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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
725/930

0681 またしてもやつらに!

例年なら新たな投稿が始まる4月1日ですが……。

忙しすぎて準備ができません。

ですので、五夜連続投稿でご勘弁ください。

「またしてもやつらに!」

涼が悔しそうに言う。


そう、涼が悔しそうに言う『やつら』……言うまでもなく、そんな集団は一つしかない。

「クラーケンの群れは厄介(やっかい)だったな」

アベルも首を振りながら答える。


そう、二人が乗る船は、またしてもクラーケンに襲撃(しゅうげき)されたのだ。

しかも今回は、群れに。




それは、港町ホイアンを出港して一時間後だった。

左手に大陸を見ながら、北上する遠洋巡航艦の甲板上で、涼とアベルは平和に過ごしていた。

二人の愛馬アンダルシアとフェイワンも、気持ちよさそうに日光浴をしていたのだ。


最初に反応したのは、その二頭。

いきなり立ち上がり、いなないた。


驚く二人、そして遠洋巡航艦の乗組員。


そこでようやく涼も気付いた。

「海中から何か来ます!」


次の瞬間、船底から甲板まで、白い何かが貫いた。


「あれは!」

「クラーケンの腕か!」

涼もアベルも一瞬で理解する。


クラーケンの長い腕。

船底に大きな穴が開いたはずだ。


当然、沈む。


「出でよ、ニール・アンダーセン改!」

涼が唱え、遠洋巡航艦の隣の海上に、錬金術によって生成される潜水艦。

ほとんど間髪を容れずに飛び乗るアンダルシアとフェイワン。

今乗っている船と、涼によって生成された潜水艦、どちらが安全かを野性の勘で瞬時に判断したのだろう。

むしろ涼とアベルの方が遅かったくらいだ。


二人が飛び乗った瞬間、遠洋巡航艦の甲板から、何本ものクラーケンの腕が生えた。

クラーケンが攻撃に使う長い腕は、一体につき二本ある。

つまり、何本もの腕が生えたということは、複数のクラーケンが海中にいるということ。


涼とアベル、アンダルシアとフェイワンがニール・アンダーセン改に乗り込むと、それほど時間を置かずに、遠洋巡航艦は船体を折り轟沈(ごうちん)した。



「くっ、僕らが標的になりました!」

遠洋巡航艦が沈んだからだろう、ニール・アンダーセン改に対して、クラーケンの群れによる攻撃が開始される。


「悔しいですが、逃げます!」

涼は顔を(ゆが)めながら宣言した。

アベルは、涼がそう宣言する前に、チラリと後部に乗るアンダルシアとフェイワンを確認したのを見た。

愛馬のために、安全策をとる決断をしたのだ。


その判断は、アベルには好ましいものに映る。

「俺は、リョウの判断を支持するぞ」

はっきりと言い切った。



そこから、ニール・アンダーセン改は逃げに徹した。


次々と追ってくるクラーケンの群れ。

ニール・アンダーセン改が生成する『錬金外装』で度重なる攻撃をしのぎつつ、後方に向けてのマーク256魚雷の牽制(けんせい)攻撃で距離を稼ぎ……。

ようやく群れを振り切ったのは、遠洋巡航艦が沈んでから一時間後であった。


「なんとか逃げ切りましたが……」

「群れが後ろから迫ってくる圧力は凄かったな」

涼とアベルは、ようやく安堵(あんど)の吐息をついた。


そして、安心したら、怒りが込み上げてきたのだ。


「またしてもやつらに!」

涼が悔しそうに言う。


「クラーケンの群れは厄介だったな」

アベルも首を振りながら答える。


「まあ、クラーケンは俺たちを追ってきたから、巡航艦の乗組員たちは生き残っただろ」

「船を失って海には投げ出されましたけど、陸までもそれほど離れていませんでしたからね」

アベルも涼も、自分たちが(おとり)になったことで、乗組員たちの命を救えたのは良いことだと思えた。



ふと、涼はニール・アンダーセン改の後部格納庫を見る。

そこには、おとなしく座る二頭の愛馬たちが。

「僕らよりも、アンダルシアたちの方が、(きも)が据わっています」

「ああ、俺もそう思う」

涼とアベルは、二人に信頼の眼差しを向けて座っている愛馬たちを見て頷く。


「それにしても、この船……潜水艦だったか? 前のよりかなり大きいな」

「ええ、ええ。このロンド級三番艦ニール・アンダーセン改は、アンダルシアとフェイワンを積むのを前提に大きさを設定し直しましたからね。僕らが座る前部操縦室と、彼女らも入る後部格納庫……以前のタンク部を大きくとると、かなり大きくならざるを得ません。ただ、格納庫には食料も積めるので、遠距離航行も可能になりました」

