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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
733/930

番外SS 旅の楽士 涼とアベル

予定外のSS投稿をしてみました!

「僕らはチュアロウの街を出発したはずですが……」

「すぐ隣に、別の街があった……のか?」

涼が困惑(こんわく)し、アベルも困惑する。


二人はもちろんアンダルシアとフェイワンに乗り、後ろからは氷の<台車>もついてきている。

そんな二人だが、状況を理解できないでいた。


二人の前にあるのは、城門。

街の入り口にあるような、巨大な門だ。

だが、二人は三十分前、甘露湖の移送問題を解決したチュアロウの街を出て、再び旅路(たびじ)を急いでいた。


それなのに、すぐに街に着いた。

多分、チュアロウとは別の街……。


しかも、その門の前で……。


「アベル様、リョウ様とお見受けいたします。お待ちいたしておりました」

などと、品のある老人に丁寧(ていねい)に頭を下げられたのだ。


「確かにアベルとリョウだが……ご老人、ここはチュアロウとは別の街か?」

アベルが代表して問う。


「こちらは、チュアロウなど一帯を領するヴィーヴィー伯スープン様のお屋敷です」

「お屋敷の門……」

「それにしてはでかいな」

老人が答え、涼とアベルが規模の大きさに驚く。


二人が街の門と間違えたくらいに大きいのだ。

領主とはいえ、およそ個人の屋敷の門とはなかなか思えない……。



丁寧に中に案内された二人。

アンダルシアとフェイワンを預け建物の中に入ると、入口で一人の男性が(うやうや)しく礼をとっていた。

「ヴィーヴィー伯スープンと申します。高名なる方々を我が屋敷に迎えることができましたこと、歓喜(かんき)()えません」

二人を見て口上(こうじょう)を述べたスープンは、再び深々と頭を下げた。


逆に、涼とアベルが困惑する。


「ああ……領主殿、頭を上げてくれ。甘露湖の件だろうが、あれは成り行き上、やっただけだ。冒険者としては当然の事」

「住民の皆さんはもちろん、水の妖……人ならざる方々にも頼まれましたし」

アベルと涼が答える。


「はい、もちろん副代官のチューランからも報告を受けました。それこそ、ほんの数十分前に。こちらの屋敷の前を通ってくださって本当に運が良かったです。そうでなければ、走って追いかける羽目になるところでした」

スープンは笑顔で答える。


「ですが、それだけではございません」

「うん?」

「はい?」


スープンは再び頭を下げて言葉を続けた。


「お二人は、ロンド公爵と護衛のアルバート殿でしょう?」

「ああ……」

「えっと……」

笑顔の問いに、答えに逡巡(しゅんじゅん)する二人。


「響音会の場に、私もおりました」

「ああ……」

スープンの言葉に、結局(うなず)くしかないアベル。

無言のまま頷く涼。


「皇帝陛下が厚遇(こうぐう)されたお二人にお助けいただいた上に、もてなさずに領地を去られたりすればヴィーヴィー伯一生(いっしょう)不覚(ふかく)。どうか私の面目(めんもく)を立てるために、もてなしをお受けください」

