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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0672 個人戦闘

ダーウェイ軍本陣の一角には、自分の役目をきちんとこなせて嬉しそうに(たたず)んでいる水属性の魔法使いがいた。


「勝者総取りですね」

「は?」

「さっきのところに落ちたままになっているワイバーンの魔石ですよ。この戦いで勝った側が、さっきのワイバーンたちから魔石を抜き取って、総取りできます!」

「確かにそうだが……」

「アベルは王様になってしまって、経済観念が変わってしまったんじゃないですか? ロンドの森からルンに行く途中の時は、ワイバーンの魔石は価値があるから採取しようって言ったじゃないですか。お金持ちの王様になったからって、価値あるものを笑うのは良くないと思うんです」


涼がそう言った瞬間。


それは、本当に突然だった。



二人の目の前に、長い黒髪を背に垂らした、白い東服の男が現れたのだ。


「どっから……現れやがった」

辛うじてそう言えたのはアベル。


涼は何も言えない。

ソナーで、周囲の索敵は完璧との自負を持つ涼ですら気付かないうちに、突然その男は現れたのだ。

だが、涼が驚いたのはそれ以上に……。


「幻王?」


『本体』と会うのは初めてだ。

クベバサで戦った時には、ヘルブ公が乗っ取られていたので……外見はヘルブ公だったために。

だが、今、目の前の男から感じる存在感は、あの時と同じもの。

だから、問うてはいるが確信はあった。



「久しぶりだなロンド公爵。いや、この外見で会うのは初めてか。いかにも、俺が幻王だ」

その瞬間、リンシュン侍従長とルヤオ隊長が、その体をリュン親王と幻王の間に入れ主を守る態勢をとる。

それに続いて禁軍統領ティンが皇帝ツーインを(かば)うように動き、ウェンシュ侍従やほかの禁軍たちも主を守る位置に動いた。


「おうおう、素晴らしい部下どもだが、俺はそっちには興味ないんだ」

「興味があるのは僕に対してだけだと」

「そうだ。何やら、夏の別邸でマリエを倒したらしいじゃないか。あいつは、掛け値なしに強い。確かにクベバサで戦った時にもなかなか強いとは思ったが、正直マリエを倒せるほどとは思わなかった。だが倒したとなれば、興味がわくよな」

「クベバサで、僕はあなたに勝利しているので、今更(いまさら)興味とかないんですけど」

「てめぇ……」


わざわざ(あお)るように言う涼。頬をぴくぴくさせて怒り始める幻王。



涼はそう言うと、戦場に向かって歩き始めた。

幻王は意味が分からず、その場に止まったまま見ている。


「ちょっと幻王さん、そこじゃ他の人の邪魔になるでしょう。戦いたいなら、こっちでやりますよ」

涼が声をかける。


同時に、涼はアベルに向かって小さく頷いた。

後を頼むということだ。


アベルも小さく頷き返した。

承知したということだ。



こうして、主戦場とダーウェイ本陣から少し離れた場所で、涼と幻王による第二回戦が開始された。


「そういえば、マリエさんはどうされたんですか?」

「なぜそんなことを聞く?」

対峙した後、涼の方から尋ね、訝し気に幻王が答える。


「西方諸国と暗黒大陸に行きたいと言ってらしたので。まさかヘルブ公みたいに、乗っ取ったりはしていないでしょうね?」

「マリエを乗っ取るか……無理だな」

「それは心が強いから?」

「……クベバサで会った時にも思ったが、お前、どこまで知っているんだ?」

「ヘルブ公が言っていました。揺れない心を持っていれば乗っ取られないと。でもヘルブ公を乗っ取った。それができたのは、お兄さんをヘルブ公自身に殺させた、その時に心が揺らいだからでしょう?」

