0690 遭遇
「……」
驚き、何も言えないアベル。
「やっぱり」
そう呟き、したり顔で頷く涼。
「葬られたはずのアベルの過去が、今、明らかになりました」
「いや……」
混乱して、涼の言葉へのつっこみもできないアベル。
だが、思わず口からこぼれる言葉がある。
「何かの間違いだろ」
「犯罪者は、いつもそう言います」
涼が糾弾する。
「彼らは、はっきりと言ったじゃないですか。『アベル様』と」
「それは……確かに……そう、言ったが……」
「アベル、認めるがいいです」
「そもそも、さっきリョウが話したやつだって、ただのリョウの妄想だろう? それとかぶる状況が存在するなんておかしいだろうが」
アベルが正論で抵抗する。
「僕の頭に浮かんだ話が、真実を貫いていたのでしょう。これまで、僕はアベルの姿を数多く見てきました。その言動は全て記憶しています。そこから想像されたお話は、意識していなかった、そして知らされていなかったアベルの過去を浮き彫りにしてしまったに違いありません」
「そんなわけあるか!」
「『事実は小説よりも奇なり』という言葉があります。信じられなくとも、事実は事実。いくら真実を覆い隠そうとしてもそれは不可能。お天道様は、全てお見通しなのです!」
あえて『事実』と『真実』を混在させて追及する涼。
さすがに混乱し、珍しく劣勢となるアベル。
もちろん、涼がアベルを追及したところで、建設的なことは何もない。
そう、これは不毛な追及。
そこで、不思議そうに二人を見ている三人の視線に気付いた。
「ほら、アベル、彼らがあなたの声を待っていますよ」
「いや、そう言われても……」
涼がアベルを促す。
アベルは、片膝をつく三人を見て口を開いた。
「なあ、誰かと間違っていないか?」
「この期に及んで、アベルはまだそんなことを……」
「いや、そうは言うが……」
涼が呆れたように肩をすくめ、アベルはやはり困惑したまま言い返す。
三人のうちの中央の男が口を開いた。
「その赤い髪、聞き伝わる容貌、背中の剣は魔剣なのではありませんか?」
「いや、確かに魔剣だが……」
「ほらー!」
煽る涼。
だが、アベルは男の言葉に疑問が湧いた。
「今、『聞き伝わる容貌』と言ったか?」
「はい」
「俺自身を知っているのではなく、誰かから俺の外見を聞いていた?」
「はい。一年前に亡くなりました、先代のお頭からお聞きしております」
「なるほど」
男の答えに、大きく頷くアベル。
アベルの顔から、困惑は消え去った。
そして涼の方を向いて言う。
「分かったな? そういうことだ」
「残念です。もうちょっとだったのに」
「何がもうちょっとなんだよ!」
アベルが、山賊の首領であった疑惑は晴れたのであった。
「その首領が言った話とやらを、詳しく聞かせてほしい」
アベルがそう言うと、中央の男が話し始めた。
「先代お頭は、時々、未来の事が視えました」
「未来視?」
男の言葉に、思わず涼が呟く。
アベルは、そんな涼をチラリと見たが、無言のまま視線を男に戻す。
「先代お頭がアベル様……いえ、アベル王のことを言ったのは、死の間際でした」
「遺言、ということか?」
「はい……我々、残された者たちは、そう捉えております」
中央の男がそう言うと、両脇で片膝をついた男たちは、二人とも声を出さないまま泣き始めた。
「我々は、ある……勢力と長らく争っております」
中央の男は、少し言葉を選んで話し始めた。
「先代お頭は、長く我々を率いてきましたが、一年前の大規模な戦闘で命を落とされました。その死の間際に、アベル王の事を皆に伝えて亡くなったのです」
「その……争っている勢力とかいうのは、さっきお前たちが戦っていた相手か?」
「さすが! そんなことまでお分かりに」
アベルが勘で指摘したことが合っていたため、驚く三人。
もちろん、涼がソナーで感知したことをアベルに教えたことである。
そのため、アベルの後ろで涼が腕を組んで、うんうん頷いているのがチラリと見えて、何とも言えなくなるアベル。
一つ大きくため息をついてから、アベルは言葉を継いだ。
「まあ、撃退できたから、良かったんじゃないか?」
「相手が教徒……人間でしたので」
顔をしかめて答える中央の男。
「教徒だったから? それは……本当の敵は人間じゃない、という意味だよな?」
アベルは、言葉に含まれた意味を問いただす。
「はい。先代お頭は、そいつに……」
「そいつは……いや、そもそもお前たちが相手にしている連中とは、誰なんだ?」
アベルが問う。
だが、中央の男は、小さく首を振る。
「申し訳ございません。正確には分からないのです。ただ……」
「ただ?」
「先代お頭は、こうおっしゃっていました。魔人教徒と」
「魔人?」
「教徒?」
男の答えに、アベルも涼も首を傾げた。
「魔人って、あの魔人ですかね?」
「分からん。というか、以前リョウが言ったよな。魔人……当時はスペルノか。スペルノが中央諸国から侵入してきて厄介だったと……」
「ええ、幻王に聞いてみましたよね。反応的には合っていたと思います。ここからは予想ですけど、『回廊』を閉じたのは、彼らが入ってくるのを防ぐためだった」
「そして中央諸国にも魔人はもういなくなったから、回廊を開けても大丈夫と」
涼とアベルは、推論を展開する。
「そうなると、おかしいですよね」
「この東方諸国に『魔人教徒』などというやつらがいることが、だよな」
そう、魔人は現在の東方諸国にいないはずなのに、それを崇め奉っているかのような者たちがいるというのは……論理的に変なのでは?
