0689 アベルが戻る場所
今夜から、七夜連続投稿です!
涼とアベルがヴィーヴィー伯スープンの屋敷を出てから十日後。
「アベルって国王陛下じゃないですか?」
「そうだな、国王だな」
「国王陛下って、国家権力を使って民を虐げることがあるじゃないですか?」
「俺はやった覚えはないが、そういう国王もいるかもな」
涼が吹っ掛ける議論を、あくまで一般論に転換し華麗にかわすアベル。
「国王陛下って悪い人が多い、つまりアベルも悪い人でしょうかね」
「うん、意味が分からんな」
論理展開など全く関係のない議論らしい。
「そういえばリョウは、筆頭公爵じゃないか?」
「え? ええ、まあ、その可能性もあります……」
アベルの言葉に、不穏な響きを感じてごまかそうとする涼。
「公爵も権力者側だよな。国家権力を使う人間の中でも上の方の」
「そ、そういう考え方をする人もいるかもしれず、いないかもしれず……」
「結局、リョウも悪い奴に違いないな」
「僕は、民に寄り添う公爵でありたいと、日々努力しています」
アベルの断定に、涼は日頃の心がけで対抗する。
その気持ちに嘘はない。
……多分。
そんな他愛ない会話を交わしながら進む一行。
もちろんそれぞれ愛馬に乗り、彼らの後ろには巨大な五台の氷の<台車>がついてくる。
そう、いつの間にか四台から五台に増えていた。
「ダーウェイを出た後は、いつどこで何を補給できるか分かりませんからね」などと言いながら、涼が買い足していった結果だ。
涼は行き当たりばったりではなく、とても計画的な旅行をするタイプなのだ!
「俺とリョウだけの時は、すげー適当だったろうが……」
「当然です。アベルには我慢してもらえばいいですが、アンダルシアに苦労させるわけにはいきません」
涼の言葉を聞いて、嬉しそうに鳴くアンダルシア。
涼は、アンダルシアは人の言葉を完全に理解していると、勝手に思っている。
そんな時。
「あれ?」
思わず涼の口から言葉が漏れた。
それは、フェイワンに乗って隣を進むアベルにも聞こえる。
「どうした?」
アベルの問いに、涼は首を傾げたまましばらく進み……。
「<アイスウォール10層>」
一行の周囲に、透明な氷の壁が張られた。
それは、攻撃されるのを想定した涼の氷の壁。
なぜなら、『10層』だから。
「襲撃か?」
「まだ偵察だとは思うんですけど……多分、盗賊とか山賊とか、その類の人たちだと思うんですよね」
「この辺りは、ダーウェイにとっては辺境と言っていい地域だろうからな」
「ここ二、三日は小さい村ばかりですもんね。でも辺境だからといって、治安が悪くなっていい理屈はないと思うんです」
「その通りだが、現実はそうなってしまうだろう?」
涼が辺境に住む民の事を考えて憤慨し、アベルが国王として国家統治の現実から肩をすくめる。
誰だって、治安が悪いのは嫌だ。
安心して暮らせる……それは民にとっても国にとっても、何よりも大切で素晴らしいことの一つ。
治安を犠牲にしてでも手に入れなければならない何か……そんなものがあるとは思えない。
「平和で、安心安全なのが一番です」
「そうだな」
涼もアベルも、平和の大切さを知る冒険者である。
「あれ?」
一分後、再び涼が首をひねった。
「どうした?」
「監視が増えました」
アベルの問いに涼は答えるが、納得いかない部分があるようだ。
「襲撃が近いということか?」
「いえ、それがですね……新たに監視に加わったのは、別のグループの人たちだと思うんです」
「うん? つまり、二つの組織の連中が、俺たちを監視しているということか?」
「ええ、ええ。そういうことになります」
アベルの言葉に、涼は頷く。
「今夜は、夜営の予定だったよな?」
「そうですね。少なくとも貰った地図には、大きな街は描いてなかったので。村とかだと、家には泊めてもらえませんし、現実的には村の隅の空き地を借りるだけでしょう? 結局、夜営です」
