0671 参戦
「やはりワイバーンまで使役できるか」
リュン親王は苦虫を噛み潰したような表情で呟く。
想定はしていた。
してはいたが、それは最悪の想定でもあった。
当然であろう。
ワイバーンは、ゴブリンやオークはもちろん、オーガなどとも全く違う。
魔物としての格が違うと言ってもいいくらいだ。
リュン親王は、本陣の一角を見る。
そこには彼の幕僚たる供回りの者たちがいるが、最も目当ての人物はすでにいない。
ワイバーンを確認してすぐに動き出したようだ。
「ルヤオ、いつも迷惑をかける」
リュン親王の呟きは、誰にも聞こえなかった。
シュンタイ城から飛び立った飛翔体がワイバーンであることが確認された瞬間、ルヤオ隊長は動いた。
もちろん、彼女の魔法砲撃隊もだ。
彼女らが向かった先は、本陣の一角に置かれ大きな覆いをかけられていた錬金道具。
当然、その動きは涼の知るところとなる。
「アベル、ついにですよ!」
「んあ?」
「ほら、あの錬金道具です。ルヤオ隊長たちが調整していたやつ。ずっと覆いの中だったので外からは見えなかったのですけど」
「ああ、あのでかいやつか。馬車一台分くらいはあるもんな」
「馬車一台、戦場の錬金道具というと『長距離拡散式女神の慈悲』を思い出しますね! 魔人との決戦では活躍したんでしょう?」
「活躍した。あれのおかげで、多くの兵の命が救われたぞ」
「おぉ!」
『長距離拡散式女神の慈悲』とは、涼とケネス・ヘイワード子爵が作り上げた錬金道具で、戦域全体に光属性魔法の<ヒール>を行き渡らせるものである。
涼自身はその場にいなかったのだが、後々アベルが話して聞かせてくれたのだ、素晴らしい効果があったと。
そんな『長距離拡散式女神の慈悲』は、馬車一台分ほどの大きさであったために、それと同じほどの今回の道具が何なのかは、非常に気になるところであった。
覆いが取られ、前方に引き出されていく。
「でかい椅子?」
「大砲付き?」
アベルも涼もよく分からない。
だが、しばらくして涼の脳裏に閃くものがあった。
それは、地球の知識があったからだろう。
「対空機関砲、だっけ?」
射手が椅子に座り、その前に空に向けて連射式の機関砲が備え付けられている。
椅子と機関砲が丸ごと回転し、空から飛来するものを迎撃する……。
そんな兵器が第二次世界大戦時にあった。
さすがにそこまで洗練されていないし、『砲』のように長く前に突き出したものは一本だ。
座席には、ルヤオ隊長がすでに座っている。
前方に引き出された『砲』は、土台部分を地面に固定される。
もちろん座席と砲部分は自在に動くらしく、ルヤオ隊長が狙いをつけている。
その周りを……。
「あれ、五十人くらいいるか?」
「ええ。魔法砲撃隊の人たちですね」
アベルや涼から見ても異様な光景だ。
全員が、『砲』から伸びた紐を握っている。
「あの機構は……」
「魔法砲撃隊の連中、紐を握っているな。そういえば『女神の慈悲』も、神官たちが伸びた紐を握るよな」
「ええ。あの紐を伝って魔力を装置に伝達するのです。ケネスといろいろ試した結果、あれが一番、魔力伝達ロスが少なかったのですが……。多分、あの『砲』も同じ理由で紐がついているのだと思います」
「凄いな」
「知者は同じ道を通るものなのかもしれません」
涼は深々とうなずいた。
ケネス・ヘイワード子爵は、涼が勝手に師匠と思っているほどに優秀な錬金術師である。
ルヤオ隊長は、友好の証二号君をあげてもいいと思えるほどに、これまた優秀な錬金術師である。
涼から見た場合、どちらも『知者』と言ってもいい錬金術師なのである。
「ルヤオ、適時攻撃せよ!」
「承知!」
リュン親王の指示が飛び、ルヤオが頷いた。
わずかに『砲』を動かして……放った。
轟!