「ああ……」

「そこまで言われては……」



そうして、二人は美味しい食事でもてなされた。

それはもう、酒池肉林(しゅちにくりん)……は言い過ぎだが、本当に次から次へと。


しかし実は、食べている間も涼にはちょっとだけ気になることがあった。

彼らがスープンの家族と食べているのは、講堂のような広い室内空間だ。

そこに、巨大なテーブルが置かれている。

スープンが言うには、上級官吏や高位軍人などと宴会をする場合に使ったりする場所らしい。


そんな講堂の隅に、布を掛けられた『道具』があるのだ。

上部構造部分しか見えないために、涼としても想像でしかないのだが……。


全員、お酒も飲んでいい感じになってきたところで、涼は立ち上がると、その『道具』の近くに歩いていった。

そして、布をそっとめくり上げる。


「やっぱり! シェン-ロン!」

そう、そこにあったのは、グランドピアノであった。


「しぇんろん?」

アベルはよく分かっていない。


「ほら、ピアノですよ」

「ああ、ピアノか」

ピアノなら通じるらしい。


「あの響音会で注文して、買ったのですが……」

スープンはそこまで言うと、傍らの女性を見る。

見られたスープンの奥方だが……にっこり微笑んだ。


そう、微笑んでごまかした。

ピアノの練習に飽きたらしい。


「楽器って、習得するのに時間かかりますからね」

「確かにな」

涼が頷き、アベルも同意する。

それを受けて奥方も何度も頷く。

スープンは小さく首を振ってため息をついた。



その後……なぜか、ヴァイオリンも楽器室から持ってこられ……。

二人が演奏する羽目になった。



ピアノを含め、準備が進む。


だが、涼が何かに気付いたようにいきなり頭を上げた。

「どうした?」

「ちょっとピアノの音の高さの確認を……」

涼はそう答えると、移動しようとしているピアノに近寄り、鍵盤(けんばん)(ふた)を開けて、ラの鍵盤を押した。


ラ。


「ああ、ちゃんとした高さです。半音ずれていなくて良かったです」

涼は安堵すると、蓋を閉めて、移動の準備をしていた人たちに頭を下げてアベルの元に戻った。


「半音ずれて?」

「ええ、ずれていませんでした。いつも通りの音の高さでした」

「ヴァイオリンは、毎回弾く前に(げん)を調整するが、ピアノもするのか?」

「普通は一年に一回とかです。もちろん、演奏会の前には、調律(ちょうりつ)師の方がするんですが……今回のように誰も弾いていなかったピアノは危険なのです」

涼が力強く頷く。

もちろんアベルは意味が分からずに首を傾げている。


「昔、僕の故郷に、ブラームスという音楽家……いや、まあピアノ弾きがいまして、ヴァイオリン弾きと二人で旅をしていたのです。そしてある街での演奏会……直前に会場が変わって、ピアノの音合わせをしたら、全ての鍵盤が半音低くなっていたのです」

「それは大変だな。ヴァイオリンの弦は四本だからすぐに調整できるが、あのピアノって弦の本数が多いだろ」

「ええ、ええ。開演時間が迫っていたので調律しなおす時間はありませんでした」

「……どうしたんだ?」

「ピアノは半音上げて演奏しました」

「半音上げ?」

アベルは顔をしかめる。


ヴァイオリンではちょっと想像がつかない。


「ピアノという楽器は、白鍵盤と黒鍵盤があるのですが、それらは半音ずつずれています」

「つまり、白鍵盤で弾くはずの所を、黒鍵盤で弾く羽目になった?」

「ただ、ミとファの間には黒鍵盤がなくそこが半音違い、シとドの間にも黒鍵盤がなくそこも半音違い……」

「黒にしたり隣の白だったり……意味が分からん」

「ええ、意味が分かりません。それをほとんど即興(そっきょう)でこなしたのです。さすがはブラームスなのです」

なぜか、涼が力強く頷く。


「リョウなら……できるか?」

「絶対、無理です」

再び、涼は力強く頷く。


「今回、ちゃんと合ってて良かったな」

「ええ、まったくです」

二人とも、力強く頷いた。



「さて演奏だが……どっちが先にやる?」

「いっそ、合奏してみますか?」

アベルの問いに、斜め上の提案をする涼。


ピアノは、この『ファイ』に生まれたばかりであるため、当然アベルはピアノと合わせて演奏したことなどない。

ちなみに涼も、地球にいた頃にヴァイオリンと一緒に演奏したことはない……。


「がっ……そう……?」

珍しくアベルが愕然(がくぜん)とする。


だが、そこに涼からの福音(ふくいん)が。

「アベルは、いつも通りパガニーニの『24の奇想曲』を弾いてください。僕が合わせます」

「合わせます?」

「気分が乗ってきたら、適当に変奏しちゃってもいいですよ」

「適当に変奏?」

「僕もやっちゃうかもしれないので……ジャズのセッションですね!」

「じゃず? せっしょん?」

涼の言葉を、アベルは全く理解できない。


だが、そこはアベル。


「まあ、いい。とりあえずやってみるか」

即断即決。

王の決断。

決断の結果を自ら取ることに慣れた者の判断速度。



準備が終わり、涼がピアノの前に座る。

アベルがヴァイオリンを持ってすっくと立つ。


そして……。

いつもの、『24の奇想曲』の特徴的(とくちょうてき)なフレーズからの出だしをかき鳴らす。

そこに合わせられる涼のピアノ。


(から)み合い、追いかけ合い……時に食い合う。


24の奇想曲、第24番は、特徴的なフレーズ、『主題』が何度も出てくる。

これを外さずに……あとは思うがままに!


