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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
732/930

0688 移送作戦

涼とアベルが泊まる『嶺上開花(りんしゃんかいほう)』から、歩いて一時間。

一行は、問題の湖に到着した。

湖の周囲には、けっこうな人たちがいる。

工事に(たずさ)わっているであろう人々、代官所の人間であろう人々、そして地元の民と思われる人々……。


怪異(かいい)が起きているのに、人がいっぱいいますよ? 大丈夫なんでしょうか」

「人に危害を加えない怪異なんじゃないか?」

涼もアベルも、何が起きているのかは全く分からない。


一行が近付くと、一人の男性が近付いてきた。

見覚えのある顔。


「リョウ殿、アベル殿、よく来てくださいました。今朝は迎えに行けず申し訳ない」

そう言ったのは、ヒューラン副代官であった。


「怪異があったとか?」

「はい。あったというか、現れたというか……」

「現れた?」

アベルの問いにヒューランは顔をしかめて答え、涼は首を傾げる。


「湖の向こう側です。ご案内します」

ヒューランはそう言うと、歩き始めた。

それについていく涼とアベル、そして『冬雷』の五人。



「お祈りをしている人たちがいます?」

涼は、集まっている人たちを見ながら問うた。


「ええ、地元の民です」

ヒューランは答えた後、言葉を続けた。


「いちおう、工事の者たちにも、先には行かないように伝えてあります。ですので、湖の向こう側には、代官所の人間だけがいます」



しばらく歩くと、湖の向こう側に出た。

少し離れた場所に、何やら青い服を着た一人の老人が立っている。

だが、それは……。


「人ではないな」

アベルが確信めいてそう言うと、ヒューランは頷いた。

青い老人は、少し揺らめいているようにすら見える。



突然……老人は歩き出した。

一行を認識して、近付いてくるようだ。


「夜中に現れてから、全く動かなかったのに……」

そう呟いたのはヒューラン副代官。


その言葉で我に返ったのだろう。

『冬雷』の五人が戦闘態勢をとる。


「待って!」

だが、鋭い制止の声。

発したのは涼。


「リョウ?」

(いぶか)し気に問いかけるアベル。


「師匠の感じに似ています」

「師匠?」

「ええ。僕の剣の師匠、このローブや剣をくれた師匠です」

「ああ……」

涼の説明にアベルは頷く。


ロンドの森にいる……人ではない存在。



近付いてくる青い老人に合わせて、涼も少し前に出た。

いちおう、交わされるであろう会話がヒューランらにも聞こえるよう、あまり前には出過ぎない程度に……。


青い老人は涼の前方、五メートルほどで止まって口を開いた。

「ふむ」

ただ一言、それだけを呟いて、涼を上から下まで眺めているのが分かる。


「初めまして。冒険者の涼と申します」

涼の方から挨拶をすることにした。


「わしの名は……人の口では発せぬな。じゃがそれでは会話しにくかろう。サンプトウと呼ぶがよい」

「では、サンプトウさんと」


サンプトウと涼の間に、会話は成立する。

会話が成立することが分かれば、多くの問題が一気に解決に向かう……たいていの場合は。


「お主……リョウと言ったか。王のローブを(まと)い、王の靴を履き、王の剣を携えるとは……かなり気に入られておるな」

「ああ、やはり師匠に関係する方だったのですね」


涼のローブなどは、ロンドの森で涼に剣の稽古(けいこ)をつけてくれたデュラハンからもらったものだ。

そのデュラハンは、水の妖精王らしい。

つまり目の前の青い老人は、水の妖精王の……関係者?


「ふむ、王を師匠と呼ぶとは……そして、体から(あふ)れるその『(しずく)』。お主、人間ではないな。かといって、エルフやスペルノ、ヴァンパイアの類でもない……もちろん悪魔やドラゴンでもない……悩ましい」