「食料が、あればな」

「ええ、食料が、あればです……」


アベルと涼は、同時に後部を見る。

そこにいるのは、アンダルシアとフェイワン。

そこにあるのは、氷漬けになった(かばん)と現金。


「あの状況でも、ダーウェイでもらった金を持ってきたのはさすがだ」

「お金は大切です」

称賛するアベル、当然ですと頷く涼。


わずかなお金のために人殺しをする……そんな世界だってあるのだ。


「だが、食料がないな……」

「ええ、巡航艦に積んであった食料までは、回収できませんでした」

「やつらのせいか」

「おのれクラーケン! この恨み、晴らさでおくべきか」

涼が怨嗟(えんさ)の言葉を紡ぎ出す。


「とりあえず、海上に浮上しましょう。もしかしたら、近くに島があるかもしれませんし」

「確かにな」

こうして、二人と二頭を乗せたニール・アンダーセン改は、浮上したのであった。




「見事に……大海原(おおうなばら)です」

「島一つないな」

浮上したニール・アンダーセン改から見えたのは、一面の水平線。

しかも分厚く雲がかかり、太陽の位置も確認できない。


「困りましたね、方角も分かりません」

「このまま海上を移動した方がいいんじゃないか?」

「そうですね。このまま進んで、遠くに島が見えたら寄ってみますか。後ろに戻ると、クラーケンがいるかもしれませんしね。ですが……」

涼が顔をしかめている。


「何か問題があるのか?」

「ソナーが難しいんですよ、海上だと」

「そなー? ああ、敵がいるかどうかを魔法で判断しているやつだったか?」

「ええ、それです」

「ふむ?」

アベルは、何が難しいか全く分からないために首を傾げている。


「海上だと、空からの攻撃と海中からの攻撃、両方を探らないといけないじゃないですか?」

「まあ、そうだな」

「空気中の水分子の密度と、海中の水分子の密度は全く違うのです。だから、それぞれから受け取る情報は、全く別物になってしまうのです」

「うん、全く分からん」

涼の説明に、アベルは大きく頷いて答えた。


実に清々(すがすが)しい。


「元々ソナーというのは、海中のような水たっぷりの状況で相手の動きを探知するものなのです」

「なるほど、そこはなんとなく分かる」

「それを僕は、地上でも空気中にある水分子……うっすいちっちゃい水で相手の動きを探知できるようにしたんです」

「なるほど、そこはよく分からん」

「つまり海上だと、その二つを同時に展開しないといけないので大変だということです」

「そうか、大変か。頑張れ」

「……」

アベルが涼の肩を叩いて激励し、涼は言葉を失う。


「できないなら仕方ないかと思ったが、大変なだけなら大丈夫だろ?」

「大丈夫……でしょうか」

「リョウならやれる、大丈夫だ」

アベルは断言する。

それを胡乱気(うろんげ)な目で見る涼。


そこで、アベルは決定的な一言を放つ。

「アンダルシアのためなら大丈夫だろ?」

「もちろんじゃないですか! そんなの簡単ですよ」

手のひら返し、前言撤回。

涼は一つ大きく頷くと、後部格納庫で座っているアンダルシアに親指を立ててサムズアップをした。

それを見て、アンダルシアが嬉しそうにいななく。


「俺はお相伴(しょうばん)にあずかるとしよう」

アベルは苦笑しながらそう言うのであった。



運が味方したというべきだろうか。



クラーケンを振り切ってから六時間後。

「あれは……?」

「島だな」

涼が疑問形で尋ね、アベルが断言する。


アベルは目がいいのだ。


「暗くなる前には着けそうです」

「『やつら』に出会わなければだろう?」

「アベルが不吉なことを言っています……」

肩をすくめながら言うアベル、顔をしかめて不満を述べる涼。


やつら……クラーケンは本当に厄介なのだ。



しばらく進むと、島の全景が見えた。

もちろん、こちら側だけだ。反対側がどうなっているのかは分からない。


その時。


「前から船が……」

「島の向こうから現れたな」

「一隻じゃないですよね?」

「三隻いるな」

「あれって、やっぱり……」

