0692 魔人教奇譚Ⅱ
七夜連続投稿の四日目です!
北西鎮守軍詰所の周辺は、地獄と化していた。
それを面白くない表情で見る、水色髪に赤い目の男。
その傍らには、黒い髪を背中まで伸ばした金色の目の少女がいる。
少女の方は笑っている。
それは、年齢に似合わない禍々しい笑い。
美しい顔であるがゆえに、余計に禍々しさが際立つ。
「クックック。感じるぞ。大地に落ちた人間どもの血が、我が血肉となっていくのを」
その言い方も、『少女』という年齢には全く合っていない。
「ラージャ様、俺は弱い者いじめは好きじゃないです」
水色髪の男がため息をつきながら呟く。
それをキッと見て、噛みつくように黒髪の少女ラージャが言う。
「分かっておるわ! だから私もついてきたんだ。ダイナンに指揮させたら、虐殺にならん。弱い奴は殺さずに逃がすだろうが!」
「いや、まあ、否定はしないんですが……」
「否定しろ! ちゃんと私の命令を聞いて皆殺しにしろ! お前、私の眷属なんだぞ?」
「それは否定しない」
「当たり前だ!」
水色髪の男……魔人の眷属ダイナンは小さく肩をすくめ、その主格の黒髪の少女は怒ったように顔をしかめている。
「ダイナン様、出城の制圧、完了しました」
「よし、あとは詰所本体だな。ん? そういえば、詰所を攻撃している連中からの報告が、全然来ていないな」
部下の報告に、一度は頷いた水色髪のダイナン。
だが、北西鎮守軍詰所そのものの制圧報告が来ていないことに気付いた。
傍らの黒髪の少女ラージャの方を見て問う。
「報告、来てないです……な?」
「詰所自体は、全然制圧できておらんだろ。あいつら戦いに生きる連中が持つ『かけら』が、最も強力な血肉となるのに、全然大地に落ちんぞ」
「ああ……」
報告したまま、その場で会話を聞いていた教徒は全く理解できていない。
目の前にいる黒髪の少女ラージャが、実は、彼らが崇める『魔人』であることは知らされていないのだ。
教徒らにとっては、水色髪のダイナンが、彼らを導く指導者である。
「しょうがない、俺が……」
「私が行く」
ダイナンの言葉にかぶせるラージャ。
あからさまに嫌そうな顔になるダイナン。
「おい、ダイナン、なんだその顔は!」
ダイナンの顔を指さして怒る黒髪の少女ラージャ。
「いや、だって……」
「何を言おうが私は行くぞ」
そう言うと、ラージャは、さっさと歩きだした。
小さく首を振りながら、ダイナンはその後ろをついていった。
北西鎮守軍詰所は、頑強に抵抗していた。
周囲を守る『出城』は全て陥落していたが、詰所本体はまだ無傷のようだ。
攻めあぐねる魔人教徒が包囲しているが、出城のようにはうまくいっていない。
教徒らは魔人の加護を受け、魔人の力が流れ込み強くなる。
とはいえ、本質的には人間だ。
戦闘訓練を受けた軍が立てこもっている場所を、力づくで制圧するのは簡単ではない……。
そこに、彼らの指導者水色髪のダイナンがやってきた。
傍らには、彼が連れている黒髪の少女もいる。
黒髪の少女は、いつも『本拠地』の奥におり、今回のような最前線に出てくることはないため、その組み合わせが戦場にあるのは珍しい。
「籠っている人数は?」
「二千人ほどかと」
「二千? まだ北西鎮守軍の半分もいるのか」
ダイナンは驚いたように言う。
「どうりで、力が漲らんわけだ」
黒髪の少女ラージャの呟きが聞こえたのはダイナンだけだ。
「いや、この三カ月でかなり成長したでしょうに」
ぼそりと呟くダイナン。
「それは『回廊』の『壁』が開いたからだ。誰が開いてくれたのか知らんが、おかげで中央諸国の『例の力』が流れ込んできおった」
「地脈からの力ですね。それまで、魔人虫を飛ばしたり、クンマモ城を落として『かけら』を手に入れたりして、細々とながらラージャ様の存在が消えないようにしてきた俺の功績は……」
「分かっておるわ! いずれ私が完全復活したら、報いてやる。お前だって、私の力が満ちるのに伴って、力も強くなっているであろうが」
「それはまあ、否定しませんけど……」
ラージャとダイナンは小声で会話しており、北西鎮守軍詰所前の喧騒によって、二人の会話は教徒らにも聞こえない。
聞こえたとしても理解はできないであろう。
「よし、ならば私が手ずから、人に流れる『神のかけら』をいただくとしよう」
「ああ……」
禍々しい笑みを浮かべて宣言するラージャ……ダイナンはため息をついた。
