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水属性の魔法使い  作者: 久宝 忠
第三部 最終章 幻人戦役
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0667 錬金術師の戦い

上方にも張られている涼の<アイスウォール複層氷50層>の覆い。


そこに降り注ぐ数万の氷。

それは一斉射だけではなかった。


何度も何度も。

そのたびに、数万の氷が降り注ぐ。


「星のように……百基の発射台? 錬金術で生成した発射台から氷の雨を降らせているのですね、まさに力押しの極致」

涼が感心したように言う。


「その力押しでも割れん氷の覆いとは……。しかもそれは、錬金術ではありませんな? 純粋な水属性魔法で、なぜこれほど耐えられるのか」

ローウォン卿は狂喜は(まと)ったまま、だが冷静に涼の氷の覆いを分析する。


すぐ上では、降り注ぐ氷の雨と弾き返し続ける氷の覆いが間断なくぶつかり合っているが、船首に立つ二人の水属性魔法使いは、茶飲み話でもしているかのようだ。



「さらなる負荷(ふか)が必要。殿下、艦隊による魔法砲撃を」

「分かった。砲撃せよ」


コウリ親王の命令が全艦隊に伝わる。


その瞬間、ほんのわずかに涼の表情が変化したことに気づいたのはアベルだけだったろう。



「放て!」

二百隻の艦隊から放たれる魔法砲撃。


砲撃を求めたローウォン卿も、命じたコウリ親王も、砲撃が成功するとは思っていない。

だが、艦隊の間をふさぐ氷の壁、上空を守る氷の覆いその両方が、たった一人の魔法使いによって生成され維持されているのは事実である。

そうであるのなら、攻撃を厚くして負荷をかけ、最終的な魔力切れに追い込むのは魔法戦の常套(じょうとう)手段と言えるだろう。


艦隊による魔法砲撃の持つ意味はそういうところ。



だが……常套手段とは。


それはつまり、相手からすれば予測できる手段とも言える。

この場合の相手とは、涼である。



「『動的(ダイナミック)水蒸気機雷(スチームマイン)Ⅱ』は敷設済みです」

いつもの水属性魔法による<動的水蒸気機雷Ⅱ>ではなく、以前、ファンとの戦いのために準備した錬金術による『動的水蒸気機雷Ⅱ』。

それを少しだけ改良した……。


「誘爆? いえ誘凍? 当たった瞬間、そこから発射台まで凍り付きます」


涼の呟きは隣にいるアベルにだけ聞こえた。

もちろん、アベルは聞いても意味が分からないのだが……。


起きた現象を見て理解できた。


コウリ艦隊の舷側(げんそく)に設置された魔法砲撃用の錬金道具から砲撃が行われた。

それは、少し飛ぶと凍り付いた。

凍り付いたところから……導火線を伝う火のように、ガソリンを伝う火のように、一気に発射した錬金道具までが凍り付いたのだ。


砲撃した全艦、全砲門。



その光景は、船首同士をぶつけ合った両艦隊旗艦の船首からも見えた。


「馬鹿な……」

その言葉はコウリ親王であったろうか。


「なんという……」

その言葉はカブイ・ソマルであったろうか。


「恐ろしい……」

その言葉はラー・ウー船長であったろうか。


「くふっ」

思わず噴き出たその笑いは、ローウォン卿である。


「今のは錬金術! 砲撃時ならわしの『月』が射線からどく……守れぬと読んでおったわけですな。いやはや。いつの間にそんな罠を張られたのか」

「帝都一と名高い錬金術師ローウォン卿にお褒めいただけたのは恐悦至極(きょうえつしごく)

ローウォン卿の感嘆に、いっそ清々(すがすが)しく答える涼。


仕掛けた罠が、完璧に作動し完璧な結果をもたらせば、涼でなくとも嬉しくなるというものだ。



「これでダーウェイ艦隊の砲撃は『半分』封じました」

涼が微笑みながら言う。


「半分?」

アベルが首をかしげる。

船首をぶつけている旗艦フェイドーシン以外のすべてのダーウェイ艦の、魔法砲撃用錬金道具をつぶしたように見えるからだ。


「こちら側の舷側にあるやつは潰しましたけど、向こう側の舷側にある分は生き残っています」

「ああ……」


そう、船の両側に魔法砲撃用錬金道具は設置されている。

こちら側を向いているものは全部潰したが、向こう側にあるのはまだ無事だ。


「それを移動できるのかは分かりませんが……」

涼は錬金道具が正確にどのような状態で設置されているのかは知らない。

だが、緑荘平野でルヤオ隊長たちが使ったようなものであるなら……威力からしてあれよりはかなり大きいのだろうが、時間と人手をかければ移動するのは不可能ではない。



「ですが、そんな船の錬金道具などに頼らずに、正面から来るのでしょう? ローウォン卿」

涼は大きな声で、あえて言う。

正面で対峙する水属性の魔法使いであり錬金術師でもある相手に対して。


「仕方ありませんな。それをお望みなら乗ってやりましょう、ロンド公爵」

ローウォン卿も笑ったまま答える。


「そうそうローウォン卿、錬金術であっても、魔力切れはあるのではないですか?」

「いやロンド公爵、やり方次第では魔力切れなどめったに起きませんぞ」

「それは、例の1024の文字列を使えばということですね」


涼がそう言った瞬間、明らかにローウォン卿の表情が変わった。


だがすぐに頷く。

なぜ涼がそれを知っているのか思い至ったからだ。


「ルヤオめが言いましたかな」

「ええ。それに帝都で売っている『飛翔環』にも、似たような文字列がありましてね」

「ほぉ~。『飛翔環』を開けましたか。あれは下手な開け方をすれば、魔法式が消去するようにできておるのですが……。いや、これだけの錬金術を駆使し、ゴーレムをも作るロンド公爵なら問題ないですな。失敬(しっけい)失敬」

