0688 移送作戦
涼とアベルが泊まる『嶺上開花』から、歩いて一時間。
一行は、問題の湖に到着した。
湖の周囲には、けっこうな人たちがいる。
工事に携わっているであろう人々、代官所の人間であろう人々、そして地元の民と思われる人々……。
「怪異が起きているのに、人がいっぱいいますよ? 大丈夫なんでしょうか」
「人に危害を加えない怪異なんじゃないか?」
涼もアベルも、何が起きているのかは全く分からない。
一行が近付くと、一人の男性が近付いてきた。
見覚えのある顔。
「リョウ殿、アベル殿、よく来てくださいました。今朝は迎えに行けず申し訳ない」
そう言ったのは、ヒューラン副代官であった。
「怪異があったとか?」
「はい。あったというか、現れたというか……」
「現れた?」
アベルの問いにヒューランは顔をしかめて答え、涼は首を傾げる。
「湖の向こう側です。ご案内します」
ヒューランはそう言うと、歩き始めた。
それについていく涼とアベル、そして『冬雷』の五人。
「お祈りをしている人たちがいます?」
涼は、集まっている人たちを見ながら問うた。
「ええ、地元の民です」
ヒューランは答えた後、言葉を続けた。
「いちおう、工事の者たちにも、先には行かないように伝えてあります。ですので、湖の向こう側には、代官所の人間だけがいます」
しばらく歩くと、湖の向こう側に出た。
少し離れた場所に、何やら青い服を着た一人の老人が立っている。
だが、それは……。
「人ではないな」
アベルが確信めいてそう言うと、ヒューランは頷いた。
青い老人は、少し揺らめいているようにすら見える。
突然……老人は歩き出した。
一行を認識して、近付いてくるようだ。
「夜中に現れてから、全く動かなかったのに……」
そう呟いたのはヒューラン副代官。
その言葉で我に返ったのだろう。
『冬雷』の五人が戦闘態勢をとる。
「待って!」
だが、鋭い制止の声。
発したのは涼。
「リョウ?」
訝し気に問いかけるアベル。
「師匠の感じに似ています」
「師匠?」
「ええ。僕の剣の師匠、このローブや剣をくれた師匠です」
「ああ……」
涼の説明にアベルは頷く。
ロンドの森にいる……人ではない存在。
近付いてくる青い老人に合わせて、涼も少し前に出た。
いちおう、交わされるであろう会話がヒューランらにも聞こえるよう、あまり前には出過ぎない程度に……。
青い老人は涼の前方、五メートルほどで止まって口を開いた。
「ふむ」
ただ一言、それだけを呟いて、涼を上から下まで眺めているのが分かる。
「初めまして。冒険者の涼と申します」
涼の方から挨拶をすることにした。
「わしの名は……人の口では発せぬな。じゃがそれでは会話しにくかろう。サンプトウと呼ぶがよい」
「では、サンプトウさんと」
サンプトウと涼の間に、会話は成立する。
会話が成立することが分かれば、多くの問題が一気に解決に向かう……たいていの場合は。
「お主……リョウと言ったか。王のローブを纏い、王の靴を履き、王の剣を携えるとは……かなり気に入られておるな」
「ああ、やはり師匠に関係する方だったのですね」
涼のローブなどは、ロンドの森で涼に剣の稽古をつけてくれたデュラハンからもらったものだ。
そのデュラハンは、水の妖精王らしい。
つまり目の前の青い老人は、水の妖精王の……関係者?