「まあ、そうだな」


涼の指摘を正解だと答える幻王。


卑怯(ひきょう)ですね」

「否定はせん」

「今、あなたがここにいるってことは、ヘルブ公を乗っ取ることはもうできないですね」

「さあ、どうかな?」

「あの人は、もう二度と心を揺らすことはないでしょう」


涼は、ヘルブ公を油断ならない相手だと思っている。

最終的には、敵として戦う相手かもしれないと、実は今でも思っている。

しかし同時に、優秀な指導者として高く評価している。

代替わりしたばかりのアティンジョ大公国のためには、できるだけ早く解凍してやるべきだとも。


だから……。


「<氷棺 解凍>」

「あん?」

「なんでもありません、あなたが気にする必要のないことです」

「そう言われると余計に気になるだろうが」


ダーウェイから遠く離れたアティンジョ大公国首都カムフォーにある<氷棺>を解除した。

そう、一度紐付けられた魔力線は、距離に関係なく瞬時に伝達可能だ。


涼が、『量子もつれ』という素粒子物理学における現象を思い浮かべるほどに、不可思議な現象だ。

『量子もつれ』は、古典物理学では説明できない。

もつれ状態にある量子どうしは、どれだけ離れていようと、片方が変化したらもう片方も『瞬時に』変化する……まるで距離など関係ないかのように。

ブラックホールやホワイトホールか何かで繋がっているんですか? それとも余剰(よじょう)次元を介しているんですか? くらいの勢いだ。

しかもそれは理論上の話ではなく、実験で確認されている現象……。



「さっきの話に戻りますけど、もしかしてマリエさんって、『壁』を開けに行ったんじゃないですか?」

「おい、話がいろいろ飛び過ぎだぞ」

「ごまかしたということは、その通りなんですね」

「てめぇ……」

「そういえば、ダーウェイの皇帝陛下が言ってましたけど、血を抜き取ったのは『壁』を開ける『鍵』のためですよね? 今でも壁はけっこうがばがばらしいので人は通り抜けられるらしいのですけど、やっぱり幻人はちゃんと開けないと通れないのですね」

「……」

「そもそも、中央諸国から何かが入ってくるのを防ぐために作られた『壁』と『回廊』らしいですけど、それはもう入ってこないんですか? 開けたら閉められないのでしょう?」

「お前は知らなくともいいことだ」


涼の言葉に顔をしかめながら答える幻王。



わざわざ涼が戦闘前にこんな会話を交わしているのは、情報が欲しいからだ。

そもそも、情報を集めることができる機会というのは、それほど多くない。

そして今が、その貴重な機会。

かなり昔から生きている……少なくとも存在しているらしい幻王と、直接話せる機会はそうそうないだろうし。


「少しだけ推理してみたことがあるんですよ。中央諸国にはいるけど東方諸国にはいない、でも古い書物や伝説には残っているもの……それが中央諸国から来てほしくない存在だったのではないかと。もちろん、最初に何体かはやってきて暴れまわったんでしょう。そしてそれが、演義などの書物には記されている」

「……」

「それはドラゴンではない、東方諸国にもいますもんね。それは悪魔でもない、普通に今でも現れますもんね。僕が知っている限りだと該当しそうなのが一つあります。それは魔人です」

「……」


幻王は無言のままだが、少しだけ顔の筋肉が強張(こわば)っているような気がする。


「そうだ、魔人って人間の呼び方なんですよね。ご本人たちは、スペルノって名乗っていましたか」

「……ご本人? 名乗っていただと? お前、まさか、スペルノに知り合いがいるのか?」

「いますよ? 別に驚くようなことじゃないでしょう?」

「驚くようなことだよ!」


相手から情報を引き出すためには、こちらも情報を開示しなければならない。

貴重な情報を開示すればするほど、相手からも貴重な情報を得やすくなる。


大した情報を持っていなかったら、頭からなめられてしまうでしょう?


