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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
730/930

0686 回廊に向かって

本日から、三夜連続投稿です。

スージェー王国の騒動から一カ月後。

涼とアベルは、ダーウェイの帝都ハンリンに戻っていた。


「スージェー王国からここまで、何の問題も起きなかったな」

「アベル……」

アベルの言葉に、わざとらしくため息をつきながら名前を呼ぶ涼。


「ん? 俺、なんか変なこと言ったか?」

「いかにも、クラーケンに襲撃されなかったのがつまらないみたいに言うのはどうかと思いますよ?」

「いや、そんなこと言ってないだろう?」

「雰囲気で分かりました」

「誤解だ……」

涼が断定し、アベルが小さく首を振って冤罪(えんざい)を主張する。


「ローンダーク号だったからです」

「うん?」

「あの船は幸運の船です」

「確かにそうかもしれん」

涼の主張を特に否定する理由もないために、アベルも同意した。



二人は、この帝都ハンリンから南河を遡上(そじょう)して、最終的にダーウェイ北西にある『回廊』を抜けて、陸路を中央諸国に向かうことにした。

一度は、海を渡ることも考えたが、今回の旅は無理のきく二人だけではないのだ。


「アンダルシアたちの安全が最優先です」

涼がそう言うと、アンダルシアが涼に頬を寄せる。


「まあ、陸路をゆっくり戻ろう」

アベルがそう言うと、フェイワンがアベルの顔をぺろりと舐めた。


それぞれの愛馬の愛情表現であった。



二人と二頭は、無事に上流に向かう船に乗り込むことに成功した。


貨物船のような形状だが、雨天時のために可動式の屋根がついている……以前、南河を下った時に乗ったのと同じ形状の船だ。


「帝都からサンツォーアンまで四日、飯付き、二人と二頭で金貨四枚……」

「前回、フェンムーの近くから乗って帝都まで来た時と同じですね」

「あの時は、リョウが使いものにならなかったんだよな」

「な、何のことですかね」

アベルがため息をつきながら言い、涼の視線はツツーと()らされる。


「リョウが朝飯から食い過ぎて、俺が一人で船を探す羽目(はめ)になった」

「……そんなこともあったようななかったような」

「飯の食い過ぎは危険だ」

「はい、(きも)(めい)じます」

アベルの苦言に、涼は素直に頷いた。



二人は、帝都出発時にもらったダーウェイの地図を広げる。


「サンツォーアンというのは、帝都までの船に乗ったボルヘンの街の対岸、南河北側にある街です」

「そうだな。そこからは、完全に陸路か」

涼とアベルは地図を見ながら、この先の想定ルートを考えている。


サンツォーアンから北西に向かうと、中央諸国に向かう『回廊』に出るらしい。

『回廊』とは言っても廊下があるわけではない。

南北にある山脈に(はさ)まれた、比較的平地となった部分を『回廊』と呼んでいるらしいのだ。



「とりあえず、サンツォーアンについたら、旅行に必要なものを大量に買い込む必要がありますね」

「旅行に必要なもの? 買い込む? どういうことだ?」

「これまでは、僕とアベルだけでしたから適当な旅支度(たびじたく)でもなんとかなりました。食料も現地調達、その日暮らしでもよかったのです」

「お、おう……」

「しかし、これからはそうはいきません」


涼はそう言うと、やはり甲板で気持ちよさそうに座っているアンダルシアとフェイワンを見る。

二頭は、なぜか甲板が良く似合う……。


「まあ二頭のためにも、いろいろ陸路を行く準備をした方がいいのは確かか」

アベルも頷いた。

アベルだって、愛馬に苦労させたいとは思っていないのだ。


「それからアベル、僕はこれから冒険者に戻りますから」

「ん? どういう意味だ?」

涼の宣言に首を傾げるアベル。


「ロンド公爵とは()(しの)(かり)の姿。果たしてその正体は……水属性魔法使いの涼! というやつです」

「うん、よく分からん」

「つまり、ロンド公爵であることを(かさ)に着る必要はもうないでしょうということです」

「笠に着る……まあ、冒険者の方がいろいろ楽だよな」


本来、国王であるアベルもよく分かる。

元々、フェンムーで戦闘を避けるために、涼はロンド公爵という身分を明かした。

それが結局、帝都でも使う羽目になって……。


だがもう、その必要はあまりなさそうだ。

二人とも、公的な身分としては六級冒険者である。




四日後、二人が降り立ったサンツォーアンの街は、かなり大きな街であった。

二人が知る限りでは、帝都ハンリンの次に大きい街と言ってもいいだろう。

「これなら、完璧な旅支度ができそうです」