(つむ)ぎあい、(つな)ぎあい……新たな『パガニーニの主題による変奏曲』が生まれる。

ただ、一度限りの。


二人の起こす(うず)に巻き込まれる聴衆(ちょうしゅう)

スープンの家族、家臣、果ては馬たちも。


音楽は、生きとし生けるものすべてに影響する。

あらゆる境界を超える大いなる力。

二人が生み出した大いなる力。


それは、聞くものを幸せにしたのだった。




即席演奏会が開かれた翌日、二人はヴィーヴィー伯スープンの屋敷を出発した。


「いや~、音楽って素晴らしいですね!」

「そうだな」

「世界平和の鍵は、音楽だと思うのです」

「世界の平和か。壮大な話だな」

涼が主張し、アベルが苦笑する。


「いずれ、アベル王が世界征服の()に就いた時、それを成功させる鍵が音楽になるのです」

「うん、『征服』って言ってる時点で『平和』とはかけ離れていると俺は思うぞ」

「王たるものが細かいことを気にしてはいけないのです」

「そもそも、俺は平和の方が好きだ」

「そうやって隣国を安心させておいて不意打ちするのですね。何という策士」

「リョウに言われるのだけは、絶対違うと思うんだよな」

筆頭公爵と国王は、常に国の安全に気を配っている。


「ここ、ダーウェイの中では、けっこう中心から離れていると思うのです」

「なんだ突然?」

「そんなところにまでピアノは広がってきています」

「素晴らしい楽器だからじゃないか? まあ、弾ければだが」

アベルは肩をすくめる。


楽器の演奏は、決して簡単ではない。

ピアノは鍵盤を押せば音が出るとはいえ……それは決して『演奏』ではないわけで。


「でもいずれは文化圏を超えて、中央諸国にまでやってきそうな気がします」

「来るだろうな」

涼はあくまで予感なのだが、アベルは確信しているようだ。


「なんでそんなに自信たっぷりなんですか?」

「人は、良い物が好きだからだ」

アベルは断言する。


「たとえそれが、使いこなすのが難しい物だったとしても、いずれは一般化する。俺は、それは人の持って生まれた性質だと思うぞ」

「アベルは、そういう物事の本質的な部分を掴むのが上手ですよね」

アベルの言葉に、涼は感心したように頷いた。

涼も全く同意見だから。


「俺たちが通る道を通ってやって来るんだろうな」

「僕らも中央諸国を目指して歩み続けないといけませんね」

アベルが言い、涼が決意を表明する。

それを受けて、アンダルシアとフェイワンがいななく。


二人と二頭は、中央諸国に向かって進み続けるのであった。


どこかで入れたいと思っていた、涼:ピアノ、アベル:ヴァイオリンのデュオエピソードをちょっと入れてみました。

本格的なのは、ずっと後……ゴホッゲホッ……いえ、これ以上は言えません。


ちょっと小説第7巻の『書き下ろし小冊子 ウィリー殿下の冒険』の表紙装丁が、あまりにもカッコよかったもので……宣伝したいなと思って、SSを書いたのです。



以前も書きましたが、7月20日発売の小説第7巻には、「書き下ろし小冊子付き」版があります。


『【書き下ろし小冊子付き】水属性の魔法使い 第一部 中央諸国編7』


TOブックスオンラインでの限定発売です。

税込み3,190円!

ちょっとお高い?

ら、ランチを六食くらい抜いてお金の工面を……。



第一部と第二部の間、その三年間に起きたこと。


気になりませんか?

それが、書き下ろし小冊子「ウィリー殿下の冒険」には書いてあります。


そしてこの小冊子、いつもの付録SSとは全く違います!

プロの装丁家の方にデザインいただいた表紙がちゃんとあるのですが……めっちゃカッコいいです!

11万字、表紙もあり……ちょっとお高いのは、カッコいい文庫本一冊分ということでご容赦を。


この

『【書き下ろし小冊子付き】水属性の魔法使い 第一部 中央諸国編7』は、

6月18日(日)までに注文すると、発売日7月20日(木)にお手元に届きます。



TOブックスオンライン限定

(本屋さんでは売っていません)

『特設ページ』

https://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html



それでは次回、7月15日からの七夜連続投稿でお会いしましょう!

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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