「ふむ、王を師匠と呼ぶとは……そして、体から溢れるその『雫』。お主、人間ではないな。かといって、エルフやスペルノ、ヴァンパイアの類でもない……もちろん悪魔やドラゴンでもない……悩ましい」
「いえ、僕は人間ですよ」
涼は自信満々に断言する。
その反応は予想外だったのだろう。
青い老人は目をぱちくりしている。
「いや、しかし……」
「僕は人間ですよ」
「そうは言っても……」
「僕は、人間、ですよ」
「そうか……分かった、人間リョウよ」
「はい、その認識でよろしくお願いします」
青い老人は抵抗を諦め、涼は大きく頷いた。
後ろの方で、「リョウの押しは、強いんだよな」と某剣士が呟いたのは内緒である。
「えっと、道具や堤を壊したのはサンプトウさんですね?」
「うむ」
涼はいきなり核心を突き、サンプトウも肯定する。
そこは問題ではないのだ。
涼からすれば、水の妖精王の仲間……あるいは親類のようなサンプトウは、悪い存在ではないことを確信している。
しかも、非常に強力な存在であることも疑っていない。
そんな存在がいる湖……そこで堤が壊れたり道具が壊れたりしているのであれば、サンプトウの行動の結果であろう。
その推測は成り立つ。
同時に、のっぴきならない事情があるのだろうとも。
「なぜそんなことをされているのか、教えていただけますか?」
「今、この湖……人間たちは甘露湖と呼んでおったな。その甘露湖では、バオイーが生まれようとしておる」
「なんと!」
サンプトウの答えに驚きの声を上げたのは、後ろで聞いてたヒューラン副代官であった。
だが彼だけでなく、『冬雷』の五人も大きく目を見開いている。
反応していないのは、涼とアベルだけだ……。
「えっと……すいません。僕ら、この東方諸国の出身ではないものですから、そのバオイーというのが何なのかよく分からないのです」
涼が申し訳なさそうに言う。
アベルも小さく頷いた。
説明をしてくれたのは、ヒューラン副代官であった。
「格好と、アベル殿の髪の色からそうではないかと思っていました。バオイーというのは、『宝の魚』とも言われ……ほとんど目にすることができない貴重な種です」
そこで、一度ヒューランは言葉を切り、再び言葉を続けた。
「ですがそれ以上に、『国の宝』とも言われます」
「国の宝?」
「はい。バオイーのいる地域は実り多くなり、豊かな国となることが保証される……そんな伝承があるのです」
「それはすごいですね」
ヒューランの説明に、驚く涼。
だが涼は、ヒューランの表情が冴えないことに気付いた。
「でも、ヒューランさんの表情は冴えませんね」
「はい……バオイーは貴重な種ですが、滅多に卵を産まないし、卵から幼魚がかえるのに時間がかかるのです」
「時間? どれくらいですか?」
「五年と聞いたことがあります」
「卵で五年……」
さすがに涼も驚く。
そして理解した。
ヒューランの表情の意味を。
五年も待てない、ということだろう。
「でも、貴重な種なのでしょう? 『国の宝』と言われるほどの……」
「おっしゃる通りです。これが、チュアロウだけの治水事業であれば、代官も説得してなんとしても時間をもぎ取ったのでしょう。ですが……」
「他の領主や、ひいては中央政府にも関連するということだな」
涼の言葉に、苦渋に満ちた表情で答えるヒューラン、そして理解を示すアベル。
無言のまま、人間たちの話を聞いていたサンプトウが口を開く。
「まあ、そうなるであろうな」
人よりもはるかに長い生を持つであろう存在は、人の世界の事すら理解しているようだ。
「そうであろうから、これから五年、ずっと妨害し続けようと考えておったのじゃ」
「なんという脳き……いえ、剛腕思考」
サンプトウの思いに、素直過ぎる「脳筋」という言葉が思わず漏れそうになる涼。
「あまりにも、我ら人の都合であることは重々承知しておりますし、お怒りもあろうかと思いますが……」
「怒ってはおらん。じゃが、退く気もない」
ヒューランの言葉に、はっきりと言い切るサンプトウ。
涼は首を傾げて問いかけた。
「人が、自然を自分たちの都合のいいように変えることを、怒っておいででは?」
「自然に手を入れるのは、人間の性であろう? わしとて何万年も人を見てきた。それくらいは学んだぞ」
青い老人は、笑いながらそう答える。
「でもそれをやりすぎると……」
「やり過ぎれば人に返ってきて、人が滅ぶ。なんでもそうであろうが。生物でも魔物でも、餌となるものを食べ過ぎれば、それが種の存続に跳ね返ってくる。生き物の真理は、何においても同じ。やり過ぎれば、自分たちに跳ね返ってくる。違うか?」
「なるほど」
涼は頷いた。
目の前の存在は、人の感情などはるかに超越しているらしい。
人が自然を破壊するのは人の摂理の一部。
それを咎めたりはしない、独立した種として口を出したりはしない。
やり過ぎれば種の滅亡となって返ってくる。
人がやり過ぎれば、人は滅ぶ。
何かの種が人を滅ぼすのではない。
人の行動の結果が、自然から返ってくる……それを理として把握しているのだ。
そこで、涼は思考を目の前の状況に戻した。