「俺らの方に一直線に向かってくる」


涼もアベルも、三隻の船が自分たちの方にやってくるのを認識した。


「このニール・アンダーセン改は透明なのに。海上って、人が浮かんでてもあんまり認識できないでしょう? 何で分かったんでしょう?」

「島の高台とかに、監視塔でもあるんじゃないか?」

「ああ、なるほど」


海上からでは認識できないが、島にそういうものがあるのかもしれない。


「島を占領している海賊(かいぞく)の可能性があったとしても、先制攻撃をするのはどうかと思うのです」

「うん、いかにも俺が提案したかのように言っているが、そんな提案してないからな? 絶対するなよ?」

「その絶対するなよは……」

「しろよじゃない!」

「ボケを潰された……おそるべし、ボケ潰しのアベル」


頭をカクンと傾げて、残念を表現する涼。



二人がそんなことを話している間に、ニール・アンダーセン改と三隻の距離はみるみる縮まり、ついに出会った。


だが……。


「何か話しかけているのですが、分かりません」

「この言葉……多島海語とかじゃないか?」

「多島海? スージェー王国とかコマキュタ藩王国とか?」

「ああ。そういえば翻訳機を持っていたが……」

「度重なる激戦で、僕のは壊れました」

「俺のもだ」

涼とアベルはため息をつく。


コマキュタ藩王国で、二人は現地語、つまり多島海語を中央諸国語に翻訳してくれる錬金道具を買った。

だが、大陸に渡るときに二人とも東方諸国語を勉強し、それ以降は東方諸国語が通じていたためにいつしか翻訳機は使わなくなり……。


「そういえば、クベバサでの会議で会った時にイリアジャ女王とか、東方諸国語を話してませんでした?」

「そうだったな。それで話しかけてみるか」



見事に通じた。



「我々はスージェー王国北部海軍である」

船長というより分艦隊司令官のような、一番良い服を着ている人物が名乗る。


「私は北部海軍司令官メベリだ。これより臨検を行う。おとなしくせよ」

「どうぞどうぞ」

ニール・アンダーセン改は海上に浮かんでいる。

前部操縦室の天井部分を開放し、船……っぽいものに見えなくもない。

ちなみに後部格納庫は、アンダルシアたちがいるために透明の天井がかぶったままだ。


海軍の船の甲板が高い位置にあるため、ニール・アンダーセン改に乗り移ってくるのは難しくないだろう。



メベリ司令官と他に六人が乗り移ってきた。


「お前たちは何者だ」

メベリ司令官が極めて事務的に問う。


「ああ、僕らは冒険者です」

「六級冒険者だ」

ダーウェイに入ってからはあまり使わなくなっていた冒険者カードを二人は見せる。


「ふむ」

メベリ司令官はカードを確認しながらも表情は渋い。


涼とアベルは無言のまま視線を交わす。

「何か疑われています」「あまりいい印象ではないようだ」

そんなアイコンタクト。



「大陸に冒険者なる者たちがいるのは理解しているが、お前たちがそうなのかどうかの判断がつかない」

「ああ……」

メベリ司令官の言葉に、涼が思わず口から言葉を漏らす。


そういえば、多島海地域には『冒険者』はほとんどいないんだったと思い出した。

冒険者登録も、大陸に渡ってから行ったものだった……。


メベリ司令官の後ろの兵士が、涼とアベルには分からない言葉で何かを主張している。

別の兵士も同調しているようだ。


「僕らを捕まえようとしているに違いありません」

「そうかもしれんが、違うかもしれん」

涼とアベルもコソコソと会話する。


「よしんばそうだとしても、傷つけてまで抵抗したくない」

「何でですか?」

「少なくともこの船長は、真面目そうに見える。捕まえるのだとしても、そうすべきだと判断する何らかの状況があるんだろう」

「アベル……国の秩序を守る国王陛下だからでしょうけど、甘すぎますよ!」

なぜか涼が批判する。


「甘すぎ?」

「世の中には悪い官吏(かんり)という人たちがいるのです。その人たちは、隠れて僕らのような一般市民を苦しめて、私利私欲のために酷いことをするのです。きっと僕らの財産を奪って、私腹を肥やすに違いありません」