ラージャは詰所に向かって、ゆっくりと歩き始めた。
歩きながら、空中に手を挙げる。
すると、空間が割れた。
割れた空間に手を入れ、何かを掴んで外に出す。
手に持ったのは、自分の体の長さほどの湾曲した剣。
涼がいれば、「日本刀!」と叫んだだろう。
もっとも、一般的な日本刀に比べると、二倍近い長さだが……。
「さすがに『ホタル』を振るうには、この体は小さすぎるが……まあいいか」
高笑いをしながら、詰所に近付いていくラージャ。
その長大な日本刀は『ホタル』という名前らしい。
ちなみにダイナンは、ラージャの後ろを十歩ほど離れてついていく。
これから何が起きるかは分かっているために。
近くにいたいとは思わないのだ。
とはいえ、離れすぎているのもどうかとは思う。
もちろん、ラージャが傷つくなどとは思えない。
まだ完全復活には遠くとも、人間が傷つけることなどできないのは分かっている。
外見上は、間違いなく少女のラージャ。
普通であれば、そんな子供が近付いてくれば誰何するであろう。
「何者か」や「それ以上近付くな」……そんな声が聞こえてくるはずだ。
だが、詰所からはそんな声は飛ばない。
北西鎮守軍は、巨大な剣を持つ敵……そう認識したのだ。
一歩ずつ近づくラージャに向かって、数十本の矢が飛んだ。
しかし、その全てが外れる。
注意深い者がいれば、直撃コースだった矢も、ラージャに近付く前に曲がったことに気付いたであろう。
そう、まるで矢が飛ぶべきコースが歪んだように。
涼であれば、空間が歪められたと理解したかもしれない。
だが北西鎮守軍はそう思わなかった。
狙いが下手だったのだと、もっとちゃんと狙えば当たると思った。
二度目の斉射。
結果は同じであった。
「馬鹿な!」
「何が起きている」
さすがに、鎮守軍の中にも動揺が広がる。
何かヤバい存在が近付いてきている。
嫌でも、そう理解させられた。
そんなヤバい存在が、詰所の大扉の前に着く。
「フンッ」
まさに一刀両断。
ラージャが大剣を袈裟懸けに一撃入れる。
一撃で大扉は切り落とされた。
何の抵抗もなく。
その後は、ただの虐殺であった。
ラージャが歩むたびに、兵らの首が斬り飛ばされていく。
噴き出す血。
赤い噴水の中を、気持ちよさそうに歩くラージャ。
十歩遅れてついていく眷属ダイナンは、血を浴びない。
正直、人の血というのはあまり好きではない。
べたつくし、服にかかると洗っても落ちないし。
「ラージャ様の服、また捨てることになる……」
そんなことを考えて、ため息をついてしまうのだ。
「だからついてきてほしくなかったのに」
教徒らは人間だ。
食べさせていかねばならない。
そのためには金が要る……今では、無尽蔵と言ってもいいほどの蓄えがあるが、ここに至るまでは苦労したこともあった。
ダイナンは苦労性である。
噴水ショーは十分ほどで終わった。
「気持ちよかったぞ」
頭の先から足の先まで血に染まったラージャが、禍々しさと艶やかさのない交ぜになった笑みを浮かべて言う。
「それで、少しは力が漲りましたか?」
ため息をつきながら問うダイナン。
「知りたいか? ならば私が得た力を分けてやる」
ラージャはそう言った次の瞬間……。
「うごっ」
思わずダイナンの口から洩れる声。
それは苦悶の声であるが……。
「フハハハハ。これは凄い……これは凄いですな、ラージャ様」
そこには、苦労性の表情であったダイナンはいない。
まさにラージャの眷属としての、禍々しい笑みを浮かべた魔人の眷属がいた。
「力が漲る」
「そうであろう?」
ダイナンの言葉に、満足そうに頷くラージャ。
多くの戦いを経験してきた北西鎮守軍の人間四千人が持つ『神のかけら』は、一般人に比べて、ある意味純度が高い。
それは、長い時間を生きてきたラージャもダイナンも知っている。
しかし今回は、中央諸国から流れ込んでくる『地脈』の力も相まって、これまでに経験したことのないほどの相乗効果が生まれていた。
「『回廊』が閉じていた間に、地脈が溜まっておったのであろう。この三カ月、ものすごい勢いで流れ込んでくる。それに、今回の『神のかけら』の収集……凄いのぉ」
「これは、ラージャ様の完全復活も近いのではありませんか?」
「うむ、それは間違いない。クックック」
こうして、北西鎮守軍詰所は灰燼に帰した。
ファラファオの村に、北西鎮守軍壊滅の報が届いたのは翌日昼であった。
ジュラジュの街の人間が知らせに来たのだ。