多分、放っておいても、五年間、争いが続くだけ。
サンプトウが旧甘露湖が無くなるのを妨害し、人間側が工期の遅れを縮めるために何度もトライする……そんな争いが。
「地権者の都合で公共事業が遅れるのはよくある話ですが……軍隊などが出てきたら面倒なことになります」
そう、人間側が力で解決をしようとして、軍事力を行使するようなことになれば、あまりいい結果にはならないであろう。
今のダーウェイ中央政府であれば……皇帝やリュン親王などは、それほど愚かな行為を行うとは思えないが、中央政府に工期の遅れを報告したくない地方行政の人間は、そうとは限らない。
あるいは中央政府側の、地方行政の窓口など……。
なので、涼は当然の提案をする。
「そのバオイーさんたちを、新しい甘露湖に移動するわけにはいかないのですか?」
「うむ、無理じゃ。すでに卵を体内に宿しておる。この状態では、体力はギリギリになってな。移動は無理……」
そこまで言ったところで、サンプトウは口をつぐんだ。
顎に手を持っていって、何かを考え始めた。
それをじっと見る一行。
もしバオイーの移動ができれば、全てが解決する。
だが、それが難しいということは、ここにいる全員が理解していた。
それができるのなら、サンプトウがやったであろうと思うからだ。
それだけの力のある存在だということは、ヒューランと『冬雷』の五人も感じ取っていた。
遥かに人を超越した存在。
しばらくしてサンプトウは、顎に持っていっていた手を下ろした。
そして涼をじっと見て口を開く。
「リョウから溢れるその『雫』は……常に溢れておるのか?」
「えっと……サンプトウさんがおっしゃる『雫』というのは、エルフの人たちが『妖精の因子』、悪魔の人たちが『妖精の雫』と呼んでいる、あれですよね?」
「うむ、それじゃ」
涼の確認に、頷くサンプトウ。
人……というか、種だか存在だかによって呼び方が違うので、ちゃんと確認しておかねば。
「僕自身では正直分からないのですが、常に溢れ出ているらしいです。知り合いの霊獣の方は、これで寿命が延びたとかおっしゃっていました」
ニルスの村にいる霊獣様は、そんなことを言ったのを涼は覚えている。
「そうか!」
大きく目を見開き、一つ頷くサンプトウ。
「リョウならいけるかもしれん」
「リョウの妖精の因子、すげーな。リョウ自身には、何の効果もないのにな」
「ええ……。どうせなら僕を無敵にするとか、怪我しても瞬時に再生するとか、そういう効果が欲しかったです」
喜ぶサンプトウ、驚きながらもちょっと呆れたアベル、もっと即物的な効果が欲しかったと嘆く涼。
「<台車>」
一辺五メートルの、かなり大きめな<台車>が生成された。
もっとも、『嶺上開花』の裏庭に置かれている、四台の<台車>に比べれば小さいのだが……。
だが<台車>を生成した水属性の魔法使いは首を傾げている。
「どうした、リョウ」
「いえ、今回大量の水が入るので重いです。それに一キロもの距離を移動すれば、水の中にいるバオイーも負担が大きくなるでしょう。<アイスバーン>を敷いたとしても。理想は、地面と車輪からの振動を完全に消すこと……空中に浮かせるのが一番いいのですが」
「浮かせる? それはさすがに難しくないか?」
涼の考えに、さすがに難しいだろうと答えるアベル。
そんなアベルを涼はじっと見る。
そして閃いた。
「さすがアベル、素晴らしいアイデアです!」
「……俺は何も言っていない」
そう、アベルは何も言っていない。
「<アイスクリエイト 演説台>」
<台車>が消された場所に現れたのは、同じくらいの大きさの演説を行う氷の台。
「その演説台とかいうのは……ルンの街で作ったやつじゃないか?」
「よく覚えていましたね。アベルが即位式で乗ったやつです」
アベルの記憶力を褒める涼。
「あれは……空を飛んだな」
「ええ、ええ。それですよ。<ウォータージェット>を下から噴射して、今回はちょっとだけ浮かせて、それをスーッと押していきます」
涼のイメージは、エアホッケーだ。
エアホッケーは、テーブルから空気が出てパックを浮かせるが、今回は氷の台から水を噴出させて浮かせる。
地面との摩擦がないために、指一本でも押していけるし、何より地面の凸凹を拾わないために、水中のバオイーたちにもストレスがかからないはず。
「バオイー移住作戦、発動です!」
「おう……」
こうして、涼が言うところのバオイー移住作戦が開始された。
涼は、湖の端っこに、ちょこんと手を入れた。
「え~っと、バオイーさんは二匹ですよね?」
「うむ、よく分かったな」
「ええ、得意技です」
<アクティブソナー>を使っただけなのだが、ちょっと得意げに答える涼。
そもそも、他の魚たちとは存在感が違うのだ。
大きさは一メートルほどだろうか。
淡水魚にしては大きい方だが、それ以上に、何かが違う。
涼のソナーは、水の振動、その反射を利用して対象を分析する。
『対象』の物質によって反射がいろいろ変わるから、分析できる。
そう考えた時、バオイーの『存在感』というのは、魚とは本質的な物質構成が違う……と考えることができるのかもしれない。
(生物でも魔物でもない?)