「そうだな」

涼の言葉に、アベルも頷いた。


そう、アベルも頷いたのだ。



二日後、二人は愛馬に乗ってサンツォーアンの街を出発した。

ここからは、まず北に向かう。

林の中を切り開いた、かなり大きな街道があるため、まずはその道を北上する。


完全に信頼する愛馬アンダルシアに乗り、嬉しそうな涼。

「アンダルシアとなら、どこまででも行けます! 今日はチュアロウの街まで行きますよ」

などと言っている。


そんなペアの横に並ぶアベルとフェイワン。

元々アベルは騎乗が得意であるため、どんな馬でも問題なく乗りこなす。

だがその中でも、フェイワンとの相性は抜群であると感じていた。


そんなアベルだが、時々、自分たちの後方を見る。

いや、見てしまう、という表現が正しいだろう。

つい、見てしまう。


この街道は大きな街道だ。

通る者たちも多い。

二人と二頭とすれ違う者たちは……ほぼ必ず、彼らの後方を見ながらすれ違っていった。



「なあ、リョウ」

「なんですか、アベル」

「完璧な旅支度をするのは、いいことだと俺も思う」

「ええ、ええ」

「だが、これは……さすがにやりすぎじゃないか?」

アベルは、涼の後ろについてくる<台車>を見ながら言った。


そこには、四台の<台車>がついてきている。


「たった四台ですよ?」

首を傾げながら、不思議そうに答える涼。

何十台も連なるならともかく、たった四台……涼としては、心の底から不思議に思っての答えだ。


「いや、一台一台が大きいだろ」

アベルが首を振りながら指摘した。


そう、確かに、いつもの<台車>の魔法。

しかしいつもは、せいぜい二メートル四方の荷台のような大きさだ。

だが今回は、幅四メートル、長さ十二メートル、高さ四メートルといつもより、かなり大きな<台車>である。


もちろん完全に氷漬けであり、反射率を変えてあるから、外からは何が入っているか分からない。


「アンダルシアに苦労をさせないためです」

決意に満ちた表情で答える涼。

それを受けて、嬉しそうに鳴くアンダルシア。


「そうか……なら仕方ないな」

「でしょう?」

全てを諦めるアベル、納得してもらえたと誤解する涼。


人は、すれ違っても幸せになれるに違いない……。



一行がしばらく進むと、何やら道で何台かの荷馬車が止まっているのが見えた。

「もめ事か?」

「きっと肩と肩がぶつかって、因縁(いんねん)を付けられたに違いありません」

「因縁?」

「アベルみたいな怖い人が、時々やるのです。すれ違う時には気を付けないといけませんね」

「なぜか、俺が悪者になっている気がする……」

涼が力説し、アベルが(あき)れて首を振る。


「おい、どきやがれ!」

「お前らこそ、どきやがれ!」

「てめえらがぶつけてきたんだぞ!」

「ふざけやがって!」


十台ほどの馬車がぶつかったり、倒れていたりする現場。

何十人もの怖そうな人たちが(ののし)り合っている。


「肩と肩どころか、馬車同士がぶつかり合っていました」

「確かに怖そうなやつらが、いっぱいいるな」

涼とアベルは、そんな会話を交わしている。

周りには、彼ら同様に、衝突(しょうとつ)を遠巻きに見ている人たちが……。


「迷惑なやつらだな」

「あ! ついに手が出ました」

アベルと涼は、もちろん止めに入ったりはしない。


そんな中、殴り合いのケンカが始まった。



ヒートアップする馬車周辺。

だがその中に、顔をしかめているが、腕を組んでケンカを見ている人たちがいるのを二人は見つけた。

「あの十人は……」

「武装度が一番高いにもかかわらず、ケンカに加わりませんね。あれってやっぱり……」

「護衛に雇われた冒険者だろうな」

「ですよね」

アベルと涼の見解は一致した。


恐らく、ぶつかった二つの商隊に、それぞれ雇われている護衛冒険者たち。

彼らは、ケンカには手を出さない。


「まあ、あの人たちが参加したら、すぐに刃傷沙汰(にんじょうざた)になります」

「刃傷沙汰? ああ、剣で斬りつけたらそうなるか」

「アベルも、『俺の剣がうずくぜ!』とか言って、突っ込んでいかないでくださいね」

「なんだ、剣がうずくって……。行くわけないだろうが」

涼が常識家ぶって止め、止めるまでもないとアベルが首を振る。


「やはり冒険者はまともだということです」

「この場面を見れば、そう見えんこともないが……」

「アベルみたいな、けんかっ早い冒険者もいる?」

「いや俺じゃなくて、帝都の冒険者互助会を見ただろう?」

「ああ……」


そう、アベルと涼は、帝都ハンリンの冒険者互助会を見学したことがある。

そこでは、なんと控室で、冒険者同士がケンカをしていた。

しかも案内人によれば、よくあることだと。


