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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
追加部 涼とアベルの帰路
721/930

0677 アティンジョ大公国訪問Ⅱ

「素晴らしいベッドで、気持ちよく寝ていたのに!」

憤慨(ふんがい)する涼。

「お、おう……」

チラチラと宿を見るアベル。


宿の火は、すべて消えている。


「あんまり……燃えていないな」

「当然です。水属性の魔法使いが泊まっていたのが、放火犯の運の尽きです」

安眠を妨害され怒り狂った涼が、一瞬で全ての火を消し去ったのだ。


「だいたい、火が広がったら、アンダルシアがびっくりするじゃないですか。馬をはじめ、野生の動物は火が好きではないはずですからね」

アンダルシアとフェイワンの厩舎(きゅうしゃ)は、二人が泊まっていた本館とは別の建物。

もちろん、二頭とも無事であることは確認済みだ。


二人は、そんな厩舎の前に立って、辺りを見ている。


「あの二頭……むしろ(おび)える他の馬たちを落ち着かせているように、俺には見えたんだが」

アベルのそんな呟きは、涼にも聞こえない。



「あちらこちらで戦闘が起きています」

剣戟(けんげき)の音が、二人の元にも聞こえてくる。


「火をつけて、混乱しているところを襲撃するつもりだったんだろう」

古典的(こてんてき)な手法です」

涼が小さく首を振る。


そして言葉を続けた。

「加勢すべきなのかもしれませんが、どっちが敵でどっちが味方なのか、全然わかりません」

「仕方ないだろう。こういう場合は、自分と大事なものを守ることに専念すればいい。そこに攻撃してくるやつが敵だ」

「なるほど! アベルも良いことを言いますね」

「おう?」

「大切なのはアンダルシア……まあ、フェイワンもですか」

「素直に二頭とも守ってやってくれ」

アベルは小さくため息をつく。


火が、涼によって一瞬で消された後、二人とも着替えてからここまで降りてきた。

そのため、装備も一式手元にある。

「いちおう、狙いが聖剣タティエンだったら困るので、ちゃんと持ち出してきました」

涼はそう言うと、左手で袋に入ったタティエンをアベルに見せる。


「マジで、狙いが分からんと面倒だな」

「さすがに深夜の襲撃というだけでも、多少の混乱はありますね」

「火が広がらなかっただけましだろ。これで広がっていたら大変だったぞ」

「僕の安眠を妨げた罰です」

涼が偉そうに頷いている。



暗闇の中、あちこちから聞こえてくる剣戟の音は止まない。


「襲撃してきたやつら、けっこう多いのか?」

「ですね。こっちは歩兵だけでも千人くらいいたわけですし、ここまで制圧に時間がかかるのは変です」


涼は首を傾げると、唱えた。

「<アクティブソナー>」


小さく首を振る。

「やっぱり、多すぎて分かりません」

「そうか……」

「あ、でもこの反応は分かります」

「うん?」

「すぐ近くで、ズルーマさんが戦っていますね」

涼が指をさす。


アベルは少し聞こえてくる音に集中する。

涼にも会話が聞こえてきた。



「ズルーマ、この裏切り者め!」

「化物に飲み込まれおって」

ズルーマを半包囲した者たちが、口々にそんな言葉をぶつける。


(あきら)めろ、ズルーマ」

包囲した者たちを率いる人物だろうか。

右目に眼帯をつけた男が言葉を叩きつけた。


傷を負い、片膝かたひざをつきながらも、右手に剣を握ったズルーマの目からは、光はまだ失われていない。

「ルキヤ、お前ほどの頭脳があれば分かるはずだ。こんなことをしても無駄だ」


ルキヤが眼帯の男の名なのだろう。

ズルーマは顔をゆがめながら、説得するように声をかける。


「大公家の滅亡こそ、我らが悲願。それすら忘れたか、ズルーマ!」

ルキヤが言葉を返す。


だが、ズルーマははっきりと言い返した。

「私の忠誠は、大公様とヘルブ公に捧げたと伝えたはずだ。一族の命令には従わないと」

「そんなこと、認められるわけなかろうが」

ズルーマの言葉を受けて、影から現れた一人の老婆が反論した。


「長老までが最前線に出てくるとは。本気で、バブリー家と組んで、大公家に逆らうのか? 勝てぬぞ」

「ふん、化物はもうおらん。しかも新たな大公は、驚くほど弱々しい人間ではないか。バブリー家だけでも倒せそうなほどじゃ。我らギューガ一族、その勝ち馬に乗る、それだけのことよ」

