんな速度に至ったのは技術を極めたからと言える。もちろん、その全ては、自らの体と自らの剣に真摯(しんし)に向き合ってきたから、その到達への結果。技術が(みが)かれ、速度が人の領域を超え……いや、このアベルは人であることに変わりはない。才能もあったのだろう。しかし、人が思考し、努力し続ければここにまで到達できるという、その証明なのかもしれん。ああ、これほどの相手と戦えるとは……ラージャ様に譲らなくて良かった)


ダイナンは、自分の我を通したことを心の底から喜んだ。

長い、眷属としての生の中でも、これほどの相手と戦えたのは数えるほど……。


たとえば主であるラージャ、彼女は強い。

ダイナンは勝てないだろう。


しかし、今、目の前にあり、ダイナンを歓喜させているのは、そういう強さではないのだ。



純粋なる剣士。

剣に全てを捧げ、身に付けた強さ。



それこそが、ダイナンを歓喜させている。



(予感はあった。予兆も感じていた。だが、まさか人相手に、ここまで心躍る戦いになるとは……ああ、これは心の底からの驚嘆(きょうたん)だ。これほどの剣士になる可能性を人に感じてしまったら、俺、この先、人を殺すことはできなくなるんじゃないか?)


そこでダイナンは苦笑した、もちろん心の中で。


(無いか。無いな。あり得ないな。これほどの剣士、何百万人、何千万人の中から一人、そんな可能性じゃない。何億人に一人という可能性だろう。そう、可能性だけでもそれだけ稀有(けう)。そんな奴と、実際に剣を交えている今は、なんだ? 奇跡か?)


そんな魔人の眷属は、喜びながら剣を振るっていた。



(さすが魔人の眷属、強ぇわ)

一方のアベルも、表情には出さないまま、心の中では舌を巻いていた。


(ガーウィンの眷属……オレンジュだったか? あいつも凄かったが、このダイナンってやつも凄いな。力と速度が人間とは全然違う。一度受け間違えば、それで終わりだ)


想像していた通りの強さに驚きながらも、冷静に分析している。


それはアベル自身があまり認識していないが、オレンジュの時とは全く異なる状況。


異なる状況が生まれた理由は、ひとえに、アベルが強くなったから。

東方諸国を旅する間に、かつてのA級冒険者時代の強さを取り戻し、しかもそれを大きく超えた。


(俺は、一度流し損なえば終わり。それなのに、こいつは、膂力で何とかしてしまう。マジで不公平だよな)

アベルは心の中で愚痴(ぐち)りながら戦い続けている。


そんなことを考えながらでも、眷属との戦闘が問題なく続いている……それこそが、魔人大戦時のオレンジュを相手にした剣戟とは全く違うその証左(しょうさ)