「いえ、僕は人間ですよ」

涼は自信満々に断言する。


その反応は予想外だったのだろう。

青い老人は目をぱちくりしている。


「いや、しかし……」

「僕は人間ですよ」

「そうは言っても……」

「僕は、人間、ですよ」

「そうか……分かった、人間リョウよ」

「はい、その認識でよろしくお願いします」

青い老人は抵抗を諦め、涼は大きく頷いた。


後ろの方で、「リョウの押しは、強いんだよな」と某剣士が呟いたのは内緒である。



「えっと、道具や(つつみ)を壊したのはサンプトウさんですね?」

「うむ」

涼はいきなり核心を突き、サンプトウも肯定する。


そこは問題ではないのだ。

涼からすれば、水の妖精王の仲間……あるいは親類のようなサンプトウは、悪い存在ではないことを確信している。

しかも、非常に強力な存在であることも疑っていない。


そんな存在がいる湖……そこで堤が壊れたり道具が壊れたりしているのであれば、サンプトウの行動の結果であろう。

その推測は成り立つ。


同時に、のっぴきならない事情があるのだろうとも。


「なぜそんなことをされているのか、教えていただけますか?」

「今、この湖……人間たちは甘露湖と呼んでおったな。その甘露湖では、バオイーが生まれようとしておる」

「なんと!」

サンプトウの答えに驚きの声を上げたのは、後ろで聞いてたヒューラン副代官であった。

だが彼だけでなく、『冬雷』の五人も大きく目を見開いている。


反応していないのは、涼とアベルだけだ……。


「えっと……すいません。僕ら、この東方諸国の出身ではないものですから、そのバオイーというのが何なのかよく分からないのです」

涼が申し訳なさそうに言う。

アベルも小さく頷いた。


説明をしてくれたのは、ヒューラン副代官であった。

格好(かっこう)と、アベル殿の髪の色からそうではないかと思っていました。バオイーというのは、『宝の魚』とも言われ……ほとんど目にすることができない貴重な種です」


そこで、一度ヒューランは言葉を切り、再び言葉を続けた。


「ですがそれ以上に、『国の宝』とも言われます」

「国の宝?」

「はい。バオイーのいる地域は実り多くなり、豊かな国となることが保証される……そんな伝承があるのです」

「それはすごいですね」

ヒューランの説明に、驚く涼。


だが涼は、ヒューランの表情が冴えないことに気付いた。


「でも、ヒューランさんの表情は冴えませんね」

「はい……バオイーは貴重な種ですが、滅多に卵を産まないし、卵から幼魚がかえるのに時間がかかるのです」

「時間? どれくらいですか?」

「五年と聞いたことがあります」

「卵で五年……」

さすがに涼も驚く。


そして理解した。

ヒューランの表情の意味を。


五年も待てない、ということだろう。


「でも、貴重な種なのでしょう? 『国の宝』と言われるほどの……」

「おっしゃる通りです。これが、チュアロウだけの治水事業であれば、代官も説得してなんとしても時間をもぎ取ったのでしょう。ですが……」

「他の領主や、ひいては中央政府にも関連するということだな」

涼の言葉に、苦渋に満ちた表情で答えるヒューラン、そして理解を示すアベル。



無言のまま、人間たちの話を聞いていたサンプトウが口を開く。

「まあ、そうなるであろうな」

人よりもはるかに長い生を持つであろう存在は、人の世界の事すら理解しているようだ。


「そうであろうから、これから五年、ずっと妨害し続けようと考えておったのじゃ」

「なんという脳き……いえ、剛腕(ごうわん)思考」

サンプトウの思いに、素直過ぎる「脳筋」という言葉が思わず漏れそうになる涼。


「あまりにも、我ら人の都合であることは重々承知しておりますし、お怒りもあろうかと思いますが……」

「怒ってはおらん。じゃが、退く気もない」

ヒューランの言葉に、はっきりと言い切るサンプトウ。


涼は首を傾げて問いかけた。

「人が、自然を自分たちの都合のいいように変えることを、怒っておいででは?」

「自然に手を入れるのは、人間の(さが)であろう? わしとて何万年も人を見てきた。それくらいは学んだぞ」

青い老人は、笑いながらそう答える。


「でもそれをやりすぎると……」

「やり過ぎれば人に返ってきて、人が滅ぶ。なんでもそうであろうが。生物でも魔物でも、(えさ)となるものを食べ過ぎれば、それが種の存続に跳ね返ってくる。生き物の真理は、何においても同じ。やり過ぎれば、自分たちに跳ね返ってくる。違うか?」

「なるほど」

涼は頷いた。


目の前の存在は、人の感情などはるかに超越(ちょうえつ)しているらしい。


人が自然を破壊するのは人の摂理(せつり)の一部。


それを(とが)めたりはしない、独立した種として口を出したりはしない。


やり過ぎれば種の滅亡となって返ってくる。

人がやり過ぎれば、人は滅ぶ。

何かの種が人を滅ぼすのではない。

人の行動の結果が、自然から返ってくる……それを(ことわり)として把握しているのだ。



そこで、涼は思考を目の前の状況に戻した。


多分、放っておいても、五年間、争いが続くだけ。

サンプトウが旧甘露湖が無くなるのを妨害し、人間側が工期の遅れを縮めるために何度もトライする……そんな争いが。


「地権者の都合で公共事業が遅れるのはよくある話ですが……軍隊などが出てきたら面倒なことになります」

そう、人間側が力で解決をしようとして、軍事力を行使するようなことになれば、あまりいい結果にはならないであろう。


今のダーウェイ中央政府であれば……皇帝やリュン親王などは、それほど愚かな行為を行うとは思えないが、中央政府に工期の遅れを報告したくない地方行政の人間は、そうとは限らない。