その報告を聞いた時、村人は誰も、一言も喋れなかった。
そんな中、最初に口を開いたのはロンジャ。
「ジュラジュの街は……無事か?」
「ああ、街は無傷だ。魔人教のやつらは、詰所だけ襲撃して軍の連中を皆殺しにしやがった。他のやつが、ファンラン伯の所にも報告に走ったはずだ」
「ファンラン伯というと、東の方に領地を持つ領主様か。だいぶ遠いよな」
「まあな。それでも、どこかには知らせないと……」
問うたロンジャも、答える報告人も、報告が届くまでに数日かかるであろうと理解している。
それだけ離れている。
だからこそ、北西鎮守軍という辺境にしては巨大な四千人もの軍事力が置かれてあったのだ。
しかし、それが一夜にして壊滅した。
「アベル、北西鎮守軍を襲撃したのって、やっぱり魔人関連ですよね?」
「だろうな」
ロンジャらから少し離れた場所で、涼が問いアベルが答える。
アベルは答えたが、別の何かを考えている表情だ。
「アベル、何か気になることがあるんですか?」
「ああ。連中、鎮守軍の詰所は襲撃したのに、すぐそばにあるジュラジュの街には手を出さなかっただろう?」
「らしいですね。何でですかね。詰所を襲撃していたら時間が足りなくなって、もしかして今夜、街を襲うとか?」
「いや、多分襲わないと思う……」
アベルは小さく首を振る。
「あいつらは普通の民ではなく、冒険者や兵といった、戦う連中を狙うのだと思う」
「ほっほぉー。もしかして王国に現れた……なんとかいう魔人も、そうだったのです?」
「ああ、ガーウィンな。当初は、そこまで明確な狙いであるというのは俺たちにも分かっていなかった。だが、東方諸国に飛ばされてからもいろいろと考えていたんだが、何らかの理由で、戦う連中の命を狙うのだと思う」
アベルは考えながら言う。
アベルが出した結論は正解なのだが、それを確定させる情報はこの場にはない。
魔人は復活の過程で、『神のかけら』を必要とする。
それを多く持つのは人……それも、戦場を闊歩した兵、あるいは死線を潜り抜けてきた冒険者などは多く持つ。
彼らは死ぬと、体内に持っていた『神のかけら』が血と共に大地に流れる。
それが、魔人復活の力となる。
アベルがせめて、『神のかけら』という言葉を知っていれば、涼が西方諸国で得てきた『神のかけら』の知識と合わさることができたのかもしれない……。
「アベルが確信していても、ねぇ……」
涼が胡乱気な目でアベルを見る。
いつもとは逆の立場だ。
「おい、なんだその目は」
「アベルは、僕をいつもこんな目で見ているのです」
「そ、そうか? いや、言われてみればそんな気が……」
「こんな目で見られる気分を味わうがいいです!」
「そう言われてもな」
アベルが苦笑する。
そして言葉を続けた。
「だいたいさっきの予測も、デヴォー子爵が仮説として口にしたことがあったのだ」
「ラーシャータ・デヴォー子爵? 神殿の伝承官の方ですよね」
涼は、魔人虫の件で知り合った記憶がある。
伝承に関して非常に優秀な人物で、神殿が特例を作ってまでも、神殿勢力内にとどめ置いたほどだ。
「その時は、デヴォー子爵自身も、それほど確信は持っていなかったが。今となっては、その通りだったと考えるべきだな」
「ラーシャータさんが言うのなら確かですね!」
「俺が言うだけだと信じられないのかよ」
「当然です! 信頼と実績が違います」
なぜか偉そうに、上から目線で断定する涼。
ちなみにアベルは国王陛下で、涼は筆頭公爵。
いわば、アベルは涼の直接上司と言ってもいい。
だが、涼の方が偉そうである。
「ラーシャータさんと言えば、コナ村でお世話になりました。その時は、魔人虫でしたか……」
「魔人虫?」
涼の言葉にアベルが首を傾げる。
そこに、ちょうどロンジャがやってきた。
なので、涼は尋ねることにした。
「すいません、ロンジャさん」
「はい?」
「昔この辺りに、小指の爪くらいの、足が十本ある虫……潰すと血みたいな赤い体液の出る虫とか見たことありませんでした?」
涼がそう問うと、ロンジャの目は大きく見開いた。
「ええ、ええ、いました。血虫と呼んでいました。この辺りは、昔から血虫が多くて……。年中いたのですが、そういえば最近見ません」
「ここ最近?」
「そう……三カ月ほどでしょうか。不思議ですね」
ロンジャはそう答えると、他の村人に呼ばれて去っていった。
「リョウ、もしかしてその血虫……魔人虫と言ったか。それって……」
