0682 拘束
五夜連続投稿、二夜目。
「まさか……スージェー王国がボルを滅ぼした?」
ボルが滅び、その土地がスージェー王国の一部だと名乗っていれば、アベルがそう考えるのは妥当だろう。
「いや、そうではない」
しかしメベリ司令官は首を振る。
「アベル、幽霊船によって滅ぼされたのです。ルリの二人がきっと……」
「それは、あんまりじゃないか?」
「僕もそう思いたくはありませんが……あの時、スケルトンの収集に失敗したから、直接島を襲ったに違いありません」
「そうか?」
「ルリの二人に直接交渉して、ボルの人たちを解放してもらいましょう」
涼が、決意した表情で言う。
二人の会話を聞いた後、メベリ司令官は再び首を振った。
「ボルは火山が噴火し、一夜にして沈んでしまったのだ」
「まさかのアトランティスルートでした」
「自然災害か。人の力ではどうにもならんな」
驚く涼とアベル。
「首都が滅び、王族、政府、経済の中枢まで全て失われた。それで我が島……ルル島というのだが、ルル島では全住民による投票が行われ、スージェー王国の傘下に入ることが決定した」
「それで、スージェー王国北部海軍なのか」
メベリ司令官の説明に、アベルは頷いた。
だが、そんなアベルの袖を横から引っ張る人物がいる。
もちろん、涼だ。
「ちょっとアベル」
先ほどまでの会話よりも、さらに小さい声で、アベルの耳元に口を寄せて話しかける。
「おかしいですよ」
「うん?」
「普通、首都が滅んだりしても、どこか他の国の傘下に入ろうなんてなりませんよ」
「そうか?」
「自分たちで、国を復興しようってなりません?」
「ああ……言われてみればそうかもしれん」
涼に言われ、アベルも不自然かもしれないと気付いた。
確かに、すぐにどこか別の国の傘下に入ろうよりは、自分たちで国の復興をと考えるかも……。
しかもスージェー王国は、ここからかなり離れているはずだ。
おそらくここは、スージェー王国がある多島海地域よりも、大陸南部の方が近いくらい。
そんな島が、非常に離れたスージェー王国の傘下に入りたがる?
「気を悪くしないで聞いて欲しいのだが……そのルルの島の人々は、滅亡したボルを復興しようとは思わなかったのか?」
アベルは正面から直接問うことにした。
後ろから聞いていた涼が、大きく目を見開いて、「なんて質問を!」と顔全体で言っている……気もするが、無視する。
「思わなかった」
だがメベリ司令官は、はっきりと断言した。
「元々ルル島は、三十年前にボルに占領されたからだ」
「ああ……」
占領されたのであれば、ボルに良い感情はもっていないだろう。
「再び独立して自らの島だけで、という人たちはいた。だが、またボルのような国に占領されることを恐れた。ルル島の民は、決して弱いわけではないが……ボルとの戦争、その後の占領はいい思い出にはなっていないのだ」
「ふむ」
「大陸のどこかの国の傘下にという人たちもいたが……大陸南部の強国であるアティンジョ大公国は、大公が亡くなり内部で争いが起きているとか」
「ああ……」
異口同音にアベルも涼も言葉を発してしまう。
それこそ、二人はつい先日、その場にいたわけで。
「大公国の支配下にあるゲギッシュ・ルー連邦も、それに合わせて再び不安定になってきていると。だからルルの人々は、新たな女王陛下が即位し、急速に力を増してもいる多島海地域の強国スージェー王国の傘下に入りたいと決断した」
「なるほど」
メベリ司令官の説明に、アベルは頷いた。
アベルの後ろでは、涼が何度も頷いている。
「ルルの人々は見る目があります」とか「イリアジャ女王なら間違いありませんから」などと、腕を組んで偉そうに呟いている。
アベルは無視して言葉を続ける。
「色々理解できた、感謝する」
だが、メベリ司令官は考え込み始めた。
「どうしたんでしょう?」
「分からん」
涼とアベルは、小声でその様子を見守る。
しばらく考え込んだ後、渋い表情のまま、メベリ司令官は口を開いた。
「先ほども伝えたが、二人が冒険者なるものであるのか判断がつかん。また、冒険者であったとしても、妨害者である可能性を否定できない」
「妨害者?」
アベルが首を傾げる。