「なんと愚かなことを……」

長老と呼ばれた老婆は、(あざけ)りを含んだ言葉を吐き、それを受けて顔をしかめて呟くズルーマ。


「もう一度だけ聞く、ズルーマ。一族の元に戻り、悲願達成に力を貸すがよい」

「何度でも答える。私の忠誠は、大公様とヘルブ公に捧げた。ギューガ一族に戻ることはない」

長老の問いに、はっきりと言い切るズルーマ。


「ならば死ね」



カキンッ。



音高く弾かれる剣。


自らの剣を弾かれた眼帯の男ルキヤが、驚きの表情のまま、軽くバックステップして距離をとる。

ルキヤとズルーマの間には、赤く輝く魔剣を持った男が立ち塞がっていた。



「一人を寄ってたかって攻撃するってのは嫌いなんだよな」

魔剣を構えたアベルがうそぶく。


「貴様、ズルーマの仲間か!」

ルキヤが問う。


「いや、違う。それどころか、ズルーマの首を()ねたこともある」

「首どころか、手足全てを切り飛ばしました」

アベルが控えめな事実を答え、涼が全ての事実を告げた。


「そこまで言わなくてもよくないか?」

「いまさら取り(つくろ)ってどうするんですか」

アベルが不平を述べ、涼が呆れたように言う。


確かに、今更、この場で取り繕っても全く意味がない。


「アベル殿、ロンド公……」

片膝をついたままのズルーマが、自分を助けてくれた二人に軽く頭を下げた。



「三人とも殺せば関係ないじゃろう」

「殺せ」

長老が告げ、眼帯男ルキヤが命令した。


ガキンッ。

一気に間合いを侵略したアベルが、ルキヤと剣を交える。


「<アイスウォール10層>」

涼とズルーマに襲い掛かってきた攻撃は、氷の壁で弾かれた。


「反撃です。<アイシクルランス20>」


だが……。


全ての氷の槍が『()らされた』。

それは、見覚えのある軌道(きどう)