あの時、アベルの中にそんな余裕はなかった。

だが、今はある。



差が余裕を生む。



力の差、経験の差、視座(しざ)の差……多くの『差』があるが、どれでもいい。

差が余裕を生み、余裕がさらなる差に気付き、また余裕を生む。


アベルとダイナンの間にある『差』は、力や経験ではない。

それは、視座の差。

何を見ているのか、どこを目指しているのか、比べている対象は何なのか……。



二人の剣戟は、攻守が激しく入れ替わる局面へと移った。

それには明確な理由がある。

アベルだ。


アベルの剣が不安定になったから。

だが怒るのはダイナン。


「おい、アベル! 何を試してやがる!」

「うん?」

「てめえ、さっきから何か試してやがるだろうが! 戦いに集中しろ!」

「なんという理不尽(りふじん)な言葉だ」

苦笑するアベル。


とはいえ、試しているのは事実。


「お前さんの剣の入れ方、面白いと思ってな」

「あん?」

「これだよ」

アベルは、そう言いながらいつもの受けるポイントよりも前方に剣を出し、ダイナンの剣を受け、軌道を変えた。


「な? 力の流し方が、俺がやってきたやつよりも効率的というか効果的なんだよ。それで、試しているんだが……そうは言っても、ちょくちょくうまくいかないんだよな」

「お前……」

アベルが丁寧に説明し、ダイナンが怒る。


だがダイナンの怒りは、歓喜を含んだ怒り。


「普通、命のやりとりの場で試したりしねえぞ! だいたい、面白いと思ったからって、すぐにできるもんじゃねえ!」

「いや、できたしな」

「だから普通できねえ! アベル、お前は異常だということだ!」

「やはり理不尽な言われようだよな」

アベルは顔をしかめた。


(化物だ。ああ、間違いねえ、このアベルとかいうやつは、人間の皮をかぶった化物だ!)

ダイナンは心の中で叫ぶ。

歓喜の中で叫ぶ。


(これほどの剣技を持ちながら、今も成長しているだと? 俺の技を身に付けようとしているだと? そりゃあ、できるようになれば、さらに上に行くだろうさ。だが、自分の命の懸かった戦いの最中で『試す』か? どんだけぶっ飛んだ頭なら、そんなことをするんだよ!)

ダイナンは心の中だけで叫んでいる。



対してアベルの言葉は落ち着いている。

「命のやりとりの場なのは確かだが、それって俺だけだろ」

「ん?」

「お前ら魔人の眷属は、首を斬り飛ばしても死なんだろうが。命が懸かっているのは、俺だけ。なんて不公平なんだ」

「まさかお前……他の眷属を知っているのか?」

アベルの愚痴に驚くダイナン。


「ん? 言わなかったか? 以前戦ったことがあると」

「他の魔人らと戦ったことがあるとだけ、聞いたわ」

「なら、さっきの質問には答えないことにする」

「てめえ、アベル……」

口をへの字にして言うアベル、やはり怒りと歓喜が入り混じったダイナン。



アベルはダイナンの技を試している。

精神的にはそれだけの余裕があるということ。


しかし実は、二人の間に実力的な差はほとんどない。


いや、もしかしたら差はゼロだと言っていいかもしれない。

それほどに伯仲(はくちゅう)している。



そこにあるのは、視座の差。



視座……どこを見ているのか。


アベルは、今ではなく将来の、自分がもっと強くなる未来を見ている。



「今のこの戦いに集中しやがれ!」

「ああ、まったくその通りだな」

ダイナンの怒鳴り声に苦笑するアベル。


「けどな、見たくなっちまったんだからしょうがねえだろ」

「見たくなった?」

「お前さんの技を自分のものにした、今よりもっと強い自分をさ」

「てめえ……」

アベルの言葉に、怒りと歓喜の混じった表情で返すダイナン。


今この瞬間の、自分との戦いだけに集中しろと怒り。

命が懸かっている戦いにおいてすら、相手の技を自分のものにしようとするその姿に歓喜。


人の心は複雑であるが、眷属の心も複雑なのだ。


「昔は、もっと強くなりたいと毎日思っていたなと。その気持ちを思い出した」

アベルの口から洩れるその言葉は、いっそ穏やかだ。


王になって、いやもしかしたらその前……『赤き剣』を結成した時から、自分自身が強くなりたいという気持ちよりも、仲間のために戦うという気持ちの方が勝っていた気がする。

それでも、日々成長はしていただろう。


しかし、強烈な渇望(かつぼう)はなかった……自覚がある。



そんな、強さへの渇望を思い出した。

いや正確には、もっと前から少しずつ思い出していたのだ。


恐らくは、城壁の上で戦いを見守る水属性の魔法使いに出会ってから。


この東方諸国に一緒に飛ばされて、二人で旅を続けるうちに、その渇望がより明確に思い出された。

それが、今、自分と同じ強さの剣に出会い、発露(はつろ)した。



「俺は、もっと強くなりたい」

アベルの口から(つむ)ぎ出される決意。


「おもしれえ! いいだろう。だったら、俺を倒して強くなってみやがれ!」 

「努力してみよう」

アベルはそう答えると、鋭く、だが深く息を吐いた。


一瞬で、目の前の戦いだけに集中する。



剣閃(けんせん)がさらに鋭くなった。



(おい! まだ速くなるってのか? 人にこんな速さが出せるだと? いやいやいやいや、ちょっと待て。こいつ、マジで人じゃないんじゃないか?)