「まあ、清廉潔白(せいれんけっぱく)とは言えん官吏もいるだろうが……リョウの主張は歪み過ぎだ」

「そうでしょうかね」

口をへの字にして、アベルの言うことを受け入れたがらない涼。


だが、アベルが口にしたのは別の事だった。

「なあ、リョウ」

「なんですか、アベル」

「スージェー王国って、こんなに北にあったか?」

「え?」

「俺たち、スージェー王国の軍艦で自治都市クベバサに送ってもらったろう?」

「ええ、ええ。スージェー王国海軍のローンダーク号でしたね」

「スージェー王国最北端はバンラの街だったろう?」

「そう、思い出しました! そこ、ローンダーク号で寄港しましたよね。カニの大群がやってきたところでした!」


カニスープは美味しかった……。


「そのバンラの街を発って……まあ途中で進路を東にとって大回りしたり、幽霊船とかあったが、クベバサまで時間かかったろう?」

「二週間くらいはかかりましたかね?」

涼も指を折りながら数える。


しかし今回は数時間……。


「ホイアンとクベバサはそれほど離れていないそうだから、同じくらいだと考えても……大陸南部から数時間だぞ?」

「近過ぎますね。変ですね」



だが司令官は、スージェー王国北部海軍と言った。

涼とアベルは首をひねっていろいろ考えたが、良い答えは出てこない。



しばらく部下たちの話を聞いていた後、司令官は二人の方を向いて口を開いた。


「二人の目的を聞かせてほしい」

メベリ司令官の問いに、涼とアベルは顔を見合わせる。

涼は、何と答えればいいか分からないから。

アベルは、自分が答えようとして。


「アティンジョ大公国からダーウェイに戻ろうとしていたら、クラーケンに襲われた。それで必死に逃げたのだが方角が分からずに逃げたらここだった。どうも本来進もうとしていた北とは真逆の南に進んできたようだ」

アベルは、とても正直に答えた。


内容的には、とても信じられないものだ。

部下たちが話し合っている。


それを見て、アベルはメベリ司令官に尋ねた。

「俺たちも尋ねたいことがある。俺たちはスージェー王国を訪問したことがある。首都ピューリにも行ったことがあるし、イリアジャ女王とも面識がある」

アベルの言葉を聞いて、メベリ司令官は大きく目を見開く。


「確かに俺たちがスージェー王国を出たのは何カ月も前だが……その時のスージェー王国の北端はバンラの街だった。それはここから、十日以上南のはずだ。ここはいったい、どこなんだ?」

「以前は、ボルの一部だった」

「ボル? どこかで聞いた気が……」

アベルの問いにメベリ司令官が答え、涼が首を傾げる。


しばらくして思い出した。


「諸島型大型広船です!」

「なんだそれは?」

「ほら、幽霊船のルリたちに襲われていた」

「ああ、あの船が所属していた国か」

涼の言葉に、アベルも思い出す。


二人が乗るローンダーク号が、幽霊船に襲われた船を助けた。

その助けた船が、ボルという国の所属だった。

「ボルは、諸島国家だったか」


アベルのその言葉が聞こえたのだろう、メベリ司令官は頷いた。

そして、衝撃的な言葉を続けた。


「ボルは滅亡した」

4月5日まで、五夜連続投稿です。

投稿時間はいつも通り21時です。


それと、3月30日にコミックス第13話が更新されました!

https://to-corona-ex.com/episodes/90084624155344

https://twitter.com/TOBOOKS/status/1641258945766629380


ついに、あの悪魔との戦闘ですよ!

涼、頑張っていますよ!

ぜひ読んでください!


では、また明日21時にお会いしましょう。


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『水属性の魔法使い』第三部 第3巻表紙  2025年7月15日(火)発売! html>
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