「実は明日、スージェー王国本国から使節団が到着する。女王陛下の勅許状……ルル島を正式にスージェー王国の領土と認めるという正式な書類を持ってこられる」
「ほぉ~」
「その式典が行われるのだが……その前日に、二人がここに来たのがあまりにもタイミングが良すぎる」
「なるほど、俺たちはそれを邪魔する妨害者かもしれん、か。言いたいことは分かる」
肩をすくめるアベル。涼も頷く。
二人が司令官の立場であったとしても、疑うであろう。
「そのため、申し訳ないが、しばらくの間、身柄を拘束させてもらいたい」
「構わんぞ」
「え……」
メベリ司令官の申し出に、アベルは表情を変えずに頷くと、他の兵士たちが驚いた顔になった。
「明日、その勅許状の受け渡しが終わるまでだろう? それくらいなら問題ない」
「感謝する」
アベルの言葉に、メベリ司令官は頷いた。
こうして涼とアベルは、身柄を拘束されることになった。
三隻のスージェー王国北部海軍に囲まれて、浮上したまま移動するニール・アンダーセン改。
メベリ司令官も拘束するとは言ったが、二人が妨害者だとは確信していない。
それどころか、恐らくは言った通りクラーケンに追われてきたのだろうと。
だから、移動時の包囲も緩いものであった。
「凶悪剣士アベルに対して、こんな緩い監視体制なんて危険すぎます」
「そうか。リョウだったらどうするんだ?」
「まず、アベルの氷漬けは必須です。あと、その魔剣とフェイワンも引き離しておかねばなりません。もしものことが起きた時、アベルの戦力を低くしておくのは基本ですから」
「……そうか」
涼が頷きながら説明し、アベルが肩をすくめて答えた。
「とりあえずは、そんな感じでしょうか」
「なんだ、その程度でいいのか?」
「え?」
「そんなんじゃ、手痛い反撃を被るんじゃないか?」
「例えば?」
涼が訝し気な表情で問う。
「氷漬けを解けば毎日ケーキを食わせてやる」
「なんですと!」
「リョウなら氷漬けを解除するだろう?」
「か、可能性はあります……」
「そこで俺は短剣をアンダルシアに突きつける」
「卑怯です!」
「リョウにだけは言われたくないな」
抗議する涼、笑うアベル。
そんな他愛もない会話を交わしながら、ニール・アンダーセン改はルル島に入港した。
「二頭の馬、アンダルシアとフェイワンであったな、その二頭は北部海軍が責任をもって厩舎で預かる。朝と夕に、海軍兵と共にであるが、様子を見にくることを許可する」
メベリ司令官は涼とアベルにそう告げた。
愛馬二頭を厩舎に預け、二人は隣接する石造りの立派な建物の三階に案内された。
「広めの士官室だ。この部屋にいてほしい。今夜と明朝の食事は部屋にもってくる。扉の外には海軍兵がいるため、欲しいものがあったら遠慮なく言ってほしい。騒ぎを起こさないことを願う」
「分かった、努力しよう」
「アンダルシアたちのこと、よろしくお願いします」
メベリ司令官の説明に頷くアベル、愛馬を頼む涼。
こうして、二人は士官室に軟禁された。
「地下牢とまでは言いませんけど、そういう怖い所に閉じ込められるのかと思いました」
「窓も普通に開くな」
涼が思っていた以上にまともな部屋であることに安堵し、三階ということもあるのだろう、もちろん鉄格子などもついていない窓が開くことに驚くアベル。
「明日の午前中に、スージェー王国の使節団は到着するそうですから、それまでの辛抱です」
「窓から港が見えるから、その使節団とやらも見えるのかもな」
涼とアベルは、その夜届けられた食事も特に不満も覚えず、当然のように完食しゆっくりと眠るのであった。
そして翌日、午前十時にスージェー王国の使節団が乗る船が姿を現した。
世界に羽ばたく『水属性の魔法使い』ですが、現在、台湾版と韓国版が出版されております。
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オリジナルと韓国版を並べてハングルの勉強をするもよし、全言語版を本棚に並べて愛でるもよし。
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これからも、【なろう版】【書籍版】共に、応援よろしくお願いいたします!