ダイナンの驚きは、ついに表情にまで出はじめた。


この場で、その変化と理由に気付いた者が二人だけいる。

一人は、魔人ラージャ。

そしてもう一人は、涼。


「アベルの剣の輝きに、緑が混じりました」

その呟きは、涼の隣にいたロンジャには聞こえた。

だが、ロンジャには意味が分からない。


アベルの剣は魔剣。

だから、赤く輝く。

その輝きに違いはない気がするのだが。



「戦ったことはない。だが聞いた覚えがある。確か……ナイトレイ王国のリチャード、奴の剣……“エクス”。他のやつは使いこなせないとも聞いていたが、この……アベルとかいう剣士は使いこなしている? いや、それでもまだ、全開ではないのか? なぜ使える? 末裔(まつえい)か何かか?」

ラージャは、戦いを見ながら呟く。


そしてうっすら笑って付け加えた。

「ダイナン、(うらや)ましいぞ」



強者との戦いを欲する。

魔人のそれは(さが)

人が美味しいものを食べたいと思う気持ちと同じもの。

だから逃れられない。


中には、仙人のような食に執着(しゅうちゃく)しない人がいるように、魔人の中にも戦いに執着しない者はいるが……それはただの変人、いや変魔人。

どこかで赤い服を着ているだろう。


強者と自分の眷属が戦っているのを見れば羨ましいと思う。

当然、自分も、その強者と戦いたいと思う。

それは自然な感情。


だが、横から奪い取ってでも戦いたいかと言われれば、答えは否。


魔人にとって眷属とは、いわば子。

いや、子というより、自分の分身と言うべきか。

自らの力を分けて作り出した存在であり、自らの力を供給する対象でもあるから。


分身であるのなら……その分身が喜んでいるのを横から奪い取ろうとは思わないであろう?

もちろん分身が倒されれば、自分が相手をしたいと思うが。



そんなラージャが見守る中、戦いは続いている。



「アベル、やっぱりお前は戦闘狂だ」

「は? ダイナン、適当なことを言うな。俺は正常な一般剣士だ」

「なら、なぜ笑っている」

「笑って?」


ダイナンの指摘に、アベルは驚く。

笑っている自覚はなかったから。


「うっすら笑っているぞ」

「気のせい、お前さんの見間違いさ」

「そんなわけあるか!」

目の前の対戦相手がうっすら笑っているから、そう指摘したのだ。

見間違いなわけがない。


だが、目の前の剣士は認めない。


「いいかダイナン。戦闘狂ってのは、お前さんや、あの城壁の上で見ている、魔法使いのくせに剣を振りかざして近接戦を挑んでいく『リョウ』とかいう名前のようなやつのことを言うんだ。決して、俺のような平和を愛する剣士の事じゃない」

アベルの言い方が、どこかの戦闘狂魔法使いに似てきたのは、それなりに長い付き合いのせいであろう。


「俺が戦闘狂だというのは認めよう。俺は魔人の眷属だからな。主のラージャ様は、俺なんかよりもはるかに戦闘狂だが、それは魔人だから仕方ない。だがアベル、お前は人でありながら戦いを愛しすぎている」

