0674 甲板の来訪者【小説第6巻 2月20日発売記念投稿】
「世界はこんなにも素晴らしい!」
公船第十船の甲板で、水属性の魔法使いがそんな声を上げている。
「そうだな素晴らしいな」
魔法使いの隣で、剣士が相づちを打っているがその声に熱量はない。
当然のように、水属性の魔法使いにキッと睨まれる。
「アベルはいつもそうです。斜に構えて、ひねくれたことばかり言います。もう少し、素直になった方が人はついてくると思うのです」
「いや、俺も甲板の外に広がる景色は素晴らしいと思う。それは心の底から同意する。だが『世界』と言った場合は、甲板の上もだよな。甲板の上は……」
甲板の上では、小さな酒盛りが開かれていた。
四人の参加者は、かなり酒に酔っているように見える。
もちろん第十船の乗組員たちではない。
乗組員たちは、真面目に船を航行させるために、公船の上で酔っ払うほどに酒を飲むことはめったにない。
「うぃ~船の上で飲む酒というのはよいな~」
「酔っ払うってこういう感覚なんだね~」
「剣を振るうのは無理……」
「酔っ払うと、『門』を開いて酒を調達するのも面倒になるんだな~」
レオノール、パストラ、アルジェンタ、そしてジャン・ジャックという四人の悪魔が、酒盛りを開いている。
「素晴らしい光景じゃないですか……とても平和的な……」
「そうか?」
涼が苦しい表情で言い、アベルが胡乱気な視線を向ける。
「だいたい、何で悪魔たちが公船の甲板にいるんだ?」
「ジャン・ジャックが『門』を開いてやってきたからです……」
「うん、ここで言う『何で』というのは、どうやってではなく、どうしてだよな」
「僕に聞かれても困ります」
涼が顔をしかめて首を振った。
つい三十分前の出来事だった。
帝都ハンリンを出港して、アティンジョ大公国に向かっていた一行。
涼とアベルは、いつものように甲板で午後の時間をゆっくりと過ごしていた。
涼はダーウェイで購入した『飛翔環』をいじくり、アベルは剣を振って。
そこに、何の前触れもなく漆黒の『門』が開き、四人の悪魔が出てきた。
「確かに、ここならちょうどいい」
などとレオノールが言ったのは、涼にも聞こえた。
「だろう?」
などとジャン・ジャックが答えたのも、涼には聞こえた。
「実験の場所を提供してくれるとはいいじゃないか」
などとパストラが頷いて言ったのは、涼にも聞こえた。
「結構広いから剣も振れる」
などとアルジェンタが呟いたのが、涼には聞こえた。
その後、酒盛りが始まった。
「リョウが止めなかったのが悪い」
「僕のせいじゃないですから!」
アベルが断罪し、涼が慌てて反論する。
「この四人に勝ったことがあるのは誰だ?」
「そ、それは僕ですけど……」
「となると、現実的に、誰なら止めることができた?」
「そ、それは僕しかいないですけど……」
涼は、チラチラと酒盛りをしている四人を見る。
なぜなのか理由は分からないが、四人がこの第十船の上に現れたのは、涼との関係があるから……それは認めざるを得ないと思う。
しかしだからといって、止めるのは……勝ったのは一対一でだ。
四人を同時に相手にすればどうか?
絶対無理。
だって相手は悪魔ですよ?
ちなみに、ラー・ウー船長を含めた第十船の乗組員たちは、四人が現れた時には驚いたが、しばらくすると誰も気にしなくなった。
船を壊すわけではなく、乗組員らに危害を加えるわけでもないと分かったからだ。
そして、彼らの間では小声で情報が交換されていた。
「ロンド公爵の知り合いだ」
その一言で、乗組員たちは気にするのをやめた。
そして自分たちの仕事に戻っていった。
その辺りの事情も、涼にプレッシャーをかける。
四人の悪魔が、涼の知り合いであるのは事実だ。全くの事実だ。
だがそのほとんどが、涼の命を狙っている悪魔たちなのだ。
しかし、聞くしかない。
他に聞ける者はいないから。
「あの~すいません」
「ん? どうしたリョウ」
「リョウも飲むか?」
涼の問いかけに、レオノールが答え、ジャン・ジャックが酒盛りに誘う。
アルジェンタは、無言のまま盃を差し出している。涼が使う用にらしい。
「いえ、僕はいいです。そうじゃなくて、何をしているんですか?」
「見ての通り酒盛りじゃ」
涼の問いに、首を傾げながら答えるレオノール。言うまでもないだろうという表情。
「問い方が間違っていました。どうしてここで酒盛りをしているんですか?」
「実験」
涼の問いに、一言で答えたのはパストラだ。
そう、彼女が研究・実験好きであることは知っている。
「なんの実験ですか?」
「船の上で酒を飲んだら酔うのかどうかという実験」
「……はい?」
パストラは適切に、完璧に答えた。
言葉としては全く問題ない。
涼の問いへの完璧な回答。
それなのに、意味が分からない。
いや、そういえば……。
涼は根本的な疑問があることに気付いた。
「そもそも悪魔って、お酒で酔うんですか?」
「分解回路を切れば酔う」
「分解回路?」
「アルコールや毒の分解を行う回路」
「そんなものがあるのですか……」
パストラの簡潔な説明に頷く涼。
もちろん、細かな部分は理解できないが、悪魔にはそんな回路があるんだろうと勝手に納得している。
同時に、普段は毒も効かないことを理解した。
次、戦う時に、役に立つ情報になる……可能性はある。
可能性だけなら、いつだってあるのだ!