「しかもお前、さっきドラゴンとか悪魔とか言わなかったか? なんだ、そんなやつらとも知り合いだとでもいうのか?」

「知り合いというか、よく戦います。青竜とは二回、悪魔とは……五回くらい戦っていますね。あの人たち、僕と戦いたがるんです。困ったものです」

「……そうか」


涼が笑顔で語ると、幻王はげんなりした様子で答えた。

いくつかの情報を開示したことによって、幻王の中での涼の価値は上昇したようだ。



だが……それが結果的に、早すぎる引き金を引いた。



「もういい、よく分かった」

「はい?」

「結局戦わねばわからんということだ」

「なぜそんな結論に……」



カキンッ。



突然の幻王の斬撃。

村雨で受ける涼。

だが、涼は気付いた、幻王が振るう剣に。


「その剣は、クベバサでヘルブ公が持っていた剣……」

「ほぉ、よく覚えていたな、聖剣タティエンだ」


ヘルブ公を氷漬けにした直後、涼は気を失った。

しばらくしてから医務室のようなところで気が付いた。

その時にアベルに剣のことを問うた。

だがアベルは剣などなかったと言っていた。


まさか幻王が持っていたとは。

だが、どうやって手に入れた?

クベバサには幻王の本体はいなかったはずなのに……。


「どうしてその剣を、あなたが持っているのですか!」

「あの時もらったからさ」

「なぜあの状況で手に入れられるのです?」

「人には理解できまいよ」


幻王はそう言うと、ニヤリと笑った。

対照的に涼は顔をしかめている。

なぜなら、この聖剣タティエンの特性は、涼にとって最悪だからだ。


「『聖剣昇華』したら、()()()()()する……」

「その通り。魔法使いにとっては天敵と言ってもいい剣だ。使い勝手がよさそうだったからな、いただいたわけだ」


『聖剣昇華』すると光り輝くようなのだが、今はまだ普通の剣だ。


そうは言っても、幻王の剣筋は鋭い。

剣の扱いに関して言えば、クベバサで戦った時よりもスムーズに剣が出てくるイメージがある。

「やっぱり乗っ取った体よりも、この体の方が戦いやすいな」

そう言うと豪快に笑った。


一方の涼は顔をしかめたまま、振り下ろされる幻王の剣を受け続けている。

展開的に、防御に徹するのはよくあることなので構わないのだが。


(強い……)