「おい、こら、誤解を(まね)く言い方をするな」

ダイナンの言葉に反発するアベル。


『戦いを愛しすぎている』など、剣士としてだけならともかく、王がそう言われたら、それはさすがにまずい。

そんな王が治める国、国民が幸せになるわけがない。


「俺やラージャ様は戦ったことないが、かつて人の身でありながら魔人を倒した奴がいた。そいつの名はリチャードといった」

「ああ……」

聞き覚えのある……聞き覚えのありすぎる先祖の名前に、思わずアベルの口から言葉が漏れる。


「そいつが『戦いを愛しすぎている』やつだったらしい」

「そうか……リチャード王が」


リチャード王が治めた王国は、繁栄したと言われている。

その繁栄が、今の王国に繋がっており、中央諸国三大国の一つとして君臨(くんりん)しているのだ。


それなら、『戦いを愛しすぎている』王として言われたとしても、まあいいかとアベルは思ってしまう。

かの偉大なるリチャード王と同じであるなら、まあいいかと。



その後も、アベルとダイナンの戦いは続いた。



三十分ほど経ったあたりだろうか。

「そろそろでしょうか」

涼が呟く。


その呟きは、誰にも聞こえない。

城壁上にいる村人たちは、一喜一憂(いっきいちゆう)しながら、二人の戦いに見入っていたから。


魔人の眷属ダイナンは、ずっと笑ったまま戦っている。

はたから見れば結構不気味(ぶきみ)だが、仕方ない。

本人は、今まで感じたことのない幸福感に満たされているのだから。


一方のアベルも、うっすら笑いを浮かべて戦っている。

見る人が見れば、こちらの方が不気味かもしれない……これも仕方ない。

本人は、戦っている間にも自分の成長を感じ取れているのだから。



三十分間もの剣戟は、間違いなく長期戦だ。

長期戦となった場合、たいていは人の方が不利である。

それは、持久力に難があるから。


しかも武器を扱える生き物の中で、人は脆弱(ぜいじゃく)であり、(やわ)である。

魔人、眷属、ヴァンパイアは言うに及ばず……例えばケンタウロスなどと比べても。


だが、ここで戦う魔剣の剣士は、長期戦を苦手としていない。

むしろ、得意と言ってもいいだろう。



なぜか?


思考力に秀でているから。



戦ううちに、相手の得手不得手(えてふえて)を分析し、弱点まで暴いてしまう。

さらに相手の剣筋(けんすじ)把握(はあく)し、それに対する防御も最適化してしまう。


戦っている間に強くなる……アベルにとって、実は、それは日常だった。


「そう、アベルという剣士は卑怯(ひきょう)なのです」

小さな声で、なぜか弾劾(だんがい)する涼。


実は涼も同じような部分があるのだが……。

どちらも、知らぬは本人ばかりなり。



それは、一瞬であった。



「そろそろいいだろう」

「何?」


アベルの呟きは、剣を合わせていたダイナンにも聞こえた。


ダイナンの打ち下ろしを剣で受けず、体さばきでかわす。

打ち下ろしから横薙ぎへ、ダイナンは繋げる。


いつもなら、アベルはこの横薙ぎをかわす。


だが……。


ガキンッ!


一気に踏み込み、ダイナンの剣の根元近くまで体を入れて、剣をかざして体全てで横薙ぎを受けた。


てこの原理。


剣を振ると、剣先が最も速くなり、最も力が乗る。

逆に、(つか)に近ければ近いほど遅くなり、力が乗らない。


そんな、柄近くなら眷属の膂力であろうともアベルは受けきれる。


細かなステップで体を一回転させて勢いをつけ、ダイナンの両手首を断つ。

さらに回転しながら首、両足を斬り飛ばし、最後に心臓を剣で貫く。



アベルと眷属ダイナンの剣戟は、アベルの勝利で幕を閉じた。


全アベルファンに捧げる、アベルの現在地です。


本日2023年7月20日、小説第7巻が発売されました!

第一部完結巻ということで、涼とアベルが表紙です。

この第7巻でも、アベルは大活躍しています!


25万字丸々「ナイトレイ王国解放戦」です。

【なろう版】とは違う展開、結末などなど……な【書籍版】

【なろう版】を読まれて「面白い」と思ってくださった皆様にこそ、ぜひ読んでほしいです!


そしてその次巻、「第二部西方諸国編 第1巻」は秋には発売されます。

早いです。あまりお待たせしません。


まだ【書籍版】を読まれていない方がいらっしゃれば、ぜひこの機会に!

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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