涼は四人の元を離れて、アベルの隣に戻った。
「船の上で酒を飲んだら酔うのかどうかという実験だそうです」
「ああ、聞こえていた」
「分解回路を切れば、悪魔はお酒に酔うそうです」
「それも、聞こえていた」
「……それだけです」
涼はそれ以上、言葉を続けられなかった。
「なぜこの船なのか、いつ帰ってくれるのかなど、聞いてほしいことはいっぱいあったんだがな」
アベルがわざとらしくため息をつく。
「ぼ、僕だってそういう情報を得るべきだとは思ったんですよ? 思ったんですけど……」
「ですけど?」
「けっこう楽しそうに飲んでいるので、まあ、いいかと」
「……そうか」
涼もアベルもため息をついた。
平和だからいいかと。
しかし……。
「よし、結論は出たな!」
レオノールが宣言し立ち上がった。
そして、涼の方に近付いてきながら言う。
「それではリョウ、戦おうぞ」
「は?」
笑顔のレオノール、鳩が豆鉄砲をくらったような涼。
だが、すぐに我に返る。
「それはダメです」
「なぜじゃ?」
「酔っ払っているからです」
「分解回路を入れれば、酔いは醒めるぞ?」
「酔っている人ほど、自分は酔っていないと主張します」
「ふむ?」
涼が力強く主張するが、レオノールは首を傾げている。
「あのアベルという剣士を見てください」
「ふむ」
「彼はよく、自分は戦闘狂じゃないと主張しますが、果たしてそうでしょうか?」
「自分でそう言うやつは、間違いなく戦闘狂じゃな」
涼の主張にレオノールは力強く頷く。
「それと同じです! 自分では分からないものなのです」
「そうか、ならば今回は仕方ない。次に会った時に戦うとしよう」
怪しげな論理で煙に巻く、涼の常套手段。
レオノールの答えを聞き、涼が心の中で安堵したのは言うまでもなかった。
四人の悪魔は帰った。
嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった。
「ふぅ、何とか乗り切りました。それにしても、本当に何だったのでしょう」
「なあ、リョウ」
「何ですか、アベル」
「さっき、俺が戦闘狂だと言ってたよな?」
「あ、あれは言葉の綾です。問題を切り抜けるのに仕方なく言ったのです。心の中では、アベルを犠牲にしたことに対して泣いていたのですよ?」
「ほぉ~」
涼は慌てたように言い、アベルは胡乱気な視線を向ける。
「いつも言ってるじゃないですか。まずは生き残ること、儲けるのはそれからだ、の精神です」
「まあ、いい」
涼への追及の矛を収めるアベル。
アベルも分かっているのだ。涼の説得……らしきもので悪魔たちが去っていったことは。
あの悪魔たちが暴れたりすれば、涼以外の、自分を含めた全員が瞬殺される。
できるだけ近くにいてほしくない者たち。
「しかし、なぜここに奴らが現れたんだろうな」
「そうですよね」
アベルの言葉に、涼も顔をしかめて首を振る。
そして言葉を続けた。
「普通じゃない存在が、普通じゃない行動をとるということは、普通じゃない何かが、この先、起きようとしているのかもしれません」
「嫌だな、それは」
今度はアベルが顔をしかめて首を振る。
悪魔たちの来訪は、涼とアベル双方を困惑させたのであった。
『水属性の魔法使い』小説第6巻が、2023年2月20日(月)に発売されます!
(諸々で予約が始まっているようです)
今回……やってしまいました。
12万字超の加筆です。
本半分書下ろし。
(【なろう版】第三部の連載と並行して頑張りました!)
【なろう版】にもある「トワイライトランド」が収録されているのですが、
あれが9万9千字しかないのですよね。
次の第7巻をまるまる「王国解放戦」にするために、第6巻で大量加筆が必要でした。
なので12万字超の加筆!
「トワイライトランド」の後に、新章「前哨戦」が追加されています。
位置的に分かっていただけると思うのですが、
第7巻「王国解放戦」の前哨戦です。
ですので、いろいろぶつかります!
ええ、涼とオスカーもぶつかります!
他にもいろいろ……。
「トワイライトランド」自体も、加筆修正がかなり行われ、原形をとどめていません。
そして、【なろう版】で触れられていなかった秘密もいくつか書かれております……。
読者の皆さんが気付いてるか、覚えているかは定かではありませんが。
けっこう筆者も頑張ったので、ぜひ読んでください!
それから、続きの第7巻ですが、だいたい書きあがっております。
実は第7巻の発売日もほぼ決まっておりまして……。
でも、まだ秘密です!
第6巻発売からそれほど時間を経ずに第7巻は出る……はず。
第6巻の巻末にはいろいろ書いてありますからね。
楽しみにお待ちください!