空中に浮かぶ紙。

全ての魔法を弾く紙。


「やっぱり呪符! またしても呪符! ジュフジュフジュフジュフ、それしかないのですか、あなたたちは!」

怒れる水属性の魔法使いは、さらに怒った。


「呪符の攻略法は、すでに見つけてあります!」

高々と宣言する涼。


「<パーマフロスト>」

永久凍土と名付けられた広域凍結魔法。

見える範囲の、空気中にある水分子の振動数を少なくし、空気を凍結する。


呪符そのものは凍りつかない。

だが、呪符の周りの空間は凍りつく。

これによって呪符の動きは止まる。


しかし、必要なのはこの次だ。

「<複層氷転換>」


<パーマフロスト>で生成された氷を、『複層氷』に変化させる。

涼の『複層氷』は、『魔力を通さない氷』だ。


西方諸国で涼が編み出した、冷たくない氷。

その原理としては、分子振動のほぼない氷を挟んでいる。


未だに、魔力が何なのか、完璧には分かっていない。

余剰次元にある重力であろうとは思う。

だが、この三次元に来た後に、それがどう『変化』しているのかは分かっていない。

それでも、何であれ、『振動』はしていると思うのだ。

だから、振動を強制的に停止する氷を挟むということは、魔力の伝播(でんぱ)を遮断することになる……はず。


そのため、呪符の周りの氷を複層氷に変えると、呪法使いからの魔力が呪符に伝わらなくなる。

つまり……。


「呪符は力を失い、地に落ちる」

涼が、東方諸国を旅する間に、ようやく考えついた対呪符法。


しかし実は情報は、全て揃っていたのだ。

ようやく、思考が情報を使って答えを導き出した……。



「馬鹿な!」

だが、突然呪符を地面に落とされた者たちからすれば、到底受け入れられない。


「撤収!」

それは長老の声。

それに合わせて、あちこちで火属性魔法が打ちあがった。

撤収の合図であり、建物に火をつけて混乱させて逃亡するためだろう。


「<ウォータージェット256>」

再び、怒れる水属性の魔法使いが、感知圏内にある火を全て、一瞬で消し去った。



とはいえそれは、目の前にいた敵たちは逃がしてしまうということ。



「チッ、逃げ足は速いな」

逃げられたアベルが舌打ちをする。


「逃げられるとは、アベルも口ほどにもないですね」

「なんで俺は非難されているんだ」

涼が小さく首を振り、アベルが不満を述べる。


「あいつら、騎士や剣士の類じゃないぞ」

「何なんですか?」

「暗殺者とかそういう類だ」

「なるほど」

アベルの言葉に涼は頷いた。


「お二人とも、助かりました」

ズルーマは、片膝をついたまま礼を言う。


「いえいえ。以前、アベルが無礼を働いたお()びです」

「おい……」


涼が持っていたポーションをズルーマに渡しながら問う。


「さっきの人たち、ズルーマさんの出身一族とかでしょう?」

「はい、聞こえていましたか」

「裏切り者って言ってました」

「元々……私は、ヘルブ公を暗殺するために一族によって送り込まれました」

「なんと……」


正直に答えるズルーマ、驚く涼。

アベルも無言であるが驚いている。


「ですが、私の力などでは全く及ばず……」

「ああ」

「ヘルブ公は私を返り討ちにした後、仕えよとおっしゃられ……。それ以降、私は全てを大公様とヘルブ公に捧げました」

懐かしさを含んだ表情でありながら、その目には一点の(くも)りもない。



しかし、それを聞いた二人は……。



「以前に、どこかで聞いた覚えがあります」

「あれだろ、フェルプスとシェナ」

「ああ!」

二人が思い出したのは、B級パーティー『白の旅団』の団長フェルプス・A・ハインラインと、副団長シェナの関係だ。


シェナはフェルプスを暗殺するために近付いたが、暗殺に失敗してフェルプスに仕えるようになったと。


「暗殺者が失敗して、暗殺対象に仕えるってのは多いんですかね?」

「さあ?」

涼の言葉に首を傾げるアベル。


「お二人の知り合いにも、そんな関係の方が?」

ズルーマも興味がわいたのだろう。


「ええ、まあ」

「暗殺に失敗した側からいえば、仕えたくなるのは当然です」

「え、そうなのです?」

ズルーマの言葉に驚く涼。


「自分の全力が及ばない相手だったのですから。圧倒的な実力を見せられれば、ある種の憧れを抱きます。それほど強い人物であれば、素直に、仕えてみたいと思えるのではありませんか?」

「なるほど」

一理(いちり)あるな」

ズルーマの説明に、涼もアベルも頷く。


「問題は、仕えられる側です。暗殺対象になった方」

「まあ……一度は命を狙ったんですもんね。そんな人が近くにいるのは、怖いでしょうね」

「ええ、当然です。ただ、こちらも力を見せました。有能である、使ってみたい人材である、と思っていただけるほど稀有(けう)であれば……」

「雇うかもしれんな」

アベルは頷いた。


「でもそれって、すごく大きな器ですよ」

「はい。ヘルブ公は大きな器をお持ちです」

「まあ、フェルプスも、人としての器はでかいな」

涼が感嘆し、ズルーマもアベルも思い浮かべた人物は、器の大きい人物であった。


「いずれは、アベルを狙う暗殺者が……」

「以前来た『五竜』のサンは首を刎ねたな……」

「雇いたいと思えるほどの人材ではなかったと」

「単純に、そうせざるを得なかっただけだ」


アベルは小さくため息をつくのであった。

小説第6巻、紙版の発売は2月20日ではあるのですが……関東の書店では、けっこう店頭に並んでいるみたいです。

サイン本ですとか、応援書店様では特典SS(「アクレの夜のディナー」)入りで……。


応援書店一覧

https://note.com/tobooks/n/n33e9172db719


TOブックスのツイートです。

第6巻挿絵チラ見せ!

https://twitter.com/TOBOOKS/status/1626536948751011842

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『水属性の魔法使い』第三部 第4巻表紙  2025年12月15日(月)発売! html>
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