「ええ。魔人が力を集める最初の段階みたいですよ。コナ村でも発生したそうで。ただあそこでは、長い期間ではなかったのですけど……多分、ヴァンパイアの力を奪ったからです」
「それは報告書を見た記憶がある。力を奪われたヴァンパイアは、ハスキル伯爵カリニコスだったか」
「それです。そのヴァンパイアが、力を奪われたと言っていましたからね。本来なら、この辺りの血虫みたいに、長い間、力を集めるものなのでしょうね」
「三カ月ほど見なくなったと言っていたな。ちょうど『回廊』の『壁』が開いた頃……」
「そう、関係があるのでしょうね。それによって魔人の眷属が、力を得た可能性があります」
アベルも涼も、小さく首を振る。
「ガーウィンの時のオレンジュといい、今回の水色髪といい、眷属は剣の強い奴が多いのか?」
「ガーウィンって王国で戦った魔人ですよね。その時の眷属も、剣が強かったのです?」
「ああ、強かった」
「赤服のマーリンさんが言うには、魔人と一口に言っても特性というか得意なものがいろいろ違うらしいです」
「それなのに、眷属はみんな剣が得意?」
「そうなのかも。困ったものです」
再びアベルも涼も、小さく首を振った。
ある『本拠地』にて。
「う~む」
黒髪の少女が首を傾げている。
「覚醒できそうですか、ラージャ様」
水色髪のダイナンが問う。
「もう少しだ。もう少しなのだが……どこかに、多くの『神のかけら』を抱えた人間はおらんか……」
「ふむ、思い当たる節はあります」
ラージャも期待せずに呟いたのだが、それに対してダイナンが思い当たる節があると言う。
「あるのか?」
眉をひそめて問い返すラージャ。
その表情からは、いかにも信じてなさそうな雰囲気が出ている。
だがそれでも、もし本当にそんな人間がいればラッキーだとの期待も少し滲んでいる……複雑な感じだ。
「先日、教徒共がファラファオ村の連中と戦ったと報告したと思いますが……」
「うむ、覚えておる。リーダー格の……ロンジャであったか、やつら三人に全滅したのであろう? もしや、そのロンジャか?」
「いえ、実はその後、俺がやつらを襲撃して……」
「なに!? その話は聞いておらんぞ!」
ばつが悪そうに言うダイナンに、まなじりを上げて怒りの表情になって言い返すラージャ。
「すいません、ちょっと言いにくくて」
「なんで言いにくいのじゃ?」
「実は俺の一撃を……いや、その後の連撃も完全に受けられたので……」
「は? ロンジャなる者は、それほどに強いのか?」
「いえ、相手はロンジャではありません。新たにファラファオ村に加わった、魔剣を操る剣士でした」
「そんななりをしていても、お前は我が眷属ぞ? しかも力も増しておるはずの……。その連撃をことごとく防ぐだと?」
「そんななりって……」
驚くラージャ、傷ついた風を装うダイナン。
「まあよい。そいつは、かなり良さそうではないか。だが……なぜ言いにくかったのだ?」
「言ったら……ラージャ様が戦おうとするでしょう?」
「うむ、当然だ」
「だからです」
「うん?」
「あの魔剣使いは、俺の獲物です!」
珍しくラージャに要求するダイナン。
それに驚くラージャ。
長い……本当に長い付き合いの眷属であるが、ダイナンがこれほどに強い口調で要求することは滅多にないのだ。
「まあ私は……その魔剣使いが死ねば『神のかけら』は回収できるから、お前に任せてもいいのだが」
「ありがとうございます」
「見ているだけというのも暇だな。ロンジャなる者の相手でもするか?」
「ああ、そう言えば、その魔剣使いの相棒のような魔法使いがおりました」
「ほぉ?」
「あれもかなり強いと思います……」
「ふむ、それを私にあてがうか」
肩をすくめるラージャ。
そして、口を開いた。
「まあいい。私は、その魔法使いとやらの相手をしよう。とはいえ、お前たちの戦闘は見守ってやる」
「え? ラージャ様は手を出さないんですよね?」
「くどい! 手は出さぬと申しておる」
「それなのに、見守る……だけ? 本当に?」
ダイナンの目は、非常に胡散臭いものを見る目である。
ラージャが、手を出さないで見ているだけというのが信じられないようだ。
「お前が、それほど執心する魔剣使いとの戦いであろう? めったに見られまい? 面白そうではないか」
ラージャはそう言うと大きく笑った。
「早速行くぞ」
突然の、魔人とその眷属による襲撃が決行された……。