そう、幻王が強いのだ。


クベバサで戦った時よりも遥かに、剣が力強く、速く、そして技術も高い。

しかも……。


「その斜め下からの突きは、マリエさんもやっていました」

「おう、あいつの得意技の一つだな。イアイとかいうのは俺にも無理だったが、こいつは真似できたぜ」

そう、あの連撃に組み込まれた、厄介な袈裟懸(けさが)けから連続した斜め下からの突きを繰り出すのだ。


「クベバサの時は、それやってなかったでしょ!」

「あれはやっぱ、自分の体じゃなかったからな。今思うと、だいぶ不自由だったな」

笑いながら言う幻王。


さすが幻王というべきか、片手で剣を扱っても、その斬撃は強力だ。

それなのに、思いっきり両手で打ち下ろしてきた日には……一度、涼は流しきれずに全力で受けたが、村雨を支える涼の腕が折れるかと思った。

それほどに強力。



いつも悩まされる種族特性格差。


いかに人という存在が脆弱(ぜいじゃく)か。



だが、愚痴(ぐち)を言っても仕方ない。

愚痴を言って変わるのであればいくらでも言うべきだが、たいてい何も変わらないわけで……。



いちど大きく後方にバックステップした涼。


深い呼吸を一度。


「やれることをやるだけです」

そう呟き、いつもの通り、村雨を正眼に構える。



ただそれだけで変わる雰囲気。



「ほぉ……やはり一瞬で雰囲気が変わるな。実に興味深い」

涼の変化を受けて、幻王も呟く。


「それでこそ、わざわざ来たかいがある」

そう言うと、両手で大きく剣を振り上げた。



お互いに簡単には動けない空気。

高まる緊張。


いずれ、何かの拍子(ひょうし)に弾けることになる。


だが、それは……。



「後ろ!」




突然、涼が叫んだ。




その瞬間、ダーウェイ軍本陣の陣幕(じんまく)が切り裂かれ、鋭い光が皇帝ツーインを襲った。


カキンッ。


音高く響く剣と剣。


涼の声でただ一人だけ動けた男。

「久しぶりだな、ユン将軍」

赤き魔剣を操るアベルが、切り込んできたユン将軍の斬撃を、皇帝ツーインを庇う形で受けていた。


さらに切り込んでくるチョオウチ帝国軍斥候隊。

さすがにその時には、リュン親王や禁軍統領ティンらも剣を抜き、斥候隊の前に立ちはだかっている。


「くっ」

顔をしかめるユン将軍。

奇襲が阻まれたのだ、いい表情にはならないだろう。



しかし、彼らの突撃によって、ある場所での均衡は崩れていた。



「油断してんじゃねぇよ、ロンド公爵」

幻王の聖剣タティエンが、涼の腹を貫いていた。

深々と突き刺さり、幻王の右腕は手首まで涼の血でまみれている。


「均衡状態を作り出したことそのものが……罠ですか?」

苦しい表情ながら、涼が持つ村雨も、幻王の左肩に食い込んでいる。

切り落とすまでいけなかったのは、純粋な相打ちではなく、涼が受けたダメージの方が大きいからだ。


「おう、もちろんだ。お前さんほどの相手、そう簡単に隙はできん。だが、本陣への奇襲ならさすがに、一瞬でもそっちに意識を持っていってくれるだろうってな。まあ、奇襲そのものが成功すればそれはそれでいい。うちの皇帝陛下が喜ぶだろう」

幻王は、自らの肩に斬撃を受けているが、ニヤリと笑っている。


それなりの大掛かりな作戦がうまくいき嬉しそうだ。


「僕に一撃入れるために、それだけ大掛かりな作戦を練ってくれたことを光栄だと喜ぶべきなんでしょうね」

「腹に剣突き立てられてるのに、ずいぶん余裕だな」

「以前魔人に、腕で心臓を貫かれたことがありますからね、それに比べれば……」

「お前、本当に人間かよ」


冷や汗を流しながら効いてないアピールをする涼、呆れる幻王。


「あれだけの奇襲を行って、結局、僕のおなかに剣を突き立てるだけしかできなかったわけですが、これからどうするつもりですか?」

「……煽るのもそこまでいけばすげーよ」

やはり呆れる幻王。



涼が、腹に剣を突き立てられたまま、これだけ長々と会話をしている理由がある。

それは、幻王が使っている聖剣タティエンを知るためだ。


現在、聖剣タティエンは涼を貫いているため、常時涼の水属性魔法によって情報を解析されていると言ってもいい。


もし聖剣タティエンの特性が、『魔法を無視する』ではなく『魔法を弾く』や『魔法を一切受け付けない』などであれば、涼の水属性魔法であっても解析することはできなかったかもしれない。


だが『魔法を無視する』という特性。


例えば、水属性魔法で聖剣タティエンを曲げたり、折ったりはできないであろう。

つまり魔法で、聖剣タティエンに影響を与えることはできない……『魔法を無視する』というのはそういうことだ。

だが、魔法で観察する、であれば問題ない……ようだ。


涼的には、『観察』も、無視されるのであれば厳密にはできなさそうな気もするのだが……本当に、正確には『魔法を無視する』でもないのかもしれない。

取扱説明書を読んだわけではないので……。

幻王が、クベバサで言っただけなので……。


とにかく、自分のおなかを犠牲にして、涼は情報を収集している。


もちろん、氷の膜を臓器や血管に張って出血はできるだけ無いようにしているのだが。

とはいえ、それもそろそろ限界が近い。

(痛みが強くなってきました)



