0071 <<幕間>>
ルンの街から遙か西方。
直線距離にして四千キロメートル以上。
そこに、七人のパーティーが完全武装で、事が起こるのを待っていた。
「来たぞ!」
魔法使いの言葉に、全員が武器を構える。
七人の前方、五十メートル程の空間が、長方形に黒く塗りつぶされる。
高さ五メートル、幅四メートル。
そこに、ナイトレイ王国中央大学の学術調査団のメンバーがいれば、総長クライブが『門』と名付けたものにそっくりであることを指摘したかもしれない。
その『門』から出てきたのは、一人の美女。
身長一七五センチのスタイル抜群の美女……だがよく見ると小さなツノらしきものがある。
そして黒くて細い尻尾。
悪魔レオノールであった。
「ふむ……何か変わったものがあるなと思って寄ってみたのだが……人工の『祭壇』であったか」
そう言うと、レオノールは『祭壇』に向かって歩きはじめた。
まるで、そこにいる者たちなど、目に入らないとでも言うかのように。
「待て、魔王。貴様にはここで死んでもらう」
そう叫んだのは、七人パーティーの内の剣士。
恐らく、パーティーの中では最年少……十九歳ほどであろうか。
だが、その剣士がある意味リーダーでもある。
「ん? 魔王?」
無視するつもりであったが、レオノールは聞き捨てならない単語を耳にした。
「おぬしら、我を魔王と呼んだか?」
そうして、初めてレオノールは七人パーティーに向き直った。
「多くの犠牲を払って作り上げた『祭壇』。そこに火を掲げれば魔王が降臨するのは良く知られたこと!」
そう叫んだのは、聖職者と思われる壮年の男性だ。
「して……わざわざ魔王とやらを降臨させたおぬしらは何者ぞ?」
その問いに、先ほどの若い剣士が答えた。
「俺は勇者ローマン。魔王を討伐する者だ!」
「ゆうしゃ? 勇者か。おぉ、勇者か!」
そういうと、レオノールは笑った。
凄絶、という言葉がぴったりな笑い。
「勇者ならば強いのであろう? 我を楽しませてくれ。さあ、さあさあさあさあ。いざ戦おうぞ!」
こうして、遙か西方の地にて、いくつかの誤解と偶然の産物によって、悪魔レオノールと勇者パーティーとの戦闘が開始された。
「<聖なる鎧>」
「<エンチャンテッドウェポン>」
「<風の守り>」
「<イビルレジストアップ>」
「<身体強化>」
……
次々と魔法が唱えられ、勇者ローマンが強化されていく。
レオノールは、うっすらと笑いながらそれを見ていた。
「人間は遠距離の魔法戦ばかりだ、つまらん、と聞いていたのだが……おぬしらは、その勇者に全てを賭けるのかえ?」
「魔王を倒せるのは勇者のみ。ローマンがあなたを倒します!」
魔法による強化に携わらない斥候が、レオノールの問いに答えた。
「なるほどなるほど。そうじゃな、やはり互いに刃を交えるのが楽しかろうの」
レオノールの頭の中では、いつか封廊の中で戦った魔法使いとの戦闘が蘇っていた。
(リョウ、だったな……あれは楽しかった。まさか細切れにされるとは思わなんだわ。さて、勇者はどれほどのものか)
レオノールがそう考えていると、勇者の準備が整ったようであった。
それを見て、レオノールはどこからともなく剣を取り出した。
「さて、勇者とやら、そろそろよいかな? 我の準備は整っておる。いつでも打ちかかってくるがよい」
そういうと、右手に剣を持ち、空いた左手でクイクイと指を曲げて挑発した。
「なめるな、魔王!」
若い勢いのまま、勇者ローマンは一気に間合いを詰めて、そのまま突いた。
だがレオノールは、その渾身の突きを難なくかわす。
その後も、縦横無尽に振るわれるローマンの剣を、全てかわす。
自らの剣で受けることなく、全てかわす。
「クッ」
さすがにここまで剣を振るって、まったく当たらないというのは、ローマンにとって初めての経験である。
「ふむ……」
悪魔レオノールは小さく呟くと、ローマンの右薙ぎを、初めて剣で受け、そのまま弾き返した。
「うぐ」
体勢を崩されたローマンだが、すぐにレオノールの追撃の横薙ぎを、なんとか上体を逸らしてかわし、大きくバックステップして距離を取った。
「攻守交替」
そう言うと、レオノールは一瞬で距離を詰め、そのまま剣でローマンの腹を貫いた。
「あれ?」
素っ頓狂な声を出したのはレオノールであった。
勇者の一手目が、飛び込みからの突きだったために、それをなぞって自分もやってみただけなのだが……ただの牽制の突きだったのだが……刺さってしまったのである。
「これは……つまらなすぎであろう」
そう言うと、ローマンの腹から剣を抜き、一度振って血を払った。
「き、貴様……」
「ああ、我を攻撃しても良いが、そうなると我も反撃するぞ? 今は、その勇者とやらを助けるのが先であろう?」
そういうと、レオノールは、もはや勇者パーティーに一ミリの興味もなくなり、人工の『祭壇』に向かった。
『祭壇』には、人の頭大の大きな水晶のようなものが飾られている。
「うむ、これはよい宝珠じゃ。戦いはつまらなかったが、これを手に入れたのであれば無駄足ではなかったな」
宝珠に手をかざすと、宝珠は消えた。
「待て、魔王……」
聖職者による回復魔法の効果であろうか、勇者ローマンは立ち上がれるくらいには回復していた。
「そう、それじゃ。一応訂正しておくが、我は魔王などではないぞ」
「世迷いごとを。それだけの強さを持ちながら……魔王以外の何だと言うのですか!」
叫んだのは魔法使いの女性である。
「何かと言われても……なあ。魔王ではないとだけ言える。恐らく、おぬしらの力を合わせれば、今の魔王くらいは倒せるのではないか? それに、我程度の強さを持つものは、人間にもいるぞ? うむ、あの戦いは楽しかった。また、ああいう戦いをしたいものだ」
レオノールは涼との戦闘を思い浮かべて、微笑んだ。
「魔王じゃ……ない、だと……」
勇者ローマンはうめいた。
「さよう。我が名はレオノール。勇者とやら、もっと強くなるがよいぞ。最低でも、人間の中では最強にならぬとな。せっかくの勇者なのだから」
「俺より強い人間がいると……」
「おぬしの一万倍くらいは強いな。まだまだ精進するがよい」
そういうと、レオノールは『門』に入って行った。
それと同時に、『門』は消え、後には勇者パーティーと、宝珠を失った『祭壇』だけが取り残された。