あるいは中央政府側の、地方行政の窓口など……。


なので、涼は当然の提案をする。

「そのバオイーさんたちを、新しい甘露湖に移動するわけにはいかないのですか?」

「うむ、無理じゃ。すでに卵を体内に宿しておる。この状態では、体力はギリギリになってな。移動は無理……」

そこまで言ったところで、サンプトウは口をつぐんだ。


(あご)に手を持っていって、何かを考え始めた。



それをじっと見る一行。



もしバオイーの移動ができれば、全てが解決する。

だが、それが難しいということは、ここにいる全員が理解していた。

それができるのなら、サンプトウがやったであろうと思うからだ。

それだけの力のある存在だということは、ヒューランと『冬雷』の五人も感じ取っていた。


(はる)かに人を超越した存在。



しばらくしてサンプトウは、顎に持っていっていた手を下ろした。

そして涼をじっと見て口を開く。


「リョウから溢れるその『雫』は……常に(あふ)れておるのか?」

「えっと……サンプトウさんがおっしゃる『雫』というのは、エルフの人たちが『妖精の因子』、悪魔の人たちが『妖精の雫』と呼んでいる、あれですよね?」

「うむ、それじゃ」

涼の確認に、頷くサンプトウ。


人……というか、種だか存在だかによって呼び方が違うので、ちゃんと確認しておかねば。


「僕自身では正直分からないのですが、常に溢れ出ているらしいです。知り合いの霊獣の方は、これで寿命が延びたとかおっしゃっていました」

ニルスの村にいる霊獣様は、そんなことを言ったのを涼は覚えている。


「そうか!」

大きく目を見開き、一つ頷くサンプトウ。


「リョウならいけるかもしれん」

「リョウの妖精の因子、すげーな。リョウ自身には、何の効果もないのにな」

「ええ……。どうせなら僕を無敵にするとか、怪我しても瞬時に再生するとか、そういう効果が欲しかったです」

喜ぶサンプトウ、驚きながらもちょっと呆れたアベル、もっと即物(そくぶつ)的な効果が欲しかったと嘆く涼。




「<台車>」

一辺五メートルの、かなり大きめな<台車>が生成された。

もっとも、『嶺上開花』の裏庭に置かれている、四台の<台車>に比べれば小さいのだが……。


だが<台車>を生成した水属性の魔法使いは首を傾げている。


「どうした、リョウ」

「いえ、今回大量の水が入るので重いです。それに一キロもの距離を移動すれば、水の中にいるバオイーも負担が大きくなるでしょう。<アイスバーン>を敷いたとしても。理想は、地面と車輪からの振動を完全に消すこと……空中に浮かせるのが一番いいのですが」