一方、奇襲側でも激しい近接戦が繰り広げられていた。

その中でも最も苛烈(かれつ)なのは、アベル対ユン将軍の剣戟であったのは間違いないであろう。


二人は二度目の戦闘だ。

一度目は、輪舞邸で行われた。

天井の低い屋内での戦闘であったため、突きと横薙ぎを中心とした剣の組み立てをせざるを得なかった。

涼が「窮屈(きゅうくつ)そうだった」と評したのも当然であったろう。


だが今回は違う。


ダーウェイ軍本陣ではあるが、屋根はない。

周囲では、チョオウチ帝国軍斥候隊とダーウェイ軍首脳らの戦闘が行われているが、アベルとユン将軍の剣戟が激しいからだろう。

少しずつ二人から遠ざかっている。


誰だって、よその戦闘には巻き込まれたくないわけで……。



「輪舞邸の時も思ったんだが、お前さん強いよな」

「それはどうも」

アベルが情報を引き出そうと声をかけるが、答えるユン将軍は言葉少なだ。


「なんだ? 喋りながら戦うだけの余裕がないか?」

「私から情報を引き出したいだけだろう。その手には乗らない」

「それは残念」

アベルの目論見(もくろみ)(つい)えた。


だが、そんなことを言ったユン将軍が、アベルの持つ魔剣を、チラチラと気にしていることに気付いた。

「どうした? 魔剣を見るのは初めてか? いや、そんなわけないよな。幻人なんてかなり長く生きるんだろう?」

「魔剣なら何百本も見てきた。だがそれは……」


ガキン。


アベルとユン将軍が鍔迫(つばぜ)り合いに移行する。

それは当然、ユン将軍の目の前にアベルの魔剣がくる状態なわけで……。


「リチャードが使っていた剣に似ている」

ユン将軍が呟く。


その呟きは、アベルを驚かせた。

いや、驚かせはしたが、実は最近では少しずつ慣れてきている。

自分のご先祖様は、とても活動的な人物だったらしいと。


魔人と戦い、幽霊船ルリと戦い……多分他の人外の者たちとも戦ったんだろうなと勝手に思っている。

その中に、幻人も加わったようだ。


「そう、俺のご先祖様のリチャード王が使っていた剣らしいな。俺も最近知ったんだがな」

アベルはあえて軽い調子で言う。


「……リチャードの子孫だと?」

ユン将軍は顔をしかめながら言う。


「リチャード王と戦ったことがありそうだな。負けたのか?」

「負けた……というより、私では相手にならなかった」

「それはドンマイ」

低い声で答えるユン将軍。その声に、怒りに似た感情を感じ取るアベル。


「赤い剣士、お前がリチャードの子孫だというのなら、私の全力をぶつけるのにちょうどいい」

「いや、全力とかぶつけなくていいぞ。お互い怪我すると痛いだろうし。それと俺の名前はアベルな、ユン将軍」

「分かったアベル。わざわざ名乗ったということは、全力でかかってこいという挑発だな」

「いやあんた、俺の話聞いてたか?」


なぜか先ほどまでの落ち着いた雰囲気は無くなり、感情の高ぶりを感じ取れるようになってしまったユン将軍。

会話になっていないことを嘆くアベル。



「私はリチャードに負けてから、奴の錬金術を身に付けようとした」

「ああ……リチャード王は、錬金術においても極北に至ったと言われているからな」

「子孫であるお前は、それをくらえ」

「マジかよ」

「『模倣・千手観音』」


ユン将軍が唱えた瞬間、手に持つ剣が淡い錬金術の光を放った。

次の瞬間……。


何十もの見えない斬撃がアベルを襲う!