「伝承とかには出てくるらしいので、それを利用して信者を集めている?」
「それが一番ありそうだな」
涼の推論にアベルも頷く。
宗教の中には、そういうものもある。
「でもそうなると、信者を率いている教祖様的な人、けっこうなやり手ということですよね」
「……そうなのか?」
「組織を作るだけでもけっこう大変なんですよ。お金集めとか人集めとか。それをやったうえで、この人たちと戦うような戦闘集団も持っているってことでしょう?」
「これはむしろ、ダーウェイが国家として対処するべき状況なんじゃないか?」
アベルは小さく首を振る。
しかし、次の瞬間だった。
「<アイスウォール10層>」
ガキンッ。
涼とアベルは同時に反応した。
涼は氷の壁を構築し、アベルは抜剣して討って出て……相手の剣を受け止めた。
その男は、そこに突然現れた。
水色の髪に赤い目、アベルと並ぶ長身であるがついている筋肉はかなり多い。
そんな男の振り下ろしを、アベルはいつもの魔剣で受け止めた。
「ほぉ~」
片頬を上げてニヤリと笑う水色髪の男。
「魔剣使いが、奴らの中にいるという報告は聞いていなかったな。ということは、新たに加わったか」
「リョウ、守りを頼む。こいつは俺がやる」
「大丈夫。すでに守っています!」
水色髪の言葉を無視するように、アベルと涼が会話する。
「魔剣使い、お前が俺をやると言ったか?」
「水色髪、聞こえなかったのならもう一度言ってやろうか? 俺が、お前をやる」
「面白れぇ!」
水色髪は、凶悪な表情でそう叫ぶ。
ガキンッ、ガキンッ、ガキンッ……。
始まる連撃。
その力と速度は凄まじい。
正面から受けるのは、人では難しいだろう。
だが……。
「全て流すだと?」
「どうした水色髪、この程度か?」
「魔剣使いー!」
アベルの挑発に、剣速を上げる水色髪。
だが、アベルの防御は破れない。
「チッ」
水色髪は舌打ちすると、後方に跳んだ。
一度戦闘のリズムを変えようとして距離をとったのだ。
だが、どこからか、誰かに声を掛けられたかのように少し首を傾げ、顔をしかめる。
そして……。
「マジかよ」
そう呟くと、剣を納めた。
アベルは訝し気な視線を送りながらも、油断せず剣を構えている。
「仕切りなおしだ」
「おいおい、逃げるのかよ」
挑発するアベル。
強敵であることは理解したが、まだあまり情報を取れていない。
もう少し剣を重ねれば、さらに情報を得られる……だから挑発する。
「ふん。いずれ嫌というほど戦うことになるだろうさ。じゃあな」
水色髪はそう言うと一瞬にして消えた。
そう、涼のソナーですら追えない速度。
現れた時も追えなかったが、去る時も追えなかった。
「とんでもないことです」
涼が悔しそうに言う。
「先代お頭は正しかったようだ」
「アベル?」
「俺は戦ったことがあるから分かる。今の水色髪は、魔人の眷属だ」