「いやローウォン卿の先ほどの……『月』ですか? 船を守っていたのは。あれほど大量の精密制御を錬金術で行うのは凄いです。しかも今砲撃しているのは……『星』と言ったところでしょうか。数多の星からの俯角(ふかく)射撃、これまた凄い」

「世が世なら、昼夜問わず錬金術を語り合えたかもしれませんな」

「ええ、まったくです」


大笑いしながらも攻撃の手を緩めないローウォン卿。

こちらも笑顔で受けきる涼。



涼の横でそんな会話を聞くアベルも、最近は分かるようになった。

このクラスの人外たちの魔法戦においては、力押しで勝負が決することはほとんどないということを。

そしてそれは、やっている本人たちが一番理解していると。


だから今のように、一見力押しと、それを受けきっているように見えるある種の膠着(こうちゃく)状態は、双方が望んだ姿。

その裏で、一気に決着をつける方法を考えており、そのための策を練っているのだと。


傍目(はため)には何も動いていないように見える場合にこそ、トップクラスの者たちは実は思考し、準備している。



アベルは考える。

涼の望みは、リュン親王たちの確保であろうと。

ニール・アンダーセン号の中に取り込んでいるために、すぐに何かされることはない。

だがニール・アンダーセン号そのものが、まだ敵の甲板上にあるのだ。

それを手元に移動させたいと思っているのではないかと。


だがローウォン卿の考えは全く分からない。

これだけの人生経験を積んできた、ダーウェイ一と言われる錬金術師にして水属性魔法使いだ。

何も考えていないわけはないが……。



しばらくしてローウォン卿が笑った。

それは今までの笑いとは違う、禍々(まがまが)しさの混じった笑い。

強敵に先んじて目的を達したことを確信した笑い。


「ロンド公爵、わしが先手を取れそうですな。<我手>」

ローウォン卿が唱えた瞬間。


涼は、目の前を守っていた<アイスウォール複層氷50層>の制御を奪われたのを感じた。

まるでクラーケンやファンに奪われたように。


同時に消失。


涼が、横にいたアベルを突き飛ばしたのはほとんど無意識だった……。



そして。

涼は、氷漬けにされた。




「馬鹿な……」

突き飛ばされたアベルは、氷漬けになった涼を見て思わずつぶやいた。


「わっはっはっはっは、いやあ、愉快愉快。これほどの水属性魔法使いを氷漬けにできるとは」

狂乱の笑いというべきか。

ローウォン卿が笑い転げる。


「リョウなら割って出てくる……」

アベルが思わず言う。


「いやそれは無理でしょうな、アベル陛下」

ローウォン卿が笑いながら、丁寧にお辞儀をしながら言う。


「これは錬金術によって氷漬けにしたものです。魔法であれば、万が一ということもあるかもしれません。ですがわしの錬金術で氷漬けにしたので、いかな伝説の魔法使いでも不可能というものですぞ」

ローウォン卿が説明する。



それを聞いてアベルは顔をしかめる。

以前の、涼とファンの戦いを思い出したからだ。

最後、涼は錬金術を使ってファンを氷漬けにした。


ドラゴンの本体を持つファンをだ。

まさに水属性の魔物の頂点。

だが、そんな彼女も、錬金術によって生成された氷の棺からは自力では出られなかった。


だから分かる。

ローウォン卿が言っていることは事実であると。

だが、それでも……。



「勝負は決した。降伏せよ」

コウリ親王の口から再び出た降伏勧告は、完璧なタイミング。

()って立つ最強の戦力が失われた、完璧なタイミング。


降伏すれば、おそらく兵たちに危害は加えられないであろう。


少なくとも、このまま力づくでの戦闘となる指示は、カブイ・ソマルにもラー・ウー船長にも出せない。

むしろ……。


「アベル殿、どう思われる?」

カブイ・ソマルは、素直にアベルに相談した。

知ってはいたが、先ほどアベル一世であることが明らかにされた。

この状況なら、連合艦隊の指揮官としてアベル王に相談するのは間違ってはいない。


アベルは、あえてコウリ親王らに背を向けて、カブイ・ソマルとラー・ウー船長の方を向いた。

「もう少しだけ、待ってほしい」

「それは……ロンド公爵が、あの氷を破って出てくると?」

「氷漬けになって、生きているのですか?」

アベルが頼み、カブイ・ソマルが問い、ラー・ウー船長がすでに涼の命はないのではないかと(いぶか)しむ。


「いや、ニール・アンダーセンも氷の壁も存在し続けている。ということは、少なくともリョウは死んではいない」

確かにニール・アンダーセン号は錬金術で生成されたものだが、魔力の供給は涼自身から行われているはずなのだ。

魔石を使っていない以上。


アベルはそう考える。


しかし……。


ベリッ。


音がして……。


透明な何かが消滅したのが分かった。


「氷の壁を一枚ずつはがしていますね」

カブイ・ソマルも感じ取り理解したのだろう。


涼が生成して連合艦隊を守ってきた氷の壁が、一枚ずつローウォン卿によって制御を奪われ、消滅させられている。


最初に<我手>なる魔法で乗っ取ってはがした氷の壁……それは涼たちの正面にあった壁だ。

だがそれ以外にも、連合艦隊を守っていた氷の壁はあった。

それが剝がされている。



「まずいな……」

それは、連合艦隊の乗組員全員に動揺が広がっていく契機になる。

艦隊首脳としては非常にまずい。



「リョウ……」



アベルがそう呟き、氷に閉じ込められた涼を見た時だった。



<<カウンターアルケミー>>



パリンッ。



「備えあれば(うれ)いなし」

そう言って氷を割って、涼が生還した!


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