カキンッ、カキンッ、カキンッ……。


「全て弾くか! さすがリチャードの子孫」

「さっきまでの、落ち着いた冷静な将軍って雰囲気とは全然違うじゃねえか!」

(たかぶ)り、口数も多くなったユン将軍に、あまりの変化を指摘するアベル。


「ていうか、お前さん幻人だろ? 何で錬金術が使えるんだよ」

「誰でも使えるようにしてあるのが錬金術であろう?」

「え、そうだっけ……」

正論のようなものをぶつけられ、たじろぐアベル。


そう、誰でも使えるように作られたのが『錬金道具』ではある。

決して、誰でも使えるようにしてあるのが『錬金術』というわけではない。



「ならばこれならどうだ! 『模倣・千手観音 オールレンジ』」

ユン将軍が唱えた瞬間、アベルは自分の後方にも何かが生じたのを感じた。


見てはいない。

見る余裕はない。

だが分かる!


「全方位からの攻撃か!」

判断は一瞬。

行動も一瞬。

一気に前方、ユン将軍に向かって走り出した。


カキンッ。

一合剣を合わせ、態勢を低くしてユン将軍の脇を走り抜けて振り返った。

それによって、空中から生じた無数の見えない刃たちとアベルの間に、ユン将軍を入れ盾とする。


「さすがに判断が早いな」

「冒険者として生き残るには、判断の早さが(きも)なんだよ」

「しかし、それは罠だ」


ユン将軍が言った瞬間、アベルの足下から上に向かって風が走った。

<エアスラッシュ>のようなものか?

アベルの行動を読んで、ユン将軍が設置しておいたのだ。


カラン、カラン……。


「何?」

だが走った風はアベルに当たり、弾き飛ばされる。

驚くユン将軍。


「ああ……氷の(よろい)だ。<アイスアーマー ミスト>とか言ったか」

「氷? まさかロンド公爵か!」

「さすがは俺の相棒だろ。自分も厄介な相手と対峙しながら守ってくれているんだぜ」

笑いながら言うアベル。少しだけ誇らしげだ。



そんなアベルの相棒は、お腹に剣を突き立てられたままである。

であるのだが……。


それまで余裕で剣を突き刺していた幻王が、少しだけ顔をしかめて剣を抜き、大きく後方に飛んだ。

涼は、腹に大穴を開けられたからであろうか、さすがに追撃はできない。


「くっ……」

苦悶の声が、涼ではなく幻王の口から洩れる。


「おいロンド公爵……俺の体に何をした」

「何もしていませんよ、気のせいじゃないですか?」

「そんなわけあるか!」

怒鳴る声も決して大きくない。

しまいには、片膝をついてしまう幻王。


「聖剣昇華“散”」

幻王が唱える。

だが、何も起きない。

「馬鹿な……」

そんな幻王の呟きも、決して大きな声ではない。

だが、目は大きく見開いている。


「今のは、聖剣昇華によって魔法効果を『散らす』やつですよね。でも残念ながら、聖剣タティエンの力は封じました」

「あり得るか……」

「さすがに完全解析はできませんでしたけど、聖剣昇華を封じることはできましたよ」

にっこり笑う涼。

自らのお腹を犠牲にして得た解析データを活かすことができて満足しているらしい。


「くそ、力が入らねぇ……」

「大変そうですね」

片膝をついて動けない幻王に向かって、ゆっくりと歩いていく涼。

右手に村雨を持っている。


「もう一度聞く、何をした?」

「もう一度答えます、気のせいじゃないですか?」

まさに、いけしゃあしゃあを体現したような涼の様子。


気のせいでないのは言うまでもない。

あの幻王が、動けないのだから。


「幻王、それではさようなら」



その瞬間、幻王の首が斬り飛ばされ、心臓が貫かれた。

なぜ幻王は突然動けなくなってしまったのか。

もちろん、謎を解く情報は描写済みです、どこかに!


そして明日投稿分が、(いちおう)「第三部 東方諸国編」最終話です……。

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