涼はそう感じたが、口には出さない。
近くにいるのがサンプトウやアベルだけならいいが、地元の人間ともいえる代官所のヒューランや『冬雷』もいるので。
「二匹の周りの水を冷たくない氷にして、そのまま、この台に載せます。サンプトウさん、二匹に伝えてもらえますか」
「承知した」
サンプトウは軽く目を閉じる。
十秒後、目を開いた。
「いつでもいいそうじゃ」
「分かりました。では……<アイスクリエイト 水槽>」
涼が唱えると、バオイーの周囲の水が氷となって切り取られた。
そのまま『水槽』を、氷柱が持ち上げ、ゆっくりと湖畔に移動する。
「<アイスバーン>」
水槽は、氷柱から氷の道にゆっくりと移され、さらに氷の『演説台』に滑ってきて……演説台の上に、静かに着氷した。
「うん、OKですね」
涼が色々確認して、満足そうに頷く。
次の瞬間、水槽を載せた演説台が地面から五センチほど浮き上がった。
「では、出発しましょう」
すぐに出発を提案する涼。
『水槽』の中に入っている水は、かなりの空気を含んでいるのが分かる。
一キロの移動で、バオイーが酸欠になることはないだろう。
それでも、いつもとは違う環境なのだ。
卵がいるのなら、こんな環境にある時間は短い方がいい。
一行は出発した。
旧甘露湖から新甘露湖まで一キロ。
しかし、上がり下がりの多い道であるため、二十分ほどかかる。
「本当に軽そうだな」
アベルが、『演説台』を押しながら隣を歩く涼に声をかける。
押しながら歩いている涼だが、ものすごく軽そうなのだ。
「もちろんです。それが、この演説台の凄いところですよ。王国に戻ったら、重量級の荷物もこうやって運べばらくちんであることをアピールします」
「アピール?」
「アピールして、この演説台みたいな錬金道具を製作して売り出すのです。お金が、がっぽがっぽ入ってきますよ!」
涼が嬉しそうに答える。
だが、隣で聞くアベルは首を傾げている。
「何ですかアベル? その権利に一枚噛ませろ、俺のアイデアがあったからこそなんだから、利益の半分をよこせとか言うんじゃないでしょうね?」
涼が、明らかに警戒した表情で問う。
「いや……その演説台が浮いているのって、リョウの水属性魔法でだよな?」
「ええ、そうですよ」
「錬金道具として演説台を造った場合……それも水属性魔法で浮かせるってことだよな?」
「ええ、そうですよ?」
「それって、何の魔石を使うんだ?」
「え?」
アベルの問いに、一瞬、意味が分からない涼。
だがしばらく考えると、表情が強張っていく。
そして……。
「青い……水の魔石……ですかね」
呟くように、小さな声で答える。
そう、涼も理解した。
「水の魔石は貴重だ。いや、ほとんど一般には出回らないと言っていい。なぜなら……」
「水中の魔物からしか採れないから。そして水中の魔物は、捕獲困難……」
涼は思わず膝から崩れ落ちそうになるが、慌てて意識して足に力を入れた。
今は、バオイーの移送中だ。
「くっ……その問題は、王国に帰ってから解決してやります。今は移送に集中します」
「そうだな、それがいい」
二十分後、一行は新甘露湖に到着した。
旧甘露湖の時とは逆の手順で『水槽』が下ろされ、二匹のバオイーは新甘露湖に移った。
「どうですかね?」
涼が緊張の面持ちでサンプトウに尋ねる。
「うむ。二匹とも元気だそうじゃ。向こうの湖にいた時よりも、体調が良いらしい。リョウのおかげじゃな」
「ああ、良かったです」
笑顔のサンプトウ、同じく笑顔の涼。
二人の会話を聞いて、喜び合う一行。
バオイー移住作戦は成功した。
そう、バオイー『の』移住作戦は成功した。
「実はリョウに、折り入って相談があるのじゃ」
「なんでしょう、サンプトウさん」
「実は向こうの湖は、他にも魚がおってな……」
「え……」
確かに、さっきソナーで見た。
旧甘露湖の中には、結構な数の魚がいた……。
「人の開発によって命が失われるのは摂理と思っておったが……バオイーらの移住を見ていると……」