「浮かせる? それはさすがに難しくないか?」

涼の考えに、さすがに難しいだろうと答えるアベル。


そんなアベルを涼はじっと見る。

そして(ひらめ)いた。


「さすがアベル、素晴らしいアイデアです!」

「……俺は何も言っていない」

そう、アベルは何も言っていない。


「<アイスクリエイト 演説台>」

<台車>が消された場所に現れたのは、同じくらいの大きさの演説を行う氷の台。


「その演説台とかいうのは……ルンの街で作ったやつじゃないか?」

「よく覚えていましたね。アベルが即位式で乗ったやつです」

アベルの記憶力を褒める涼。


「あれは……空を飛んだな」

「ええ、ええ。それですよ。<ウォータージェット>を下から噴射して、今回はちょっとだけ浮かせて、それをスーッと押していきます」


涼のイメージは、エアホッケーだ。

エアホッケーは、テーブルから空気が出てパックを浮かせるが、今回は氷の台から水を噴出させて浮かせる。

地面との摩擦がないために、指一本でも押していけるし、何より地面の凸凹を拾わないために、水中のバオイーたちにもストレスがかからないはず。


「バオイー移住作戦、発動です!」

「おう……」


こうして、涼が言うところのバオイー移住作戦が開始された。



涼は、湖の端っこに、ちょこんと手を入れた。

「え~っと、バオイーさんは二匹ですよね?」

「うむ、よく分かったな」

「ええ、得意技です」

<アクティブソナー>を使っただけなのだが、ちょっと得意げに答える涼。


そもそも、他の魚たちとは存在感が違うのだ。

大きさは一メートルほどだろうか。

淡水魚にしては大きい方だが、それ以上に、何かが違う。


涼のソナーは、水の振動、その反射を利用して対象を分析する。

『対象』の物質によって反射がいろいろ変わるから、分析できる。

そう考えた時、バオイーの『存在感』というのは、魚とは本質的な物質構成が違う……と考えることができるのかもしれない。


(生物でも魔物でもない?)