アベルも涼も冒険者であるため、夜営には慣れている。
だいたい夜営とは言っても……。
「僕が<アイスウォール>で囲うので、全く苦労はありません」
「リョウって便利だよな」
「ふふふ、これが水属性魔法の真価です」
「水属性魔法というか、リョウが普通じゃない気が……」
涼が胸を張って威張り、アベルが微妙に修正する。
どちらにしろ、客室露天風呂付きの高級宿に泊まれはしない。
それは確定している。
さらに進むと。
「う~ん……」
「どうした? また何かあったか?」
再び涼が首を傾げ、アベルが問う。
「監視していた二つのグループ、戦いを始めたようです」
「ああ、そういうことか」
涼の報告にアベルは頷く。
何か思い当たる節があるようだ。
「つまり、その二つの組織は元々この地で争っていたんだろう。そこに、俺たちが紛れ込んだ。互いに、相手の新戦力かもと思って監視していた……」
「なるほど、それなら説明がつきます。いちおう」
「いちおう? それ以上に、ありそうなことがあるか?」
涼の意味ありげな言い方に、今度はアベルが首を傾げる。
「実は一方は、かつてアベルが率いていた盗賊集団なのです」
「は?」
「アベルが国王になる前……いえ、『赤き剣』を結成する前かもしれません。その盗賊集団は残虐非道、あらゆる悪さをしてきたひどい連中でした。それもこれも、率いていたアベルのせいに違いありません」
「……」
「監視していた人たちは、かつての残酷首領アベルが戻ってきたことに喜び、驚いていたのですが、アベルを見つけたのは彼らだけではありませんでした。その当時、アベルたちに酷い目にあわされた、この土地の代官所の人たちも見つけたのです」
「……」
「彼らは、盗賊集団の監視員に戦いを仕掛けました。生き残りの盗賊たちと、かつての首領アベルが一緒になったら、また不幸な目に合うかもしれない、そう考えて。それが、今、起きている戦いの真実です」
「……」
「もちろんアベルは、その後、心を入れ替えて冒険者として成功しました。国王にもなりました。ですがそれでも、去られた盗賊たちはアベルを忘れていなかったのです。いつの日か、あの残虐非道なアベルが戻ってきて、再び自分たちを率いてくれるに違いないと……そう思って生きてきたに違いありません」
語り終えた涼。
なぜか、とても満足そうだ。
一方のアベルは、無言。
もちろん、まったく満足していない。
「いつも思うのだが、よくそうやって、次から次へと妄想が飛び出してくるな」
ため息をつきながら言うアベル。
「いやあ、それほどでも」
「褒めてはいない」
なぜか照れる涼、首を振るアベル。
もちろん、全て涼の妄想だ。
しばらくすると、戦いは終わったようだ。
そして五分後、二人の進む道の前に、三人が立って待っていた。
最初に、二人を監視していた盗賊だか山賊だかの者たちであることを涼は理解している。
三人は、二人が近付いてくると片膝をついて礼をとる。
そして口を開いた。
「おかえりなさいませ、アベル様」
本日2023年7月15日(土)、『水属性の魔法使い』コミックス3巻の発売日です!
涼と、あの悪魔とが向かい合う表紙です!
小説第7巻は、7月20日の発売なのですが……AmazonKindleでは、もう売られております。
活動報告で書きましたが、昼間は売れ筋ランキングに載っておりました。
ええ、「ライトノベル」だけでなく「全体」の方にも。
小説5巻や6巻も売れています! と流れていたようで……。
ありがたいですね!
今回の7巻は、なんといっても「第一部 中央諸国編」の完結編です!
涼とアベルも気合入っていますよ!
まだお手元に届いてない方は、もうしばらくお待ちください!
そして、この【なろう版】は、本日から七夜連続投稿です。
どうぞ、お楽しみください!