「それ以上は言わなくて大丈夫です。僕にお任せください!」
涼は右拳で自分の胸を叩いた。
どんと任せての表現だ。
後ろから肩をすくめて見るアベル。
「リョウはお人好しだなー」と、その口が動くのであった。
四時間後。
「これで……ハア、ハア……移住……ハア、ハア……完了です」
這う這うの体とはまさにこのこと。
まあ、辛うじて涼は二本足で立っているが。
「リョウよ、本当にありがとう」
青い老人サンプトウは、深々とお辞儀した。
「いえいえ、大したことはしていませんから」
笑顔で答える涼。
疲れているが、ここは強がってみせるところだ。
「さすがは王が見込んだ男。我ら水の妖精は、リョウの献身を決して忘れぬ」
サンプトウはそう言うと、消えていった。
消えた後で、色々と尋ねればよかったと気付いた涼。
「しまったです……」
その不手際に落ち込み、疲労に襲われる涼。
だが、お仕事はまだ終わっていない。
「チュアロウ代官所を代表して、感謝する」
そう言って、これも深々と頭を下げるヒューラン副代官。
その後ろで同じように頭を下げる『冬雷』の五人。
さらにその後ろで頭を下げる数百人の人々。
甘露湖の地元民たちである。
中には、泣いている者もいる。
何度も何度も頭を下げている。
「ああ、いえいえ、ほんとに大したことではありませんから」
涼は、感謝されるのは嬉しいのだが、あまりにも深く、多くの人からの感謝は照れてしまう性分らしい。
結局、その夜も『嶺上開花』に泊まり、涼とアベルがチュアロウの街を出発したのは翌日であった。
当然、アンダルシアとフェイワンに乗り、後ろから四台の巨大な<台車>がついてくる。
「今回は、とても平和な冒険でした」
「まあ、そうだな」
「アベルがとても不満そうです」
「不満? いや別に不満などないが?」
「嘘ですね!」
涼は強い口調で糾弾する。
「もっとドッタンバッタンな、血沸き肉躍る戦いを期待していたのに、肩透かしを食らったからですね!」
「いや、別にそんなものは望んでいないぞ」
「ふふん、嘘をついても僕には分かるんです。剣士などという野蛮な近接職の人は、そういう人が多いに違いありません」
「出たな、リョウの偏見」
いつものように、涼とアベルはじゃれ合い、それを背に感じながら愛馬たちが嬉しそうに鳴く。
平和な、王国への帰還は、まだ始まったばかりであった。
次の投稿は、7月15日~21日です。
七夜連続投稿となります。
ええ、小説第7巻・コミックス第3巻の発売にあわせての投稿ですね。
今回の、穏やかで平和なお話と違って、「ドッタンバッタンな、血沸き肉躍る戦い」がある予定です。
……多分。
楽しみにお待ちください。
それで、ちょっとだけ、小説第7巻(本編)のお話を。
「第一部 中央諸国編」の最終章です。
「ナイトレイ王国解放戦」だけで丸々一冊、25万字超!
純増10万字、元々の箇所も書き換え多数。
【なろう版】も、書いた時は「全力を尽くした!」と思っていたのですが、
時が経ち、何度か読み返すと、追加したいことがいっぱい出てきました。
それらを加筆・修正したら、原形がどっか行ってしまいました……あはははは。
【なろう版】では、ほとんど出てきただけだった「あの船」も頑張っています!
ちょっと分かりにくかった部分も分かりやすくしました!
第6巻で張られた伏線も活用しています!
全体通して、さらに面白くなったと自負しています。
そんな小説第7巻は、2023年7月20日(木)発売です。
TOブックスオンラインでは、すでに予約受付始まっています。
【書き下ろし小冊子付き】版もあります。
ぜひぜひ、読んでやってください。
よろしくお願いいたします。
「水属性の魔法使い」特設ページ
http://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html