涼はそう感じたが、口には出さない。

近くにいるのがサンプトウやアベルだけならいいが、地元の人間ともいえる代官所のヒューランや『冬雷』もいるので。



「二匹の周りの水を冷たくない氷にして、そのまま、この台に載せます。サンプトウさん、二匹に伝えてもらえますか」

「承知した」


サンプトウは軽く目を閉じる。

十秒後、目を開いた。


「いつでもいいそうじゃ」

「分かりました。では……<アイスクリエイト 水槽>」

涼が唱えると、バオイーの周囲の水が氷となって切り取られた。

そのまま『水槽』を、氷柱(つらら)が持ち上げ、ゆっくりと湖畔に移動する。


「<アイスバーン>」

水槽は、氷柱から氷の道にゆっくりと移され、さらに氷の『演説台』に滑ってきて……演説台の上に、静かに着氷した。


「うん、OKですね」

涼が色々確認して、満足そうに頷く。


次の瞬間、水槽を載せた演説台が地面から五センチほど浮き上がった。


「では、出発しましょう」

すぐに出発を提案する涼。


『水槽』の中に入っている水は、かなりの空気を含んでいるのが分かる。

一キロの移動で、バオイーが酸欠になることはないだろう。

それでも、いつもとは違う環境なのだ。


卵がいるのなら、こんな環境にある時間は短い方がいい。


一行は出発した。



旧甘露湖から新甘露湖まで一キロ。

しかし、上がり下がりの多い道であるため、二十分ほどかかる。


「本当に軽そうだな」

アベルが、『演説台』を押しながら隣を歩く涼に声をかける。

押しながら歩いている涼だが、ものすごく軽そうなのだ。


「もちろんです。それが、この演説台の凄いところですよ。王国に戻ったら、重量級の荷物もこうやって運べばらくちんであることをアピールします」

「アピール?」

「アピールして、この演説台みたいな錬金道具を製作して売り出すのです。お金が、がっぽがっぽ入ってきますよ!」

涼が嬉しそうに答える。


だが、隣で聞くアベルは首を傾げている。


「何ですかアベル? その権利に一枚()ませろ、俺のアイデアがあったからこそなんだから、利益の半分をよこせとか言うんじゃないでしょうね?」

涼が、明らかに警戒した表情で問う。


「いや……その演説台が浮いているのって、リョウの水属性魔法でだよな?」

「ええ、そうですよ」

「錬金道具として演説台を造った場合……それも水属性魔法で浮かせるってことだよな?」

「ええ、そうですよ?」

「それって、何の魔石を使うんだ?」

「え?」

アベルの問いに、一瞬、意味が分からない涼。


だがしばらく考えると、表情が強張っていく。

そして……。


「青い……水の魔石……ですかね」

呟くように、小さな声で答える。


そう、涼も理解した。


「水の魔石は貴重だ。いや、ほとんど一般には出回らないと言っていい。なぜなら……」

「水中の魔物からしか採れないから。そして水中の魔物は、捕獲困難……」

涼は思わず膝から崩れ落ちそうになるが、慌てて意識して足に力を入れた。


今は、バオイーの移送中だ。


「くっ……その問題は、王国に帰ってから解決してやります。今は移送に集中します」

「そうだな、それがいい」



二十分後、一行は新甘露湖に到着した。



旧甘露湖の時とは逆の手順で『水槽』が下ろされ、二匹のバオイーは新甘露湖に移った。


「どうですかね?」

涼が緊張の面持ちでサンプトウに尋ねる。


「うむ。二匹とも元気だそうじゃ。向こうの湖にいた時よりも、体調が良いらしい。リョウのおかげじゃな」

「ああ、良かったです」

笑顔のサンプトウ、同じく笑顔の涼。

二人の会話を聞いて、喜び合う一行。

バオイー移住作戦は成功した。



そう、バオイー『の』移住作戦は成功した。



「実はリョウに、折り入って相談があるのじゃ」

「なんでしょう、サンプトウさん」

「実は向こうの湖は、他にも魚がおってな……」

「え……」


確かに、さっきソナーで見た。

旧甘露湖の中には、結構な数の魚がいた……。


「人の開発によって命が失われるのは摂理と思っておったが……バオイーらの移住を見ていると……」

「それ以上は言わなくて大丈夫です。僕にお任せください!」

涼は右拳で自分の胸を叩いた。

どんと任せての表現だ。


後ろから肩をすくめて見るアベル。

「リョウはお人好(ひとよ)しだなー」と、その口が動くのであった。



四時間後。


「これで……ハア、ハア……移住……ハア、ハア……完了です」

()()うの(てい)とはまさにこのこと。

まあ、辛うじて涼は二本足で立っているが。


「リョウよ、本当にありがとう」

青い老人サンプトウは、深々とお辞儀した。


「いえいえ、大したことはしていませんから」

笑顔で答える涼。

疲れているが、ここは強がってみせるところだ。


「さすがは王が見込んだ男。我ら水の妖精は、リョウの献身(けんしん)を決して忘れぬ」

サンプトウはそう言うと、消えていった。



消えた後で、色々と尋ねればよかったと気付いた涼。

「しまったです……」

その不手際(ふてぎわ)に落ち込み、疲労に襲われる涼。


だが、お仕事はまだ終わっていない。


「チュアロウ代官所を代表して、感謝する」

そう言って、これも深々と頭を下げるヒューラン副代官。

その後ろで同じように頭を下げる『冬雷』の五人。

さらにその後ろで頭を下げる数百人の人々。


甘露湖の地元民たちである。

中には、泣いている者もいる。

何度も何度も頭を下げている。


「ああ、いえいえ、ほんとに大したことではありませんから」

涼は、感謝されるのは嬉しいのだが、あまりにも深く、多くの人からの感謝は照れてしまう性分らしい。



結局、その夜も『嶺上開花』に泊まり、涼とアベルがチュアロウの街を出発したのは翌日であった。

当然、アンダルシアとフェイワンに乗り、後ろから四台の巨大な<台車>がついてくる。


「今回は、とても平和な冒険でした」

「まあ、そうだな」

「アベルがとても不満そうです」

「不満? いや別に不満などないが?」

「嘘ですね!」

涼は強い口調で糾弾(きゅうだん)する。


「もっとドッタンバッタンな、()()(にく)(おど)る戦いを期待していたのに、肩透かしを食らったからですね!」

「いや、別にそんなものは望んでいないぞ」

「ふふん、嘘をついても僕には分かるんです。剣士などという野蛮な近接職の人は、そういう人が多いに違いありません」

「出たな、リョウの偏見(へんけん)

いつものように、涼とアベルはじゃれ合い、それを背に感じながら愛馬たちが嬉しそうに鳴く。


平和な、王国への帰還は、まだ始まったばかりであった。


次の投稿は、7月15日~21日です。

七夜連続投稿となります。

ええ、小説第7巻・コミックス第3巻の発売にあわせての投稿ですね。

今回の、穏やかで平和なお話と違って、「ドッタンバッタンな、血沸き肉躍る戦い」がある予定です。

……多分。

楽しみにお待ちください。



それで、ちょっとだけ、小説第7巻(本編)のお話を。

「第一部 中央諸国編」の最終章です。

「ナイトレイ王国解放戦」だけで丸々一冊、25万字超!

純増10万字、元々の箇所も書き換え多数。


【なろう版】も、書いた時は「全力を尽くした!」と思っていたのですが、

時が経ち、何度か読み返すと、追加したいことがいっぱい出てきました。

それらを加筆・修正したら、原形がどっか行ってしまいました……あはははは。


【なろう版】では、ほとんど出てきただけだった「あの船」も頑張っています!

ちょっと分かりにくかった部分も分かりやすくしました!

第6巻で張られた伏線も活用しています!

全体通して、さらに面白くなったと自負しています。


そんな小説第7巻は、2023年7月20日(木)発売です。

TOブックスオンラインでは、すでに予約受付始まっています。

【書き下ろし小冊子付き】版もあります。


ぜひぜひ、読んでやってください。

よろしくお願いいたします。


「水属性の魔法使い」特設ページ

http://www.tobooks.jp/mizuzokusei/index.html

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