それは驚くほど巨大な音を発し、一発の白い火球を放った。
白い火球は狙い通り、先頭を飛んでいたワイバーンの頭に当たり、一気に頭全体を炎で押し包んだ。
消滅するワイバーンの頭。
当然、直撃したワイバーンは墜落した。
「おぉー!」
「すごい!」
ダーウェイ軍本陣で沸き起こる歓声。
だが、リュン親王はその歓声に加わらない。
「大きすぎるワイバーンは呪符では守れませんね。それにしても凄い威力です」
「ああ、威力が強すぎるな」
涼が称賛し、アベルが顔をしかめている。
「またいつもの、お小言剣士発動ですか? たまには素直に称賛すればいいのに」
「いや、あれだけ強い攻撃を放つ道具……何発撃てるんだ?」
「え……」
アベルに言われて、涼も気付いた。
そう、『砲』の耐久性に。
ルヤオ隊長らを見ると、すでに次のワイバーンに狙いを定めて撃っている。
本陣では、多くの人が歓声を上げているがリュン親王だけは顔をしかめたままだ。
「リュン殿下は、『砲』の耐久がもたないことを分かっている?」
「そうだな。だから渋い顔なんだろう」
「もしかして、あの『砲』が壊れた後は、次の策が準備されていない?」
「ないだろう、相手はワイバーンだぞ? 王国とかだったら、一体倒すのに二十人以上のC級冒険者が必要と言われている……」
「それを一撃で倒していることを考えると、凄い錬金道具ですね、あれ」
「それは間違いない」
今までの、中央諸国で生活してきた二人の常識からすると異常と言ってもいい性能の錬金道具だ。
ただ、考え方は複雑ではない。
中央諸国でも『二十人以上のC級冒険者を準備しましょう、魔法使い多めで』と言っているのだ。
この錬金道具のために、今、五十人の魔法使いが魔力を注いでいるわけで……。
「ワイバーン、五十体くらい上がってきてましたよね」
「それくらいいたな」
「あの『砲』で何体落とせるか……」
「時間さえあれば、なんとかなったのかもしれんが」
「そう、武器の難しさって、連続使用した場合の耐久力ですよね。剣ですらそうでしょう?」
「剣は打ち合えば熱をもってくる。熱をもってくれば弱くなる。あの錬金道具もか……」
「火属性魔法を放っていますからね、しかも冷却する時間も十分なく連続で」
涼の言葉にアベルは首を傾げて問いかけた。
「リョウの水属性魔法で冷却すればどうだ?」
「ああ……言いたいことは分かりますけど、たぶん急激に冷やすと割れちゃいます」
「そうなのか?」
「自然にゆっくりと冷ます必要があると思うんです。でも今は、その時間的余裕がない」
「だからルヤオ隊長やリュン親王は、最後までもたないと理解しているんだな」
戦争という極限状況においては、多くのことが時間との勝負になる。
平時であれば絶対にしない判断や、絶対に起こさない行動を起こさざるを得なくなる。
後世の歴史学者たちが分析して批判する……。
そう、それは正しいだろう。
そう、それが合理的だろう。
だが、その選択がされなかった理由をこそ、追求すべきなのだ。
歴史学の道に、一歩……いや半歩だけ踏み込んだ涼は、そう思ってしまう。
「ナイトレイ王国国王アベルに問います」
「許可する」
「え? まだ何も聞いていませんよ?」
「もしもの場合、介入していいかだろ?」
「はい……」
「もちろん許可する。それによって、チョオウチ帝国や幻人に王国が恨まれたとしてもかまわん。ナイトレイ王国筆頭公爵としての介入を許可する」
「はい!」
即断即決。
涼がアベルを高く評価するのはこういう時だ。
王として、国の行政を取り仕切る最高責任者として、全ての責任を負う覚悟をもって許可する。
普通の人には、なかなかできないことなのだ。
だが、いやだからこそ涼は理解している。
普通の人になかなかできないことをできるからこそ、王なのだと。
ワイバーン三十体を撃墜したところで、砲身が裂けた。
「くっ、これまでか」
悔しそうなルヤオ隊長の声が聞こえ、『砲』に魔力を送り込むべく囲んでいた魔法砲撃隊の人たちがうつむく。
リュン親王が今まで以上に顔をしかめ、一瞬目をつぶった後、何かを決めたように顔を上げた。
そして、皇帝ツーインに進言する。
「陛下、禁軍でワイバーンを……」
そこに、横から声が入った。
「恐れながら陛下、意見具申を許可していただけますでしょうか」
それは常とは違う言葉遣いと共に、丁寧に頭を下げたロンド公爵涼であった。
「む? ロンド公? しばし待たれよ。リュン、ワイバーンに対して次の策を述べよ」
さすがに戦場の本陣。
しかも戦闘中。
最高指揮官たる皇帝ツーインは、まずは作戦立案を担うリュン親王の意見を聞こうとする。
「陛下、他に有効な手段はございません。もしロンド公爵に有効な手段があるのであれば、私もぜひお聞きしたい」
「リュンはこう言っておる。ロンド公、何かあるか?」
「はい、ございます。実は私、ワイバーン狩りが得意でして」
涼はそう言うと、にっこりと笑った。
「さあアベル、やりますよ」
「お、おう……」
「今回は、撃墜して地上に落ちたやつのとどめ、アベルは刺しに行かなくていいですから。途中、禁軍の人たちが戦っているところを突っ切っていくのは邪魔になりますから」
「あ、うん……全く考えてなかったわ」
「何でですか! いつも、僕が撃墜して、そこにアベルがとどめを刺すって役割分担してきたでしょう!」
「魔の山からルンに戻る途中な。でもリョウの魔法で、とどめまで刺せるだろう?」
「さあ、試したことないので分かりませんね」
わざとらしく答える涼。
もちろん自信満々である。
「では、いきます! <アイシクルランスシャワー>」
涼が唱えた瞬間、上空に生成された無数の氷の槍がワイバーンを襲った。
羽を貫かれ、地面に縫い付けられ、さらに体や頭に突き刺さる氷の槍。
一瞬にして、地上にワイバーンの墓場が生まれた。
その結果を見て満足そうに頷く涼。
相変わらずだと小さく首を振るアベル。
だがダーウェイ本陣の他の者たちは、驚いたまま何も言えなかった。
驚いていたのは、ダーウェイ本陣以上に、城壁の上に置かれたチョオウチ帝国本陣もであった。
特に皇帝ワンシャン・ク……。
「何だそれは……何なのだそれは……」
うわごとのように繰り返すばかり。
しかし、少し離れた場所にいたこの男だけは全く違う反応である。
「氷の槍か? 氷の槍だな? やすやすとワイバーンを貫く氷の槍。しかも何百本だよ、一瞬でだぞ。間違いない、間違いなくロンド公爵の野郎が戦場にいやがる」
驚きと共に狂喜の笑みを浮かべ、歓喜する幻王。
当然であろう。
ロンド公爵と戦いたくて、ダーウェイとの戦に参戦しているのだから。
それがないなら、自らの手で中央諸国への『壁』を開けに行ったはず……。
幻王は、自身が戦闘狂であることを自覚している。
「よし、俺は前線に行くぞ。タオラン、後は作戦通りに進めよ」
「承知いたしました」
幻王は笑いながら言い、タオランは命令を受け取った。
ついにです!