「ここは、当然帝都とは別の冒険者互助会ですよね?」

「だろうな。帝都からだいぶ離れているし、通ってきたサンツォーアンの街も大きかったしな」

「確かに、サンツォーアンの冒険者かもしれませんね。やっぱり帝都の、あの互助会が特別変だったんじゃないでしょうか」

「俺もそんな気がしてきた」


二人は冒険者でもあるため、これまで多くの街の冒険者ギルド、あるいは冒険者互助会に顔を出してきた。

ダーウェイはもちろん、他の国でも。

だが実は、冒険者がケンカをしているような場面に出会ったのは、帝都ハンリンのあの場面だけなのだ。


「帝都だと、人が多すぎてストレスがたまるのかもしれません」

「何だそれは……」

涼の適当感想に呆れるアベル。


ストレスのせいにしてケンカに明け暮れる冒険者……あまり依頼したいとは思えない。

もちろん前半部分は、涼の妄想(もうそう)に基づいていることを、ここに明記しておく。



「道いっぱいに広がってケンカしています」

「脇を通り抜けるというわけにはいかんか」

「通り抜けられるようになるまで待ちますか?」

「そうだな。だが、あまり時間がかかると、今日中にチュアロウの街には着かんな」

「チュアロウの街は諦めますか……」

「俺は構わんが……小さな街や村だと、馬たちが寝心地のいい厩舎(きゅうしゃ)にはありつけんだろうな」


アベルの言葉にハッとする涼。

そして、宣言した。


「そんなことは許しません!」

「いや、俺に言われても」

なぜか涼がアベルに怖い顔を向けるのだが、アベルにはどうにもならない。


「あのケンカの中に入っていって、力づくで止めろと言うんですか? 僕はあまりそういう目立つ行動は、好きではないです」

涼が顔をしかめて言った。


「十分目立っていると思うのは、俺だけだろうか」

アベルは、巨大な四台の<台車>を見て言う。


「リョウの言う目立つと、俺が思う目立つは別物に違いないな」

「何か言いましたか?」

「いや、何も言っていないぞ」

アベルは平和主義者である。

争いは避けるのだ。


しかし……。


「どうせ、涼の目立つの定義が違うとか言ってたんでしょ」

「聞こえてるじゃねえか」

「適当に言ったのに、当たっていたとは……」

「そうか、残念だったな」

「ぐぬぬ……」

なぜか涼がダメージを受ける展開に。



二人がそんな会話を交わしている間にも、街道には人や馬車が滞留(たいりゅう)し始めていた。

「仕方ありません」

涼はそう言うと、小さくため息をついた。


そして、心の中で唱えた。

(<ウォータージェット256>)

争いの現場を迂回して、林の木々が細かく切断される。

林を抜ける道ができた。

(からの、<アイスバーン>)

林を抜ける道が、氷で舗装(ほそう)された。


「おぉ、こんな所に道があるじゃないですか!」

「……」

「この道なら、通り抜けられそうです! さあ、行きましょう!」

周辺で困っている人たちみんなに聞こえるような大きな声で、涼は言った。

とてもわざとらしいが、アベルは何も言わない。

そして、涼とアンダルシアは進み始めた。


小さく首を振りながら、無言のまま追うアベルとフェイワン。

二人の後からついてくる、四台の巨大な<台車>。



それを見た者たちは……誰も動けなかった。

もめていた人たちも動けなかった。


しばらくすると、我に返ったかのように、滞留していた人たちが動き出す。

涼たちが抜けた道を通り始めた。



「見ましたかアベル。これが、スマートな解決法というものです」

「そうか?」

胸を張って満足そうな涼、とても懐疑(かいぎ)的な視線を向けるアベル。


「問題を起こさず、誰かを殴りつけるでもなく解決したじゃないですか」

「それはその通りだが……ものすごく目立ったぞ?」

「え? そんなはずはありません……」

涼は驚いて大きく目を見開く。


「そりゃ、ちょっと大きな声を出して注目は集めてしまったかもしれませんけど……ちゃんと、いかにも元からあった道を見つけたようにしたじゃないですか。アベルがうがった見方をしているから、目立っていたと思っただけに違いありません」

「まあいい」

涼の慌てたような説明に、肩をすくめるアベル。

特に議論したいわけではないので、追及はしない。


とにかく。

「チュアロウの街には、今日中に着きそうだな」

「ええ。大きな街なら、アンダルシアたちが気持ちよく過ごせる厩舎付きの宿が見つかるでしょう」



そして午後四時、一行はチュアロウの街に到着した。


今回の三夜連続投稿は、とっても冒険者らしいお話です。

ええ、二人とも、冒険者ですから!

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